第二章目次へ


   ACT−4:死者の宴

 白い静寂が、重たく街に張り詰めている。
 音というものの全てが奪われたような空間。その中を、物言わぬ死者の群れ
がゆっくりと進んでいく。
「……う」
 その只中に飛び込む形となったランディは、着地するなり呻くような声を上
げていた。重い沈黙と冷たい霧、そして目の前の死者の群れが放つ幽気。どれ
を取っても心地良いとはお世辞にも言えない──いや、言いたくないものばか
りだ。そして、それらに対して『時空の剣』が放つ警告が、ちりちりとした痛
みとなって胸元に響く。
「これはまた……随分と、豪勢だな」
 続けて飛び降りてきたウォルスが、ぼそりとこんな事を呟いた。ランディは
ゆっくりと立ち上がりつつ、そういう問題じゃないんじゃない? と問いかけ
る。
「ま、そうだろうな。で、どうする?」
 それをさらりと受け流しつつ、ウォルスは逆にこう問いかけてきた。
「彼の……アレフ君の、水車小屋へ」
「……妥当な選択だな」
 ランディの言葉はウォルスの予想していた通りだったらしく、その手には既
に紅で紋様を描いたカードが握られていた。
「道を開いて一気に抜けるぞ。恐らく、ザコどもをいくら潰しても意味はない」
「……うん、そんな感じだよね」
 古びた武具を身に着けた骸骨と半透明の霊体の群れを見回しつつ、ランディ
はため息をつく。
 確かに、ルシウスは過去、戦場だった。特にここ、アレオン候領は敵──つ
まりカティスと近接していた事もあり、激戦区だったと聞いている。それだけ
に、こう言った不死怪物の素材となる死者には事欠かないのだろう。嫌な現実
だが。
「感傷に浸るのは、余裕のある時にしろ」
 ため息をつくランディに向け、ウォルスは淡々とこう言い放つ。ランディは
それに、わかってる、と短く返して表情を引き締めた。
 話をしている間に、周囲は不死怪物に取り巻かれている。だが、襲いかかっ
てくる気配はない。その様子は何かを警戒しているようにも見え、また、彼ら
の動きを封じようとしているようにも見えた。いずれにしても、そこから感じ
るのは何者かの意図的な介入に他ならない。
 勿論、こんな大発生が自然現象という事自体、あり得ないのだが。
「行くぞ」
「いつでも!」
 短い言葉のやり取りを経て。
「巡るべき輪より引き離されしもの、その泡沫なる在り方を捨て、本来在るべ
き態へと回帰せよ……浄!」
 鋭い声と共に、ウォルスがカードを投げる。カードは白い光の尾を引いて真
っ直ぐに飛び、その光に触れた不死怪物たちは同じ色の光の粒子となって消え
失せた。ランディとウォルスはどちらからともなく、その光の帯に素って走り
出す。二人が市街地を抜けるとカードはふわり、と夜空に舞い上がり、砕け散
って周囲に光を振りまいた。白い光は雪さながらに降り注ぎ、それに触れた不
死怪物を光に変える。
 霧の立ち込める空間に漂う、光の雪。それは、そこに異様な幽気さえなけれ
ば、幻想的という事もできただろう。
 だが、ゆらゆらと進む不死怪物たちの姿は、それを素直に美しい、と称する
事に抵抗を覚えさせた。
(でも、一体どうして……?)
