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   5

 ……ざっ……
 朝もやを切り裂いて、白い影が飛び過ぎる。鳥――ではない。鳥の翼を備え
たもの、天馬だ。とはいえ、野生の天馬が早朝のアーヴェン平原を飛行してい
るはずはない。飛んでいるのは、ファミーナだ。
 独自の判断で動け、と言うレイリアからの指示に対し、ファミーナは飛行騎
兵という自身の特性を生かした長距離偵察という役目を選択していた。単独故
の危険性は確かにあるのだが、先日の口論以来、どうもリューディに対してぎ
くしゃくした態度で接してしまう今のファミーナには、一人で行動する方が気
楽だった。
 リューディの指摘が間違ってはいなかったから、尚更、あの時の言葉が痛く
感じられてしまう。勿論、あんな口論になった原因は自分にあるのだが。
「……っとに、もう……」
 苛立ちをため息にこめて吐き出すが、やはり気は晴れない。
 あまりにも、あまりにもままならない、今の状況のせいだ。
 雷家が戦事非干渉に徹している状況において、自分の立場が不安定なのはわ
かる。わかってはいるが、今の扱いには納得が行かなかった。
 自分が戦っている事、それを知らせる事で、雷家も戦っていると示したい。
 こんな思いを抱えるファミーナにとって、正規の騎士として表に出る事を許
されない現状はひとすらもどかしいのだ。だが、ここで我を通す事はできない
のは、辛うじてわかっていた。
「ワガママ言って、謹慎処分なんて受けてられないんだから……」
 自分自身に言い聞かせるように、呟く。
 二日前の軍議の時、ランシアが謹慎処分となり、彼女の率いていた部隊がそ
のまま首都防衛に当る事になったという報告がレイリアからあったらしい。そ
の理由をレイリアは『同盟内の結束を不必要に乱したため』と説明していたと
いう。
 とはいえ、ランシアの気性を良く知るファミーナには、ランシアが何をやっ
たのかはすぐに理解できた。即ち、感情の赴くままにリンナを責めたてたとい
う事が。
 ランシアがランスを想っていた事、そしてリンナが寄せる想いに全く気づい
ていない事は、一部では有名な事だった。とはいえ、リンナの秘めた想いの事
は、彼自身の意向によりランシアに伝えられる事はなかったのだが。
 あれだけ露骨と言うか、全く隠せていないリンナの想いに一向に気づかない
ランシアの鈍さには常々呆れ果てていたファミーナだったが、感情の暴走の果
てに謹慎処分を受けたと聞いた時は開いた口が塞がらず、一緒に結果を聞いて
いたリューディ、レヴィッドらと期せずして声をそろえて「何考えてるの?」
と呟いていた。
 ちなみに、その後レヴィッドは「羨ましいくらい状況見てないお気楽さ」と
呟いてため息をついていた。水家の姫という立場にありながら、自分の感情だ
けを重視するランシアは確かに現状が見えていないと言えるだろう。
 とはいえ、その後に付け加えられた「侯家の姫サマは、何考えてんのかわか
らんねー」という一言には、ファミーナも穏やかではいられなかったのだが。
「とにかく、一言多いわよね、あいつ」
 いつの間にやら苛立ちの対象をすり替えつつ、ファミーナは低く呟いた。
 言っている事は大抵は正論なのだ。たまに妙なひねりが入っているが、その
物言い自体に偽りはない。問題なのは、最後に一言、余計な言葉がついてくる
事なのだ。その一言がなければこちらもすんなり納得できると、わかった上で
言っているとしか思えないからタチが悪い。
「やなヤツよね……」
 それ以外にも妙にへらへらとした態度も癪に触ると言うか、のらりくらりと
されるのが腹立たしいと言うか、とにかくどうにも合わない。向こうにこちら
に合わせる気がないのでは、とさえ思えるのは、あながち間違いでもなさそう
だった。
「っとに、もうっ……」
 苛立ちをこめて何となく呟いた時、眼下を黒い影が過った。
「っ!!」
 反射的に天馬を上昇させ、距離を開ける。黒い影と見えたのは、人の集団だ
った。ファミーナは深呼吸をしつつその集団を観察し、その先頭に特徴的な銀
髪の男女を見て取るなり天馬を反転させていた。
 銀髪の男女に率いられた集団。数はおよそ三百。今現在、アーヴェン領内に
いるそれが何であるかは、言葉を尽くすまでもない。
(フェンレインが来た……!)
