朱姫への餞

 
  承前

 
「その花は……。
 うん、よく似合っているよ」

 『朱の舞姫』が守護者の任に就いた後の最初の演舞の際。
贈った花がその髪に飾られ武舞台を彩ったのを見て、蒼龍は緩く瞳を細めた。
 娘らしさを残す舞姫の言葉は女性らしい感性と感じる傍ら、どこか彼女らのご神体である朱雀を彷彿とさせ、思わず微笑ましげな笑みが浮かぶ。
 それからだ、舞姫から花を所望されるようになったのは。

 

「おや、任は子に継がせたとしても、花はいつでも所望しても良いのだよ?」

 一方的な継承宣言には僅かばかり驚かされたが、それもまた彼女らしいと小さく笑った後のこと。
 舞姫に頼まれ希望の花を用意している間に紡がれた言葉には、軽く、気兼ねなく頼めば良いと告げた。
 次代に対する酷評にはクスクスと笑いを漏らす。
 その笑みには多少、苦笑が混じっていたのは気付かれたかどうか。
 舞姫と、その子についてのことはある程度耳に入っていたために。

「誰譲りなのだろうね。
 ……ああ、彼にも似ているか。
 叱るのは私の仕事ではないようにも思うけれど、何かやらかした時は窘めておくよ」

 思い浮かべるのは1000年前まで自由に空を羽ばたいていた者の姿。
 舞姫の子がその者に良く似ていると改めて思うのは、もう少し先のこと。

「……最後?
 ええ、それは構わないけれど」

 どこか今までと雰囲気の違う舞姫の様子に僅か首を傾げつつ、頼まれたことには是を返す。
 問うよな言葉には誤魔化すよな艶やかな笑みで流された。

「根付きで、蕾のもの、だね。
 これで良いかな」

 それ以上の言及はせず、所望された花を舞姫へと差し出す。
 その時見たのが舞姫の最後の姿だった。

 

 舞姫の子に守護者の任が継がれた後も、舞姫は姿を現すことはなかった。
 最後に見た舞姫の様子。
 所望された根付きの花。
 我が子を託すかのよな、あの言葉。

「……君は、もう天には居ないのだろうね」

 どこに行ったのかは、はきとは分からない。
 けれど、天上には居ないであろうことは、何となく理解出来た。
 子の傍を離れる、そんな想いが無ければ、あの言葉は出て来まい。

「君は、今どこで羽ばたいているのだろうね?」

 自分の館にある庭園の片隅。
 そこには彼女のために植えた紫蘭が瑞々しく花開いている。
 開く花弁は、まるで空を羽ばたく鳥のようにも見えた。