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   二 推参・守護龍王レイ その三

 それから数日の間は、特に何事も無い日々が過ぎて行った。
「うーん……どれにしようかな」
「早く決めろよ〜」
 そして、週末。烈気は洋平と大樹、そして朱美、雅美とクラスメートの水無
瀬春奈らと共に駅前のデパートにやって来ていた。別に、最初から六人揃って
いた訳ではない。男三人女三人、それぞれ別々に出かけてきたらたまたま出く
わしたのだ。そのまま何となく一緒に歩いていたところ、雅美がアクセサリー
の割引セールを目ざとく見つけ……。
「なー、大樹ー、何分たったぁ?」
「あ〜……三十分」
「うげ〜……」
 男三人は足止めを食らうハメになったのである。勿論、朱美たちは烈気たち
の退屈さなど気にも止めずにきゃいきゃいとはしゃいでいるが。
「あ、あの……月神くん……」
 退屈さにため息をついていると、春奈が声をかけてきた。
「ん? なんだよ?」
「あ、あのね……これ……私、似合う……かな?」
「え?」
 突然の問いに戸惑う烈気に、春奈は流れ星を象った可愛らしい感じのバレッ
タを見せる。それに烈気が答えるより早く、
「似合うっ! 水無瀬可愛いから、なんでも似合うって!」
 大樹が横合いから口を挟んだ。春奈は困ったような表情で大樹を見、ありが
と、と呟くが、その目は明らかに烈気の答えを待っていた。当の烈気は大樹の
盛り上がりに気をそがれ、かりかりと頭を掻くしかできない。
「そうそう、水無瀬はホント、可愛いんだからさ〜、もっと自信持って……」
 すぱあんっ!!
 一人で力説を続ける大樹の後頭部に、朱美が洋平の持っていた雑誌で一撃を
入れた。
「あにすんだよ、香月〜!」
「大沢、うるさい。春奈はあんたには聞いてないんだから」
「……だからって、なんでぼくの本使うかな〜」
「他にいいいのがなかったんだもん」
 頭を押さえて文句を言う大樹に素っ気なく言い放ち、洋平の文句をさらっと
受け流すと朱美はアクセサリーのワゴンに戻る。その途中で烈気にちらっと視
線を投げかけたのだが、烈気はそれに気づかない。
「……あ〜と。似合うんじゃねーの、オレ、よくわかんねーけど」
 大樹が黙ったところで、烈気は大雑把に春奈の問いに答えた。春奈は嬉しそ
うな、ほっとしたような表情でありがと、と言いつつワゴンに戻る。
 結局、朱美たちの物色はそれから更に三十分続き、終わった時には既に昼近
くなっていた。一通り買い物が終わると、六人は昼食をとるべく一度デパート
を出る。予算もないので、ショッピングモールのファーストフードで済ませよ
うという事になったのだ。なんで一緒なんだ、という烈気の疑問は、大樹と朱
美によって黙殺されていたが。
 ……ドゴオオオオオンっ!!