 氷家率いるフェンレイン傭兵団。レティファ最強、世界屈指と称される戦闘
集団が、国境を越えてきたのだ。

「……良いのですか、兄上?」
 飛びさる影を横目に見つつ、レイナはレクサに問いかけた。
「いーのかって、何が?」
「……今の天馬騎士を、行かせてしまって」
 低い問いにレクサはああ、と興味なさそうな声を上げる。いや、なさそうな、
どころか全くない、と言った方が正しいかもしれないが。
「こちらの位置、知られますよ」
「いーじゃん、別に」
「兄上……」
 大雑把な物言いにレイナは眉を寄せ、レクサはそんな妹ににやり、と笑いか
けた。
「どーせ、遅かれ早かれ向こうのアミには引っかかる。大体、アーヴェン相手
に誰が穏形なんぞできんだよ? それこそ、夢家星家月家でもなきゃ、ムリだ
っつーの。
 なーら、さっさと見つかって、バッチリお出迎えの準備整えてもらった方が、
断然おもしれーじゃんよ」
「ですが、何も自ら奇襲の優位を捨てずとも……」
「んーで、奇襲返しに特大のメテオストライクくらうんか? 前の戦ん時の、
ヴィズルのアホどもみてーに?」
 なおも言い募るレイナに、レクサはさらりとこう返していた。
 五年前のヴィズル戦役の際、アーヴェンに奇襲をかけた帝国軍は『緊急時』
という理由で発動された禁呪・メテオストライクにより壊滅的なダメージを受
けていた。
 たった一撃。天空より飛来した流星の一撃によって、二千を越える侵攻軍は
後退を余儀なくされたのだ。そしてこの一撃が転機となり、聖王率いる聖騎士
侯軍は大陸内部の帝国軍勢力を撃破。その後、帝国内部で反政権運動を繰り広
げていたレアス皇子――つまり現在の皇帝レアス一世と同盟、時の皇帝ガレシ
ス一世との直接対決を経て、ヴィズル戦役は終結した。
 ある意味では全ての転機ともなった流星。その事はレイナも覚えてはいるの
だろうが、やはり、納得できない部分もあるらしく、ですが、と言って更に眉
を寄せた。その表情にレクサはやれやれ、と息を吐く。
「水家のオバさん、やるったらやるだろ〜? 真っ向勝負の方が安全なんだよ。
あちらさんは兵力の補充に難がありまくるんだ、味方巻き込んでまでメテオは
しねーだろ」
 多分に大雑把だが、正論である。故に、レイナは反論を諦めざるを得ないよ
うだった。
「だいったいだな、レイナ」
 俯くレイナに、レクサは妙に得意げにこう続けた。
「奇襲なんてセコイ手は、オレの、そしてフェンレイン傭兵団のスタイルじゃ
ねぇ。オトコは黙って、真っ向勝負! こーじゃなきゃ、面白くねぇっての!!」
 びしっ、と指を立て、きっぱりと言いきる。レイナは一瞬、毒気を抜かれた
ような表情になり。
「……兄上! 真面目にやってください!!」
 次の瞬間、鞘入りの剣でレクサの後頭部を殴り倒していた。

 ざわめきが、平原を覆っていく。
 ファミーナのもたらした『氷家発見』の報を受け、レイリアは迎撃部隊とし
て選抜していた各隊に出撃を命じた。部隊は、アルスィード魔導騎士団の第三
隊を中心に展開している。
 当初、先陣はフレイルーン聖騎士団に、と言われていたのだが、リンナがそ
れを辞していた。レイリアはすぐに納得したが、先陣を切れない、という報に
騎士たちはやや不満げだった。
「先陣切らずして、何の騎士か」
「リンナ様は臆されているのか?」
 こんな言葉がそこかしこで交わされている。本来ならばそれを諌めるべきカ
リストが無言と言う事もあり、私語は止まる様子もない。そして当のカリスト
はと言えば、冷ややかな視線をリンナに向けていた。彼自身、この決定に不満
がある事がその態度から容易に窺い知れた。
 そんな中で、当のリンナはといえば。
