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   ACT−3:竜の翼が落とす影

 同行を請われてやって来た大公府は慌ただしい雰囲気に包まれていた。とは
いえ、それも無理はないだろう。建国祭という一大行事、それも五年に一度の
大祭に怪物の襲撃があったのだ。国外から訪れた者も数多い以上、対処を誤れ
ばルシウス公国全体の対外交渉にも差し障るはずだ。
 ましてここ、アレオン公領はカティス王国との国境を管理している。過去の
いさかいからカティスに対して弱い所を見せたがらない公国としては、この件
は重要なのだろう。
 大公府の一室に通され、一人待たされている間、ランディはぼんやりとこん
な事を考えていた。
(とはいえ、今のカティスにはルシウスに対する強硬派はいないも同然、か)
 思案の果ての結論にランディは苦笑する。
 カティス国内における対ルシウス強硬派とは、亡き宮廷魔導師長ガレス・ハ
イルバーグとその派閥を指していた。ガレス亡き今、その発言力は相当な衰え
を見せているのは想像に難くない。ガレスの派閥は彼の独特のカリスマと弁舌
で結束していたようなものであり、空中分解は時間の問題だろう――とは、大
魔導師アーヴェルドも言っていた。
(それにしても……)
 窓越しに夜空を見上げつつ、ランディは一連の騒動を思い返してみた。
 ワイバーンというのは高地に棲息する怪物なので、ルシウスに現れる事、そ
れ自体は取りたてて騒ぐほどのものでもない。もちろん、襲撃が平常的だとし
たらかなりの問題だが、ワイバーンが現れた時の人々の反応からしてそれはな
さそうだった。むしろ問題なのは、ワイバーンを見た時の街の人々の反応だ。
 何故、あるいはまさか、と言わんばかりの呆然とした表情。そして、五年前
と同じ、と言う呟き。それらがワイバーンに、いや、竜属に対してどんな意味
合いを持つのか、そちらの方がランディには気にかかった。この事と、街の人
々が『竜騎士』という言葉に対して見せた反応が無関係とは思えないからだ。
『竜』という言葉が忌避される理由があのワイバーンにあるのは、おぼろげな
がら感じていたが。
 あれこれと考え込んでいると、部屋のドアがゆっくりと開いた。その音に我
に返ったランディは慌てて立ち上がり、入ってきた人物に一礼する。
「待たせてしまって申し訳ない。色々と、立て込んでいたのでね……」
 礼を返しつつ、アレオン公は苦笑めいた面持ちでこう言った。ランディは穏
やかな表情でお気になさらず、とそれに応える。アレオン公がゆっくりと腰を
下ろすのを待ってから、ランディも改めて腰を下ろした。
「しかし、まさかこんな形で君に会う事になろうとは……驚いたよ」
「ぼくも、まさか大公ご自身とお会いするとは思ってもみませんでした」
「そうだろうな。しかし……何故? 君は確か、近衛騎士の候補だったはずで
は?」
 問われる事を予想していた問いに、ランディはやや曖昧な笑みを浮かべてい
た。その表情に、アレオン公は微かに眉を寄せる。
「何か……話し難い事かね?」
「いえ、そういう訳では……任務に失敗して、騎士資格を剥奪されたんです」
 この説明にアレオン公はわずかに思案するような素振りを見せるものの、特
別深くは追求しては来なかった。何か、複雑な事情があると察してくれたのだ
ろう。その配慮にランディはほっと安堵の息をつく。
「さて……では、先ほどの件について、いくつか聞きたいのだが、良いかね?」
「あ、はい」
 直後にアレオン公が表情を引き締めてこう問いかけてきたため、ランディも
表情を改めた。
「まず、聞いておきたいのだが……先ほどの戦いの時に発生した光は、魔法に
よるものかね?」
 恐らく聞かれるだろうとは思っていた問いだが、まさかいの一に来るとは思
わなかった。
(つくづく、古代語魔法に偏見があるんだなぁ……)
 そういう国とわかっているつもりだったが、ここまで嫌わなくても良いので
は、とランディには思える。国民性の違いと言ってしまえばそれまでなのだが。
「いえ、魔法ではありません。少なくとも、使い手は魔法とは全く違う技術だ
と言っていますから」
 横道に逸れかけた思考を正してこう答えると、アレオン公は不思議そうに瞬
いた。
「魔法では、ない?」
「ええ。ぼくも良くは知らないのですが、『符術』と呼ばれる技術だと聞いて
います」
「『符術』か……では、古代語魔法ではないのだね? ならば、良いのだが」
 ランディの説明にアレオン公はほっとしたように息をつく。一見大げさなよ
うにも見えるが、やはり色々と問題があるのだろう。
(ぼくらから見れば便利な技術でも、ルシウスにとっては隷属を強いた力……
屈辱の、象徴って事になるのかな?)
