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   三 対決・二人の守護龍王 その四

 貯水タンクの上と、交差点の中央。それぞれに立つ龍を模した鎧をまとった
者たちは、周囲の注目など全く意に介した様子もなく互いを睨みつけていた。
「どーなってんだ、あれ?」
「レイが、二人……」
 遠巻きにその様子を見つめる野次馬がざわめく。そのざわめきを制して、大
声を上げる者がいた。
「どお〜だ、来生! オレの言った通りだったろうが!」
「……せ、先生、目立ってます、無意味に……」
 妙に嬉しげに叫んだのは戸倉だった。突然の声に周囲は何事かと戸倉に注目
し、一緒にいた洋平は何とかその注目に気づかせようとするが、効果は上がら
ない。戸倉のテンションは今、最大限にまで上がっているようだった。
「大体だな、ヒーローにニセモノってのは付き物、お約束なんだよ! そして、
それを乗り越えてこそ、真のヒーローになれるって訳だ!!」
「はあ……って、戸倉先生、香月さんたちが心配で様子見に来たって、言って
ませんでしたっけ……?」
 小声で突っ込むものの、やはり届いてはいないらしい。洋平はやれやれ、と
ため息をつくと交差点の方を見た。洋平としてもレイが汚名を着せられている
のはいい気分ではなく、それが返上できるのであれば早い方がいい、と思って
いた。
「頑張ってよ〜」
 小声で呟きつつ、洋平は眼鏡を押し上げて対峙する二人の龍王を見つめる。
「よっ!」
 短い掛け声と共に、貯水タンクの上の龍王――烈気がジャンプする。着地し
た烈気は月神刀の切っ先を『レイ』へと向けた。
「人のフリして、随分と好き勝手やってくれたな、ニセモノさんよ?」
 静かな怒りを込めた言葉に、『レイ』は冷たい笑みを浮かべた。
「それはこちらの言う事だ……と、言ったら、どうする?」
 その笑みを貼りつけたまま、『レイ』はこんな問いを投げかけてくる。その
意を掴みあぐねた烈気は、なに? と言って眉を寄せた。
「どーゆー意味だよ?」
「名を騙っていたのが貴様ではないと、何故言いきれるのだと言っている」
 問い返しに『レイ』は冷たくこう言い放つ。この言葉に、烈気ははあ? と
とぼけた声を上げた。
「……お前……バカ?」
 たっぷり五分は沈黙してから、烈気は呆れを込めてこう言った。この反応は
さすがに予想外だったらしく、今度は『レイ』がなに? と言って眉を寄せた。
「そこで、『そっちがニセモノかも』なんて言うのはな、ニセモノのパターン
なんだぜ? そんな基本も知らねーで、良くヒーロー名乗れるな、お前」
 大真面目に言いきると、『レイ』は完全に絶句したようだった。奇妙な沈黙
が場に立ち込め、低い笑い声がそれを打ち破る。笑い声の主――『レイ』は一
しきり笑うと、手にした刀の切っ先を烈気の喉元へと向けた。
「訳のわからん事を……まあいい。どちらが本物かは、刃を交えればわかる事。
この戦いの勝者が、真の守護龍王という事だ」
「へっ、好き勝手やった挙げ句、今度は言いたい放題かよ。だけどなっ……」
 だけどな、という言葉と共に烈気の表情がすっと引き締まった。その周囲を
取り巻く雰囲気も、合わせて厳しさを帯びる。
「オレは、負けねえ。正義の味方の……守護龍王の名にかけて、てめえだけは、
許せねえ!」
 言いきる瞬間、烈気の背後に巨大な影が浮かび上がった。銀色の鱗を持った
巨大な龍――その影に、『レイ』は一瞬気圧されたように片足を後ろに下げた。
その、ほんの一瞬の戸惑いを烈気は鋭く突く。
「おりゃっ!」
 短い掛け声と共に走り出し、一気に距離を詰めて月神刀を振るう。振り下ろ
された一撃を『レイ』はバックステップでかわすが、烈気は更に踏み込んでそ
れを追った。振り下ろした刃を返した切り上げの一撃を、『レイ』は切り下ろ
しで受け止める。澄んだ金属音が響き、二本の刀がお互いを捕えた。こうなる
と低く構えている分、烈気がわずかに不利だ。