「本当に、大丈夫か?」
「ああ……大丈夫……」
 問いかけるファディスに、かすれた声でこう答えていた。とはいえ、その顔
色はお世辞にもいいとは言えない。
「だけど……」
「何でもない……本当に、何でもないんだ。ちょっとした事だから」
 更に言い募るファディスに、リンナは少し無理して笑って見せる。ファディ
スはならいいけど、と呟いてリンナの側を離れた。
 多くの生き残りが冷ややかな態度を取る中で、ファディスと年齢の近い数人
の騎士は以前とあまり変わらずに接してくれる。ちょっとした事といえばそう
だが、リンナにはそれが嬉しかった。
「……ふう……」
 ファディスが離れると、リンナは小さく息を吐いた。理由はわからないが、
妙に頭ががんがんする。体調は万全に整えてあるし、別に、こうして戦場に立
つのが怖いという訳でもない。それでは何故、と問われると困るのだが、強い
て言うなら、
(……嫌な予感がする……)
 という事になるだろうか。具体的に何がどうなのか、と問われると困るのだ
が、とにかくこの戦い、ただ前だけを見ていてはならないように思えるのだ。
「……リンナ!」
 呼吸を整え、気を鎮めようと試みていると上から声が聞こえた。ファミーナ
だ。
「先陣が、氷家と接敵したわ!」
 ファミーナの言葉が、隊にざわめきを呼ぶ。
「向こうの陣は、どんな感じ?」
「陣も何も、てんでバラバラよ! 一応、一点集中、中央突破だけど、気まま
にあっちこっちに散ってるって感じね」
「……さすが、レクサ……」
 呆れたような説明に、リンナは思わずこんな呟きをもらしていた。レクサと
は、ヴィズル戦役の時に行動を共にしていた時期がある。彼の破天荒さは、そ
の時から変わらず、という事らしい。
「敵将に感心している場合では、ないのではありませんか?」
 何気ない呟きにカリストが冷たい声でこんな事を言う。リンナはわかってい
ます、と答え、それから改めてファミーナを見た。
「一点突破、というよりは、レクサの独走に他がついて行ってる乱戦だね?」
「ま、そんなとこね。布陣の意味があんまりないのよね、ああなると……」
「……相手にその概念がないからね。それで、リューディたちは?」
「先陣の方にいたけど……でも、もうわかんないわよ。あの二人もとにかく動
き回るから」
「確かに。でも、そうなると……」
 呟いて、思案を巡らせる。リューディの性格と現在の行動、そしてレクサの
気質。フェンレイン傭兵団の戦闘様式。様々な要素を合わせて考えていくと、
戦場の形が見えてくる。
「戦場は、リューディとレクサを中心に展開する……ね。向こうは、魔法を使
わせないように乱戦に持ち込むだろうから、そうなると……」
 その状況でもし、敵に増援があれば。思わぬ所から奇襲を受けたとしたら、
水家の騎士は対する事ができるか。答えは、恐らく否。ヴィズル戦役以降に任
命された騎士の多いアルスィード魔導騎士団は、浮き足立つ可能性が高い。
「……」
 この予感が、杞憂であればいい。だが、どうにも落ち着かないのは事実だ。
嫌な予感がしてならない。
「ファミーナ、何か……」
「リンナも、落ち着かないの?」
「うん……どうにもね……」
 思いきって呼びかけると、ファミーナはあっさりとこう返してきた。その通
りなので、リンナは頷いてそれを肯定する。
「リンナ様、どうなさるのですか?」
 そこにカリストが冷たくこう呼びかけてくる。リンナはそちらを振り返り、
こちらに向けられる冷たい視線に一瞬気圧された。リンナは一つ深呼吸をし、
その視線を受け止める。
「隊を……陣の、後方へ。そこで、待機します」
 静かなこの言葉は、その場にざわめきを呼び起こした。

