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   ACT−9:旅立ち・風の王国へ

 深夜の大爆発はカティス王都レムニアを騒然とさせたものの、しかし、魔導
実験事故が日常茶飯事のお国柄故に、さしたる騒ぎには至らなかった。全てが
跡形もなく吹き飛んだ事もあり、この爆発はガレス・ハイルバーグが大規模な
実験で事故を起こした結果とされ、彼が成そうとしていた事と、それに関わっ
た者に関しては一切が不明のまま、一応の決着を見る事となった。
「……いい加減と言えば、いい加減だな」
 カティス王国首脳部が下したこの結論に、開口一番ウォルスが呆れたように
こう呟いた。この言葉に、アーヴェルドはそう言うでない、と苦笑いして見せ
る。
「中には、痕跡探査の術で徹底的に調査すべきだ、と騒ぐ奴もおったんじゃが、
どうにか説得して丸く収めて貰ったんじゃ、これで良しとせんか」
 老魔導師のこの言葉に、ウォルスは無言でひょい、と肩をすくめる。
 ガレスとの戦いから三日が過ぎ、レムニアは既にいつものペースを取り戻し
ているらしい。まあ、宮廷魔導師長の後任人事や、邸跡地の問題など、面倒事
はかなりあるらしいが、それは当然の如く彼らの与り知らぬ事である。
 他に行き場がない事もあり、ランディたちはあの事件以来、アーヴェルドの
屋敷に身を寄せていた。ファリアとディアーヌは疲労の度合いが深かった事も
あって静養中、そして、ニーナはさすがにショックが大きかったらしく、部屋
に籠もりきりになっていた。自らも関与した父の死は、さすがに衝撃が大きか
ったのだろう……とは、アーヴェルドの弁である。
「あの、アーヴェルド様……」
 ランディはしばしためらったものの、意を決してアーヴェルドに声をかけた。
「ん? 何じゃね?」
 妙に真剣なランディとは対照的に、アーヴェルドはのんびりとティカップを
傾けている。
「ぼく、ずっと気になってる事があるんですけど……あの、ハイルバーグ卿は
どうして、あんなに……」
「……世界の再構築にこだわっていたのか、かの?」
「……はい」
 言葉の先を引き取って逆に問うアーヴェルドにランディは素直に頷き、ウォ
ルスとチェスターも静かな瞳を老魔導師に向けた。ちなみに、スラッシュは宮
仕え業務があるから、と言って、昨日から姿を消している。
「……一言で言えば……劣等感、かの」
「……劣等感?」
 思いも寄らない言葉に、ランディはきょとん、と瞬いた。
「ガレスは、生まれつき、何かに劣等感を抱いておった……名門ハイルバーグ
家に生まれ、その将来を約束されつつ、ガレスはそれに伴わぬ魔力に苛立ちを
覚え、周囲の者全てに、強い劣等感を抱いておった。
 繊細過ぎた……と言えばそれまでじゃが、とにかく、被害妄想の部分もあっ
て、ガレスは自分の周囲に強い反感を持ち、謂われない怒りと憎しみを募らせ
ておった……」
 ここで、アーヴェルドはゆっくりと紅茶を啜った。
「発端は、奴の責任ではないのだろうな……生まれた環境と、持って生まれた
魔法適正が、あまりにもかけ離れていた事が、あ奴の最大の不幸じゃろう……
あれは古代語魔法よりも、精霊魔法の使い手として伸びるべきじゃった。しか
し……」
「環境がそれを許さなかった……しかし、奴は一度は国を出てるんじゃないの
か? パルシェ平原にやって来たのはどうしてなんだ?」
 ウォルスの問いに、アーヴェルドはふう、と重苦しいため息をつく。
「……わしが、奴を送り出したのじゃよ。表向きは破門と言う形にして、最も
適した道を探せるように、旅に出した。
 しかし、世の中とはままならんもんじゃな。それからしばらくして、奴の父
と弟たちが実験事故で生命を落とし、奴は、当主となるべく国に呼び戻された
……奴は、自らを否定したはずのハイルバーグの家のために、自らの道を断た
れたのじゃよ……」
「……身勝手な話だな、随分と」
「良くある事だよ、貴族社会じゃね……ぼくだって、兄さんに何かあったらど
