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「何を、してるんですかっ!」
 剣に手をかけつつ問うと、黒衣の一団が一斉に振り返った。その動きによっ
て視界が開け、一段が追い詰めている者の姿が目に入る。
「な……アレオン公の、ご子息……」
 聞こえてきた声からよもやと思っていた通り、そこに座り込んでいたのはフ
ランツだった。彼がここにいる事に疑問を感じつつ、ランディは剣を抜いて身
構える。いつもなら相手の反応を見てから剣を抜くのだが、この一団に関して
はそんな悠長な事を言ってはいられないような気がした。
 剣を手にしてフランツを追い詰めている、という時点で他者に対して友好的
な集団とは思い難いし、もし、フランツが何者か知った上でこの状況になって
いるのであれば尚更、穏便に事が運ぶとは思えなかった。
 こんな考えから珍しく早々と剣を構えたのだが、身構えた直後にランディは
自分の判断が間違っていなかった事に気づかされた。ランディを見た瞬間、黒
衣の一団はフランツの事など忘れたかのように、一斉に剣の先をランディへと
向けてきたのだ。
「……人気だな」
 隣にやって来たウォルスがぼそりと呟く。
「嬉しくないよ、こんなの……」
「だろうな」
 つい情けない声を上げると、ウォルスはさらりとこう返しつつカードを指に
挟んだ。その間にスラッシュ、ファリア、レイチェルと、アレフとライファス
も追いついて来るが、アレフがやって来た時、一団に変化が生じた。それまで
はランディにのみ注がれていた黒衣の一団の視線が、一斉にアレフの方へと向
いたのだ。より正確に言うのであれば、アレフの手にした槍に、なのだが。
「ラ、ライファスっ! 助けてっ!!」
 場に張り詰めた緊張の糸を絶叫が断ち切る。ライファスに気づいたフランツ
が半ば泣きながら叫んだのだ。
 それを合図とするかのように、黒衣の一団が動く。流れるような動きで二手
に分かれた彼らは、ランディとアレフに標的を定めて切りかかってきた。
「わっ……」
「アレフくん、落ち着いて!」
 迫る敵に動揺するアレフに困惑するアレフに声をかけつつ、ランディは打ち
込まれた一撃を弾く。
 空間的に動きが制限され易いため、アレフの戦い方は不利になり易い。その
状況で動転してしまうと、かなり厳しくなる──と思ったのだが。
「な、なんでこっちくんだよっ!?」
 呼びかけた時には既に遅く、アレフは動揺の真っ只中にあった。黒衣の者た
ちはアレフの懐近くまで踏み込み、その攻撃を封じている。アレフは繰り出さ
れる剣をどうにか弾いているものの、それで精一杯なのは誰の目にも明らかだ
った。
 何とかフォローしたいところだが、ランディ自身も複数の敵を相手取ってい
る。目の前に集中しなければ、自分自身が危うい状況なのだ。
「……厄介な状況だな。広域攻撃は使えんし」
 状況を見て取ったウォルスが低く呟く。
「いや、まったくで。バックアップの指示はよろしく、オレは槍少年のフォロ
ーに入るからっ!」
 その呟きにため息まじりの呟きで返したスラッシュが地を蹴って跳躍する。
長身が軽々と宙に舞い、次の瞬間、勢いをつけた飛翔蹴りがアレフに攻撃を仕
掛けている黒衣の者の一人を捕えた。着地したスラッシュは素早く抜いた小太
刀を両手に構え、今、蹴りで体勢を崩した黒衣の者に切りかかる。
「レイチェル、お前もあっちをフォローしてやれ。セイラン!」
 その動きを目で追いつつウォルスは大雑把な指示を出し、自分は異界の龍を
呼び出した。
「奥にいる戦力外のガードを頼む。あれは、こちらの動きを鈍らせるからな」
 ため息まじりの指示に薄紫の龍は御意、と応じてフランツの所へと飛ぶ。
「向こうの心配は無用だ。そちらも、援護を頼む。確認しておくが、魔法の使
用は許可されているはずだな?」
 セイランがフランツの元へ到達したのを確かめると、ウォルスはまだ困惑し
た様子のライファスにこう問いかけた。呼びかけに我に返ったライファスはえ
え、と頷き、この返事にウォルスは立ち尽くしているファリアを振り返った。
「だ、そうだ。符術では小回りの効く援護がし難い。ランディのフォロー、任
せるぞ」
 短くこう言うと、ウォルスは手にしたかカードを素早く投げる。白いカード
が大気を裂いて飛び、ランディの側面を突こうとしていた黒衣の者の肩をかす
める。ウォルスはそのまま前に駆け出し、カードの一撃で体勢を崩した黒衣の
者の足元に低い姿勢からの蹴りを繰り出して転ばせる。こちらも、近距離格闘
戦で行くつもりらしい。
 レイチェルがスリングに小石を絡め、ライファスも弓を用意して援護射撃を
始める中、ファリアだけが動かなかった。より正確に言うならば、動けないの
だ。
 狭い空間の中での乱戦になってしまったため、広範囲に影響を及ぼす魔法は
使えない。味方を巻き込む恐れがあるからだ。こういう状況では、能力を強化
する物や単体を対象とした攻撃魔法による援護が適当とわかってはいる……の
だが。
(あ……あれ?)
