目次へ


   1 魔竜と雷竜

 いつの間にか降り出した雨が、全てを濡らしていた。雨は、全てを洗い流そ
うとするかのように激しく降り続く。それによって炎は静まり、地を染めた真
紅も流れていく。全身を濡らした返り血も雨によって洗い落とされるが、しか
し、心の痛みは流れてくれない。
「う……」
 物言わぬ屍の中に、彼は一人で取り残されていた。自ら築いた虚ろな空間に、
一人きり。
「……うう……」
 全ては不要のものだった。本来、ここに在ってはならないはずのものばかり
だった。だから、取り除いた。それが自分の役割だから。それが、正しい在り
方だから……。
「う……く……うわああああああああっ!!」
 絶叫が喉からほとばしる――全てが重い雨の帳に包まれ、そして。
「……っ!!」
 目が覚めればまた、雨の帳が広がっている。しばしの空白を経て、少年は今
のが夢であったと認識し、ふう、と息を吐いた。
 グゥゥ……
 低い唸り声に振り返ると、もたれかかっている漆黒の竜が真紅の瞳に不安を
宿してこちらを見ていた。
「何でもない……下らん感傷に囚われただけだ。心配するな」
 短い言葉に漆黒の竜はまた唸り声を上げて目を閉じた。そして、少年は自ら
の竜と同じ真紅の瞳を目の前の雨に向ける。
 悪夢の中の雨とは違い、現実の雨は暖かい。

「……しっかし、よく降るねえ……」
 しとしとと降りしきる雨を眺めつつ、アヴェルが呆れたように呟いた。
「ほんと、降らないのも困るけど……こうも降り続かれると閉口するわね……
誰かさんと一緒だわ」
 それに、イヴは嫌味を込めてこう返す。これにアヴェルはかく、とコケるも
のの、
「って事は、やっぱ、オレがいないと困るんだ♪」
 すぐにこう言って復活した。イヴは別に、と言いつつそっぽを向く。つれな
いなぁ、とぼやくアヴェルの様子に笑みをもらしつつ、イヴは降り続く雨へと
目を向けた。
 イシュファの島を出てから一ヶ月。水の祖竜ルオディアから、新たな闇の祖
竜である影竜シャイレルを託された二人――『竜の巫女』であるルディの血と
力の後継者である竜使いイヴ・リュースと、彼女の相棒を自称する魔導師アヴ
ェル・ランバートの二人は取りあえず宛もなく、気ままな旅を続けていた。
 一応、地、水、火、風と光の祖竜の聖域を訪れるという目的はあるものの、
それがどこにあるかのはわからない。そんな状況で焦っても仕方がない、とい
う事で、取りあえずは行き当たりばったりに旅を続けているのだ。
 そんな旅の途中、突然の雨を避けるべくこの無人島へ降りたのが一週間前。
以降、雨は全く止む気配を見せず、しとしとしとしとと降り続いていた。幸い、
この島は果樹が豊富で野生のアクアナッツや泉もあちこちに見られるため、食
料や水の心配はない。
 唯一の問題は風属の竜とその竜使い特有のストレス、即ち空を飛べない事へ
の苛立ちが募る事だった。とはいえこればかりはどうにもできず、イヴはシェ
ーリスと共に降り続く雨を恨みがましく見つめる日々を送っていた。
 きゃうきゃう!