うなるか、わかりゃしないし……」
 吐き捨てるようなウォルスの言葉にランディが低くこんな事を呟くと、アー
ヴェルドはそりゃなかろう、と言い切った。
「でも……」
「仮にそうなっても、ヴォルフが許さんよ。あ奴は、お前に世界を見せたがっ
ておったからの……」
「……そうですね……お祖父様なら……」
 アーヴェルドの言葉に、ランディは祖父の性格を思い出しつつこう呟いた。
「……結局……ガレスはこの国の貴族社会の都合に弄ばれたと言う訳か……馬
鹿ばかしい話だな」
 その一方で、ウォルスは無表情にこんな事を吐き捨てていた。その瞳には何
か、やる瀬ないものが浮かんでいる。ガレスが自分の母を置いて立ち去った理
由に、苛立ちや怒りを感じているのだろう。
「まあ、そうとも言えるな……強引にハイルバーグの当主に据えられて以来、
あ奴は変わりおったよ。政略結婚で迎えた妻との仲も、正直、睦まじいものと
は言えんかったしのぉ……それでも二人の子をもうけはしたが、娘のニーナは
母を顧みぬ父に反抗し、次に生まれた息子のカールは、旅の占い師の予言を苦
にしたガレスによって、生まれてすぐに生命を断たれた……」
「占い師の予言……?」
「……奴の生命は、奴の血を継ぐ男に断たれる……そんな事を言った奴がいた
そうだ」
 怪訝な面持ちで呟くチェスターに、ウォルスが素っ気ない説明をつける。
「それから先は……まぁ、説明するまでもないな。十年前のアシュレイ・リー
ロイルの研究所跡の探索から端を発する奴の暴走が始まったのじゃよ。そして
……三日前に、全てが終わった」
 こう言って話を結ぶと、アーヴェルドはため息をついた。重苦しい沈黙がそ
の場に立ち込める。
「……それで、ウォルス……ウォルスは、これからどうするの?」
 その沈黙をランディの控えめな問いが取り払うと、他の二人もウォルスに注
目した。
「ああ……そうだな。それを決めないとならなかったな……」
「……あ……忘れてた?」
「ああ……色々あったからな……」
「まあ……そうだね」
 確かに、色々な事があった。ありすぎた、とも言えるかも知れない。特に時
空の剣の発動は、ランディに取っては大きな出来事と言えた。
(なんて言うか……とんでもない力だったもんなぁ……)
 『時空の剣』が発動してからの、一連の自分の行動を鑑みるに、この力の強
力さをひしひしと感じてしまう。肝心の時空の剣は、今は元のアメジストのペ
ンダントに戻り、派手に形を変えていたランディの愛剣も元の姿に戻っている。
 その方がいい、とランディは思っていた。忘れられた神が鍛えた力であるが
故に、おおっぴらにひけらかすのは間違いだと思えるからだ。
「……ランディ」
 考え事に耽っていると、ウォルスが静かに声をかけてきた。はっと我に返り、
顔を上げたランディは、恐らく初めて目の当たりにする、ウォルスの穏やかな
表情に思わず息を飲んでいた。
「色々と経緯はあったが、ここにお前を連れてきて、あんな騒ぎに巻き込んだ
のはオレだ。オレがお前たちを付き合わせたから……」
「え? ああ……まあ、そうなる……かな?」
「ああ……だから、今度は、オレがお前たちに付き合わされてみるのもいいか
と思うんだが……どうだ?」
「え? それって、つまり……」
 静かな言葉の意味に気づいて、ランディは思わずとぼけた声を上げていた。
「ああ。復讐者であるウォルス・エスティオンとしてではなく、本来の名を持
つオレ……ウォルス・ラーティアスとして、お前たちの旅に同行させてもらい
たい。どうだ? 迷惑なら、断ってくれて構わんが」
「あ……も、勿論! 大歓迎だよ!」
 一瞬呆気に取られるものの、ランディはすぐ、いつもの笑顔に戻ってこう答
える。この返事に、ウォルスはほっとしたように一つ息を吐いた。
「ほんとに……悩まない奴だな、お前は」
「……ひょっとして、褒めてる?」
「まあな」
「あ、あのねぇ……」
 軽い返事に、ランディはさすがに気色ばむ。そんなランディを、チェスター
が微笑いながらまあまあ、と宥めた。