 唐突な大発生もさる事ながら、彼らがアレフの水車小屋へと向かう理由、そ
れが今ひとつはっきりしない。かつて彼の父がかかわったという、二度の大発
生との関連も気にかかる。
(不死怪物の大発生、ワイバーンの襲撃。行方不明の竜騎士と、その息子さん)
 一見すると何らかかわり合いもないようなこれらの要素を結びつける、何か。
その『何か』が、一連の騒動の根底にあるのは感じられるのだが。
「……ランディ!」
 市街地を抜けてしばらく走った所で、ウォルスが鋭い声を上げた。その声に
我に返ったランディは、前方に揺らめく不死怪物たちの中に人影がある事に気
づく。漆黒のマントとローブに身を包んだその姿は、不死怪物の群れの中では
明らかに異質だ。どうやら不死怪物ではなく、人間らしい。
「あれは……」
「どうやら、この群れの司令塔らしいな」
 ランディの呟きに答えるように、ウォルスがこちらも低く呟いた。それにラ
ンディがそうみたいだね、と返すのと前後してローブの人物が二人に気づき、
一歩前に進み出てきた。
「これはこれは……雑事の最中に、思わぬお方にお会いするものですなぁ……」
 ローブの人物は妙に楽しげな口調で二人にこう呼びかけてきた。声からして、
壮年以上の男性らしいと推察できる。明かりらしい明かりがないため表情まで
はわからないが、その視線はじっとランディに向けられていた。
「……あなたは? ぼくを、知っているのですか?」
 絡み付くような視線に戸惑いつつ、ランディは問いを投げかける。これに、
男はくくっ、と低い笑い声をもらした。
「私の名は、ヴァルダ……『死拝者』に名を連ねし者の一人。
 貴方の事は、よぉく存じ上げておりますとも……『世界の鍵』とも言うべき
剣の担い手であり、かの『剣神』の血を受け継ぐ者……我らが導き手も、貴方
には格別の興味をお持ちであらせられます故に」
 一しきり笑うと、男──ヴァルダは楽しげな口調で問いに答えた。その中の
耳慣れない言葉と祖父の冒険者時代の通り名に、ランディは眉を寄せる。
「しは……いしゃ? 何故、お祖父様の事まで……」
「無限の安らぎである死を奉じ、多くの存在にその安らぎをもたらす者……と
でも、ご理解いただきましょうか。『剣神』は……何分、有名な方です故」
 ランディの質問にヴァルダは楽しげなままでこう答える。曖昧な返答にラン
ディが更に問いを継ごうとするのを遮って、
「下らん集団だな。思想が、あまりにも幼稚すぎる」
 ウォルスが低く吐き捨てた。蒼氷の瞳には、いつになく厳しい光が宿ってい
る。
「これはまた……随分な仰りようですな」
 ウォルスの物言いはさすがに気に障ったらしく、ヴァルダの声から笑いの響
きが消えた。
「幼稚を幼稚と言って何が悪い。魂の巡りを不自然に塞き止め、変化のない虚
無に閉じこもろうとする逃避思想……下らんな」
 対するウォルスの声も低く、それが彼の憤りのほどを物語っていた。その厳
しさに戸惑いつつ、ランディはひとまずその困惑を押さえつけてヴァルダに向
けて問う。
「この死者たちは……あなたが?」
 ランディのこの問いに、ヴァルダは何故かため息をついた。
「いえいえ……私ごときの力では、これほど多数に『無限なる時』を与える事
はできません。彼らを目覚めさせたのは、とても強大な力を持つお方ですよ」
 ため息に続いた言葉にランディは眉を寄せた。ウォルスも、元々厳しかった
表情を更に険しくする。
 不死怪物の集団を率いているのはヴァルダだが、しかし、彼は大発生の仕掛
け人ではない、という。それはつまり、これだけの事ができる者が他にいる、
最悪今、別の場所に来ている、という事にもなるだろう。
「……ウォルス」
「後続が来ないのは、どうやらそのせいらしいな」
 低く名を呼ぶと、ウォルスも同じ結論に達していたらしく、呟くようにこう
返してきた。
「で、どうする?」
 短い問いに、ランディは一つ息を吐いた。
「まず、当初の目的果たさないと。それから、できるだけ急いでみんなの所へ」
(だからファリア、無理しないで……)
 静かな口調で問いに答えつつ、ランディは心の奥でこう呟いていた。
 そんな淡い想いほど押し潰されてしまうのが現実であると頭の片隅では理解
していても、それでもそう願わずにはいられなかった。