 杖の封じられたカードを手に魔力の集中を始めた直後に、ファリアは異変に
気がついた。
「え……ど、どうして?」
 困惑した声が口をつく。いつもと同じ手順で力の集中を始めたはずなのに、
何も起こらないのだ。
(魔力の集中が……できない?)
 戸惑いつつ、深呼吸をして再び精神を集中する。そうして自身の魔力を手に
したカードへ向けて流し込もうとするが、力の流れが発生する気配は全くない。
まるで、魔力そのものが消えてしまったかのように、何の反応もないのだ。
(なに、これ……一体、どうなってるのよっ!?)
 動揺しつつも三度集中を始めるが、やはり、魔力が集まる気配はない。魔力
が集まらない、という事は魔法が使えない、という事に直結する。それは転じ
て、『何もできない』という現実を示唆していた。
(うそ……こんな、事って……)
 思いも寄らない状況に、ファリアは思わずその場に座り込んでいた。
「ファリアちゃんっ!?」
 それに気づいたレイチェルの呼びかけに応える余裕もなく、ファリアはただ、
手にしたカードを見つめるしかできなかった。
「……ありゃ、もしかするとヤバイかも」
 ファリアの様子に気づいたスラッシュが眉を寄せつつ呟き、
「これだから、女の感傷は厄介だと言うんだ」
 タイミング良くスラッシュと背中合わせの位置に立ったウォルスが低く吐き
捨てた。
「そう、言いなさんなって!」
 その言葉に苦笑しつつ、スラッシュは手にした小太刀を繰り出す。黒衣の者
は、一応は攻撃を受け流そうとするのだが、時折り簡単に避けられそうな甘い
一撃を自分から受けるような動きをするのが何とも奇妙だった。
(この人たち、やっぱり……)
 攻撃を自分から受けようとする動きに、ランディは嫌な予感を覚えていた。
剣を受ける瞬間に恍惚としていたヴァルダの姿が、ふと脳裏をかすめる。この
黒衣の者たちが『死拝者』と関わりがある、あるいはそのものであるならこの
動きにも納得は行くのだ。嬉しくはないが。
 こんな事を考えつつ、振り下ろされた刃を弾いて目の前の敵の体勢を崩す。
そこに生じた隙を突いてランディは切り下ろしの一撃を放ち、銀の剣が黒衣の
者を捉えた。
 真紅が舞い散り、黒衣の者が大きくよろめく。容易に追撃できる状況だが、
ランディは敢えてそれをせずに後ろに下がった。できるなら生かしておいて情
報を得たいし、相手を殺したくない、という思いは、それが甘えである、と理
解していてもなお、消える事はない。そんな思いから一撃必殺を狙える状況で
敢えて寸止めをかけたのだが。
「く……くくくっ……」
 一撃を受け、後ろによろめいた黒衣の者低い笑い声を上げた。顔の半分は覆
面で覆われているため表情の判別はつかないが、唯一覗いている目は異様な光
と熱を帯びていた。その目からは何かを期待しているような雰囲気も伺え、そ
れがランディの嫌な予感を確信へ近づける。
「やっぱり、『死拝者』……?」
 剣を握り直しつつ低く呟いた時、
「何なんだよっ!? ニヤニヤしながら、寄ってくんじゃねぇよぉっ!」
 アレフが絶叫じみた声を上げるのが耳に届いた。切迫した声にはっとそちら
を振り返ったランディの視界を、真紅が横切る。
 接近されたための条件反射だったのだろうか。アレフはそれまで振り回して
いた槍を真っ直ぐに突き出し、その銀の穂先は根元の両翼の所まで黒衣の者の
胸に食い込んでいた。
「……っ! アレフくんっ!!」
 故意か偶然かは定かではないものの、見事に急所を捉えたその突きに一瞬呆
気に取られていたランディだったが、槍を繰り出した姿勢で固まっているアレ
フに気づくと慌ててその名を呼んだ。
 呆然とした表情と、全身の微かな震え。
 その様子は、初めて人を殺めた時の自分を、容易に思い起こさせた。
「アレフくん、しっかり!」