 烈気たちが外に出るのとほぼ同時に、デパート前の広場で派手な爆発が起こ
った。ミッドナイトブルーの爆煙が立ちのぼり、それが晴れた後には蒼い鎧に
身を包んだ若い男の姿がある。
「なんだなんだ?」
「特撮物のロケか?」
「何あれ、なんかのコスプレ〜?」
「だっさ〜!」
 脳天気と言うか何と言うか、周囲の外野は口々に勝手な事を言う。イムセン
は今声が上がった辺りに冷たい一瞥をくれると、すっとそちらに手を差し延べ
た。
「……!」
 その手の上に蒼い光が灯った瞬間、烈気は言い知れぬ危機感を覚えて息を飲
んだ。理屈ではなく、感覚がその光の危険性を告げるが──どうにか出来る状
況でもない。
「……愚眛……」
 そうこうしている間に、イムセンは手の上の光球をコギャル他数名の野次馬
がいる辺りに向けて放り投げた。光球は野次馬の背後のビルに激突し、鉄筋の
壁を打ち砕く。当然と言うか、砕けた瓦礫は野次馬たち目掛けて崩れ落ちた。
「どわあっ!」
「きゃーっ!」
 さすがにこれは予想外だったのだろう、野次馬たちはクモの子を散らすよう
に、と言う表現そのままにその場から逃げて行く。その様子にイムセンは楽し
げな冷笑を浮かべ、立て続けに光球を放ってデパートの周辺を破壊していった。
「な、何なのよーっ!」
「誰か、警察……いや、機動隊を呼べっ!」
「助けてーっ!」
 この突然の破壊活動に、一般市民はパニックに陥った。我先に逃げて行く人
波に押され、いつの間にか烈気は朱美たちとはぐれていた。それに気づいた朱
美は足を止めて烈気を探し始める。
「あ、あれ? 烈気は!?」
「朱美〜、早く逃げないと〜!」
「でも、烈気……」
「烈ちゃんなら、きっと大丈夫! 今はあたしたちの心配しなきゃ!」
 こう言うと、雅美は朱美を引っ張って逃げにかかる。朱美は周囲を気にしつ
つ、それに従った。
「こっち、こっち! 早く〜!」
 いち早くルートを確認した洋平が誘導する。大樹はここぞとばかりに春奈を
エスコートしようとするが、春奈の気持ちもそこにはないようだった。
「……行ったな」
 大きめの瓦礫の影から朱美たちの避難を確認すると、烈気はシャツの袖をま
くって五色の組紐を腕から外した。何の事はない、烈気はわざと朱美たちから
離れたのだ。理由は勿論、あの古文書に書かれていた事を実践するためだ。
「やっぱ、こーゆーのは秘密にしないとな♪」
 胸ポケットから飛び出してきたバクリューにこう言いつつ組紐の結び目を解
くと、青い光と共に月神刀が姿を見せる。烈気は周囲に人がいない事を確かめ
ると一つ深呼吸をした。
「えっと、確か……龍王現臨・聖鎧招来・臥龍覚醒!」
 記憶をたどり、コマンドワードと思われる言葉を口にするが……何も起こら
ない。しぃん……と静まり返った空気が白く感じられ、それが何とも決まり悪
かった。
「あり……間違った……かな?」
 ……きゅん?
 バクリューと顔を見合わせ首を傾げていると、爆発音がまた響いた。イムセ
ンは相変わらず破壊活動を続けている。このままではデパート近辺が焦土と化
してしまうだろう……多少、遅いが。
「……あ、待てよ。やっぱこう言う時はっ!」
 烈気は一しきり頭を悩ませていたが、やがてある事を思いついて月神刀を水
平に持った。右手は柄に、左手は刀身の方にかけた態勢で改めて深呼吸をする。
「……龍王現臨・聖鎧招来……」
 ここで、烈気は両手を左右に広げて刀を鞘から抜き放った。
「臥龍、覚醒───────────っ!」
 ……カっ!