「……つーか、ねぇ……こりゃ、あからさまに異常だわな」
 その頃、宿一階の酒場ではスラッシュが頭を掻きつつこんな呟きをもらして
いた。
 奇妙だとは思ったのだ。まだ寝静まるにはいささか早い時間だというのに、
不死怪物の発生に関して何ら騒ぎが起きていない事は。そしてその疑問は、階
段を下りてきてすぐにわかった。
「みんな、寝ちゃってる……え、ど、どして?」
 レイチェルが呆然と呟く通り、酒場にいる人々は彼ら三人を除いて全員が眠
り込んでいた。テーブルの上にはまだ温かい料理が並び、つい先ほどまで飲み
食いがされていたとわかる。だが、今は誰一人動かず、皆死んだように眠って
いた。
「まあ、骨の大行進が始まった時点で普通じゃねぇのはわかってたが……」
 ここでスラッシュはため息をついて言葉を切り、それから表情を引き締めて
ファリアを見た。ファリアは自分で自分の肩を掴むようにして立ち尽くしてい
る。その身体は、小刻みに震えていた。
「ファリアちゃん、大丈夫?」
 あからさまな異常にレイチェルが心配そうに問う。それにファリアはどうに
か、という感じでうん、と頷いた。スラッシュは険しい面持ちのまま、開け放
たれたドアから厨房に向かいカップに水を汲んで戻ってくる。
「で、キミの見立てではどんな感じな訳、これは?」
 カップを手渡しつつ低く問うと、ファリアは受け取ったその中身を半分ほど
飲んでから一つ息を吐いた。
「普通の眠りじゃないのは……確かだと思う。魔法の眠り……それも、もしか
したら……」
「もしかしたら……なに?」
 震えを帯びたファリアの声に不安を感じたのか、レイチェルが恐る恐る途切
れた言葉の続きを問う。ファリアはしばしためらう素振りを見せ、それからゆ
っくりと口を開いた。
「……死の、眠り……対象を、眠らせたまま、死に至らせる、死霊魔導かも知
れない」
 かすれた言葉にレイチェルは元から大きな目を更に大きく見開き、スラッシ
ュはやれやれ、という感じでため息をついた。
「っとに、厄介だな。んじゃ、どーする? この状況、このままにゃしとけな
いよな?」
「うん……多分、術をかけた使い手は、街のどこかにいると思うから……急い
で、止めないと」
「それは、そだけど……お兄ちゃんたちは?」
 スラッシュの提案にファリアは一つ頷き、レイチェルは心配そうに眉を寄せ
つつこう問いかけてきた。ファリアもランディを案じているのか、その表情が
不安げに陰る。想う者の身を案じる少女たちの気持ちは何とも微笑ましいが、
しかし。
「大丈夫だって。あの二人、コンビ組んで動くと攻防に隙がねーしさ。それに、
どう考えてもこっちの方が一大事なんだから」
 今はそれに囚われている時ではない。切迫した状況を、スラッシュは諭すよ
うな言葉に織り込んで二人に示した。口調はいつもと大差ないが、瞳に宿る険
しい光が少女たちに現実を感じさせる。
「そ……だよね。お兄ちゃん、強いし」
 沈黙を経て、レイチェルがぽつりとこう呟いた。スラッシュはそうそう、と
言いつつちら、とファリアを見る。ファリアはしばし口の中で言葉を探すよう
な素振りを見せ、それからうん、と頷いた。
「そう……よね。このままじゃ、大変な事になるもんね……」
 スラッシュに答える、というよりは自分自身に言い聞かせるようにファリア
は呟き、その言葉にスラッシュははい決まり、と話をまとめる。
「んじゃま、ぱっぱと行くとしますかね。公共の迷惑やらかす奴には、ぱぱっ
とご退場願わんとならんしね」
 口調こそ冗談めかしているものの、スラッシュの表情はいつになく険しいも
のをたたえていた。

「せぇぃっ!」
 気合と共に振るわれる剣が骸骨剣士を打ち据える。切り裂くよりも叩き斬る
事に重点を置く長剣は打ち据えた相手に衝撃を与え、その体勢を大きく崩した。
そこに生じる僅かな隙を逃さず、ランディは引き戻した剣を構え直して垂直に
薙ぎ払う事で骸骨の首を強引に弾き飛ばした。対峙していた一体はそれで崩れ
るが、すぐさま別の骸骨が現れ、行く手を阻む。
「……くっ!」
 苛立ちを感じつつ、ランディは薙ぎ払いの後の不安定な体勢を立て直す。
 戦いが始まってからずっと、こんな調子だった。行く手を阻む不死怪物をい
くら倒しても、すぐに新たなものが現れて道を塞ぐ。司令塔であるヴァルダさ