 とはいえ、不利を素直に不利としないのが烈気である。『レイ』がこちらの
態勢を崩そうと込めた力に逆らわず、自分はふっと力を抜く。力の均衡が崩れ、
『レイ』は大きく態勢を崩した。
「もらいっ!」
 その隙を逃す事なく再び月神刀を握る手に力を込め、宙に泳ぐ向こうの刀を
弾いて横なぎの一撃を放つ。月神刀の刃は鎧の表面をかするに止まるが、内側
に相当強い衝撃を放ったらしく『レイ』は後ろによろめいた。チャンスは逃す
まい、と烈気は更なる追撃を試みるが、『レイ』はとっさにシールドのような
ものを展開して月神刀を弾き飛ばす。
「……っと!」
 衝撃に態勢を崩された烈気はバックジャンプで後退し、『レイ』との距離を
一度開けた。
「あいつ、近距離、苦手か?」
 懐に飛び込んでからの反応の鈍さに、烈気はこんな呟きをもらす。衝撃波に
よる遠距離攻撃の多用からもしかしたらと思っていたのだが、『レイ』は接近
戦は不得手らしい。
 対して、烈気は近距離戦、相手の懐に飛び込む戦いを得意としてた。特に深
く考えず、直感で戦っている結果とも言うが。いずれにしろ、向こうが近距離
を不得手としているのなら烈気にはかなり有利といえる。勿論、自分の得意な
距離に入れれば、だが。
「っとなると……」
 今開けてしまった距離をどうやって詰めるか。その思案を巡らせ始めたその
時、『レイ』がゆっくりと刀を上に掲げた。その刃の上を電流のようなものが
走る。それが、衝撃波を放つ前兆である、と気づいた直後に、
「はあっ!!」
 低い気合と共に衝撃波が放たれた。烈気はとっさに横に飛び退き、その一撃
をかわす。
「はん、どこ狙って……」
 どこ狙ってんだよ、という言葉は、途中で途絶えた。金属の軋む音が背後か
ら響き、それに女の悲鳴が重なって聞こえてきたからだ。
「……!? しまった!」
 つい失念していたのだが背後には不安定になった歩道橋があり、そこに朱美
たちが取り残されているのだ。そして今、烈気が避けた衝撃波は歩道橋を更に
不安定にしていた。
(……朱美っ!)
 三人を歩道橋から下ろして安全な場所へ避難させなくてはならない。そんな
思いから走り出す烈気の背に向けて、『レイ』が衝撃波を放った。
 きゅううっ!!
 バクリューの叫びにそれに気づきはしたものの、避ける事はできない。避け
ればこの衝撃波が歩道橋を直撃する事、そうなれば朱美たちが無事にはすまな
い事がわかるからだ。
「ちっきしょ!」
 ためらいなど、感じる余地はない。烈気は強引なターンを決めて振り返ると、
月神刀を横にして前へと突き出した。
「地精障壁!!」
 声に応じて黄色い光の障壁が張られ、衝撃波を受け止める。
「……ちっ……」
 障壁越しに伝わる衝撃が身体を揺さぶるのを、烈気は歯を食いしばって耐え
た。やがて衝撃波はエネルギーを使い果たして消え失せるものの、それが烈気
に与えたダメージは深刻だった。全身がふらつき立っているのがやっと、とい
う状態だが、それでも烈気はくずおれる事なく、『レイ』を睨みつけていた。
「……無様だな。何故、そうまでして人の子などにこだわる?」
「……んだとお?」
 呆れたような問いに、烈気はきっと眉を寄せた。
「身を呈して庇うほどの価値など、人の子にはなかろう、という事だ」
「……てめえっ……」
 さも当然、とばかりに言う、その言葉に烈気の堪忍袋の緒がまた切れた。
「……ふざけんじゃねええっ!!」
 絶叫と共に烈気はアスファルトを蹴り、『レイ』との距離を一気に詰めた。

「……っ!?」
 烈気の絶叫が響くのとほぼ同時に、森の中で佇んでいたレヴィオラは強い衝
撃を受けていた。
「今の、気……守護龍王かっ!」
 低く呟いて空を見上げる。端正な横顔には、はっきりそれとわかる厳しさと
困惑が浮かんでいた。
「ここまでの距離を隔ててなお、私に衝撃を与えるというのか……新たな守護
龍王、一体どれほどの力を秘めているというのだ……?」
 戦慄を込めた呟きに、応える者はない。

 ……キンっ!!