 呼びかけつつ、ランディは切りかかってくる黒衣の者の剣をはね退ける。そ
の声にアレフはようやく我に返ったらしく、その身体が大きく震えた。
「う、あ……わあああああっ!」
 直後に絶叫がほとばしり、アレフは槍を思いっきり、上へ向けて振り上げよ
うとする。突き刺した状態では通常、骨などの抵抗によって不可能と思われる
その動きだが、穂先の鋭利さ故かそれ以外にも理由があるのか、槍は黒衣の者
の身体を食い破り、紅い弧を描きながら上へと抜けた。
「……っ!?」
 それとほぼ同時に、ランディは胸元に微かな痛みを感じる。『時空の剣』の
警告だ。突然の事にランディは戸惑うものの、状況はそれを許してはくれなか
った。
「ランディっ!」
 ウォルスが鋭い声で名を呼ぶのが耳に届き、直後に紅い光が視界をかすめる。
光の源は、先ほどランディが手傷を負わせた黒衣の者の手だ。
「……っ!? まさかっ!」
 嫌な予感が脳裏をかすめる。状況は、死霊術師ヴァルダの自爆を容易に思い
起こさせた。見れば、今アレフの暴走によって更なる深手を負う事となった者
も同じように光を灯している。それ以外の黒衣の者たちは攻撃の手を止めて距
離を取り、紅い光を灯した二人にじっと視線を注いでいた。
「アレフくん、下がって!」
 叫びつつ、ランディは震えながら立ち尽くすアレフに駆け寄り引き摺るよう
にして後退させる。それと前後して、紫色の光の球がライファスのすぐ横に現
れた。ヒカリはぱんっと音を立てて飛び散り、中からセイランとフランツが姿
を見せる。空間転移でこちらへ避難させて来たらしい。セイランはすぐさまウ
ォルスの所へ飛び、ランディもアレフを強引に座らせてからそちらへ駆け戻る。
「ウォルス……」
「間違いないな……セイラン、そこの二人を結界の中に押し込めろ!」
 短く名を呼ぶとウォルスは低く呟いて頷き、異界の龍に指示を出した。セイ
ランは御意、と応えて二人の黒衣の者の周囲をぐるりと一巡りする。その動き
の後を追って振りまかれた紫色の光の粒子が、ドーム状の結界で二人を包み込
んだ。
「無限の安らぎへの門を越え……」
 セイランがウォルスの所へ戻るのと前後して、黒衣の者たちが呻くような声
を上げた。
「いざ……悠久の楽園へと旅立たんんんんんっ!!」
 絶叫と共に真紅が弾ける。黒衣の者たちが紅い光──集中した魔力を爆発さ
せたのだ。通常であれば周囲を吹き飛ばしかねないであろうその力はセイラン
の張り巡らせた結界に押さえ込まれ、力を解き放った当事者たちを文字通り跡
形もなく吹き飛ばして消滅した。
 重苦しい沈黙が、場に張り詰める。
 生き残った黒衣の者たちはいつの間にか姿を消しており、辺りはしん……と
静まり返った。
「……はた迷惑な連中だな」
 その沈黙を、ため息を交えたウォルスの呟きが打ち破る。はっきりそれとわ
かる嫌悪を込めたその呟きに、ランディはうん、と頷きながらため息をついた。
「何ともはや、迷惑な理想を持ってる連中だねぇ……」
 小太刀を鞘に収めつつ、スラッシュが吐き捨てるようにこう言った。
「何が理想だ。あれは単なる現実逃避に過ぎん……ま、今はそれについて論じ
るより、目の前の現実逃避者どもをどうにかした方がよさそうだがな」
 それに淡々と突っ込みつつ、ウォルスはその場にぺたりと座り込んでいる三
人──ファリア、アレフ、フランツを見やった。アレフとフランツは茫然自失、
ファリアは、きつく唇を噛んで俯いている。それぞれの様子に、ランディは眉
を寄せつつそうかもね、と呟いた。
「ま、取りあえず場所を変えて休憩するのを提案。そこのお坊ちゃまには、色
々と話をを聞かなきゃならんでしょ?」
 スラッシュの提案にそうだね、と呟きつつ、ランディは剣を布で丁寧に拭っ
て鞘に収める。それから何気なくアレフの槍を見たランディは、異常に気づい
て眉を寄せた。
(血の跡が……消えてる?)
