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   2 神殿島の異変

 翌日、空は昨夜の雨の事などけろりと忘れたように晴れ渡り、木々のまとっ
た水滴のビーズに鮮やかな光を弾いていた。
 朝食を済ませたイヴは早々に長の館を出てリェーン一族の館へ向かっていた。
シェーリスたちの世話をするのが目的だが、それより何より、長の館にいる事
でアヴェルと顔を合わせるのが嫌だったのだ。
(もう……あったまくるったら! 一体、なに考えてんのよ、あいつは!)
 昨夜の出来事を思い返しては、イヴは心の中であーだこーだと毒づいていた。
思い出すと腹立たしいなら思い出さなければいい、とわかってはいるが、つい
思い出してしまうのである。
 昨夜、不意打ちで唇を奪われた後、イヴは状況への混乱と恐怖から思わず泣
き出していた。その様子に、アヴェルは苦笑めいた面持ちで「泣いてる女の子
に手荒な事はしない」などと言い、それ以上は何もせずに自分の部屋に戻って
行った。もっともその立ち去り際、つい気を緩めた瞬間に再び唇を奪われてし
まったのだが。
 アヴェルが立ち去った後、イヴは混乱する頭と異常な心拍とを持て余しつつ
眠りについた。そして今朝、目を覚ました直後に昨夜は混乱に押されて感じる
余裕もなかった怒りがふつふつと込み上げてきたのだ。取りあえず朝食の席に
はアヴェルの姿はなく――レラ曰く、「いつもの事」らしい――、食事の間は
冷静さを失わずにすんだが、直接顔を合わせたが最後、その継続はほぼ不可能
となるだろう。こんな思いから、イヴは理由をつけて長の館を出てきたのだ。
(そりゃ、隙を作ったあたしもあたしだけど……でも、いきなりあんな……初
めて、だったのに……)
 ふと足を止め、唇に指を触れる。何時間も前の事なのに、突然の口づけの感
触がまだ残っているような、そんな気がしていた。イヴは手の甲でぎゅ、とき
つく唇を拭い、錯覚を振り払おうと試みる。
(あん、もう、考えない、考えない! まずは、自分の務めを果たさなきゃ!)
 強引にこう割りきると、イヴはリェーンの館へと急いだ。すれ違う人々は皆、
にこやかな表情で挨拶をしてくる。イヴもできうる限り明るい笑顔でそれに答
えた。
「あ〜、りゅうつかいさんだ〜!」
「わーい、お空とんできたお姉ちゃんだ〜!」
 集落の中央にある広場までやって来ると、無邪気な声と共に子供たちが駆け
寄ってきた。あっという間に、周囲を子供たちが取り囲んでしまう。
「あら……」
(つかまっちゃった……)
 子供たちに取り囲まれたイヴは、心の奥でこんな事を呟きつつ微かに眉を寄
せた。島の人々にとって、外界からの来訪者である彷徨い人は生活に変化をも
たらす唯一の存在であり、畏敬の念を抱く存在である。そして、子供たちにと
っては自分の知らない世界について話してくれる、唯一の存在として非常に慕
わしいものなのだ。故に、島に来ればこうして取り囲まれるのはいつもの事な
のだが。
(困っちゃったな……まだ、シェーリスたちの世話が終わってないのに……)
 今日はまだ、自分の竜の世話をしていない。水属の竜が主体のこの島では、
風や光に属する竜の世話の仕方はわからないはずだ。だから自分が行かなけれ
ばならないのだが。
「ね〜ね〜、お話しして〜!」
「お姉ちゃん、あそぼー♪」
 無邪気な笑顔でこう言われると、無下にはしにくいものがある。とはいえ、
今回はそうも言っていられないだろう。
「……あのね、お姉ちゃん、ちょっとご用があるの。それが終わってからじゃ、
ダメかな?」
 膝を曲げて子供たちの高さまで視線を下げつつこう問いかけると、案の定、
子供たちはえ〜、と不満げな声を上げた。とはいえ、そう言われてもこっちは
困るのである。
(もう……あいつのせいで寝坊したからっ!)
