06

 ──光を弾く金色の髪、それが思い起こさせたのは、暗雲の内より閃く雷光
を冠した二つ名。

「カルラ=ランディール……ああ、アレか。最近売り出し中の、『雷光天女』」
 数度瞬きをした後、アーベルは記憶の片隅に引っかかっていた名を口にした。
 『雷光天女』カルラ。裏通りでその名を聞くようになったのは、半年ほど前
からだったか。自分と同じ念動力の使い手であり、鳥が形を変えるリングスラ
イサーを自在に操る、という話は聞いていた。
 女一人、フリーで仕事をしているにも関わらず業績は好調。ストリートファ
イトでもそれなりの勝ち星を上げているらしく、そちらの胴元から一度イベン
トマッチをやってくれないか、との誘いを受けた事もあった……ような気がす
る。その時は確か、クリーチャー狩りの仕事が先に入っていたのでキャンセル
したのだが。
「あら……あの『銀翼の孤狼』に知られてたなんて、光栄ねぇ」
 通り名を口にするアーベルにカルラは楽しげな声を上げた。その言葉には妙
に含むものが感じられ、アーベルは僅かに表情を険しくする。
「……何が、言いたい?」
「何が、って……あたしは、純粋に関心してるだけのつもりだけど。
 何て言っても、有名人だからねぇ、孤狼は」
「……そりゃ、どーも」
 有名人、という評価にアーベルは思い切り不機嫌な声でこう吐き捨てていた。
 突然変異によって生まれた、変化能力者の第一世代。その手の研究者たちに
は『始祖』や『新種』と称して興味を持たれ、そして、裏通りの事情に詳しい
者であれば『Schwarzes・Meteor』の『遊戯』からの生還者として知られてい
る。
 名が知られている、というのは役に立つ事も多々あるが、どちらかと言うと
厄介な事の方が多く。それ故、『有名人』という評価には喜べない部分が多々
あった。
「……あれぇ、もしかして、怒ったかしら?」
 アーベルの反応に、カルラは緩く首を傾げつつ問う。それに別に、と答える
と、アーベルは横目でカルラを見つつ、で? と短く問いかけた。
「で、って?」
「仕事にプラスにするために拾った、ってんなら、何かやらせるつもりなんだ
ろ?」
 わざとなのか素なのか、きょとん、とするカルラにアーベルは低く問う。カ
ルラはああ、と言いつつ、ぽむり、と手を打ち鳴らした。呑気というか気楽と
いうか、とにかくどことなくズレたテンポにアーベルは軽い頭痛を覚えて額に
手を当てる。
(……調子狂う女……)
 思わずもらした内心の呟きは、ある意味当たり前だが届く事はなく。額を押
さえるアーベルの様子に何を思ったのか、カルラはくすくすと楽しげに笑った。
「ま、大体の予想はつくんじゃないの? お互いの稼業から考えれば、ね」
 それから、さらりとこんな事を言いつつ部屋の一角に備え付けられた簡易キ
ッチンへと向かい、冷蔵庫を開ける。
「稼業から……ねぇ」
「そ。まあ、それはちょっと置いといて、まずは何か食べない? ヒーリング
使うと、色々消耗するのよねぇ」
 開いた冷蔵庫の中からハムの塊を取り出しながら投げられた問いに否定を返
す必然は感じられず、アーベルはああ、と一つ頷いた。