「っとに……で、チェスターはこれからどうするの?」
 まだ憮然としつつ、それでもランディは気を取り直してチェスターに問いか
けた。
「ディアーヌの回復と、離宮の修繕を待って、向こうに戻るよ。危険は無くな
ったけど、今更神殿に戻りたくないって言ってるからね」
「……あれ、いつの間に呼び捨てに〜?」
 やや意地悪く問いかけると、チェスターはえ、と言って手で口を抑える。頬
が微かに赤く、その様子にランディとウォルス、アーヴェルドは各人各様の笑
みを浮かべた。
「しかし、離宮は襲撃で破壊されているんだろう? その間、何処にいたとか、
その辺の口実はどうするんだ?」
「ああ……離宮が襲われた段階で、アーヴェルド殿に救われていた事にしても
らっているから、その辺は問題ない。今までは、襲撃者を警戒して居場所を明
らかにしなかった……って事で、一応の筋は通せるはずだ」
 ウォルスの問いにチェスターは気を取り直してこう答え、この返事にランデ
ィとウォルスは顔を見合わせた。
「やっぱり……」
「……いい加減だな、それで済むんだから」
 呆れたように言ってはいるが、しかし、そのお蔭で余計な手間を食わずに済
むのだから、彼らとしてはありがたい。特にランディはカティスの首脳陣に捕
まろうものなら、『時空の剣』を研究させろと迫られ、放してもらえなくなる
のは目に見えていた。
「それで、当のお主はどうするんじゃね、ランディ?」
 そんな二人の様子に苦笑しつつ、アーヴェルドがランディに問う。ランディ
はそうですね、と呟いて老魔導師に向き直った。
「行ってみたい所は、もう、数えきれないくらいありますけど……取りあえず、
山の方に。北の、ルシウス公国に行ってみようかな、なんて思ってます」
「ほう……ルシウスに」
 ランディの口にした地名に、アーヴェルドはやや意外そうな声を上げた。ラ
ンディははい、と頷いて言葉を続ける。
「前にお祖父様から聞いた事があるんです。ルシウス公国のアレオン公領には、
以前サーレイアの竜騎士団に所属していた竜騎士がいるんだって……今でもい
るとは限らないけど、できれば会ってみたいなって、思うんです。だから……」
 目を輝かせつつ語るランディの姿に、アーヴェルドはそうかそうか、と言い
つつ満足げに頷いた。
「マスター、よろしいでしょうか?」
 話が一段落した直後にドアがノックされ、ラフィアンの声が聞こえてきた。
アーヴェルドがうむ、と応じるとドアが開き、白い物体が二つだっと駆け込ん
できた。
 きゅうきゅうきゅう!
 みゅう、みゅう、みゅう!
 駆け込んできた二つの物体──リルティとティアは、それぞれランディとウ
ォルスに飛びついて声を上げる。きょとん、とする二人に、部屋に入ってきた
ラフィアンがにこにこと微笑いながらこう言った。
「お嬢様方が、お二人に御用があるそうですよ。彼女たちは、そのお遣いです」
「……ファリアが?」
「あいつが、オレに?」
「とにかく、行ってあげたらどうだい?」
 それぞれ訝るような声を上げる二人に、チェスターが微笑いながら提案する。
二人は何となく顔を見合わせ、それから、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃアーヴェルド様、失礼します」
 立ち去り際、ランディは老魔導師に一礼するのを忘れなかった。二人が行っ
てしまうと、チェスターがふう、とため息をつく。
「本当に……何処までも、生真面目なんだな、ランディは」
「それが、あの子の良い所じゃよ」
 ため息まじりの言葉にアーヴェルドが笑いながらこんな事を言い、チェスタ
ーは苦笑しつつ、そうですね、と頷いた。
「……真実の騎士……か」
 ゆっくりと立ち上がりつつ、アーヴェルドがふともらした呟きに、チェスタ
ーは怪訝な面持ちでえ? と声を上げた。
「いや……あの子を見ておるとな、そんな気がするのじゃよ。形式的な名誉に
囚われぬ、純粋な心を持つあの子は本当の意味での騎士、真実の騎士と言える
のではないか……とな」