 人の身に深く食い込み、その跡を残しているはずの穂先には何故か汚れらし
き物はなく、冷たい光を放っている。その冷たい光に反応するように、『時空
の剣』が警告を伝えてくるのが感じられた。

 ひとまず場所を変えて休憩しよう、という結論に至った一行は、ライファス
の案内で近くの水場へと移動した。フランツはショック状態に陥ってるらしく、
ライファスにしがみついた状態で何も話そうとしない。話を出来る状態ではな
いのだろうが、いずれにしてもこちらはライファスに任せておくのが無難だろ
う、と判断したランディは、ファリアの方へと歩み寄った。
 初めての実戦に衝撃を受けているアレフも心配ではあるが、これは周囲がと
やかく言ってもアレフ自身が納得できなければ意味はない。ランディ自身、こ
れに関しては未だに迷いを断ち切れていない事もあるが、そっとしておくのが
一番いいように思えたのだ。それに、先ほどの戦闘でファリアが全く動いてい
なかった事は、やはり気にかかっている。
「ファリア、大丈夫?」
 そっと呼びかけると、ファリアは何故かびくっと大きく身体を震わせた。予
想外の反応に、ランディの方が逆にぎょっとする。
「……ファリア?」
「へ、平気っ! 何でもないっ!!」
 戸惑いながら名を呼ぶと、ファリアは早口にこう返してきた。
「な、なんでもないって……」
 とてもそうは見えないだけに、余計に心配が募る。つい、眉を寄せて難しい
表情を作ると、ファリアは慌てたように大丈夫だからっ! と言って目をそら
した。
「そう言うけど全然大丈夫にも、何でもなくも見えないよ! どうしたの? 
どこか、具合でも……」
「そんなんじゃないのっ! そうじゃないから……ごめんね、ちょっとだけ、
一人にして……」
 具合でも悪いの、という問いを遮るようにこう言うと、ファリアは足早に木
々の向こうへと走って行く。
「ファリア!?」
 突然の事にランディはぎょっとしつつその後を追おうとするが、
「放っておけ」
 投げやりな言葉と共にマントの裾が引っ張られたため、慌てて足を止めた。
一体いつの間に掴んでいたのか、ウォルスがマントの端をしっかりと握ってい
たのだ。
「放っておけって、でも!」
「今、お前が気を使えば、逆にあいつを追い詰める可能性が高い。少し、距離
を置いてやれ」
 つい感情的な大声を上げるランディに、ウォルスは静かなままでこんな事を
言った。思わぬ言葉にランディはえ? と言って瞬く。
「追い詰める……ぼくが、ファリアを?」
「憶測だがな。それに、お前はここにいた方がいい……その方が、抑えになる」
 困惑しつつ問うと、ウォルスはさらりと答えつつ、アレフの方を見た。蒼氷
の瞳はアレフの傍らの槍に厳しい視線を向けている。その様子から、ウォルス
が槍に関する同じ現象に気づき、それに危惧を抱いているのが察せられた。
 とはいうものの。
「それはわかるけど、でも……」
 アレフの槍への疑問は確かに強いが、しかし、ファリアを心配する気持ちと
天秤にかければ圧倒的に後者が重い。ファリアが消えた辺りを見やりつつ言葉
を濁すと、ウォルスはやれやれ、とため息をついた。
「……それにな」
 それから、投げやりな口調でぼそりと呟く。
「それに……なに?」
「女は、体質的に、情緒不安定に陥り易い周期があるものだ」
「……え?」
 さらりと言われた言葉に、ランディはただ絶句するしかなかった。そんなラ
ンディの肩をぽん、と叩くと、ウォルスはファリアの消えた木立へと歩き出す。
「ウォルス?」
「迷子札を渡してくる。はぐれられてはかなわんからな」