 甲高い金属音が響き渡る。『レイ』が烈気の振るった月神刀を受け止めた音
だ。だが、烈気の攻撃は止まらない。受けられた刃を素早く返し、息をもつか
せぬラッシュを叩き込む。先ほど受けたはずのダメージなど、どこ吹く風だ。
「っりゃあっ!!」
 気合と共に一際鋭い一撃を放つ。『レイ』はこの一撃を止めきれず、後方へ
と吹き飛んでいた。
「人の子の、価値、だあ? 価値ってなんだよ? そんなもん、何が基準かも
わかんねーもん……それに、なんの意味があるってんだよ!?」
 よろめきながら立ち上がる『レイ』に向け、烈気は早口にこうまくし立てた。
「そんな薄っぺらな言葉なんか関係ねえ! オレは、オレが大事だと思うから、
みんなを護る……この町を、護るんだよ!」
 この一週間、ずっと悩んでいた事。結論が出せず、煩悶としていた事。その
答えが、今、出せた。
 注目されたい。褒めてもらいたい。認めてもらいたい。そんな思いがない、
とは言えない。
 だが、大切なのはそんな事ではない。自分は、護り手なのだ。そして、護る
ための力を、こうして手にしている。そしてこの町は――自分が生まれ、育っ
てきたこの町は、理屈抜きで大事なもの、護るべき存在なのだ。
 それを護る事に、理屈はいらない。
 それが、たどり着いた結論だった。
「大事だから……護る、だと?」
「他に、理由なんかいらねえだろ!? そんな、あったり前の事もわっかんねえ
から、ニセモノはニセモノだってんだよ!」
「くっ……」
 鋭く斬り込む言葉は、『レイ』を相当怯ませたようだった。烈気は月神刀を
構え直して再び切り込もうとするが、それより一瞬早く『レイ』が衝撃波を放
った。
「いい加減……パターンなんだよっ!」
 気合、一閃。
 放たれた衝撃波を、烈気は月神刀で強引に断ち切っていた。
「……なにっ!?」
 『レイ』の表情を動揺がかすめる。そして、烈気は。
「……地精……水精……火精……風精……」
 記憶の奥深くから浮かび上がる言葉を静かに唱え始めていた。
「力の流れ、司りしもの……始源の四精、我が言に従い、我が力となれ……!」
 言葉と共に光破珠が美しい光を放ち始める。光は月神刀を包み込み、光り輝
くその刃を烈気は頭上高く掲げ、そして。
「光破(こうは)! 四精爆(しせいばく)っ!!」
 力いっぱい月神刀を振り下ろす事で光を解放した。光は五つの光球となり、
絡み合うように舞いながら『レイ』へと飛ぶ。
「……っ!!」
 艶やかな光の乱舞を、『レイ』は避ける事ができなかった。五つの光球は次
々と『レイ』に炸裂し、最後の一際大きな光球の激突と共に光の爆発を起こし
た。その爆発を睨むように見つつ、烈気はぐらつきながらもまだ建っている歩
道橋の上へとジャンプした。
「あ……」
 朱美が何事か言いかけるが、それを遮るように歩道橋が一際大きく揺れる。
烈気の着地の衝撃が止めになってしまったようだ。
「風精転移!」
 着地した烈気は早口に風精転移を唱える。ふわりと渦を巻いた風が四人を包
み込み、一瞬で野次馬たちの最前列まで運んだ。ようするに戸倉と洋平、そし
て遅れてやって来たらしい大樹の目の前だ。
「香月、日高、水無瀬! 怪我はないかっ!?」
「あ……戸倉先生。大丈夫です」
「あ〜、良かったねぇ」
「良かったけど、ヒヤヒヤした〜!」
「水無瀬、平気か? 怪我、ないか?」
「あ、うん……大丈夫……」
 戸倉の問いに朱美が答え、しみじみと呟く洋平に雅美が応じ、勢い込んだ大
樹の問いに春奈が戸惑いがちに答える。三人の無事に烈気はひとまず安堵のた
め息をもらすが、
 ……きゅんっ!!