「はあっ!」
 気合一閃、振るわれた刃が敵を捉える。半歩動いて噴き出す血を避け、側面
から斬りかかる敵に横なぎの一閃をお見舞いした。
 戦場。生死をやり取りする場所。
 その只中にいる事は、思っていた以上の負担として圧し掛かって来る。
「なぁ、レヴィッド……」
「はいよ」
「水家って……」
「戦場初心者、六割越え」
「……やっぱり」
 短い言葉だけでレヴィッドは問いの真意を察し、その答えにリューディはた
め息をついた。
 乱戦状態に持ち込まれた事、予想もつかない敵の動き。それらに、見事と言
いたくなるほど完璧に翻弄されている兵が多すぎる。そして彼らの不安は、そ
のままリューディに負担として圧し掛かって来るのだ。
「まあ、お方様、主戦力は温存したいんでしょっけど……ねぇ!」
 軽い口調とは裏腹に、鋭い突きが風を切って繰り出される。槍の穂先は的確
に、敵の喉を貫いた。鮮やかな真紅を舞い散らせた銀の穂先を、レヴィッドは
無表情に引き戻す。
「て言うかさ、火家、動いてないな?」
 ふと思いついたようにレヴィッドが問いかけてくる。リューディはそれに、
ああ、と頷いた。
「なんでかね? お方様は、初戦で健在をアピールさせるつもりだったろーに
さ?」
「恐らく……リンナも、感じてるんだと思う」
 呟くように言いつつ、リューディは斬りかかってきた敵兵をフェイントでい
なし、態勢を崩した背に向けて容赦なく剣を振り下ろした。
 銀の刃が、真紅を散らす。その色彩だけを見るならば、それは美しい乱舞と
言えた。
「感じてるって、何を?」
「何か、来るって事を、さ……」
「……先行師団……あの、おっさんか?」
「他に思いつくかよ? ま、リンナがそっちに回ってくれるなら、助かるけど
な」
 言いつつ、リューディはきっと前を見据える。いつの間にか、前方は綺麗に
開けていた。そして開けた空間の先には――。
「あらら、氷狼さんだ」
 レヴィッドが呆れたように呟く通り、二人の前方には漆黒の剣を下げた銀髪
の剣士――レクサが立っていた。氷を思わせる青の瞳は、ぴたりリューディを
捉えている。その口元には、微かな笑みが見て取れた。
「会いたがられてたっぽいな」
「……嬉しくない」
 からかうような言葉に仏頂面で吐き捨てつつ、リューディはゆっくりと剣を
構える。蒼の瞳は、こちらもレクサを捉えていた。
 戦場の喧騒の中、そこにだけ静寂が張り詰め、そして。
「……はっ!」
「おりゃっ!!」
 ほぼ同時に、二人は走り出していた。銀と黒、二降りの刃が互いを捉え、鋭
い音を響かせる。
「へっ……久しぶりだな、リューディ!」
「できれば、このパターンでだけは、会いたくなかったぜ、レクサ!」
「そう言うないっ! 成り行きだ、成り行きっ!!」
 交わす言葉はどこか軽いが、しかし、二人を取り巻く空気は鋭く、他者の介
入を一切許す気配はない。取り残された形のレヴィッドは一つ息を吐き、
「……っとお!」
 直後に、側面から斬りかかる気配を感じてばっと飛び退いていた。奇襲に失
敗した者は舌打ちをしつつ、こちらもわずかに下がって身構える。
「およ? 女のコ?」
 低く身構えつつ襲撃者を観察したレヴィッドは、思わずこんな呟きをもらし
ていた。この言葉に、相手――レイナは露骨にむっとして見せる。
「女だから、なんだと言うのですか?」
 言葉と共に、レイナは右手の剣の切っ先を突きつけてきた。透き通った氷を
思わせる細身の小剣、それが両手に一本ずつ握られている。その剣がなんであ
るか、そして相手が誰であるか、レヴィッドは即座に理解した。
「双剣フラウ・ワルツ……ああ、そーか。じゃじゃ馬姫がいるのは、水家と雷
家だけじゃあないんだっけねぇ」