 きゅうきゅう♪
 この状況下において、唯一、いつもと変わらないのが小さな竜たちである。
ティムリィとシャイレルは降り続く雨の中、飽きる事もなく元気に跳ね回って
いた。特にずっと地下で眠っていたシャイレルにとっては、見るもの全てが発
見であり、驚きとなるようで、そのはしゃぎっぷりは尋常ではない。
「……無邪気よねぇ……」
 雨の中ではしゃぐ白黒の仔竜の姿に、ふとこんな呟きをもらす。
「ま、ある意味世界で最も無垢な力の象徴だからね」
 その呟きにアヴェルがの〜んびりとこんな事を言うと、イヴは大げさにため
息をついて見せた。
「な、なぁにかな?」
「……その無垢なあの子と、あんたみたいな不純のカタマリが、どーして意思
の疎通をできるのかって考えただけよ」
「不純のカタマリって……ひっどいなぁ。この世に、オレほど純粋な男はいな
いってのに」
 嫌味を込めて言い放つと、アヴェルは憮然としてこんな事を言うが、
「あんたが純粋なのは、自分の欲望に対してのみ、でしょ?」
 冷たく言いきられてがくんと肩を落とした。
「ひっでぇの……それじゃ、オレが万年発情してるみたいじゃない?」
 それから、拗ねたような口調でこんな事を言うのに、イヴはにべもなく、違
うの? と言い放つ。これに、アヴェルはちがわいっ! とやや子供っぽく反
論してきた。その反応がおかしくて、イヴはくすくすと笑い出す。
「……ちっ、まぁた人をからかって……」
 その笑いに、ようやくからかわれた事に気づいたアヴェルはがじがじと頭を
掻きながら低い呟きをもらした。
「だって、タイクツなんだもん」
「だからって、年上をからかうなよ! っとに、妙に小悪魔づいてきてんだか
ら……」
「そうかもねぇ〜、誰かさんのおかげで、いい子ぶるのが馬鹿ばかしく思えて
るから、最近は」
 ぶつぶつと文句を言うアヴェルに、イヴはややわざとらしい口調でこんな事
を言う。
「……挙げ句、人のせいにするし……」
「実際、あんたのせいでしょ。あんたに会うまでは、あたし、こんなじゃなか
ったもの」
 平然と言ってのけると、アヴェルは疲れきった口調ではいはい、と言い、直
後に深くため息をついた。
 イシュファの島を発ってからの一ヶ月間、二人はこんな感じのじゃれ合いを
繰り返していた。最初は慣れない二人旅にイヴの方が気を張ってぴりぴりして
いたのだが、アヴェルは以前宣言した通り、精神的な結びつきを得る事を重視
しているらしく、強引な行動に出る事はなかった。
 その事と、竜たちが気を許している事からイヴも少しずつ警戒を解き、今で
は自分からアヴェルをからかったりするようにもなっていた。いつの間にか名
前を呼び捨てにされるようになっていたものの、それもほとんど気にならなく
なっている。
 正直、心に引っかかっている幾つかの事さえなければもう少し素直になって
もいい――そんな思いも、少なからずある。もっとも、それを簡単に昇華でき
るほど、乙女心というヤツは単純ではないのだが。
(それにしても、この雨……)
 大げさに落ち込むアヴェルに一しきり笑ってから、イヴは雨の帳を見た。延
々と降り続く雨は、さながら何者かの嘆きを思わせる。実際、精霊や守護神な
どの力ある存在の嘆きが天候に影響するのは、良くある事なのだ。
(でも、だとしたら何が泣いてるの? これだけの天気だもの、相当な力の持
ち主か、でなきゃ、よっぽど感情が強いかのどっちかよね……)
「……どーしたんだい、深刻な顔して?」
 あれこれと思いを巡らせていると、いつのの間にか復活したアヴェルが声を
かけてきた。それに、イヴはちょっとね、と返す。
「この雨の事かい?」
「うん……いくらなんでも、おかしいわよ。こんなに長く降り続くなんて……」
「確かにな……精霊の力の均衡もかなり乱れてるし。地の理の均衡が修復され
