「ええ、天帝を護るために」
漆黒の瞳が物言いたげにこちらを見詰める。彼──玄武の思うところは分からなくもない。けれど、それを明かすを良しとしないため、彼に返したのは短い肯定と揺らがぬ若緑の瞳だった。
朱雀が墜ちたと言う話。それは彼を知る者ならば誰しもが驚愕し、不思議に思ったことだろう。自分はその真相を知るが、明かすことは決してしなかった。
それが朱雀の願いであったために。
だがこれ程の大事、告げた理由だけでは玄武は納得し得ないだろう可能性が頭にあった。彼こそが、天帝の傍で護りを固めていた張本人であるためだ。食い下がってくることも頭を掠めたが、それはどうやら杞憂だったらしい。彼は、冷静さを欠いていなかった。
「…ええ、今は少しでも休息をとっておくれ」
この様子ならば大丈夫かと、僅かばかり安堵の念が浮かんだ。朱雀が後ろに下がってしまった今、呪詛を浄化する力はかなり弱まっている。玄武が纏う数多の呪詛、これらを浄化するため、彼は遠くないうちに行動を起こすことだろう。そのためにも休息は必要だったから、そう声をかけて立ち去ろうとする玄武の背を見遣った。
「……?」
離れ行く漆黒が一時止まり、振り向かぬままに紡がれる言葉を聞く。
「───……解ったよ、伝えておこう」
低い声に籠められたもの。それを大切に受け止めるよに瞳を閉じ、言伝を引き受けた。再び瞳を開き、振り返らず離れ行く漆黒を若緑の瞳で見詰める。それが見えなくなってからようやく、自身も傷を癒すために東へと戻って行った。
* * *
ある日、屋敷の庭園にて植物に囲まれ、治癒と陽気の均しを行うその最中。ふと、ある気配を感じ、風を繰り神風を奔らせた。
朱雀の眠る、南の活火山山頂付近の洞窟に向けて。
「─── 朱雀、起きているかい?」
穏やかな声を乗せた風が洞窟の奥へと滑り込む。一方的なものであるため、反応があっても自分には届かない。今はただ、届けるためだけに風を送り込んでいた。
「私もあまり遠出が出来ないからね、このような形で失礼するよ。
……君への言伝を、預かって来た」
送り届けた風がゆるりと朱雀の周囲を巡る。包み込むよな僅かな木気もまた、癒しの援けとなるのだろうか。ただ風を送り届けているだけであるため、大きく作用はしないだろうが。
「…『私は、空を見ている』だそうだよ」
誰から、と伝えることなく、受け取った言の葉を紡いで朱雀へと送り届けた。言わずとも知れるであろうと踏んでのこと。風は、緩やかに笑む気配をも相手へと伝える。
「確かに伝えたよ。それではね」
その言葉を最後に、風は徐々にその気配を薄めていった。数拍の後、風の気配は完全に掻き消える。
* * *
「……彼の顔を直接見られないのは残念だね」
言の葉を乗せた風が洞窟へと送り届けられた頃、庭園にて、ふ、と笑みを浮かべる。
自らもまた傷を癒す最中であり、争乱直後であるため気の均しにしばらく集中しなければならない。あまり長く場を離れることが出来ないため、風で届けると言う方法を選択したのだ。
「傷が癒えたら、訪ねてみようかな」
呪詛を抱く彼のこと、近付くを厭うかもしれないけれど。自身の木気が治癒の援けになればと思う。そんなことを考えながら、今は自身の傷を癒すことに専念した。