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   ACT−3:異変の兆しと旅立ちと

 刻の遺跡を出た冒険者たちは、不調気味のシアーナを気づかいつつアルトラ
の街に戻った。幸い、帰途では怪物との遭遇もなく、一行は五日後には街の門
をくぐっていた。
「ふい〜い、やっぱここに帰ると落ち着くよなぁ」
 行動拠点となっているディレッドの店に入り、いつもの席に落ち着くなり、
ヴェインが妙に感慨深げにこう嘆息した。
「それは言えるわね……ね、ランディ?」
 その向かいの、これまた定位置の席に腰掛けつつ、ラウアが笑いながらラン
ディに話を振る。それに、そうですね、と答えるランディの横をすり抜けるよ
うにして、ファリアが二階へと駆け上がって行った。
「なんだ、あいつ?」
「疲れてるんじゃないの? ほら、帰り道でも元気なかったし……ま、女の子
は色々あるものよ、余計な詮索はしないしない」
 怪訝な顔でその背を見送るヴェインに、ラウアが軽くこんな事を言う。ヴェ
インは頭をばりばりと掻きつつ、あ、そ、と投げやりに呟いた。
「それはさておき、問題はシアーナだな。大丈夫かね?」
 頭の後ろで組んだ手に寄りかかるようにしつつ、ヴェインがふと思い出した
ように呟く。レオードとシアーナはアルトラについてすぐ、治癒術師ルクシス
の診療所に向かっていた。
「ま、それはもうルクシス様頼みね……それよりも、ランディ」
「え……あ、はい、なんでしょう!?」
 階段の方を見つめていたランディは、突然話を振られてはっと我に返り、上
擦った声を上げてラウアに向き直った。
「そろそろ、話してくれる? 刻の遺跡で何があったのか」
「え……えっと、それは、その……」
 深く澄んだ翠珠の瞳に真っ向から見つめられ、ランディは返事に窮して口ご
もる。
「そーだなー、お前と来たら、落ち着いたら話すってそればーっかで、ぜんっ
ぜん事情話そーとしねえんだから」
 更にヴェインが畳み込み、ランディは引きつった笑いを浮かべつつ、かりか
りと頬を掻いた。
「え、え〜と、それはですね〜……」
「うん、それは?」
「それは、その……ま、また後でっ!」
 返事に窮したランディは引きつったままこう言って、だっと二階に駆け上が
った。そのまま自分が借りている部屋へと駆け込み、ふう、と息をつく。
「まいったな、もう……」
 ため息まじりに呟いて荷物を下ろし、マントを脱いで鎧を外す。軽装になっ
て一息ついてから、剣の刃を研いで鎧を磨く。そんないつもの作業が一段落す
ると、ランディは道具を片付けてベッドに寝転んだ。それから、服の中に隠し
ておいたペンダントをそっと引き出す。大粒のアメジストに銀鎖をあしらった
それは、刻の遺跡で刻神セィレーシュから託された物だ。
「……説明……か。必要なのはわかるけど、あんなの、どうやって説明すれば
いいんだよ……」
 自分の瞳と同じ、深く澄んだ紫を見つめつつ、ランディはため息と共にこん
な愚痴をもらしていた。とはいえ、愚痴った所でどうにもならない事はわかっ
ている。ランディはペンダントを服の中に仕舞い込んでベッドから起き上がり、
壁にかけたマントを手に取った。
「あら、どこ行くの?」
 マントを羽織って部屋から出ると、階段を登ってきたラウアと行き会った。
ランディはちょっと、と答えて階段を下りようとするが、
「あ、ちょーっと待って」
 マントのフードをつかまれ引き止められた。予期せぬ事に首を締められたラ
ンディは目をむきながら足を止める。
「そういう危ない引き止め方は止めてくださいよっ! ……で、なんですか?」
「遺跡で、ファリアと何かあったの?」
 憮然とした面持ちで抗議しながら問いかけると、ラウアは真面目な顔でこん
な事を尋ねてきた。突然の事に、ランディはきょとん、と瞬く。
「え……どうして、ですか?」