 待ってました、と言わんばかりに、白い光が周囲を照らす。光はドームを作
って烈気を包み込み、その光の中で変化が始まった。
 まず、身に着けていたカジュアルシャツとジーンズが光を放ち、身体にぴた
っとフィットした黒のボディスーツに形を変える。次に青、赤、黄の光が乱舞
して身体を包み、澄んだブライトブルーの鎧を形作った。腰には、いつの間に
か月神刀の鞘が下がっている。
 身体をアーマーが包むと、がしゃんっ、という音と共にヘッドギアが頭に装
着され、かしゃっと音を立ててバイザーが顔の半分を覆った。最後に左手首に
組紐が巻きつき、一度姿を消した月神刀が再び現れる。烈気は刀を両手で持つ
と、力一杯振り下ろして大気を裂いた。
 全身を、力の躍動が心地よく包む。烈気は目を閉じてしばしその感触に酔い
しれた。
「……よっしゃ、行ってみよーか!」
 お気楽な口調で呟くと、烈気は地を蹴って跳躍した。そのまま、今まで隠れ
ていた瓦礫の上に飛び上がる。一歩遅れて続いたバクリューが、その肩にちょ
こん、と乗った。
「……! 貴様はっ!」
 その気配に気づいたイムセンは、表情を引き締めて烈気に向き直った。その
鋭い瞳を、烈気は臆する事なく睨み返す。
「ふん……ようやく出てきたか、守護龍王よ。わたしはイムセン……混沌龍王
レヴィオラ様が配下、煌魔イムセンなり! 新たなる守護龍王よ、その名を語
れ!」
 別に問われてもいないのに自分の名を名乗ったイムセンは、手にした細身の
剣の切っ先を烈気に向けて問いかけて来た。
「オレはれっ……」
 問われた烈気はつい素直に名乗りかけて、慌てて言葉を打ち切った。こう言
う場合、正体を知られるのは得策ではないだろう。理屈ではなく、それがお約
束と言うものである。
「オレは、れ……れい。守護龍王レイだっ!」
 いささか苦し紛れながら、偽名は決まったようである。この返事に、イムセ
ンはそうか、と呟いて剣を構えた。
「では、レイとやら……貴様にはここで消えてもらう! 御主の目的を果たす
ためにも、我が手にかかって散るがいいっ!」
「……勝手な事、抜かしてんじゃねえっ!」
 キィィィィィンっ!
 身勝手な宣言と共に切りかかって来たイムセンの剣を、烈気はとっさに構え
た月神刀で受け止めていた。二人はそのままでしばし押し合う。力のぶつかり
合いを示すかの如く、蒼と白の火花が激しく散った。
「……のお……でええええいっ!」
 烈気はしばらく押し込まれる刃を押し止めていたが、やがて気合と共に、力
任せにイムセンを跳ね返した。体型的には圧倒的に負けているため難しいよう
に思えるが、烈気を包む鎧と月神刀に宿る力の躍動は、容易にイムセンを跳ね
飛ばしていた。
「!」
 飛ばされたイムセンは、空中で綺麗な回転を決めて瓦礫の上に降り立った。
そのまま、探るような視線を烈気に投げかける。烈気はそれを真っ向から見返
した。
 しばし睨み合いが続き──そして、イムセンが動いた。たんっと地を蹴って
宙に舞い、そのまま虚空から烈気を見下ろす。
「守護龍王レイ……貴様の力が、どれほどのものなのか……試させてもらうぞ
っ!」
 宣言と共にイムセンは剣を天へ差し上げる。パチッと言う音が微かに聞こえ、
剣の切っ先で火花が跳ねた──と思った次の瞬間、火花は蒼い電流となってイ
ムセンの剣を包んだ。
「……何だ?」
 烈気が訝しげに呟くのに重ねて、
「受けてみよ、我が奥義……雷龍咆哮陣!」
 イムセンは剣を振り降ろした。細身の刃から解き放たれた電流は蒼い雷の龍
に姿を変え、咆哮と共に烈気の周囲を駆けめぐった。
「なにっ!? いつっ!」
 思わず戸惑い、立ち尽くす烈気に雷龍が牙をむいた。雷龍は円陣となって烈
気を取り巻き、予測の出来ない位置から牙を繰り出しては、円陣に消えて行く。
烈気は自然、防御の構えを取っていた。
(くそっ……一体、どーしろってんだよ、こんなの!?)
