──泡沫、緩く、朱はまどろむ。
絶望より紡がれし呪により受けた傷、それを癒す眠り。
獣態を取り翼休める朱雀が見るのは、とおい刻の映し。
「……そも、己が全てを出し切り、それによりて天地に在る全ての事象に祝いと戒めを与えるが、演舞の本懐のはず。
その演舞において全力を出し切らぬ、というのは、私には解せん」
それは、常よりの口癖の一つだった。
己が対極たるもの、北方守護神が、演舞の場に於いて『全ての力』を見せぬこと。
それに対する不満は、常より蒼龍や白虎、或いは四瑞たちに向けて零されていた。
「……『全力』を見せぬ相手とやりあうのは。
面白く、ない」
何故そこまで拘るのかと問われたなら、どこか子供っぽい、拗ねたような面持ちでこう言いきる。普段から人の話はほとんど聞いていない、との評のついて回る朱雀だが、こと、この件に関しては天帝すら呆れさせるほどの我を張っていた。
とはいえ、口でどうこう言ったとて、状況が変わる事はなく──それは、とある新春の儀において、文字通りの実力行使によってなされることとなった。
使う必要がない、と考えているのであれば、それは違う、と示せばいい。
理屈は、至極単純だった。
そのためにやること自体は、いつもと変わらない。
……いや、いつも以上に自重しない、と言うべきか。
その果てに現れた剣──己が一撃を受け止めたそれを目の当たりにした瞬間の昂揚は、忘れられぬもの。
「やっと喚んだな」
口をついた言葉と、浮かべた笑み。悪戯が成功した子供のような、満足気なそれに対するのは半眼の視線。その表情にまた、してやったり、などと思いながら、朱の翼が空を翔ける。
一撃、二撃、交差重ねる度、上がる歓声は心地よい陽の気を織り成す。
その感触と、何より──望んだ『全力』との対峙が齎す昂揚感は、朱の焔を猛く、美しく燃え立たせる。
「……ああ。
やはり、こうでなくては、な」
愉しげな色の浮かぶ漆黒に対する朱にあるのも同じいろ。
そんな様子に、周囲がどんな思いを抱いているかなどは当然の如く気に止める事もなく、朱の焔は空を翔け──。
(……そら、か)
夢現、狭間漂いながら、眠れる翼は今は届かぬ無限を思う。
(……だが……もう、すこし、で……)
同じように空を愛する己が寵児から届くもの、それは確実に、翼の傷を癒している。
数奇といえば数奇な廻りにて生を受けた、天地の血を引く子。
困難に直面すれど、屈せぬ意思の強さもまた、朱雀を癒す力となり。
朱の翼を汚す黒の染みが完全に失せるまで、そう長くはかからぬだろう、と思われた。
(いつまでも、寝ているわけにも、ゆかぬ……しな)
ふる、と朱の羽毛に包まれた身が震える。
眠れる翼の目覚めは、そう遠くなく。
それは転じて──眠れる災いの目覚めを意味すると。
その時、知り得るものはあったかどうか。