 話に聞いていた以上の魔法の忌避ぶりに、ランディはふとこんな事を考えて
いた。それから、アレオン公に請われるままに戦いの様子を話して聞かせる。
もっとも、レイチェルが奏でていた曲については、ランディ自身がどういう物
か聞きたい所だったのだが。
「……そうか」
 一通り話を聞くと、アレオン公は深くため息をついた。その瞳の陰りにラン
ディは微かに眉を寄せる。だが、ため息の理由を問う事はできなかった。
「何をのんびりしておるのだ、アルバート!」
 ノックもなしにドアが乱暴に開き、こんな怒鳴り声が飛び込んできたのだ。
唐突な出来事にランディはえ、と声を上げて目を見張り、アレオン公はまた、
ため息をつく。
「父上……執務中ですぞ」
「執務も何もあるまいっ! 竜が出たと言うのに、何をのうのうとしておるの
だ!?」
 静かに言うアレオン公に、飛び込んできた声の主――白髪混じりの男性は早
口にこうまくし立てる。どうやら、ランディには気付いていないらしい。と言
うか、周りの状況が目に入っていないのだろう。
(だ……黙ってた方が、いいのかな……?)
 下手に関わると、何が起きるかわからない。男性の剣幕にランディはふとこ
んな事を考えるが、あながち間違いでもなさそうだった。
「対策は立てております。ですから、父上はお戻り下さい」
「呑気に会合などしている間に、討伐してしまえと言っておる!」
「その討伐のために、会合が必要なのです」
 感情むき出しで騒ぎ立てる男性に、アレオン公は静かな様子を崩す事なく、
辛抱強くこう言い募る。不毛なやり取りはしばらく続き、そして。
「そも、竜騎士などという得体の知れぬ者を受け入れなどするから、このよう
な事になるのだ!」
 男性のこの一言が状況に変化をもたらした。それまで感情を抑えていたアレ
オン公の表情を怒りがかすめる。
「父上! お言葉が過ぎますぞ!」
 それまでの静かな物言いとは一転、声を荒げたアレオン公の様子に男性は気
勢を削がれたように口をつぐんだ。ランディも明らかにそれまでとは違う様子
に困惑する。
「……いずれにせよ、あれが民に害なす存在である以上、このまま放置はいた
しません。諸侯と連携して対処いたしますので、父上は館に戻ってお休み下さ
い」
 口調こそ静かだが有無を言わせぬ物言いに、男性は忌々しげに鼻を鳴らして
わかったわ! と怒鳴り声で返すが、その声は僅かに震えているようにランデ
ィには思えた。
(い、一体何なんだろう……?)