る過程の揺り戻しにしちゃあ、極端過ぎる」
 半ば独り言のように言いつつ、アヴェルはゆっくりと立ち上がった。
「問題は、何が原因なのかってコト……ん?」
 不意に呟きが途切れ、アヴェルは訝るように眉を寄せた。
「どうかした?」
「あれ……ひょっとして、竜か?」
「え? どこ?」
 アヴェルの問いにイヴは慌てて立ち上がり、魔導師の指し示す方を見た。雨
に煙る空に、ぼんやりとだが飛行するものの姿が見える。かなり大型の竜だ。
「あれは……翼の形からして風属の竜ね……多分、雷竜じゃないかな」
 おぼろな姿から種族を判断した直後に、竜の姿は見えなくなった。それきり
戻ってくる様子もなく、空には何の変化もない。
「……人のいる島、あるのかしら?」
「あれが竜使いの竜で、オレたちの御同輩でなければ……あるいはね」
 竜の消えた辺りを見ながら訝るように呟くと、アヴェルがひょい、と肩をす
くめて言った。
「どうするんだい? 行ってみる?」
 軽い問いに、イヴはそうね、と頷いた。ここでこのまま雨と睨み合っていて
も、正直、埒は開かない。なら、何かしら行動していた方がまだマシに思えた。
『……出かけるのか?』
 シェーリスの低い問いが意識に響く。それにうん、と頷くと、イヴは外して
おいた鞍を嵐竜の背に乗せた。革のベルトをぎゅっと締めて鞍を固定すると、
嵐竜は大きく身体を震わせる。雨の中とは言っても、一週間ぶりの飛行はやは
り嬉しいのだろう。
「ティムリィ、シャイレル、行くよ!」
 剣を下げ、マントを羽織りながら声をかけると、仔竜たちははぁ〜い、と言
いつつこちらにかけて来る。そして、輝竜は鞍に跨ったイヴのマントの中に潜
り込み、影竜は鞍の後ろに陣取るアヴェルの肩にしがみつく。全員が定位置に
収まると、イヴは雨の中へと嵐竜を飛び立たせた。

「ん……?」
 灰色に煙る空を眺めていた少年は、不意に視界を横切ったものの姿に訝るよ
うな声を上げた。
「……嵐竜……彷徨い人か。あそこへ行くつもりか……」
 二人乗りの嵐竜が飛び去った方角を確かめると、少年は低い笑い声をもらし
た。それから、少年は物問いたげにこちらを見つめる漆黒の竜を振り返る。
「ここでぼんやりしているのにも飽きた……行くぞ、ヴェルパード」
 少年の言葉に、竜は低い唸り声を上げた。

「確か、こっちで良かったと思うんだけど」
 鈍い灰色に陰った世界を飛びつつ、イヴは低く呟いた。しかし、先ほどの雷
竜の姿はどこにもなく、また、人の住んでいそうな島も見えない。
「野生の竜をたまたま見かけただけ……って事かな?」
「それはないと思うわ。この辺りの小島って、雷竜が繁殖するにはちょっと狭
過ぎるもの」
 アヴェルの疑問をイヴはこう否定する。
「って、事は……」
「うん……だから、それなりの規模の島があるか、でなきゃ彷徨い人がいるか
のどっちかなんだけど……」
『……イヴ!』
 眉を寄せつつ呟いた直後に、シェーリスが鋭い声を上げた。
「どうしたの、シェーリス@」
『……前を!』
「前……? っ!?」
 言われるままに前方を見たイヴは、立ち上る黒煙に息を飲んだ。雨に霞んで
良く見えないが、前方に浮かぶ島から煙が上がっているのだ。イヴは肩越しに
アヴェルを振り返り、それからシェーリスをそちらへ向かわせる。煙の源は、
小高い丘の上に築かれた集落の建物だった。燃え残った柱が雨に濡れて、黒々
と佇んでいる。
「こいつはまた……器用な燃え方だな」
 集落の一軒だけが燃え落ちている、という状況に、アヴェルがこんな呟きを
もらす。イヴは無言でシェーリスを降り、地面に膝を突いた。
「……これ、普通の火事じゃないわ」
 地面に残る焦げ跡をたどりつつ、イヴは低い声で呟いた。燃え落ちた建物を
二分するように真っ直ぐ伸びた焦げ跡と、先ほど見かけた雷竜――竜使いとし