 の〜んびりと言い放ちつつ、レヴィッドはちら、とリューディの方を見る。
リューディとレクサは既に一騎討ち状態に入っていた。
(氷狼さんは、純粋にリューディとやり合いたいだけだろっけど……こちらさ
んは、オレの動き封じが狙いっぽいな)
 現状、戦場はリューディとレヴィッドの二人によって維持されていると言え
る。二人がこまめに位置を変え、押されている所を援護する事で保たれていた
のだ。故に、リューディとレヴィッドが動きを止められると、フォロー不足か
ら同盟軍は切り崩されやすくなる。
(っだ〜、もう、水家の姫さんが前に出て、激飛ばしてくれりゃ士気も安定す
るだろーにねー)
 象徴的な存在が戦場に与える影響は大きい。レイリアも、当初はランシアに
その役目を与えるつもりだったはずだ。にも関わらずランシアは自身の感情に
囚われ、その責を果たせる状態ではない。
 そしてもう一人、象徴となり得るリンナはと言えば後方で警戒を続けている。
とはいえ、リンナの場合『御輿』をやろうにも、『担ぎ手』がいないも同然な
のだが。
 リューディが正式な月家の当主として戦場に立てるならこれまた申し分ない
象徴なのだが、これはない物ねだりと言わざるを得ない。
「嬉しくなるくらい、まとまってね〜よなぁ……っとと!!」
 思わずぼやいた所に、レイナが素早いラッシュを仕掛けてきた。両手に握っ
た一対の剣が美しく、そして鋭い動きで舞う。レヴィッドは巧みな槍さばきで
その斬撃を受け流すと、バックジャンプで距離を開けた。
「戦場で物思いとは余裕ですね。それとも、相手が女だからと侮っているので
すか?」
「いえいえ〜♪ むしろ、戦場では女が怖いです〜っと」
 低く問うレイナに、レヴィッドは軽くこう返す。どこまで本気かわからない
物言いに、レイナは眉をひそめた。ストレートな反応にレヴィッドはにっと笑
う。生真面目な相手なら、どうにか引っ掻き回して走り回れるだろう。
「初戦、負け戦はキツいもんね〜」
 小さく呟きつつ、レヴィッドは闇渡りでレイナの後ろに回り込んだ。突然の
事に驚いたレイナが振り返ろうとするよりも早く、レヴィッドはその首筋に軽
く息を吹きかける。
「……なっ……」
「お、反応あり」
 これでしないと言うのも、それはそれでどうかと思うが。さすがにと言うか、
振り返ったレイナは顔を真っ赤にしていた。あからさまな怒りと戸惑いを、レ
ヴィッドはにぃ、と笑って受け止める。
「き……貴様っ!」
「にゃはははははははは、油断、大敵ってコトで〜♪」
 軽い口調でこう言うと、レヴィッドは走り出す。レイナに向けて、ではなく、
その横方向へ。ほんの一瞬身構えたレイナは、見事に肩透かしを食らったよう
だった。
「くっ……待て!」
「戦場で、待てと言われて待つバカなし〜っと♪」
 軽く言いつつ、レヴィッドはあっちこっちへと走り回る。勿論、ただ走り回
るのではなく、押され気味の味方を援護し、孤立して各個撃破されないように
注意を促しながら、なのだが。
 そのついでに、レイナの前に立たないように、とも警告しておく。頭に血が
上ったらしいレイナはレヴィッド一人をターゲットして見なしている。レクサ
がリューディに集中している現状、レイナがレヴィッドに固執しているのは同
盟軍に有利だ。当初、レイナが狙っていた状況を、レヴィッドは自軍に都合の
いい形で作り出していた。
(あとの問題は……)
 リューディ、そしてリンナとファミーナに不安を抱かせているもの――先行
師団がどう動くか。それが、最大の問題と言えた。

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