「……まったく。
静かに廻りを待つ、という気にはならんのか、貴様らは」
呆れたように言い放ちつつ、朱が見やるは群れ集う妖魔たち。
新たな刻の輪転の刻まれる節目の時。
それは、天帝が数多の禍を己が身に寄せ、浄める刻でもあり。
それに惹かれて妖魔が集う時でもある。
故に、集いし妖魔が廻りを祝う人々を脅かさぬように、と。
護り手の力持つ者は、密やかにそれを排するのが常の事。
「…………」
緩く息吐き、手にした剣を握り直す。
深い夜の闇の内、そこに浮かび上がる妖魔の目の輝きは鬼火の如きもの。広がるそれをぐるり見回した朱雀は一歩、前へと踏み出した。
「貴様らを生じさせし、その根源の一端は我が不覚。
……故に、進ませる訳には行かぬ……と、説いても届きはせぬか」
乱れた陰陽の気が生じさせた歪み、それが齎した災禍により失われた命。
それらから生じた鬼に、なんら思う所はない、とはさすがに言えぬけれど。
せめて、己が手により再び正しき廻りの内に──と思うから。
常の先走りに託けて、単身、浄めに赴いていた。
朱雀を象徴せしは、夏の太陽。
普段は苛烈さばかりが取り沙汰されるが、陽射しの本質には、命育み、伸びるを促す側面もある。
常には見せぬ慈しみの念、それを苛烈さの下に忍ばせて。
「……朱红的火炎勇猛,并且跳舞(朱の焔、猛々しく舞え)」
静かに紡ぐは、火気高める言霊。手にした剣が鮮やかな朱を纏う。
「比循環的輪做散布者再次到凈化,輪轉的內(廻りの輪より零れし者、再び浄め、輪転の内へ)。
引導,照亮,是朱紅的火炎華(導き照らせ、朱の焔華)!」
紡がれし言霊に応じ、朱の煌きは形を変える。
夜闇に浮かびし焔華はその花弁を広げ、集う妖魔を焼き浄め──廻りの内へと還していった。
「……片付いた、な。
後の小物は、他所に任せても問題はあるまい」
小さく呟き、剣を収め。
一度、天上宮の方を見やった後、朱雀は翼を広げてその場を離れ──。
数刻の後、その姿は己が領域へと戻っていた。
夜明け前、黎明の頃。
陽が昇らぬ内は深い陰に彩られる世界──その只中では、常には強く輝く朱も息を潜め。
静かに待つのは、新たなる刻、その息吹。
──やがて、空は緩く色違え、新たなる陽の煌きが世を染める。
その変化に朱雀は大きく翼を広げ、大気を打つ。
新たに昇る陽の光──それの齎す気を確り、受け取るために。
「在新的光做誓願(新たなる光に誓願す)。
無我們的狀態,的扭傷而繼續飛行的(我が在り方、違える事無く、飛び続ける事を)」
合わせて紡ぐは、誓いの言霊。
それに合わせて大きく羽ばたき、朱の煌きを周囲に散らし。
その煌きが揺らめき消えた所で、ふ、と一つ息を吐いた。
「……さて。
儀に遅れぬように、参じねばな」
そう、呟く声音にも表情にも、夜闇の内にあった時の微かな翳りはなく。
浮かぶのは、常と変わらぬ──否、常よりもどこか楽しげないろ。
見知った者が目にしたならば、また何かやらかすのでは……と、容易に察しが付く笑みを浮かべたまま。
朱の翼は、夜明けの光満ちし空へと舞い上がる。