ての知識に照らし合わせれば、二つは容易に結びつく。
「普通の火事じゃない?」
「うん……あんまり、認めたくないんだけど」
 怪訝な問いに立ち上がって頷いた直後に、
「……何じゃ、お前たちはっ!?」
 上擦った声が誰何してきた。声の方を振り返ると、妙に殺気立った様子の老
人が、血走った眼でこちらを睨んでいる。その数歩後ろに、どことなく不安げ
な面持ちの人々が集まり、じっとこちらを見つめていた。
「いや、何じゃと言われても……見ての通りの彷徨い人ですよ?」
 例によって軽い口調でアヴェルが言うと、遠巻きにしている人々がざわめい
た。奇妙な反応にイヴとアヴェルは顔を見合わせる。
「何じゃろうと構わん! さっさと島から出ていけ!!」
 きょとん、としていると、老人が怒鳴るようにこんな事を言った。思いもよ
らない言葉にイヴは戸惑う。
「あ、あの……」
「竜使いは災いの元じゃ! さっさとここから出て行かんか!!」
「災い? 災いって……」
「失せろ! 出て行け!」
 半ば絶叫に近い声を張り上げつつ、老人は手にした杖を振り上げる。取り付
く島のあるない以前の剣幕に、イヴは完全に言葉を無くしていた。
「ここは退散した方が良さそうだ。行こう」
 立ち尽くすイヴに、アヴェルが腕を引きながらこう囁く。それでひとまず我
に返ったイヴは、そうね、と頷いてシェーリスに飛び乗った。アヴェルがそれ
に続き、仔竜たちが定位置に収まるとすぐ、イヴはシェーリスを飛び立たせた。
(……あれ?)
 飛び立とうとした瞬間、何故か老人の後ろの人々の表情を落胆が過った……
ように見えた。しかし、それを確かめる暇はない。集落を飛び立ったイヴは、
取りあえず離れた場所にある小島にシェーリスを降ろした。
「……一体、何だったんだかね、あれは」
 島に降りるなり、アヴェルが呆れたようにこう吐き捨てる。
「……竜使いが、災いを呼ぶ……どうして、そんな……」
 一方のイヴは低い呟きと共にため息をもらしていた。老人に言われた言葉が、
心の奥の癒えない傷を疼かせる。瞳を陰らせるイヴの様子にアヴェルは眉を寄
せ、それから、ぽんぽんっと軽く肩を叩いた。顔を上げたイヴに、アヴェルは
落ち込まない、と微笑いかける。
「それはそうと、さっきの話の続きなんだが。あの火事を起こしたのって、ま
さか……」
 アヴェルの問いに、イヴはうん、と頷いた。
「地面が直線で焼け焦げて……建物が一つだけ焼けてたでしょ? あんな事が
できるのは雷竜……それも、ちゃんと訓練を受けた成竜じゃなきゃできないわ」
「つまり、さっき見かけた雷竜って訳か」
 確かめるような問いに、イヴはまたうん、と頷く。
「問題なのは、あの雷竜とその竜使いが何者なのかって事なのよね……」
「彷徨い人……じゃ、ないのか?」
「じゃあ、あの島の竜使いは? 島の守り手が、攻撃している相手を見過ごし
てるの?」
「って……そりゃ、ないか。じゃあ、一体?」
 イヴの問い返しに、アヴェルはさすがに困惑した面持ちで眉を寄せた。
「考えられる可能性は、一つ……島の竜使いが、集落を襲ってるって事よ」
 そして、イヴは瞳を陰らせつつ、ため息と共にこう呟いた。認めたくない、
しかし、他には考えられない可能性が心を塞ぐ。守り手である竜使いが、守る
べき者を襲う――事実だとすれば、異常事態だ。
「しかし……何だってそんな事に……」
「知りたければ、本人に直接聞けばいいさ」
 困惑しつつアヴェルがもらした呟きに応えるように、聞き覚えの無い声が降
ってきた。二人はとっさに上に向けて身構える。一体いつの間に現れたのか、
背後の岩棚の上に見知らぬ少年が座ってこちらを見下ろしていた。長く伸ばし
た前髪によって顔の右半分は覆われているものの、真紅の瞳に浮かぶ光と笑み
の形に歪んだ口元からは、はっきりそれとわかる、嘲りが読み取れる。