 さらりとこう言うと、ウォルスは木々の間へ姿を消した。ランディは複雑な
思いを抱えつつ、その背を見送る。
(何も、できないのかな……こんな時に……)
 自分が落ち込んでいた時は、ファリアに救われたのに、ファリアが悩んでい
るに時は何も出来ない。
 そう考えると、言いようもなく歯がゆく思えた。

「……それにしても、厄介だな」
 木立の奥へ分け入り、一人きりになるとウォルスは大きくため息をついた。
 古代語魔法が使えない、というのは、探索を行う上で大きな枷となり易い。
それだけに、その唯一の使い手であるファリアが魔法を使えなくなっている、
という現状は厳しかったどう考えても『荷物』が増えそうなこの状況では、尚
更頭が痛くなってくる。
 とはいえ、愚痴をこぼしていても始まらない、と思った時、淡いバラ色が視
界をかすめた。木の根元にファリアが膝を抱えて座り込んでいるのだ。陰った
その瞳に、ウォルスはまだため息をつく。
「落ち込む権利の否定はせんが、単独行動の危険性は考えてからの方がいいぞ」
 ゆっりと近づいて声をかけると、ファリアははっと顔を上げてこちらを振り
返った。安堵と落胆、それから不安。くるみ色の瞳には、それらの色彩が混在
している。
「それは……わかってるけど」
 つと目を逸らしつつ、ファリアはぽつんとこう呟いた。
「なら、早めに戻ってやれ。ただでさえ、心労が増えそうな雲行きだからな」
 敢えて誰の、という部分を省いた言葉に、ファリアは何も言わずに唇を噛む。
それを横目に見つつ、ウォルスはカードを数枚取り出した。無地のカードの角
に指を滑らせ、重ね合わせた二枚のカードの間に真紅をこぼして複写する。
「回りくどい話はしなくて構わんから、結論だけ答えてくれ。さっきは、魔法
を使わなかったのか、それとも使えなかったのか?」
 ストレートな問いに、ファリアの肩がびくり、と震えた。ウォルスは何も言
わずに、今複写したカードを二つに割る。
「……使えなかった、という事か」
 静寂を経てウォルスがもらした呟きを、ファリアはこくんと頷いて肯定した。
ウォルスはやれやれ、と嘆息しつつ、二つに割ったカードの一つをファリアに
差し出す。
「……なに、これ?」
「迷子札だ、持っておけ」
「迷子札って……」
 さすがにと言うか、『迷子札』という物言いにファリアは眉を寄せた。ウォ
ルスは、否定できまい? と受け流しつつファリアにカードを握らせる。
「冗談はさておき、落ち込みきった挙句に行方不明、というのはシャレになら
んからな」
「でも、あたし……」
「生憎、オレはお前の泣き言には付き合えん。ランディを頼るのが怖い、と言
うなら、一人で述懐するか、スラッシュ辺りで代用してくれ」
 再び目を伏せるファリアを遮り、ウォルスはさらりとこんな事を言う。この
言葉に、ファリアは言葉の続きを飲み込んで唇を噛んだ。その様子に、ウォル
スはまた小さく息を吐く。
「一つだけ、言っておく。力の善悪を定めるのは、使い手の心得のみ、だ。力
とは無垢な存在であり、その向かう先はそれを手にし、用いる者以外に定めら
れはせん。
 お前の力の定義、在り方を定めるのは周囲ではなく、お前自身。それは覚え
ておけ」
 俯くファリアにこう告げると、ウォルスは踵を返して歩き出す。ある程度進
んでから振り返って見ると、ファリアはまだ俯いたままだった。
「……まったく」
 これだから女というヤツは、と声に出さずに呟くと、ウォルスはランディた
ちのいる広場へと戻って行った。

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