え退ければ不死怪物を引かせるのも容易なはずだが、そこに到達する事すらで
きないのだ。
「……遅滞戦だな」
 カードを手にしたウォルスが呟く。その周囲には、透き通る身体を持った幽
体がゆらゆらと立ち込めていた。幽体たちはどうやらウォルスを足止めするつ
もりらしく、直接仕かける事なくただゆらゆらと漂っていた。単にウォルスの
すぐ傍らで紫の光を放つ龍──セイランを警戒しているだけなのかも知れない
が。
 進めずにいる二人の様子を、ヴァルダは妙に楽しげに眺めていた。その周囲
を取り巻く幽体が放つぼんやりとした薄明かりに、笑みの形に歪められた口元
がぼんやりと浮かんでいる。その表情に一体何が楽しいのか、と思うのと同時
に多数の幽体に囲まれても平然としているその様子にランディは戦慄を覚えて
いた。
 ヴァルダが死霊術師──禁忌とされる死霊魔導を用いる魔導師なのはわかる。
でなければ、不死怪物を従える事は不可能なはずだ。そして死霊術師であれば、
不死怪物たちの放つ幽気にもある程度の耐性があってしかるべきなのでろう。
 しかし、ヴァルダの周囲に漂う幽気は一種異様とも言える密度を持ってそこ
にあった。何の備えもない普通の人間であれば、近づいただけで発狂しかねな
いのでは、というほどの幽気。まだ距離があるというのに息苦しさを感じるそ
の只中で、笑っている、というのは異様を通り越して異常とさえ思えた。
(『死拝者』……死を奉ずる者って、言ってたっけ、確か)
 立ちはだかる骸骨を打ち砕きつつ、ランディはふとヴァルダの名乗りを思い
出していた。
 死というものを賛美していると言うなら、その死によって生じた幽気すら心
地良い、という事なのだろうか。いずれにせよ、その思想はランディの理解の
範疇を大きく越えていた。理解したくない、という思いが大半を占めているの
は否めないが。
「そんな事より、今は……」
 色々と疑問はあるものの、今はそれに煩わされてはいられない。『時空の剣』
が焼け付くような感触を持って伝える警告が、より強くそう思わせた。断片的
なその警告は、まるでこの場を早く治めるようにと訴えているようにも思えて
ならない。『時空の剣』が警戒しているのは、どうやら目の前のヴァルダでは
ないようだ。
 呼吸を整えて剣を握り直しつつ、ランディはちらりとウォルスを見る。視線
に気づいたウォルスは、無言で一つ頷いた。どうやら向こうも同じ結論に達し
ていたらしく、その手には既に真紅で紋様の描かれた白いカードが握られてい
る。その内数枚はルーンカードの複写らしく、短期決戦を仕掛ける、という意
図がそこから読み取れた。
 言葉によるやり取りは一切ない。が、二人はお互いの構えからそれぞれの意
図、そしてそれに対する自分の役割を判断していた。即ち、ランディは真っ直
ぐにヴァルダを目指し、ウォルスはその道を開くべく不死怪物を排除する、と
いう役割を。
「……む?」
 二人にほんの僅かな動きにヴァルダが訝るような声を上げるのとほぼ同時に、
ランディは走り出していた。骸骨戦士がその前進を阻もうとするのを剣の横振
りで文字通り薙ぎ払いつつ前へと進む。
「む……」
 骸骨戦士では阻めない、と判断したのか、ヴァルダは短い呻き声をもらしつ
つ幽体をランディへと向かわせる。幽気の壁を形成しようとしたらしいが、し
かし。
「魂の巡りを歪めし不浄なる縛鎖、生命を慈しむ聖母の祈りによりて砕け散り、
天秤に逆らいしその戒めに捕えし存在を疾く解放せん……解!」
 それよりも一瞬早く、鋭い声が響いた。夜空に向けてカードが投げ上げられ、
それらは閃光と共に砕け散る。カードが砕け散った後には白く煌めく光の渦が
残り、次の瞬間、それは光の矢となって地上へと降り注いだ。光の矢は不死怪
物を一体ずつ的確に貫き、その身を光の粒子に変えて飛び散らせた。
「な、なんとっ!?」
 さすがにこれは予想外だったらしく、ヴァルダは上ずった声を上げる。舞い
散る光の粒子に照らし出されるその顔には、驚愕と共に何故か期待しているよ
うな表情も微かに伺えた。
(なんだ、一体? まるで、喜んでるみたいな……)
 その表情に困惑しつつ、ランディは阻むもののなくなった道を駆けて行き、
振りかぶった剣を斜めに切り下ろした。
 煌めく光の粒子の中に、異質な真紅の飛沫が舞う。