 そんなチェスターにアーヴェルドは静かにこんな事を言い、その言葉にチェ
スターはなるほど、と呟く。
「さて、お前さんも姫の所へ行ってやりなさい……寂しがらせてはならんぞ」
「なっ……アーヴェルド殿!」
 一転、からかうような口調のアーヴェルドの言葉に、チェスターはつい大声
を上げてしまう。それでも一礼して部屋を出て行くその気配が完全に消えた所
で、アーヴェルドはドアの横に控えていたラフィアンを振り返った。
「さて……ラフィアンや、蓬莱の茶をいれてくれんかの?」
 この言葉に、ラフィアンは楽しげな面持ちのまま、はい、と頷いた。

「ファリア、入るよ?」
 ファリアの部屋までやって来たランディは、そっとこう声をかけてドアを開
けた。ファリアはベッドの上に身体を起こして膝を抱えていたが、ランディの
姿ににこっと微笑んだ。元気そうなその様子に、ランディはほっとしながらベ
ッドサイドの椅子に腰を下ろす。
「身体は? もう大丈夫?」
「うん、もうだいじょぶ……でも……」
 言いつつ、ファリアは室内をぐるりと見回した。
「……でも……どうしたの?」
「ううん……まさか、またこの部屋で過ごす事になるなんて、ちょっと思わな
かったから……何だか、不思議だなって」
「え……」
 ファリアの言葉に、ランディは室内を見回してみた。落ち着いた調度品は今、
彼がいる部屋と大差ないが、カーテンやベッドカバーの色は他とは違い、淡い
ピンク色をしている。どうやらここは元々、ファリアが使っていた部屋だった
らしい。
「そうか……なんで君の部屋だけ、一つ上の階にあるのかと思ってたんだけど
……ここ、元々君の部屋だったんだ」
「うん……魔法の修行してる時にね、ここにいたの……まさか、あの時のまま
で取ってあるなんて、ちょっとびっくりしちゃった」
 ランディに答えつつ、ファリアはこう言ってくすくすと笑う。落ち着いたそ
の様子に、ランディは安堵の笑みを浮かべてファリアの横顔を見つめた。
「……ん……なに?」
 その視線に気づいたファリアが問うのに、ランディは笑顔のままで別に、と
答えた。この返事にファリアはやや不思議そうに首を傾げるが、へんなの、と
呟く事で、疑問を切り上げる。
「それで、どうしたの? 何か用?」
「うん……用って言うか……その……」
「その……なに?」
「うん……あのね、ランディ……」
「うん」
「……あのね……ありがと」
「え?」
 突然の言葉に、ランディはきょとん、と瞬いた。
「ありがと……って?」
「……あたしの事……助けに来てくれて……凄く嬉しかったから……」
 こう言って、ファリアはにこっと微笑って見せた。
「そんな……そんなの、いいよ。当たり前の事だもの」
 ランディも微笑いながらこう答えるが、この言葉に、ファリアは物問いたげ
な表情をこちらに向けた。その反応にランディは困惑してまたきょとん、と瞬
く。
「……ファリア?」
「ランディ……いつもそう言うね、『当たり前』って。でも……」
 ここで、ファリアはためらうように言葉を切った。
「でも……その『当たり前』って、どういう……どういう意味で、『当たり前』
なの?」
「え……どういう……って?」
「えっと……だから……」
 ファリアの言わんとする所が掴めずに問い返すと、当のファリアも困ったよ
うに目を伏せてしまう。沈黙の時間が流れ、やがてファリアの小さなため息が
それを終わらせた。
「……やっぱり、いい」
「……ファリア……」
「……今は、いい……何だか、自分でも、何を聞きたいのか、わかんなくなっ
ちゃった」
 言いつつ、にこっと微笑って見せるファリアの様子に、ランディは戸惑いな
がらも、そう、と応じる。突然の質問に対する戸惑いはあるが、今は追求して
も無駄なようにも思えたからだ。
(まあ、下手に追求しても、答えられない可能性も高いしなぁ……)
 無論、こんなやや情けない考えが頭の隅を過ったから、というのもあるのだ
が。
「それよりランディ……ランディは、これからどうするの?」
「え? これからって……」