「……生体兵器の研究施設?」
「そ。そこを調査して、内容如何によっては潰すのが、今回のあたしのお仕事」
 食後のコーヒーのカップを傾けつつ、カルラはごく何でもないような口調で
こう言った。アーベルは目の前のコーヒーカップにミルクと砂糖を入れてくる
りと混ぜつつ、僅かに眉を寄せる。
「ちなみにその施設ってのは、どこの所属だ?」
「それは、まだ不明。だから、そこを確かめるのも、仕事のウチよ……って、
あら? 見かけによらず、お子様味覚?」
 白と黒が絡み合い、淡い色に染まるカップの中身にカルラは楽しげにくすり
と笑った。アーベルはうるせぇ、と言いつつカップを傾ける。甘党の自覚はあ
るが、お子様味覚、とまで言われるのはさすがに心外だった。憮然とした表情
に、カルラは楽しげなまま自分のカップを傾ける。
「まあ、所属勢力によってはそのまま放置……と行きたいところなんだけど」
「十中八九、放置なんてできるわきゃねぇわな、そんなのは。
 ……それに、どこの誰がやってるにしろ、生体兵器の研究なんてのはロクな
もんじゃねぇし」
 呟くようなカルラの言葉に、アーベルは吐き捨てるようにこう言った。
「あらら、手厳しいこと」
 よっぽど嫌いなのねぇ、と。呆れたような感心したような口調で言うカルラ
に、アーベルは素っ気なくまーな、と返す。
 幼い頃、そう言った手合いに目をつけられて何度となく騒動を引き起こした
アーベルにとって、生体兵器の研究者というのは好印象を抱くのはほぼ不可能
な相手と言えた。
「……で?」
 二つのコーヒーカップが空になった頃、カルラは唐突にこんな言葉を投げか
けてくる。
「で、って?」
「手、貸してもらえるの?」
 テーブルに両肘をついて手を組み合わせ、その上に顎を乗せた姿勢で軽く小
首を傾げつつ問うカルラに、アーベルはああ、という気のない声で答えた。
「ま、一応、死にかけた所を拾われたワケだし……生命の恩義には、全力で返
すのが、ウチの流儀なんでな」
「……刹那的な流儀ねぇ……そんなんじゃ、生命がいくつあっても足りないん
じゃないの?」
「大きなお世話だ。
 ……っとに、逐一一言多い女だな……」
 混ぜっ返すようなカルラの言葉にむっと眉を寄せつつ、アーベルは思わずこ
んな呟きを漏らしていた。
「だって、突っ込み所が多すぎるんだもの。
 ……とにかく、それは手を貸してもらえる、って事でいいのかしら?」
 その呟きにさらりと返しつつ、カルラは確かめるように問いかける。アーベ
ルは大げさなため息を一つつくと、長く伸ばした前髪をぐしゃり、とかき上げ
た。
「挙句、可愛げのカケラもねぇと来たか。
 ……ま、その研究施設とやらには、俺も興味があるしな。乗らせてもらうぜ
……『雷光天女』」
 額から手を離しつつ、カルラを見やる表情は『銀翼の孤狼』のそれ。その表
情に、カルラはくすり、とどこか楽しげな笑みを返してくる。
「契約成立、ね……『銀翼の孤狼』」
 言葉と共に差し出される、手。アーベルはしばしの逡巡の後、その手に軽く、
自身の手を打ち合わせた。乾いた音が空間に響き、手首にかかる銀色の糸の輪
が揺れて光を弾いた。
「あら、握手はなし?」
「そこまでの信義は結べてねぇだろ?」
 口調だけは怒ったように言うカルラに、アーベルはさらりとこう返す。この
返事に、カルラはえー、と拗ねたような声を上げた。
「あれだけ至れり尽くせりしてあげたのに、それはないんじゃないのぉ?」
「……なんだよ、それ?」
「さぁ、なんでしょうねぇ?」
 含みを持たせた言葉に軽く眉をひそめて問うと、カルラはしれっとこう返し
てきた。明らかにはぐらかそうとしているその様子に、アーベルは思わずじと
り、とカルラを見る。
「ま、気にしない、気にしない。
 ……寝言で女の子の名前呼ぶような男に、興味はないから」
「……はあ!? ちょ、まて、それって……」
 思いも寄らない切り返しにアーベルは上擦った声を上げ、そんなアーベルの
様子にカルラはくすくすと楽しげに笑いつつ、立ち上がって食器を取りまとめ
た。
「ま、それはともかく……さっさと片付けて、行くとしましょうか?」
 片付けも手伝ってねー、という軽い言葉に、アーベルははいはい、とどこか
疲れたような声で言いつつ頷いた。
(……本気で、可愛げねぇ……)
 内心でこんな愚痴が零れていたのは当然の如く、他者には知る由もないのだ
が。


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