07

 ――照明機具の白々とした灯りの下、立ち並ぶのは、異形なるモノ。

「ある程度、読んじゃいたが……」
 目の前にずらりと並ぶ、ガード用とおぼしきクリーチャーの姿に、アーベル
はやれやれ、とため息をついた。直後に舞う、銀。ヒュッ!と言う音と共に大
気が裂かれ空間に紅を散らした。
 右下から左上へ、そこから横へ。素早い腕と手首の返し、それを糸は絡まる
事なく鮮やかに追い、装甲と一体化でもしているようにも見える獣人型のクリ
ーチャーを薙ぎ払う。
「中々、豪勢なお出迎えよねぇ」
 銀がクリーチャーを薙ぎ払う様をのんびりと眺めつつ、カルラはどこか他人
事めいた口調でこんな事を言った。口調は軽いが、瞳に宿る色彩は厳しい。
「……でも……なんか、妙なのよねぇ」
「妙って、何が?」
 銀糸を両手の間に張り詰め、いつでも、どうとでも動ける状態をキープしつ
つ、アーベルはカルラがもらした呟きに訝るような声を上げた。その疑問に、
カルラは軽く肩を竦める。
「反応がね……早すぎるわ。どんなセキュリティ入れてるのかは知らないけど、
あたしたちの侵入に気づいてからガードクリーチャーを展開したにしては、侵
入からの間隔が短い……短すぎる」
「なるほど。確かに、来てすぐ出くわしたにしちゃ、物々しい出迎えだな」
 カルラの説明を聞きつつ、アーベルはもう一度目の前のクリーチャーを見回
した。
 一見して戦闘用とわかる、装甲を埋め込まれた獣人たち。この手の物を普段
から巡回させている、というのは、普通に考えて在り得ない。
 それだけの危険区域であれば、というならまだしも、この辺りは組織間の抗
争地域からも遠く離れており、危険と言えそうなのはそれこそ突然変異型のク
リーチャーの暴走くらいだろう。そしてそれらは、目の前にいるもの──明ら
かに対人戦を意識したクリーチャーを配して警戒する手合いのものでは、ない。
「考えられるのは、最初からお膳立てされていたか……それとも、」
 続く言葉は、キシェエエエエエっ! という奇声に遮られる。先頭に立って
いたクリーチャーが二体、手と一体化した刃を振りかざしつつ、跳んだ。かつ
てどこかでカタールと呼ばれていた短剣に良く似た刃、それが白い照明の光を
弾く。
 ぴたり、完全同時の動きで左右に跳んだ二体は息を合わせた動きでそれぞれ
が左右の壁を蹴り、挟撃の形でアーベルへと刃を繰り出す。右から左へ視線が
流れ、蒼の瞳がその動きを追った。
「……Ein Faden wird in zwei von ihnen geteilt!」
 次の瞬間、鋭い声が大気を震わせる。アーベルは両腕を胸の前で交差させた
後、勢い良く左右に広げた。ヒュッ!と鋭い音を立てて大気が裂かれ、そして。
「Schneiden Sie es!」
 右の手と、左の手。いつの間に分かたれたのか、それぞれに握られた糸が大
気と共にクリーチャーの装甲の僅かな隙間を切り裂く。致命傷を与えるには至
らないが、タイミングを狂わせるには、それで十分だった。
 一歩、前に駆け出してクリーチャーの挟撃をすり抜け、片足を軸に強引なタ
ーンを決める。体勢の崩れはとっさに膝と左手を突く事で支えつつ、アーベル
は素早く右手を動かした。
「Erstarren Sie……Verhaften Sie meinen Feind!」
 飛ばした糸へと向けるのは、硬化と捕縛の意思。糸はそれを受け、同士討ち
を避けようとするクリーチャーの一方を捕らえ、そして。
「ほらよっ!」
 掛け声と共に糸を振り、もう一体へと叩きつける。鈍い音が響き、二体のク
リーチャーは相次いで壁に激突して崩れ落ちた。
「無茶するわねぇ……で、それとも、何?」
 強引な動きでクリーチャーを沈黙させたアーベルに呆れたような声を上げた
後、カルラは何事もなかったかのように途切れた言葉の先を促した。アーベル
は体勢を戻しつつ、ひょい、と肩を竦める。
「それとも、他に客が来てるか。
 こーゆー場所は、来客も多いからな」
「なるほどなるほど。
 ……それだと厄介ねぇ」
 アーベルの言葉にカルラは感心したような声を上げ、それから、 露骨に嫌
そうに顔をしかめて見せた。
「ま、そうだったら厄介だろーな。で?」
「で、って?」
「その可能性を踏まえた上で……どう、動く?」
 問いかけに一瞬きょとんとしたカルラの様子に大げさなため息を一つついた
