12 そして、少年は未来を目指す


「……はぁ〜……で、それからどうなったのですか?」
 一通り、語りを聞き終えるなり、銀髪の青年はとぼけた口調でこう問いかけ
てきた。
「どうって……まぁ、色々とあったみたいだけど、清めは無事に果たされたみ
たいだよ。というか、でなかったら、オレはいないだろうしね」
 その問いに、少年はしばしの思案を経てからこう答える。
 金色の髪と真紅の瞳を持つ少年の手には、かつて彼と良く似た旅人が手にし
ていたのと同じ、優美な造りの竪琴がある。旅人との相違は、その傍らにいる
相棒だろうか。
 かつての旅人の傍らには翼を持った白い子猫の姿があったが、少年の傍らに
いるのは鋭い雰囲気を漂わせる、一羽の隼だ。だが、印象的な色彩の瞳とその
顔立ちは、旅人との間に何らかのつながりがある事を容易に伺わせる。
「しかし……フシギな事って、あるんですねぇ」
 少年の返事に、たまたま雨宿りで彼と居合わせ、その物語を聴く事となった
青年は妙にしみじみとこう呟いた。こちらも、腕に竪琴を抱えている所からし
て音楽を生業とする者なのだろう。青年の呟きに少年はうん、と頷き、それか
ら空を見上げた。
「……雨、そろそろ上がるな」
 呟くような言葉に、青年も空を見上げつつそうですね、と呟いた。
「雨が上がったら、また行くとしますか……あなたは、これからどちらへ?」
「特に、アテはないよ。父さんたちみたいに、大きな目的がある訳じゃないか
ら、オレは。強いて言うなら、その目的を探しにって感じかな? そう言うあ
んたは?」
 問いに答えつつ逆に問いかけると、青年は軽く肩をすくめた。
「私にも、アテなどありませんよ。ただ、気まぐれに風と共にめぐるのみ、で
す」
 それから、穏やかな微笑と共にこう答える。
 二人が言葉を交わしている間にも雨はその勢いを弱めて行き、やがて、雲の
切れ間から光と共に青空が覗いた。差し込む光は、水滴をまとった森の緑を美
しく煌めかせる。
「雨、上がりましたね」
「うん」
「それでは、私は行くとしましょうか……素敵な物語を、ありがとう。おかげ
で、退屈なはずの雨宿りがとても楽しく過ごせましたよ」
 ゆっくりと立ち上がりつつ、青年はこう言って微笑む。少年も立ち上がって、
お互い様、と笑って見せた。
「それでは……もし、ご縁がありましたら、また、いつかどこかで」
 優雅な仕種で一礼すると、青年はゆっくりと歩き出す。長く伸ばした銀色の
髪が微かに陽光を弾き、やがて、その姿は緑の奥へと消えて行った。その姿が
完全に見えなくなると少年は空を見上げ、そして。
「さて、と……オレたちも行くか、ヴィエント!」
 元気よく相棒に呼びかけ、青年とは逆の方向へと道を走り出した。一歩遅れ
て舞い上がった隼が、ふわりとその肩に止まる。

 前を見つめる真紅の瞳には、陰りなどなく。
 ただ、未知の世界を目指す事への無邪気な好奇心に満ち溢れていた。



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