「だってキミたち、姿消して、戻ってきてから、全然口、きいてないんだもの。
なにか、おかしいじゃない?」
「う……それは……」
 確かにその通りなので、ランディはまたも返事に窮してしまう。しかし、こ
れに関しては全く訳がわからない、というのが本音だった。故に、ランディは
それをそのまま問いの答えとする。
「それは……ぼくに聞かないでください。ぼくだって、わからないんですから」
「ほんとに?」
「ほんとですってば!」
 探るようにこちらを覗き込む瞳にランディは必死でこう主張する。ラウアは
しばらく疑わしげな視線を向けていたが、やがて、そう、と言って視線を和ら
げた。ランディはほっと息をつく。
「ま、その辺りはファリアに聞くからいいわ。それで、どこに行くの?」
「別にどこって訳でもないんですけど……ちょっと、気晴らしの散歩に」
「そ……でも、早めに戻らなきゃダメよ、キミだって疲れてるでしょ?」
 諭すような言葉にはい、と頷いてランディは階段を下りて行く。ラウアはし
ばらくその背を見送っていたが、ランディが店から出ると自分もファリアの部
屋へと向かった。ドアをノックしても返事がないため、ラウアは入るわよ、と
声をかけて部屋に入る。ファリアはベッドの上に膝を抱えて座り込み、その傍
らのリルティは不安げに主を見つめていた。俯き加減の瞳に、ラウアは心持ち
眉を寄せる。
「ファーリア。どーしたの?」
 ともあれ、まずは明るい口調で声をかける。ファリアはゆっくりとラウアを
見、それからまた目を伏せた。
「一体どうしたの、お喋りさん? 遺跡を出てから全然喋らないけど、なにか
あったの?」
「あったって言えばあったけど、何もなかったって言えば、何もなかった……」
 軽い口調の問いかけに、ファリアはぽつん、とこう答える。
「……どういう事?」
「ん……色々あって……ね、ラウア」
「なに?」
「あたし……あたしって、ランディにとって、一体なんなのかな……?」
「え……?」
 呟くような疑問にラウアは更に眉を寄せた。
「一体なんのかなって……それ、どういう意味?」
「だから……どういうって言うか……どんな意味のある存在なのかなって……
ラウア、どう思う?」
 隣に腰を下ろして問いかけると、ファリアはどこか不安げにこんな事を尋ね
てきた。
「難しいと言えば難しいけど……大したコトないって言えば、そうとも言える
疑問ね、それ」
 しばしの沈黙を経て、ラウアは明るい口調でこう答えた。
「……ほんと?」
「だって、見てればわかるもの。ランディ、あなたの事、すごく大切に思って
るはずよ。だってあの子、あたしたちのパーティに入ってからずっと、あなた
と一緒にいたじゃない?」
「……あたしが、ムリにくっついてただけかも知れないじゃない……」
「でも、一緒にいて嫌だったら、あんな風に自然にはいられないと思うわよ?」
「……そう……かな……」
「なぁに、自信、ないの?」
 ぽそぽそと呟くファリアに、ラウアはからかうようにこう問いかけた。ファ
リアはしばしためらう素振りを見せ、こくん、と頷く。
「……どうして?」
「だって……ランディまだ、王女様のコト……想ってるって……」
 かすれた呟きにラウアは眉をひそめ、それから小さくため息をついた。
「それは……ある意味、仕方ないわよ。まだ、半年しか過ぎてないんだから。
ランディにとって、王女様への想いはずっとずっと大事に育んできたものなん
だし……そう簡単には、昔の事にはできないんじゃないの?」
「……そういう……ものなのかな?」
「……ファリア……」
 一向に明るくならないファリアの様子に、ラウアはまたため息をついた。そ
れから殊更に明るい口調でこんな事を言う。
「あたし、思うんだけど。ランディってすごく不器用よね。王女様の近くにい
たのに、結局自分の気持ちを言えなかった訳でしょ? そんな不器用さんが、