後、アーベルは更に問いを接ぐ。カルラはああ、と言いつつぽむ、と手を打ち
鳴らすと、そうねぇ、と呟いた。
「目的地までのルートは、取りあえず二つになったかしらね。最初に通るつも
りだった資材エリアと、このまま普通に進むのと」
「資材エリア?」
「そ、ようは物置。
 障害物多いし、下調べした限りそっちの方が警戒レベル高いみたいなんで、
行きたくなかったのよねぇ」
 だから、これってある意味好都合? と。居並ぶクリーチャーたちをちらり
と見やった後、カルラはくすり、と笑った。アーベルはクリーチャーたちを見、
それから改めてカルラを見る。
「……その分、ぶち抜く壁は分厚くなってねぇか?」
「ま、そうとも言うわね。それに……資材エリア側からの増援に挟撃されちゃ
う可能性も否定できないのよねぇ。そういう意味では、やっぱりちょっと面倒
かしら、この状況」
 頬に指を軽く添えて小首を傾げながら呟くカルラに、アーベルは知るか、と
素っ気ない一言を返す。
「冷たいわねぇ……それとも、寝言の君以外は一切眼中外って事なのかしら?」
「……あのな」
「ムキにならなくてもいいのに。
 ……冗談はさておき、正直に二人で突破するのも悪くないけど、ここは二方
向進行で行くのはどう?」
 一しきりくすくすと笑った後、カルラはやや真面目な面持ちになる。投げか
ける言葉は提案の形を取っているが、彼女自身は既にそれを選ぶつもりなのは
察しがついていた。
「どう、も何も、それが一番妥当だろ?」
「まあね。じゃ、資材エリアの方、よろしくね?」
 あっけらかん、と告げられる言葉もまた、予測の範囲内のもの。先ほどの口
振りからして、カルラが資材エリアルートに自分から行くとは思い難かった。
「ま、俺はそういうルートの方が性に合うからな」
 ひょい、と軽く肩を竦めると、アーベルは呼吸を整える。先ほど二筋に分か
れた糸は既に、元の一筋に戻っていた。
「適材適所、ってヤツね……オッケー、ルートのデータ、そっちの端末に送信
完了よ」
 それにさらりと返された言葉に、ぴ、という電子音が重なる。一体いつから
手にしていたのか、カルラの手にはデータ端末が握られていた。
「一応、口でも説明しとくけど。ルートの入り口は、そこの横合いの通路。目
的地は最深部のラボラトリエリア。途中、色々出てくるだろうけど、気をつけ
てねぇ」
 まあ、大丈夫でしょうけど、と。さらりと添えられた言葉に、アーベルは軽
く肩を竦めるのみだった。蒼の瞳は既に前方……進むべき道にのみ、集中して
いる。そんなアーベルの姿にカルラはくすり、と笑い、それから、肩に止まる
金色の鳥を軽く撫でた。鳥の翼と同じ色の光が弾け、そして、その手に輪が握
られる。それとほぼ同時に、アーベルが動いた。
「Halten Sie einen Faden an……」
 低い呟きと共に糸が動きを止め、しゅ、と右の手首に絡みつく。糸が収まる
のと、アーベルが駆け出すのもほぼ同時だった。阻もうと動くクリーチャーの
壁を跳躍で飛び越したアーベルは、横合いの通路へと駆け込む。その後を追お
うとしたクリーチャーたちの目の前を、金色の軌跡が横切った。
「はぁいはい、そっちに行かないでねぇ。後で文句言われちゃ、たまんないか
ら」
 軽い言葉を投げかけつつ、カルラは複雑な弧を描いて戻って来た金色の輪を
受け止めた。何かしら、ただならぬものを感じたのか、クリーチャーたちの間
を緊張が走る。その様子に、カルラはどこか楽しげに笑んだ。
「……おいで?」
 上へと向けていた輪を下ろしてクリーチャーの方へ向けつつ、カルラは小首
を傾げる。
「天女の舞、魅せてあげる……もっとも、お代は、」
 楽しげな言葉、それを遮るようにクリーチャーが一体カルラへと踊りかかる。
カルラは身を低くしてそれを避けつつ、手にした輪を下から上へと斬り上げた。
輪を振りきりつつ、片足を軸にくるり、半回転。軽いステップで後退する事で
返り血を避けつつ体勢を整えたカルラは、再びクリーチャーたちへと笑いかけ
た。
「お代は、あんたたちの命で支払ってもらうけどね?」
 艶やかさを感じさせる笑みと共に言いつつ、カルラはくるり、と手にした輪
を回す。金色の刃が照明の灯りを受け、冷たい光を放った。


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