風の声/蒼竜視点

 
  承前

 
「……っ!」

大きな陽の気が弱まり、離れた場所にある陰の気が急激に増大していくのを感じる。
これでは拙いと起こした風に乗せたのは。

『動くな、玄武』

陰の気を浄化せんがための、自分の持つ陽の気と。
彼を引き留めるための、四神としての、友としての声。

『この先は、私の役目。朱雀の意思、無にしたくないなら、今は耐えろ』

送った陽の気は彼の対たる者が持つものよりは弱いものだっただろうけれど、声と共に送れば引き留めるには足るはずと信じ。
意識を、再び眼前へと向けた。

「───発雷(ファーレイ)!!」

薙刀に込めた気を雷へと変え、天を突くよに振り上げる。
その先端から迸る閃光が轟音を奏で、天を裂き、四方へ翔けて地を輝きで埋め尽くした───。

 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 
天界がひとまずの安定を取り戻し、玄武の進言が通り彼が転生の儀を行うこととなった朝のこと。
突然の玄武の訪問にいつも通りの笑みで応対する。

「後のことは任せておくれ。
君は、君のやるべきことを果たして来ると良い」

こうやって訪ねて来ることは想定の内。
こちらが返す言葉も、おそらくは玄武の予想の範囲内だったことだろう。
そのやり取りの後に別れることとなるかと思われたその時。
玄武の口から別の話題が切り出された。

「……ああ、そのことか」

玄武に話されたのだな、と天を統べる御方を思い浮かべながら心中で呟く。
近い先、玄武が転生の願いを天帝へ奏上することは容易に想像出来ることだった。
平らげたとは言え、争乱を治めてまだ日も浅い今、転生により北方守護の任から離れることに懸念を抱く者が居るであろうことも容易に予測出来ること。
その懸念も尤もだが、それを押し切ってでも玄武を地上へ降ろしたい理由があった。

「なに、私と君の仲だろう?
そこまで畏まることではないよ、頭を上げておくれ」

玄武の真摯な様子にそう言い、常の笑みを向けながら緩く首を傾ぐ。
続く問いかけに対しては、是否の言葉は口にせず、ただ笑みを返すだけだった。

「……私も、朱雀と同じく陽の気を抱く者だけれど。
私の気だけでは浄化には足りぬ。
同じ陽の気でも、滅することで再生を促す朱雀に対して、成長を促すのが私だからね。
あまり浄化には向いていないし、何より時間が掛かる」

笑みに僅かばかり翳りを見せながら、玄武の呪詛を浄化出来ないことを悔いる。
役目の違いと言ってしまえばそれまでだが、天に在るまま玄武の身にある呪詛を浄化出来ぬのが悔しかった。
どれだけの呪詛が玄武の身に集められているかは、先の争乱での状態から良く理解している。
だから、自分が出来る範囲で彼の助力をしようと。
天帝への進言は、自分が出来得る助力の一つだったのだ。

「ええ……こちらのことは任せて。
武運長久(ウユンチャンチィォ)───帰天せしその時まで」

祈りを言霊へと変えて、向けられる信をしっかりと受け取る。
自身にも争乱の傷は残されている。
けれど、それを感じさせぬ力強い笑みで地上へ降る友を見送った。
彼が後顧の憂いを抱かぬよに。そして、彼の想いに応えるために。

漆黒の影が地上へ降りるその時。
祈りを乗せた東からの風が、彼の背を追いかけていた。