 直接のダメージは鎧が押さえ込んでいるようだが、性格柄防戦の苦手な烈気
にとって、この状況はただ苛立たしい。
──唱えよ、光龍招来──
 雷の壁越しにイムセンを睨み付けていると、唐突に声が聞こえた。突然の事
に戸惑い、つい集中を解いた隙を、イムセンは正確に突いて来た。雷龍が一点
に集約し、胴体に突っ込んでくる。
「……しまっ……」
 気づいた時にはもう遅く、腹部を中心に激しい衝撃が全身を突き抜けた。烈
気はそのまま、雷龍に押されて数メートル後退して膝を突く。
「ち……ちっきしょ……やりゃあがった……な……」
 今の一撃はかなりの痛手となったが、それでも烈気の戦意は衰えていない。
むしろ覇気を高めるその様子に、イムセンはほう、と感心したような声をもら
した。
「しかし……それだけだな。所詮は覚醒したばかりの守護龍王……御主のお手
を煩わす必要は、全く無いな……」
 低くこう呟くと、イムセンはゆっくりと剣を天に差し上げる。
 一方の烈気は。
──唱えよ、光龍招来・白煌乱舞──
 膝を突いた姿勢のまま、何者かの声を聞いていた。その静かな声は、奇妙に
懐かしく意識の中に響く。烈気は息を切らしつつ、月神刀を杖の代わりにして、
ゆっくりと立ち上がった。
 同時に、イムセンの剣に電流が発生する。
 烈気は一つ深呼吸をすると、月神刀を両手で持って、頭上高く差し上げた。
月神刀の刃にぽうっと白い光が灯る。
「……光龍……招来……白煌……乱舞……」
 それから、ややかすれた声で、言葉を紡いでいく。それに呼応するように
バクリューの身体が白い光を放ち始めた。
「……これで終わりだ、守護龍王! 雷龍咆哮陣!」
 イムセンが剣を振り下ろし、雷の龍を解き放つ。
──唱えよ、光龍乱舞剣!──
 それと同時に、謎の声がこう告げた。
「……光龍……乱舞剣っ!」
 絶叫さながらに、烈気は力を解き放つ言葉を口にした。月神刀の白い光が膨
張し、唐突に弾ける。それと同時にバクリューが肩から飛び立ち、その白い光
を取り込んだ。
 クオオオ─────────ンっ!
 澄んだ方向がほとばしり、小さな銀色の龍の身体が膨張して白く輝く光の龍
となる。光の龍となったバクリューは突っ込んできた蒼い雷龍をその内に取り
込んで地上に突進し、同時に、烈気は地を蹴って跳躍する。宙に舞った烈気は
バクリューの頭に綺麗な着地を決め、月神刀を構えた。
「いっけえ────────────っ!」
 烈気の気合にバクリューは咆哮で答え、同時に、月神刀を白く輝く炎が包み
込む。バクリューはイムセン目掛けて突進し、到達寸前に烈気は再び跳躍した。
「なにっ!?」
 その動きを目で追ったイムセンは、太陽を直視して目を眩ませてしまう。そ
のぼやけた視界に、月神刀をかざした烈気の姿が飛び込み、そして──
「でやあ───────────っ!」
 気合、一閃。
 月神刀の一撃は、袈裟掛けにイムセンを切り下ろした。刃に宿っていた白い
炎がイムセンを包み、同時に、バクリューがその身に食らいつく!
「くっ……御主……お許しを……っ!」
 お約束とも言える言葉を残し、煌魔イムセンの存在は光の粒子となって、消
えた。

「……なにっ!?」
 そしてその消滅は、すぐさまその主の知る所となる。イムセンの消滅を察知
した男──混沌龍王レヴィオラは、梢越しの空を見上げて忌々しげにこう吐き
捨てた。
「愚か者が! 功を焦りおって……」

 イムセンの消滅と同時にバクリューは縮んでいく、その身体を包んでいた光
も拡散を始めた。烈気は月神刀を鞘に納めて一つ息をつく。
「へへっ……やるじゃん、オレも……」
 誇らしげに呟いた直後に限界が来た。緊張から解放された途端、先ほどの雷
龍咆哮陣で受けたダメージがぶり返してきたのだ。烈気は半ば無意識の内に、
五色の組紐を月神刀に結び付ける。それによって鎧と刀が消え失せ、後には身
体の痛みと疲労だけが残った。
 きゅん?
 元の大きさに戻ったバクリューが心配そうに顔を覗き込む。それに、烈気は
だいじょぶだって、と笑って答え、周囲を見回した。辺りにはまだバクリュー
を包んでいた光の粒子が漂い、視界を遮っている。烈気は最後の力を振り絞っ
て先ほど隠れていた瓦礫の所まで移動し、組紐を袖の中に隠した所で意識を失
った。

 ともあれ、初戦、まずは勝利である。

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