 何となく複雑な思いでかりかりと頬を掻いていると、ファリアがまた問いか
けてきた。ランディはまたも問われた意味を掴みあぐね、え? とぼけた声を
上げる。
「だから……これからよ。このままずっとカティスにいる訳じゃないでしょ?」
 そんなランディにファリアはやや、呆れたようにこう問い直した。
「あ、ああ、そういう事か。ルシウス公国に行こうかなって思ってるんだけど。
ウォルスも、一緒に来るって」
「……ルシウスに?」
 この返事は予想外だったのか、ファリアは瞳をきょとん、とさせて不思議そ
うな声を上げた。ランディはうん、と頷いて、先ほどアーヴェルドたちにも話
した竜騎士の事を説明する。
「ふうん……じゃあ、竜騎士に会いに、ルシウスに行くんだ……」
「うん。まあ、今でもいるかどうかは、わからないけどね」
「…………」
 軽い口調で答えると、ファリアは妙に深刻な面持ちで目を伏せた。突然の変
化に、ランディは心持ち眉を寄せてその横顔を見つめる。
「……どうか……したの?」
「……ランディ……」
「え?」
「あたし……あたしも、一緒に行って……いいのかな?」
「……はあ?」
 俯き加減のファリアの低い問いかけに、ランディは思わず間の抜けた声を上
げていた。ファリアの瞳が真剣なため、妙に間抜けさが際立っている。
「なんで……そんな事、聞くのさ?」
「……だって……」
 気を取り直して問いかけるが、ファリアは言葉を濁してしまう。ランディは
困惑しつつかりかりと頬を掻き、それから、にこっと微笑って、言った。
「一緒に行こうよ。ここで、別々になる必要なんて、特にないじゃないか?」
 この言葉に、ファリアははっとしたように顔を上げてランディを見た。大き
く見開かれたくるみ色の瞳を、ランディは笑顔のままで見つめ返す。
「……ほんとに……いいの?」
「いいってば……大体、なんでそんな事聞くのさ? 必要ないじゃない」
 恐る恐るという感じの問いに微笑って答えた次の瞬間、ファリアの表情に笑
みが弾けた。
「ランディ……ありがとっ!」
 本当に嬉しくて仕方ない……そんな感じのはしゃいだ声と共に、ファリアは
ランディに抱きついてきた。
「……いっ!?」
 突然かつ、予想外の事にランディは慌ててファリアを受け止めるが、受け止
めた身体の柔らかさとミントの香りを感じた瞬間、自分の力が抜けてしまった。
しかも、ファリアの勢いが身体のバランスを崩してしまい、結果。
「……わっ……」
「きゃんっ!」
 きゅっ!?
 どしん!という派手な音が響き、その音にテーブルの上で呑気にクルミを齧
っていたリルティがぎょっとしたように下を覗き込んだ。
「あったたぁ……ファリア、大丈夫?」
 引っ繰り返った弾みで打ちつけた所を摩りつつ、ランディはファリアに問い
かける。
「うん……ランディこそ、大丈夫?」
 それに、ファリアは済まなそうにこう問い返して来た。どうやら、ランディ
がクッションになったお蔭で何ともないらしい。それを確かめると、ランディ
は良かった、と言いつつ身体を起こす。
「………………」
「………………」
 何となく床に座り込んだまま、二人は無言で見つめ合った。沈黙の時間がし
ばし続き、やがて、二人は何方からともなく低く笑いだした。
「何か……可笑しいね。決まりきらないって言うか……」
「ふふっ……ほんとね……」
 きゅうん?
 床に座り込んで笑い合う二人の様子に、リルティが怪訝そうな声を上げて首
を傾げる。そんなちょっとした事も妙に可笑しく思えてしまい、二人はまた、
笑いだす。それまでは静かだった部屋の中は、にわかに明るい笑い声に包まれ
た。
(……心配しなくていいよ、ファリア。ぼくは、ずっと、君と一緒にいるから
……君を護るために、君の……君だけの騎士になるために、ね……)
 屈託のない笑顔で笑うファリアを見つめつつ、ランディは今一つ言葉にしき
れない想いを心の奥で呟いていた。

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