自分一人だけで心に決着つけるのって、すっごく難しいと思うなぁ……多分、
誰かが手を貸さなきゃ難しいわね」
 ラウアの言葉にファリアは困惑した顔を上げた。ラウアはにこっと微笑って
その困惑を受け止める。
「だから……ね、ファリア。自分からぶつからなきゃダメよ。さっきの疑問だ
って、あたしにぶつけたって憶測しか出て来ないんだから。ランディに直接聞
いて、答えを出してもらいなさい……あの子、すごい不器用だから、思いっき
りぶつからなきゃダメよ」
「そう言われても……」
「なぁに? ぶつかって、砕け散るのがコワイの?」
 問いかけに、ファリアは素直に頷いた。
「あなたも、シアーナと同じ事言うのね……ほんと、人間の女の子って、怖い
もの知らずのわりに怖がりなんだから」
「え……シア姉が?」
「帰って来たら、聞いてみるといいわ。とにかく、そんな風に思い詰めてても
なんにもならないわよ、いいわね?」
 戸惑うファリアに微笑いながらこう言うと、ラウアは弾みをつけてベッドか
ら立ち上がった。そのまま、ドアの方へと向かう。
「ラウア、あたし……」
「答えは、自分で見つけられるはずよ。とにかく、今は休みなさい」
 すがるような声を上げるファリアをやや厳しく遮り、ラウアは部屋を出て行
った。一人残ったファリアはため息をついて目を伏せる。
「だって……そんなのできないよ……そんなの……絶対、怖いもん……」
 震える声でこう呟くと、ファリアは傍らの枕を抱きしめ、その中に顔を埋め
て丸くなった。

 アルトラの大通りは、いつもと変わらぬ賑わいを見せている。隣国カティス
との国境付近に位置するアルトラは、冒険者の集う街であると同時に交易都市
としての側面も持ち合わせている。故に、大通りの賑わいは王都のそれにも匹
敵すると言われていた。
 その大通りの人込みの中を、ランディはややぼんやりと歩いていた。来たば
かりの頃はとても一人では歩けなかった大通りだが、今では物思いをしながら
歩く事もできる。ランディは行き交う人々の間をすり抜けるように中央広場へ
と向かっていたのだが。
「……っ!?」
 中央広場へ抜けるか抜けないか、という所で背後に異様な気配を感じて足を
止めた。
「……声を上げるな」
 直後に、低い声がこう囁きかけてくる。ランディは首を巡らせて背後の状況
を確かめようとするが、それを遮るように背中に何かが触れた。感触と状況か
ら鑑みるに、それが刃物であるのは容易に察せられる。
「……なんのご用ですか?」
 表面上は努めて平静を装いつつ、ランディは低く問いかける。
「……中央広場を抜けて、北の路地へ」
 その問いに背後の男は短くこう告げた。
(……いわゆる、その道の本職さん……かなぁ。逆らえない、かな、これは)
 隙の全くない男の様子にランディはこんな事を考え、ため息をついた。
『ま、街ン中でその道の本職に声かけられたら、慌てないこったな。慌てて騒
いでも、向こうの思うツボにハマるのがいいとこだぜ』
 以前、ヴェインから受けた講釈がふと蘇る。ランディは気持ちを引き締め、
指示通り北の路地へと向かった。背後の男もそれについて来る。周囲の人々は
特に気づいた様子はなかったが、ただ一人、広場の池の縁に腰掛けていた黒い
マントの人物だけはゆっくりと路地へ向かう二人をじっと見つめていた。ラン
ディたちが路地へと消えると、その人物はゆっくりと立ち上がって自分も路地
へと向かう。
 北の路地に入ると、男は細かく指示を出してランディを込み入った路地裏の
奥へと連れて行った。誘導された先には半ば予想していた通り、後ろの男と同
じチャコールグレーのマントに身を包み、フードを目深に引き被った一団が待
っている。ここが終点、と察したランディはふう、と息をつき、それから、き
っと表情を引き締めて目の前の男を見た。
「ランディ・アスティル……だな」
 確かめるような問いに、ランディは頷いて答える。