 こんな事を考えていると男性が室内を見回し、ようやくランディに気づいた
らしく訝るように眉を寄せた。表情が険しくなり、睨むような一瞥が投げかけ
られる。だがそれも一瞬の事、男性はすぐにランディから視線をそらし、入っ
て来た時と同様、乱暴にドアを閉めて立ち去っていた。
「……」
 間の悪い沈黙が、場に立ちこめる。
「……恥ずかしい所を見せてしまったね。すまない」
 空白を経て、アレオン公がため息まじりにこう言ってその沈黙を取り払った。
「あ、いえ……そんな事は」
 慌ててこう答えると、アレオン公はやや表情を和らげて一つ息を吐く。
「さて、あまり長く引き止めては、お仲間に心配をかけてしまうな。君も疲れ
ているだろう、宿に戻ってゆっくり休んでくれたまえ」
 それから穏やかな口調でこう告げるが、その言葉にはやはり、有無を言わせ
ぬ響きが込められていた。ランディははい、と頷いて立ち上がり、一礼してか
ら部屋を出る。廊下に控えていた兵士について大公府の外に出ると、慌ただし
い雰囲気はひとまず治まり、代わりに緊張した空気が張り詰めているのが感じ
られた。
「……これから……どうなるのかな……?」
 宿へ戻る途中、ランディはふと足を止めてこんなこんな呟きをもらす。当然
と言うかそれに答える者はなく、ランディは一つ息を吐いてから、また歩き出
した。

 宿に戻ったのが夜遅かった事と思わぬ戦いの疲れが深かった事もあり、翌日、
ランディはいつもより大幅に寝過ごしていた。
「よ、おそよ〜さん♪」
 寝ぼけ眼を擦りつつ起き上がると、軽い声が呼びかけてくる。振り返ると、
スラッシュが自分のベッドの上に座って茶目っ気のある笑顔をこちらに向けて
いた。室内を男性側と女性側に分けるカーテンの向こうには人の気配はなく、
ウォルスの姿も見えない。他の三人は、どこかに出かけているようだ。
「お嬢様方は、下でお茶。もう一人は出かけてる」
 ここにいない三人がどこにいるのか、問うより早くスラッシュは答えを出し
てくれた。ランディはそう、と呟いてベッドから降りる。
「でも、ウォルス、どこに?」
「街外れの水車小屋。別名、昨日の槍少年ン家」
 この返事にランディは昨日の少年――アレフの事を思い出して眉を寄せた。
ワイバーンの爪の一撃をまともに受けていたと言うのに治療を拒み、立ち去っ
てしまった事はずっと気にかかっている。勿論と言うか、『時空の剣』の異常
な反応もだが。
「ま、取りあえず、メシ食ってこいや。そしたら、案内しちゃるから」
 そんなランディの考えを読み取ったかのようにスラッシュはこんな事を言い、
これにランディはうん、と素直に頷いた。備え付けの水がめで顔を洗い、下の
酒場へ下りて行くと、どんより……とした雰囲気が場に立ち込めていた。昨日
までの祭りの賑わいが嘘のようだ。
(それだけ、あのワイバーンは衝撃的だったって事なのかな)
 そんな事を考えつつランディは食事を頼み、隅のテーブルでぼんやりとして
いるファリアたちの所へ行っておはよう、と声をかけた。
「あ……おはよ、ランディ」
「おはよ〜」
 ランディの呼びかけにファリアはほっとしたような笑みを浮かべ、レイチェ
ルは気のない声で挨拶を返してきた。テーブルに突っ伏して浮かない顔をして
いるレイチェルに、ランディはきょとん、とする。
「どうしたの。レイチェルちゃん?」
「ん〜、昨日のコトがね〜……」
 問いに、レイチェルはため息まじりにこう答えた。
「……昨日の事?」
「うん……最後まで、弾けなかったから……」
 こう言うとレイチェルはまたため息をつく。どうやら、思わぬアクシデント
で演奏が中断されたのがショックだったらしい。その気持ちは何となくだがわ
かるので、ランディは眉を寄せてそうかぁ、と呟いた。
「お祭りも中断しちゃったしね……なんだか、急に静かになっちゃった感じ」
 ファリアがため息まじりに呟く通り、酒場の中も外の通りもしん……と静ま
り返っているのが良くわかる。重苦しく、しかも張り詰めた沈黙は、昨夜の一
件がウェルアスの人々に与えた衝撃の大きさを物語っているように思えた。
(ワイバーンと竜騎士……一体、どんな関係があるのかな)
 昨夜、大公府で見た男性の事を思い返しつつ、ランディは思案を巡らせる。
竜と、そして竜騎士をあからさまに敵視していたあの物言いが、この地でそれ