 こう考えると、昨夜の一件が更に恨めしくなる。本来なら朝食前に行うべき
事を、寝過ごしたためにやり損ねてしまったのだから。
(困ったな……どうしよう?)
 こんな事を考えつつ、ため息をついていると、
「ほらほら、ダメでしょみんな、お客様を困らせちゃ」
 こんな声が場に飛び込んできた。え? と言いつつ顔を上げると、穏やかに
微笑む栗色の髪の女性の姿が目に入る。
「え〜、でもお……」
「お話し、聞きたいぃ……」
「だから、ご用がすんでからって、言ってるでしょ? 聞き分けのない子は、
守護神様に叱られるわよ?」
 子供たちの主張を、女性はやんわりと退けた。守護神様に叱られる、という
言葉が効いたのか、子供たちははぁ〜い、とつまらなそうな返事をする。それ
にそうそう、と頷くと、女性はイヴにウインクしてきた。突然の事に戸惑って
いたイヴは、それではっと我に返る。
「あ……ホントにごめんね! ご用が終わったら、お話ししてあげるから!」
 早口にこう言うと、子供の一人がほんとに? と聞いていた。それに、イヴ
はうん、と頷いて答える。
「約束するわ。だから、今はご用に行かせてね?」
 にこっと微笑ってこう言うと、子供たちはうん、と頷いた。どうやら、納得
してもらえたらしい。立ち上がったイヴは助け舟を出してくれた女性に一礼す
ると、リェーン一族の館へと急ぐ。館を訪ね、ロイルに挨拶してから竜舎に向
かうと、
「あ、おっはよう!」
 竜舎の前で元気のいい声が挨拶をしてきた。突然の事にきょとん、としつつ
声の方を振り返ると、竜舎の前のため池の所でカイルが上半身裸になって頭か
ら豪快に水を被っていた。
「あ、おはよ……なに、してるの?」
「え? ああ、今、竜たちの鱗磨きが終わったとこ。海水まみれになっちまう
からね、塩気洗い落としてたんだ」
 屈託のない笑顔で問いに答えつつ、カイルはタオルを被ってがしゃがしゃと
栗色の髪の水気を飛ばす。
「大変ね、海竜の世話も……」
 率直な感想を述べるイヴに、カイルはそーでもないよ、と微笑って見せた。
「オレ自身が海、すごく好きだからね。気になんないよ、全然。それに、やっ
ぱりガキの頃から一緒にいる連中だからね。思い入れがすごく強いんだ」
「……でしょうね。わかるわ、その気持ち」
 言いつつ、イヴは竜舎の扉を開けて中に入る。入るとすぐ、ティムリィが目
を覚ましてぱたぱたと飛んできた。肩にふわっと降りたティムリィの小さな頭
を、イヴはそっと撫でてやる。
「……あ、そう言えばさ。君のシェーリス、確か五齢って言ってたよね? て、
事は誰かから引き継いだの?」
 続けて竜舎に入ってきたカイルが、シェーリスの方を見ながら問いかけてく
る。カイルとしてはごく何気ない問いなのだろうが、それはイヴの瞳を微かに
陰らせた。
「うん……シェーリスは、元々あたしの父様の竜だったの」
 短い言葉と瞳の陰りに、カイルは今の問いがイヴに何か辛い事を思い出させ
たと悟ったらしかった。
「あ……ゴメン。なんか、やな事聞いちゃった……かな?」
 済まなそうに頭を掻くカイルに、イヴはううん、と首を横に振った。その頬
にティムリィが小さな頭を慰めるように摺り寄せる。イヴは微かに頬を緩めつ
つ、その頭を撫でた。
「それにしても……輝竜って、ちっちゃいね。二齢でその大きさって事は、あ
んまり大きくなんないの?」
 そこに、カイルが話題を変えてこう問いかけてきた。
「うん……そうね。この子の親も、そんなに大きくならなかったし……あたし
のおじい様の話だと、光属の竜って、みんなそんなに大きくならないみたい。
一番大きくなる聖竜も、成長しきったって二齢程度の地竜と大きさ変わらない
んですって」
「二齢程度の地竜って……大体、海竜と同じ位……だよね? それで、めいっ