「時間が惜しいので用件から言わせてもらう。君が刻の遺跡で手にした物を、
引き渡していただこう」
「……え?」
「君が、刻の遺跡の封じられし剣を手にしている事はわかっている。おとなし
く引き渡せばよし、さもなくば……」
 じゃきっ……
 男の言葉の先を引き取るように、金属音が響いた。マントの一団が一斉に剣
を抜いた音だ。ちら、と背後を振り返ると、ここまで誘導してきた男の手にも
鈍い銀の刃が光っている。それを確かめたランディは正面の男に向き直った。
(まいるなぁ……これって分、悪すぎるよ。でも……)
 とはいえ、彼らの要求している『剣』が刻神から託された『時空の剣』、即
ち服の中に隠したアメジストのペンダントである事はわかっている。そして、
これが簡単に他者に譲り渡して良い物ではない事は火を見るよりも明らかだ。
それがわかっている以上、出すべき答えは一つしかない。即ち、問題となるの
はその後で、どうやってこの場を切り抜けるか、である。
「どうする? 引き渡すか、それとも……」
 打開策を巡らすランディに男が返事を催促してきた。ランディはもう一度周
囲を見回し、状況の把握に努める。
(一番の問題は……この、真後ろなんだよね。ここを抜けられれば、ひとまず、
ここからは離脱できるけど……)
 背後で不敵に笑う男を睨むように見つつ、ランディは策を巡らせる。手持ち
の武器は短剣が一本。正直、ないよりマシのレベルだ。
「……言ったはずだ、時間が惜しいと。このまま返答がなければ、こちらは実
力行使に訴えるのみだが?」
 沈黙を続けるランディに、男がやや苛立たしげに呼びかけてくる。ランディ
はやや俯いて息を深く吸い、それから、きっと顔を上げて男を見据えた。
「……あなたたちがどこの誰かは知らないけど……この力は……」
 言いつつ、腰の短剣に手を伸ばす。この動きに、男たちの間を緊張が駆け抜
けた。
「この力は……誰にも、渡せない!!」
 宣言と共に短剣を抜き放ち、身体を沈めつつ左足を軸に反転する。この動き
に虚を衝かれた真後ろの男の剣を短剣で弾いて体当たりを仕掛け、その態勢を
崩すと、ランディは一気にそこを突破して路地に駆け込んだ。
「……ほう、中々」
 その様子を建物の上から眺めていた黒マントの人物が低く呟く。
「……無駄な事を……行け!」
 そして男たちのリーダーは口元に冷たい笑みを浮かべつつ、部下に指示を出
した。男たちはチャコールグレーの影となり、ランディを追う。黒マントの人
物は悠然と歩いていくリーダーの背を眺めていたが、やがて、ふっとその場か
ら姿を消した。
「ったく……しつこいなぁ、もう!」
 複雑に入り組む路地を駆け抜けつつ、ランディは背後から迫る気配にこんな
愚痴をこぼしていた。なんとかまけないものかと角を曲がっているのだが、一
向に効果は上がらない。むしろ無作為に角を曲がり続けたのが災いして、
「あ……あれ?」
 袋小路に追い込まれていた。目の前に無機質に佇む石壁に、ランディは何と
も間の抜けた声を上げてしまう。そうこうしている間にも、背後にはチャコー
ルグレーの影が集まっていた。ランディは舌打ちをしてそちらに向き直る。
「さて、どうする? もう、後はないぞ」
 そこに悠然とやって来たリーダーが問う。ランディは唇を噛み締めると、短
剣片手に身構えた。
「それが、答えか……ならば、容赦はせん!」
 この言葉に応じて三人の男が切りかかってくる。振り下ろされる刃を短剣で
弾きつつ、ランディは突破口を見出そうとするが、
(……ちょっとムリかなぁ)
 ちょっとどころかほとんど不可能である。場所的な狭さから一度にかかって
来るのは三人止まりなのだが、その三人が連携の取れた攻撃を仕掛けてくるの
だ。正直、凌ぐだけで精一杯である。
「くっ……」
 それでなんとか、突破しなくては……と思った矢先に、
 シュッ!