「あなたは……?」
「誰でもいい。とにかく、あの島の雷竜使いはここから東に行った所の岩山の
島を根城にしている。理由が知りたいというなら、聞きに行ってみればいい」
 イヴの問いには答えず、少年は素っ気無い口調でこんな事を言った。
「もっとも、ヤツに話す気は無いだろうがな……用は、それだけだ」
 言うだけ言うと少年は立ち上がってこちらに背を向けた。
「……って、ちょ、ちょっと待ってよ! あなた、一体……」
 突然の事に戸惑いつつ、イヴは少年を呼び止める。しかし、少年はそれに答
える事無く姿を消し、直後に漆黒の竜が雨の中へと舞い上がった。その見事な
体躯と竜鱗の輝きに、イヴは思わず息を飲む。
「……魔竜!? しかも、純血種……凄い……」
「って、何に感心してんの、君はっ!?」
 飛び去る竜の姿に呆然と呟くと、アヴェルがかくん、とコケつつこんな突っ
込みを入れてきた。
「だって、普通驚くわよ! 闇属の竜って基本的に数は少ないし……まして、
魔竜の希少度って、凄く高いのよっ!? それを、純血で維持してるなんて……
純粋に凄い事よ!」
 その突っ込みに大真面目に反論すると、アヴェルはどっと疲れた、と言わん
ばかりにがくん、と肩を落とした。
「それはともかくとして……あら?」
 その態度にややムッとしつつ、ひとまず話題を変えようとしたところで、イ
ヴはシャイレルの様子に気がついた。影竜は魔竜が飛び去った方をじっと見つ
めている。青い瞳は、心なしか寂しげに見えた。
「シャイレル? どうしたの?」
 戸惑いながらそっと声をかけると、シャイレルはきゅう……とか細い声を上
げた。妙に不安げな様子を見かねて抱き上げ、濡れた羽毛を撫でてやると、影
竜は身をすり寄せて甘えてくる。そんな仕種は、いつもと変わりなかった。
「……取りあえず、どうする? さっきのあいつの言ってた岩山とやらに行っ
てみるかい?」
 アヴェルの問いにイヴはそうね、と頷いた。ここで悩んでいても埒は開かな
いのは目に見えている。なら、今は行動すべきだろう。
「このまま放っておくなんてできないし……行ってみましょう」
 これにアヴェルは了解、と頷き、一行は再び雨の中へと舞い上がる。風の流
れから方角を読み取り、東へ向かう。しばらく進むと、雨に煙る岩山が前方に
浮かび上がった。取りあえずはその周囲をぐるりと旋回し、人のいそうな場所
を探すが、一見した限りではそれらしい場所は見当たらない。
「ほんとに、ここでいいのかね……」
『でも、うそ、いってない!』
 何気ないアヴェルの呟きに、何故かシャイレルがムキになってこんな事を言
った。突然の事に、イヴもアヴェルもきょとん、とする。
「ど……どうしたの、急に?」
『うそ、いってない! ぜったい!』
 戸惑いながらの問いにも、シャイレルはだだっ子のようにこう繰り返す。シ
ャイレルがあの魔竜使いの少年を弁護しているのはわかるが、それはそれで疑
問なのだ。ずっと地下で眠っていたシャイレルとあの少年に接点があるとは思
い難い。にも関わらず、ここまで大騒ぎをするというのは腑に落ちないものが
あった。
(まあ、確かに魔竜も闇属の竜だし……闇の祖竜であるこの子にしてみれば、
眷属と言えるだろうけど……)
 それだけにしては、騒ぎ方が大げさに思えるのだ。イヴは眉を寄せつつ、シ
ャイレルに理由を問おうとするが、
「イヴ、前っ!」
 突然の鋭い声がそれを遮った。それと、前方から感じた気配にイヴはとっさ
にシェーリスを旋回させる。直後に青白い雷光がそれまでいた場所を駆け抜け
て消えた。
「どーやら、向こうから出てきてくれたらしいな……」
 アヴェルが低く呟くのに、イヴはそうみたいね、と応える。そんな二人を、
突然の襲撃者である淡い紫の鱗の竜に跨った青年は睨むように見つめていた。

← BACK 目次へ NEXT →