言伝

「……朱雀は、天帝を御護りしたのだと?」

 問いかける漆黒の瞳が、じっと、友の顔を見つめ、その視線を受け止めた蒼龍は、静かな肯定をもってのみ、それに応じた。
 今は、それ以上の事は、決して語らぬだろうと、その若緑の瞳の揺らがぬ色を見れば判る。

 四神の内でも常に先陣を切り、無茶とも思える戦働きをする朱雀だったが、決して己の力を過信するような愚は犯さぬ、と、それも誰もが知ることだ。
 その朱雀が、最も大事な翼を失うほどの呪詛込められた一撃を避けきれなかったとは信じ難く、何故、と、問うた玄武への、蒼龍の答えは『天帝へと向かう一撃故、避ける事が出来なかった』という理由。

 その言葉に嘘はない、とは思う。けれど…

 男は覚えている。
 あの時、朱雀が墜ちたと感じる一瞬前、その一撃の気配を、確かに感じた事。そして、既に限界近くまでの呪詛を受け止めていた己が、その一撃に、無傷で耐える事は難しい、と、覚悟しながら、天帝の前に我が身を盾と為して控えた事も。
 もしも、朱雀が、その一撃を受けなければ…倒れていたのは玄武神の方の筈だったのだ。

 刹那の沈黙の後、漆黒は瞼の裏に閉ざされ、長い吐息が漏れる。

「解った…私は、北に戻る」

 相克の理なくとも、今の朱雀に数多の呪詛纏う己が近づく事は出来ない。むしろ一刻も早く、遠く離れるべきなのだ、と、判っていた。

 力になれぬ事を嘆く事はしない、出来ない…正しく、己の為すべき事を為し、希みを決して失わないこと。
 対の力の弱る今だからこそ、誰よりも強く己を律する事が必要なのだ、と、神としての玄武は、そう理解していたから。

 躊躇いなく漆黒を翻し、天上宮を後にしようとしたその足が、一度だけ止まる。

 そうして、友に表情見せぬまま、静かな低い声が告げた。

「伝えてくれ…」

 それは、神としての言葉ではなく

「…私は、空を見ている、と」

 再び、歩き出した漆黒の男は、二度と振り返りはしなかった。