 鋭く大気を引き裂いた刃がランディの左腕を捉えた。駆け抜ける痛みに顔を
しかめる暇もあらばこそ、別の刃が右足を切り裂き、ランディは身体のバラン
スを崩してその場に尻餅をついた。そこに降ってきた頭を狙っての一撃は辛う
じて短剣で弾き飛ばすものの、状況は最悪に近かった。
「どうやら、これまでのようだな?」
 そこに、リーダーが余裕の態で声をかけてきた。ランディは睨むようにそち
らを見る。
「これが最後だ……『時空の剣』をこちらに引き渡し、そして、全てを忘れて
しまえ。古代神の遺産如きのために、若い命を捨てる事もあるまい?」
 嘲りを含んだ最後通牒にランディは沈黙を持って答えた。紫水晶の瞳に宿る
強固な意志に、リーダーは呆れたようなため息をつく。
「愚かな……殺れ!」
 ため息の直後にリーダーは表情を冷たく引き締めてこう言い放ち、それを受
けて銀の刃が振りかざされた。
「くっ……」
 絶体絶命――そんな言葉が頭を過った、その瞬間。
 ……ヒュッ!
 大気を鋭く引き裂いて飛来した物体がランディの目の前に突き刺さり、緑の
閃光を放った。閃光は風を巻き起こして男たちを吹き飛ばす。
「な、なんだ!?」
「これ……カード?」
 リーダーが動揺した声を上げる。ランディは困惑しつつも飛来した物体を観
察し、それが紅で何かの紋様を描いたカードである事に気づいた。直後にカー
ドが砕け散って風が止み、目の前に黒い影が降って来る。
「……え?」
「生きてるな?」
 立て続けの出来事に戸惑うランディに、黒い影が素っ気ない口調で呼びかけ
てきた。黒い影――この状況をずっと見ていた黒マントは肩越しにランディを
振り返り、無事を確認してから男たちに向き直る。その手には先ほど飛来した
物と同じ、白いカードがあった。
「おのれ……貴様、何奴!?」
「貴様らのようなザコに名乗る名はない。命を惜しむ気があるなら、さっさと
失せろ」
 言いつつ、右手の指に挟んだカードを突き付ける。カードを紅い光が取り巻
き、複雑な紋様が表面に浮かび上がった。
「……殺れ! 邪魔立てする者に容赦はいらん、二人とも仕留めろ!」
 対するリーダーは動揺から立ち直るなり、部下たちにこう命じていた。これ
を受けて男たちは連携の取れた動きで切りかかってくるが、黒マントは至極冷
静だった。
「……あんな男のために命の安売りか……バカなヤツらだ」
 低くこんな事を呟きつつ、手にしたカードを男たちへと投げつける。カード
は男たちの中へと高速で突っ込み、紅い閃光を放った。突然の事に男たちの動
きが止まる。黒マントはバックジャンプでランディの傍らの移動し、膝を突い
てこう問いかけてきた。
「立てそうか?」
「え?」
「ムリか……右は支えてやるから、立て」
 めまぐるしく変わる状況に戸惑いつつ、ランディは差し出された手を借りた。
黒マントはランディを引きずるようにして立ち上がると、空中でくるくると回
転しているカードへ向けて右手を突き出し、
「……滅!」
 短く、そして鋭く声を放った。これに応じるようにカードが放つ光が輝きを
増し、紅い光が路地裏を埋め尽くす。その眩しさに、ランディは思わず目を細
めていた。
「移動するぞ」
 目を細めるランディに黒マントが低く呼びかける。突然の事に戸惑う暇もな
く、全身を浮遊感が包み込んだ。

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