いつからだったか、それは。
人の世の気脈乱す妖《アヤカシ》、それを討ち倒して祓うを己が在り方と定めたのは。
己が力を向ける先として、最も向いていたのがそれだったから、とか、理由は色々とあるものの。
ともあれ、それが自らの在り方に与えた影響は計り知れないものがあった。
「……はあ。
つまりは貴女も、彼の妖魔を追っている、と」
天からの流星が地を灼き、大きく乱れた気脈。
それを追う過程で知り合ったのは、気丈なのにどこか儚げな双剣の使い手。
同じものを追っているのだという、炎を操る舞姫と行動を共にする内に、どうにも放って置けなくなって。
心身ともにこの手で支えられぬかとの問いに返されたのは──
「……天界の住人……朱雀神の、代行者?」
自身は天上に生きる者であり、地上で暮らすことはできないから、縁は結べない、という答え。
けれど、それはどこか言い訳めいて聞こえて、だから。
「いずれ別たれるとか、生きる場所が違うとか、そんなことはどうでもいいんですよ。
私が、今ここにいる貴女を支えたいのですから」
「……って、こっちの都合ってものを……!」
「そっちだって、こっちの都合は無視してるじゃないですか、いろいろと。
……大体、そう言いながら逃げないのは、どういう事です?」
腕の内、捉えはしたけれど縛するには到っていない。
だから、離れようと思えばいつでも叶う。
笑いながら指摘すると、真紅の瞳がつい、と逸らされた。
「……あんたは、ずるい」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「…………ついでに言うなら、バカだ」
「その言葉は、そのままそっくりお返ししましょう」
「………………うるさい」
拗ねたような声に調子崩す事無く返し続ければ、腕の内の温もりの力は抜けて。
これまで他者に寄りかかるを是としなかった気丈な舞姫の支えとなるには到った──けれど。
「……天へ、帰らないと。
この子は、いずれ朱雀神の力受けるべき子。
地上では、産めない」
妖魔を無事に討ち滅ぼした後。
子ができたという告白と共に伝えられたのは、別離の意思。
引き止めるは元より、添うために天へ向かうも選ぶことはできず、結局。
「……例え、天地に別たれることとなっても。
でも、想いを共にして、それぞれの場所で生きる。
それだけで、十分ですよ」
元より、得られるものではないとわかって、その上で望んだのだから。
望むのは、『共に在る事』ではなく、『共に生きる事』。
縁の糸は繋いだまま、それぞれの場所で生きよう、と。
そう、誓い交わして──それから。
「……はぁ? 昇仙……ですか」
投げかけられた言葉に、最初に上がったのはどこか惚けた声だった。
いとしき舞姫とまだ見ぬ我が子、二人と居場所を別った後も妖魔を追う日々は続き。
北の国の将軍が、一軍を率いて妖魔の討伐に赴くと聞き、募られた義勇兵に名乗りを上げた。
手伝い程度の心算のはずが、いつの間にやら将たちに近い立ち位置となっており。
軍議の合間、冗談交じりのやり取りが挟まれるのも日常茶飯事となっていた。
「数年前の私でしたら、それもいいですね、と答えたところですが……今は、そうは参りません。
こう見えて、妻子ある身ですからね」
舞姫との一件があってからは、殊更世間との関わりは薄く曖昧にもなっており、仙人の如き暮らしをしたり、そんな感じの振る舞いが増えていたのは自覚もあった。だからこそ、彼の将から昇仙しては、などという勧めがされたのもわかっている。
とはいえ、自分は既に仙境には程遠いから、と。真面目に返した時の一瞬の間と、その後の驚きぶりには一瞬、このやろう、という不遜な言葉も過ぎったりしたのが、それは押さえた。
「いえ、生き別れなどではありませんよ」
押さえた理由は、一転、案ずるように投げかけられた問いのため。共にあらぬのは何故か、生き別れにでもなっているのか、と真剣に案ずる様子で問われて毒気が抜けた。
「同じ地で、共に在り続けるを望むも、もしかしたらできたのかもしれませんが。
それにより、一方が為すべき事、為したい事をできぬ、とはしたくなかったのですよ。
だから、私たちは、『共に在る』ではなく、『共に生きる』事を……同じ想いを絶えず抱いて生き続ける事を選んだのですよ」
例え共に在っても、時の隔たりが別つのはわかっていた。
天に生きるものの寿命は、地に生きるもののそれよりも長いのだと。
それは、最初に聞かされていたから。
ならば、互いの時を無為にせぬように、と。
天地別れたれるを選んだのには、そんな理由もあった。
……もっとも、そんな理由も、いとしき舞姫が何者であるかも、話はしなかったから。
それからそう遠くない日の邂逅に、二重三重に驚かされることとなるのは、知る由もなかった。