ぱいでかい訳?」
 イヴの説明にカイルは呆気に取られたような声を上げた。
「そうらしいわ。それで、輝竜は光属の竜の中でも一番小さいから……成長し
きっても、ほどんど大きさは変わらないんですって」
「ふうん……海竜なんか、成長しきると、むちゃくちゃでっかくなるのにな。
まあ、水属の竜は結構大きくなりやすいんだけどね」
 乾いたシャツを着込みつつ、カイルはこんな呟きをもらす。
「あれ、そうなの? どうして?」
 その呟きに、今度はイヴが疑問を感じて問いかけた。
「だってさ、ホラ……海竜はさ、普段いる場所がとにかく広いだろ? だから、
際限なく大きくなるんだよ、成長を空間が阻まないから。風属の竜も、その点
は同じじゃないのかな?」
 イヴの疑問に、カイルはシェーリスを見やりつつこう答えた。
「そうね……そう言われてみれば、確かにそうだわ」
 イヴも同じようにシェーリスを見やってこう呟く。二人の視線に気づいたシ
ェーリスは澄んだ紺碧の瞳をこちらに向けた。イヴはそちらに歩み寄り、その
鼻面を軽く撫でてやる。
「おはよ、シェーリス。良く眠れた?」
 イヴの問いにシェーリスは低く喉を鳴らして答えた。肯定の響きに、イヴは
そう、と微笑む。
「っと、そうそう、君の竜たち、朝飯まだなんだけどさ……嵐竜って、何食べ
るの?」
 そこに、カイルがふと思い出したようにこう問いかけてきた。
「結構、なんでも食べちゃうけど? まあ、地族の竜みたいに岩食べたり、火
属の竜みたいに火その物を食べたりはできないけどね」
「魚は食べるの?」
「うん。魚も食べるけど、でも基本は緑の物ね。野菜とか果物は大抵食べちゃ
うけど……一番好きなのは、アクアナッツの葉かな?」
「えー!? あんの堅い葉っぱ、食っちゃうのこいつってば!?」
 イヴの話にカイルは露骨に驚いて見せた。ちなみに、アクアナッツの木の葉
はいわゆるシュロの葉に似て大きく、かなり堅い。このため、大抵はちょっと
した小屋の屋根を葺くのに用いられているのだ。
「そんなに意外?」
「うん、まーね……で、輝竜は?」
「ティムリィは、果物とか、甘い蜜の出る花とか……光属の竜って、基本的に
草食なの。この子は特に、アクアナッツが好きなんだけどね」
「ふうん……アクアナッツの葉っぱと実か。じゃあ、ちょっと待ってて。母さ
んに、葉を落としていい木があるかどうか、聞いてくるよ」
 カイルの言葉にイヴは微かに眉を寄せた。
「別に、いいわよ。外に連れ出せば、自分で好きな物とって、食べちゃうもの
この子たち」
 それから遠慮を込めてこう言うと、
「そうは行かないって、大事なお客さんなんだしさ」
 カイルはこう言って走って行ってしまった。それから十分ほどして戻ってき
たカイルは、アクアナッツの葉を詰め込んだ籠を竜舎の中に運び込んでくる。
「このくらいで足りるかな?」
 屈託のない笑顔での問いにイヴは肩のティムリィと顔を見合わせ、それから、
くすっと笑みをもらした。
「足りるけど……そんなにシェーリスの血、欲しいの?」
「え!? い、いや、その……まあ……それは、そうだけど……」
 悪戯っぽく問うとカイルは露骨に困って見せた。その反応がおかしくて、イ
ヴはくすくすと笑いながらカイルの持ってきたアクアナッツの葉を籠から出し、
シェーリスの前に積み上げる。シェーリスは緑の葉の匂いを嗅ぐと、ゆっくり
とそれを食べ始めた。見るからに頑丈そうな歯が堅い葉をばりばりと噛み砕き、
飲み込んでいく。
「豪快に食うんだなぁ……」
 その様子に、カイルがぽかんとした様子で呟く。
「あら、カイルさんの海竜だって、食べる時はそうじゃないの?」
「ん〜、あいつらの豪快さとは、また違ったものがあるよ、これ。あ、それか
らさ、別にオレにさん付けなんてしなくていいよ。同じ竜使い同士、気楽に行
