黎明の空

 晴れた冬の空は冴え冴えと冷たく澄んだ深い蒼に染まる。

 白銀の大地に佇む漆黒の男は、その蒼を見上げ、冬の空からは遠い太陽の輝きを追うように、ゆっくりと視線を移した。
 先の大祭で、男の妻となり、神妃と呼ばれる事になった孔雀の姫が、ふとした折りに、そうして空を見上げる夫の姿を目にしたのは幾度目か。
 玄武神の漆黒の瞳は、常日頃感情の色を乗せる事は少ない。
 けれど、親しく彼と交わる神や眷属、ましてやその魂に寄り添う妻なれば、僅かに揺れる視線ひとつに、表には見せぬ心を察することはできただろう。

 「南の空は、随分と明るくなった」

 その妻へと問わず語りに、漆黒の男は柔らかな言葉を紡ぐ。
 朱雀神の愛し子と呼ばれるカスパルが当代を継いで以降、南の空は輝く太陽に照り映える鮮やかな明るさを日に日に増し、衰えていた陽気もまた、それにつれて強く蘇りつつあることは、天界の誰もが感じとっていることだ。

 「もうすぐ、本当の夏の空を見ることが出来るだろう」

 零れる低い声は、ただ静かに。

 「その前に、一騒動はあるだろうが…」

 空から妻へと視線を移し、漆黒の瞳が細められる。

 「たとえ、何があっても案じる事は無い。私は其方の傍に必ず戻る」

 南方守護神の復活を阻もうとする妖魔の跳梁は、実のところ既に始まっている。それ故に、孔雀の姫にとっては初めて身近に起こることになるであろう大きな争乱の予感に、それを恐れる必要はないのだと、そう告げる。
 尤も、既に神妃たる覚悟を芯に持つ姫には、今更の言であったろうか。

 「…アレと騒動は、切っても切れぬもの、だしな」

 再び空を見上げながら、ぽつりと零した言の葉と、その唇に過った笑みだけは、或いは漆黒の神が、初めて妻に見せるものだったかもしれなかった。

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