らが忌避される事と無関係とは思えない。とはいえ、それらを結びつける要素
が何なのか、それは見当もつかなかった。ただ、その要素の中にアレフの存在
がある事はおぼろに感じられる。
(取りあえず、彼に会いに行ってみるしか、ないか……心配だし)
 タイミング良く運ばれてきた朝食を取りつつ、ランディはひとまずこう考え
て思案のループを中断した。

 食事を済ませると、ランディはスラッシュと共に宿を出た。ファリアは落ち
込み気味のレイチェルを気遣い、二人で部屋に引っ込んでいる。一歩通りに出
ると、昨日までとは打って変わって沈んだ空気が一層重たく圧し掛かってきた。
「な……何だかなぁ……」
 大通りを抜け、街外れへと向かう小道に入ると、ランディは一つ息を吐いた。
「『なんで、こんなに沈み込むんだろ?』ってか?」
 言葉の先を引き取り、スラッシュが冗談めかした口調で問う。それに、ラン
ディはうん、と頷いた。
「ま、それなりの理由があんだよ。気になるんなら、突っ込んで調べりゃいい」
「それは、まぁ……」
「そのつもりなんだろ?」
 にやっと笑いつつ投げかけられた問いに頷いた時、前方に佇む小さな水車小
屋が目に入った。
「あれが、そう?」
「ああ。ウォルスが先に行ってる。さて、じゃ、あと任すわ。オレちょっくら、
ヤボ用があっからよ」
「え? ヤボ用って……」
 一体なに、と問う間もなくスラッシュは道をそれ、水車を回す川沿いに上流
へと走り去ってしまう。例によってと言うか、その素早い動きはこちらに異議
を差し挟む余地を与えない。ランディはしばしその場に所在無く立ち尽くし、
それから、やれやれ、とため息をついて歩き出した。
 小屋の近くまで行くと、見慣れた黒衣が目に入る。ウォルスだ。
「……ようやく、来たか」
 やって来たランディに、ウォルスは開口一番、ため息を交えてこう言った。
「ようやくって……え、何かあったの?」
「特にないが。だが、お前がいなければ昨日の女将に警戒されるからな。来る
のを待っていた」
 眉を寄せて問うと、ウォルスはさらりとこう返す。その言葉に妙な説得力を
感じつつ、ランディは水車小屋の方を見た。ウォルスも同じように小屋の方を
見やり、行くか? と問いかけて来る。ランディは服の上からペンダントを軽
く握り、うん、と頷いた。小屋に近づき、ランディがドアをノックしようとし
たその矢先、
「……下がれ!」
 ウォルスが鋭い声を上げてランディを引っ張った。直後にドアが勢い良く開
き、中から中年の女性が一人、慌ただしく飛び出してくる。ウォルスが引き止
めてくれなければ、正面衝突は免れなかっただろう。
「おや? あんたたち……」
 飛び出して来た女性――ララは二人の姿にきょとん、と目を見張る。ランデ
ィはどうも、と一礼し、それからララの向こうに見える小屋の中の様子に眉を
寄せた。
 小屋の奥のベッドに昨夜の少年――アレフがうつ伏せに寝かされている。昨
夜の傷は包帯で縛られてるが、そこに滲む真紅が傷の深刻さを端的に物語って
いた。
「……医者か治癒術師に、診せていないのか?」
 ウォルスの低い問いにララはそうさ、とため息をついた。
「色々あってね、街の連中はあの子に関わろうとしないのさ。とはいえ、もう
限界だからね。ぶん殴ってでも連れて来ようと思ってたとこなのさ」
「そんな、悠長な事をしている場合か」
 ララの説明にウォルスの表情が険しさを増す。ウォルスは微かに眉を寄せつ
つ呆れたような声を上げ、ララを押しのけて小屋の中に入る。
「ちょ、ちょっと、あんた!?」
 唐突な行動にララは上擦った声を上げた。
「治癒術と、簡単な医術の心得がある。やる気を出すかどうかもわからん治癒
術師よりは、マシなはずだ」
 それに、ウォルスは素っ気ない物言いでこう返す。
「手伝おうか?」
「お前はそっちと話でもしてろ。また、妙な反応が出ると厄介だ」
 続こうとするランディをウォルスは短く制し、その言葉にランディは苦笑す
る。昨夜感じたあの衝撃――あれをまた受けるような事になれば、治癒どころ
ではない。
「……任せるね。じゃ、外に出てましょうか?」
 ウォルスに答えつつ、ランディは状況を飲み込めずにぽかん、としているラ
ラを促した。
「だけど……」
「大丈夫ですよ。彼の治癒術は、確かなものですから」
「そうかい……じゃ、お願いするよ」