こうぜ?」
「そう? じゃあ、あたしの事も呼び捨てでいいから」
 軽い言葉に、イヴも軽くこう返す。
(……こう言う風に言われれば、呼び捨てでもいいかなって思うんだけどな)
 そんな事を考えていると、
「あ、そうそう、こっちも渡さないとね」
 カイルがふと思い出したように言いつつ、肩から下げた小さ目の籠を外して
差し出してきた。こちらには新鮮なアクアナッツが入っており、それを見るな
りティムリィが嬉しげにきゃう! と鳴いてばさっと翼を羽ばたかせた。
「あ、ところでさ」
 イヴが空の樽に腰掛け、ティムリィにアクアナッツを食べさせ始めた直後に、
カイルがふと思い出したように声をかけてきた。
「アヴェルには、もう会った?」
「……っ!」
 できれば聞きたくなかった名前に、イヴの動きが止まる。突然の硬直に、カ
イルはきょとん、と瞬いた。
「あれ……どーかした?」
「べ……別にっ! 何でもないっ!」
 不思議がるカイルに素っ気なく答えると、イヴはアクアナッツの果汁を飲み
干す。ほんのりと甘い味が気持ちを和らげてくれる。イヴは一つ息をつくと、
残った果肉をくり貫いてティムリィに食べさせた。
「そう? ならいいけど……」
 その様子に釈然としない物を感じたようだが、ともあれ、カイルはこう言っ
て納得したようだった。
「……オレ、さ。アヴェルって、すごいと思うんだよね」
 それから、独り言のような調子でこんな事を話し始める。イヴはきょとん、
としつつそちらを見た。
「すごいって……どういう風によ?」
 心持ち尖った声でこう問いかけると、カイルはがじがじと頭を掻いた。
「ん……なんて言うかなぁ……途方もない事を知ろうとしてるとこが、すごい
と思う。アヴェルが知ろうとしてる事って、必ず答えが得られる事じゃないけ
ど、でも、その答えを知ろうとして、そんで世界を飛びまわってるってのが、
オレはすごいと思うんだ」
 カイルの話に、イヴはふと、昨夜アヴェルが話していた事を思い出していた。
(この世界の組成の謎……ね。でも、そんな事に疑問感じたって、どうしよう
もないじゃない)
 それから、こんな否定的な事を考える。
 きゃう!
 その直後にティムリィが可愛らしい声を上げた。はっとそちらを見ると、輝
竜は「もっとちょーだい」と言わんばかりの目つきで、じいっとイヴを見つめ
ていた。イヴはちょっと笑うと、ごめんね、と言ってアクアナッツを食べさせ
る。ティムリィは嬉しそうに果肉を飲み込み、喉を鳴らした。

「……ん……んん? ああ……朝か……」
 ちょうどその頃、長の館ではイヴの苛立ちの原因が、重たい眠りから目を覚
ましてとぼけた声を上げていた。
「よっ……と……」
 掛け声と共に身体を起こすが、どうにも頭が重い。どうやら昨夜、床に就く
前に眠りを呼び込もうと飲んだ酒が残っているようだ。
「……悪酔いしたか……」
 顔をしかめて呟きつつ、解毒の呪文を唱えて酒気を抜く。二日酔いなどと言
う情けない体たらくを人に見せるのは、彼のプライドが許さなかった。
「さぁて……どうしたもんかな……」
 酒気が抜け、頭の不自然な重さがなくなると、アヴェルはベッドに腰かけて
こんな事を呟いた。思い出すのは昨夜のイヴとのやり取りと、そして、その後
の一件の事だ。
「しかし、オレともあろう者があんなボケを……情けねえ……」
 それからふと、こんな呟きをもらす。
 島でののんびりした暮らしに慣れて、気が緩んでいたのかも知れない。ある
いはイヴの持つ、不思議な輝きに心を奪われ、我を忘れていたかのどちらかだ
ろう。理由としてはどっちもどっちだが、プライドは前者を、心情は後者を支
持していた。そしてどう鑑みても、プライドの方が分が悪い。いや、それより
何よりイヴの自分に対する印象が悪い方に傾いている事が想像に難くない事が、
