朱翼の想い受けし風

 
  承前

 
 眼前に強き意思を帯び輝く朱翼が舞う。その眼下には宿敵とも言える『四凶』の一の姿。

「……朱雀」

 呼び声に返るのは、固い意思を孕んだ声。背を向けたままなのは常からのことだが、笑む気配が感じられない。その様子と返された声に、小さく小さく息を吐いた。

「…全く、分かったよ。
 周りは気にするな、奴だけに集中しろ」

 前に出る朱雀を補佐するのは自分の役目。彼が『四凶』の一 ── 檮杌を相手にすると言うならば、自分がやることは決まっている。

「起風(チィフォン)───添火(ティエンフゥオ)
 百花繚乱(パイホァリィアンルゥアン)……夢幻花(モォンホァンホァ)!」

 朱雀の翼が大気を打った直後、呪を紡ぎ彼の周囲に風を纏わせた。それは朱雀とのコンビネーション用に編んだ呪。風は常に朱雀の周囲に取り巻く。それは彼の護りとなり、相生に於いて力ともなる。
 続く呪は檮杌の視界を遮るもの。小物であれば匂いに寄る撹乱も期待出来ようが、檮杌相手では物理的な視界阻害しか効かぬだろう。案の定、朱雀が相手の隙を突いて放った一閃は、相手の長い尾に弾かれたようだった。

「……と、眼を向け続けているわけにも行かぬか」

 まだちらほらとではあるが、戦いの気配に引き寄せられ、妖魔が周囲へと現れ始めている。放っておけば朱雀の邪魔になる他、数がどんどんと膨れ上がるであろうことは容易に想像が出来た。それらに視線を流し、薙刀を持つ手に力を籠める。

「邪魔は、させぬ!」

 薙刀の切先に力を籠め、振るいながらその場で一回転。遠心力による風の一撃で小物を一旦外へと吹き飛ばし、更に呪を紡いだ。

「起風(チィフォン)───散風球(サンフォンチィウ)!!」

 複数の風の球が妖魔達に向かって行く。風球が妖魔に当たると鋭く破裂、風の針となり妖魔を切り裂いた。

「──っ、集団のおでましか!」

 雷撃を重ねろと言う朱雀の声。檮杌への一撃だけでなく、数を増した他の妖魔も一掃する心算だと悟り、先ずは牽制の一撃を周囲に放つ。朱雀がこちらの答えを待たぬのは常のこと。高まる火気を感じながら、自身もまた薙刀に力を籠めた。

「発雷(ファーレイ)───閃烈網(シャンリィエワン)!!」

 薙刀を頭上で回転させ、発する雷撃を周囲へと撒き散らす。それは蜘蛛の巣の如く網を為して広がり、近付く妖魔を絡め取らんと伸びた。舞う焔の花弁をも巻き込んだそれは、周囲の妖魔を次々と滅して行く。
 そして雷撃は、朱雀の剣にも捲き付いていた。

「あの馬鹿、また無茶を─────っ!?」

 身を穿たれながらも一撃を放つ朱雀に気付き、増える妖魔の集団を相手にしながら吐き捨てた時のこと。朱雀の一撃を食らい地へと墜ちた檮杌から禍々しい光が発された。それに対して直ぐに動けなかったのは、他の妖魔に邪魔されてのこと。檮杌の意思を汲み取るようなその動きに、知れず舌打ちが零れ落ちた。

「朱雀、止めろ!!」

 禍々しい光の矢はとおくを目指し、駆ける。それに対し羽ばたく、朱の翼。彼が何をしようとしているのかは直ぐに分かった。名を呼び諌めど彼が止まるはずも無く。その補佐をするために周囲に居た妖魔を一気に蹴散らして自身も後を追った。けれどこちらが呪を紡ぐよりも早く、朱の翼が黒き光を受け止める。

 そして、そらに二つの朱が舞い───朱が、地へと墜ちた。

 

「……朱雀っ!」

 墜ちた朱雀の下へと飛び、彼の肩を掴み木気を注ぎ込む。翼は禍々しい呪に侵蝕され、陽の気が薄れて行くように感じた。そんな中で聞こえる、途切れがちとなった朱雀の声。

「しかし、触れねばお前を癒すことは出来ん。
 これだけの呪だ、お前一人では────」

 共に鎮めようとしたが、朱雀はそれを良しとしなかった。朱雀が言うことも正しい。ここで時間を取られては被害を抑えることは叶わない。

「お前と言う奴は……」

 こんな時でさえ、朱雀は笑みを浮かべている。朱雀が欠けることでどれだけの戦力低下となるのか。それを言い募ってやろうかとも思ったが、止めた。言ったところで笑って返して来るだろうことが眼に見えている。

「……ったく、大きな貸しにしておくぞ」

 後ろに下がること、陽の均しを託すこと。そして、玄武には言うなと口止めをすること。その全てに対し、その一言を発して諾の意を伝えた。役目については断る理由が無い。自身も陽の気を持ち、前に出るを是とする者だ。朱雀が下がるとなれば、その役目が自分に回って来るのは道理。
 だが最後に真面目な顔で告げられたことについては。

「相変わらずだな、お前らは。
 この見栄っ張りの意地っ張りめ」

 朱雀が意識を途切れさせた後に小さく呟く。本当なら口止めに応じる必要なんてどこにもない。けれど、これで彼らは一定を保っているとも言える。かなり面倒な奴らだ、と思うことも多いのだが。だから、紡ぐ言葉にも呆れの色が載った。口端には笑う気配も載る。

「………────!!」

 そんな中、とおく離れた場所で、陰の気が急激に増大していくのを感じた。方角は、先程黒き光の矢が目指そうとしていた場所。

「ったく、本当にお前らは、面倒ばかりを起こすな!」

 大きな陽の気が弱まったことで崩れたのだろう、彼の者の心へ呼びかけるべく、神風を走らせる。乗せたのは友へ呼びかけるための己が声と、諌めるための陽の気。

 ここから先は、朱の意志を継いだ蒼の役目。鋭き風と眩い光が、陰気渦巻く戦場を駆け抜けた。