 しばらく渋っていたものの、結局ララはこう言って頷いた。迷っている暇な
どない状況と、恐らくはランディの笑顔に安心したのだろう。ララは頼むね、
とウォルスに頭を下げ、ウォルスはそれにああ、と頷く。
 ぱたん、と音を立てて小屋のドアが閉まると、ララはふう、とため息をつい
た。ずっとアレフの看病をしていたのか、その顔には疲労が色濃く現れている。
「大丈夫ですか? 少し、休んだ方が……」
 その様子にランディは微かに眉を寄せ、ララはそうだね、と言って小屋の横
に並んだ木箱の一つに腰を下ろした。ランディは軽い治癒の術をかけてその疲
れを癒す。
「……? ああ、ありがとね。あんたも、治癒の術が使えるんだ」
「少しだけ、ですよ。ぼくたちの中には神聖魔法の使い手がいませんから、治
癒術の使い手は多い方がいいんです」
 感心したような声を上げるララにランディは苦笑まじりにこう答え、それか
ら、小屋の方を見た。
「あの……お聞きしたい事があるんですけど……」
「昨夜の、竜の事かい?」
 本題を問う前に、ララはそれを言い当てた。その通りなのでランディははい、
と頷く。
「ここでは、竜の話題は禁忌とされている、と言われました。その原因は、あ
のワイバーンですか?」
「……あれだけじゃないさね。半分は、先代様と若様のわがままさ」
 こう言うと、ララは盛大なため息をついた。
「わがまま?」
「わがままと言うか、まあ、逆恨みだね。先代様は、メイリアを領主様の嫁に
できななかった事で、アインを逆恨みしているのさ。若様は、そのせいでエリ
サ様がいびられた事でメイリアと、アレフを逆恨みしてるんだよ」
 きょとん、としつつ問い返すと、ララはどこか投げやりな口調で説明してく
れる。しかし、大公家の愛憎劇と竜を忌避する事に関係があるとは思えず、ラ
ンディははあ、ととぼけた声を上げるしかできなかった。その反応に説明不足
と気付いたのか、ララは一つ息を吐いて説明を続けてくれる。
「アインとメイリアっていうのはあの子の……アレフの両親だよ。アインは、
他所から流れてきた冒険者でね。二十年前にここらにどっと不死怪物が出た時
に、大活躍したんだ。メイリアは風神大司教様の一人娘で、その時、アインや
領主様と一緒に戦ったんだよ。
 メイリアは元々、領主様との見合いのためにこっちに来てたんだ。先代様も
この縁談には乗り気で、大層力を入れてたんだが……」
「その人は、そのアインさんを選んだんですね?」
 言葉の先を引き取るように問うと、ララはそうさ、と頷いた。縁談を蹴って
流れの冒険者を選ぶ――口で言うのは容易いが、実際に行うとなれば、それは
相当な覚悟を強いられるものだ。少なくとも、ランディの知る限りでは。
「領主様も、すぐに納得したんだよ。元々、領主様はエリサ様と恋仲だったか
らね。大司教様もメイリアがそれでいいなら、と快く受け入れたんだが……先
代様一人が、納得しなかった」
「それは、やはり体面的な理由で、ですか?」
「どうだかねぇ? ただ、聞いた話じゃヴェノン公領の領主様がメイリアに縁
談を持ちかけようとしてるって聞いて、そっちを出し抜いた挙句にってのも、
あるらしいからねぇ? 自分一人がコケにされたとでも、思ったんじゃないか
ねぇ」
 本当にそうだとしたら、立派な逆恨みだろう。しかし、やはり竜と関連があ
るようには思えない。ふと考えたそれが顔に出たのか、ララはああ、と短く声
を上げた。
「大公家のお家騒動と竜に、何の関係があるんだ……って、顔だね?」
「え? あ、まあ……そう、です」
「嘘がつけないんだねぇ」
 からかうような問いに頷くと、ララは楽しげな笑い声を上げた。自覚のある
事だが、やはり笑いながら言われるのは嬉しくない。そんな思いも表情に出て
しまうもので、ララはしばらく楽しげに笑い続けた。
「まぁまぁ、そんなに怒らないどくれって。いいじゃないか、素直で?」
「それは、そうですけどね。えっと、それで……」
「ん? ああ、竜の事だね」
 それかかる話題を何とか修正しようとすると、ララは笑うのを止めて表情を
改めた。
「難しい事じゃないんだよ。アインは、竜を連れていた……竜騎士だったんだ
よ」
「……え!?」
 さらりと告げられたその言葉に、ランディは息を飲んでいた。

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