何にも増して痛かった。
「ま……後ろ向きに後悔してても仕方ねえな……これに関しては、なるべく前
向きにやってくか……」
 がじがしと頭を掻きつつこう呟くと、アヴェルは今ぐしゃぐしゃにした髪を
丁寧に整えた。やや長めに伸ばした黒髪を銀のリングで束ね、服の皺を延ばし
つつ立ち上がり、壁にかけておいた漆黒のマントを手に取って羽織ろうとした、
その瞬間。
「……っ!?」
 何か、異様な感触が空間を駆け抜けたような心地がして、アヴェルははっと
窓の方を振り返った。窓の向こうでは紺碧の海が何事もない様子で波を揺らめ
かせ、沖合いに浮かぶ小島――島の守護神であるオーヴルの神殿があると言わ
れる神殿島が、これまた何事もなくその波に揺られている。
「……気のせい……か?」
 アメジストの瞳に厳しい色彩を浮かべつつ、アヴェルは窓辺に寄って神殿島
を見つめた。今駆け抜けた異様な感触――それが、神殿島から感じられたよう
に思えたのだ。
 アヴェルはしばし、睨むように神殿島を見つめていたが、やがてマントをふ
わりと羽織り、足早に客室を出た。そのまま真っ直ぐラドルの部屋へと向かう。
ラドルはちょうど、朝の簡単な仕事を済ませて寛いでいるところだった。
「おや……これはアヴェル殿、どうなさいました?」
「長殿、レナさんの朝のお勤めは、まだ終わってませんかね?」
「神殿の勤めですか? そろそろ終わる刻限ですが……はて、今日は随分とか
かっていますな?」
 アヴェルの問いに、ラドルは至極呑気にこう答える。この返事にアヴェルは
窓越しに見える神殿島を睨むように見た。その様子にラドルは不思議そうにア
ヴェルと、窓の向こうの神殿島を見比べる。
「神殿島が、どうかなさいましたか?」
 それから、いささかとぼけた口調でこう問いかけてくるが、
「お父様!」
 慌ただしいノックと声がその問いを遮った。返事も待たずにドアが開き、レ
ナが部屋に飛び込んでくる。集落の中央にある神殿からここまで走って来たの
か、はあはあと息を弾ませている。それでもアヴェルの姿を見るなり、レナは
乱れたヴェールを整えて丁寧に頭を下げた。
「アヴェル様、おはようございます! 良かった、ご相談したい事があるので
す!」
 顔を上げたレナは、心底ほっとした様子で微笑む。この言葉にアヴェルは厳
しく引き締めていた表情を和らげ、ひょい、と肩をすくめた。
「それは奇遇ですね。オレも、巫女殿に相談したい事があったんですよ」
 この言葉にレナは一転表情を陰らせ、恐る恐るという感じで問いかけてきた。
「では……アヴェル様も、あの力を?」
「ええ。そして恐らくもう一人、感知していると思いますよ」
 アヴェルの返事にレナはえ? と不思議そうに瞬いた。そこに、話題から完
全に取り残されているラドルが割り込んでくる。
「一体、どうしたと言うのだね、レナ? 神殿島が、どうかしたのか?」
「え……あ、ごめんなさい、お父様。実は、神殿島から奇妙な力が感じられた
のです……」
「奇妙な力……?」
 レナの説明に、ラドルはますます不思議そうに首を傾げる。その様子に、ア
ヴェルはふう、とため息をついた。
「順を追って説明しますよ。それで、できれば竜使い殿にもご同席願いたいの
ですが」
「イヴ殿なら、竜の世話をすると仰って、朝からずっとリェーンの館に出向い
ておられますが……お急ぎなら、レラを呼びに行かせましょう」
「そうですか? では、お願いします」
(朝からずっとって……あらら〜、昨夜の事、そーとー怒ってるみたいだな〜)
 ラドルの言葉に表面上はクールに答えつつ、アヴェルは内心こんな事を考え
ていた。

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