 ヴァルダの肩に叩きつけた剣を、斜め方向に引くようにして振り抜くと、ラ
ンディは一歩後ろに下がった。今の一撃はヴァルダの動きを止める目的のもの
であり、その生命を奪うつもりはない。彼にはこの状況と、そして過去に起き
た事との関連について話してもらわねばならないのだから。そのためにも、ま
ずは大人しくしてもらわなくては、と思ったのだが。
「ふ……くくくっ……」
 決して浅くない斬打撃を受けつつ、ヴァルダは笑っていた。その表情には、
恍惚とした歓喜の色彩すら見て取れる。
「なっ……」
 明らかに異常な状況に、ランディは背筋が寒くなるのを感じて無意識の内に
後ずさっていた。『時空の剣』も何か感じているらしく、焼け付くような痛み
をこちらに伝えてくる。傍らにやってきたウォルスも、険しい表情をヴァルダ
に向けていた。
「くく……何を……怯えておいでかな? 死へと……続く……痛み……無限へ
と続く、道が見えておるのです……喜ぶのが……当然でございましょう……」
 そんな二人に、ヴァルダは息を切らしつつ、しかし、さも楽しげな口調でこ
う言ってきた。
「……変態の領域だな、既に」
 あからさまな嫌悪を込めてウォルスが吐き捨てる。
「どうして、そうまでして……」
 呆然としつつランディがもらした呟きに、ヴァルダはくくっと低く笑った。
「どうして? 今のあなた方には、わからぬでしょうなぁ……生という現象の
放つ、まやかしの輝きに惑わされておいでの、あなた方には……もし、時間が
許すのであれば、死の素晴らしさを、ご説明して差し上げる事もできたのです
が……」
「そんな説明はいらん」
 さも残念そうに言う、その言葉にウォルスがきぱりと言い捨てるが、ヴァル
ダの耳には入っていないようだった。狂気にも似た歓喜にぎらつく瞳が夜空へ
向けられ、その手に真紅の光が灯る。それが魔力の輝きである、と二人が察し
たその直後。
「ふ……くくく……見える……見えますぞ、無限の、安らぎへの門が……さあ
……いざ、悠久なる楽園へと、共に向かいましょうぞぉぉぉぉっ!!」
 絶叫と共に、ヴァルダは手に灯した魔力を爆発させた。爆風と衝撃は近距離
にいたランディとウォルスを飲み込もうとするが、空間に翻った淡い紫の光の
壁が二人を包み込み、それらを全て受け流す。セイランが防御壁を展開したの
だ。
「……一人で勝手に逝け、変態」
 爆風が治まると、ウォルスが低くこう吐き捨てた。
「どうして、あんな……」
 ついさっきまでヴァルダが立っていた辺りを見つめつつ、ランディは呆然と
こう呟いていた。
 対人戦の経験は、ランディも決して少なくはない。だが、過去に剣を交えた
相手の中に、斬打を受けて歓喜を示した者はさすがにいなかった。言うまでも
なく、喜びながら自爆した者もいない。
 それだけに、ヴァルダの行動は理解できない──いや、したくない、という
思いが強かった。
「深く考えるな、所詮、現実逃避を正当化しようとしているような連中だ。悩
むような価値もない」
 呟きを聞きつけたらしいウォルスが、投げやりな口調でこう言い捨てる。
「うん、それは、わかる。わかるんだけど……」
 理屈の上では理解できても、心情的にはなんとも言えない気持ち悪さが残る。
ランディは一つ息を吐くと剣に残ったヴァルダの血を拭い、鞘に収めた。
 周囲には不死怪物の姿は見えないが、『時空の剣』はいまだに警告を伝えて
くる。
「……まだ、何かあるって事……?」
 低く呟きながら紫水晶のペンダントを握り締めた時、セイランが何かに気づ
いたように街の方を振り返った。
「どうした、セイラン……」
 その動きに気づいたウォルスの問いは、途中で途切れる。
 街の中央、恐らくは広場の周辺に淡いバラ色の光が広がるのが目に入ったの
だ。
「あれは……古代語魔法の魔力光かっ!?」
「古代語魔法……それじゃ、ファリアがっ!?」
 明らかに不自然な光の正体に気づいたウォルスが叫び、そこから類推できる
状況にランディは声を上ずらせる。二人は軽く視線を交わすと、どちらからと
もなく走り出した。
(ファリア、どうか、無事で……)
 走りつつ、ランディは心の奥でこんな呟きをもらす。
 嫌な予感が心の中で膨らみ、それと共に『時空の剣』の警告が強くなるよう
な、そんな気がしてならなかった。

← BACK 第二章目次へ NEXT →