 直後にバクリューが上げた甲高い声と、交差点から感じた力に表情を引き締
めた。
「ふ……ふふふ……」
 低い笑い声が交差点の方から聞こえてくる。烈気は数歩前に駆け出し、月神
刀を構えた。光の乱舞が静まった交差点に、ゆらりと立つ影が見える。その姿
は、既に『レイ』のそれではない。鈍い緑色の鎧をまとった、若い男だ。鎧と
同じ緑の髪は足首にまで達し、真紅の瞳が鋭く烈気を睨んでいる。烈気は、今
は澄んだアイスブルーに変わっている瞳でそれを見返した。
「さすがは守護龍王レイ……御主が、宿敵と見なす者……だが!」
 鋭い声で言いつつ、男は手にした剣を烈気へと向けた。
「このニルドア、混沌龍王が配下、幻魔の名にかけて、このまま引き下がる事
はできぬ! 守護龍王レイ、勝負!」
「上等! 受けてたってやらあ!」
 ニルドアの挑戦を烈気は迷わず受けていた。ニルドアの瞳に、先ほどまでは
見られなかった覇気のようなものを感じたのだ。それに応じなければヒーロー
が、そして男が廃る――そんな思いが、挑戦を受けさせていた。
「おりゃあっ!」
 気合と共に距離を詰め、先制の一撃を加える。ニルドアはこの一撃を軽い振
りで払いのけ、勢い込んでいた烈気の態勢を崩した。
「っと!」
「もらった!」
 払った剣を引き戻し、ニルドアは必殺を期した横なぎの一撃を放つ。その一
撃を、烈気は思いも寄らない方法で避けて見せた。
「っとっとっと!」
 一撃をいなされて後ろに泳いだ身体を引き戻さず、そのまま後ろにそらす事
で水平に払われた剣を避けたのだ。無茶苦茶な回避にニルドアは呆気に取られ、
その一瞬が勝負を決めた。
「あらよっと!」
 威勢のいい掛け声と共に、烈気は後方回転を決めて着地する。そのまま身体
を低く構え、ニルドアの懐にダッシュで飛び込んだ。
「なにっ……」
「隙ありっ!」
 声が交差し、閃光が走る。懐に飛び込んだ烈気は下段に構えた月神刀を思い
っきり切り上げつつ、ジャンプで上へと抜けた。
「……バクリュー!」
 きゅん!
 高く跳躍しつつ呼びかけると、上空で戦いを見守っていたバクリューは甲高
い鳴き声で応えた。
「光龍招来、白煌乱舞っ!」
 月神刀とバクリュー、双方を白い光が包み込む。
「必殺! 光龍乱舞剣っ!!」
 月神刀から光が飛び立ち、下降してきたバクリューがそれを取り込んだ。小
さな銀色の龍が、巨大な光の龍へと姿を変える。
「いっけえ――――――――っ!!」
 オオオオ――――――――ンっ!
 気合と咆哮が交差し、光の龍はニルドアへと突進する。烈気は空中でくるっ
と回転して態勢を変え、ニルドアへと月神刀を振り下ろす。
 閃光、一閃。
 月神刀がニルドアを袈裟懸けに切り下ろし、白い光が炎となって幻魔を包み
込んだ。それに一瞬遅れて飛来した光の龍がその身体を突き抜ける。
「御主……お許しを……」
 短い言葉を残し、幻魔ニルドアは光の粒子となって消え失せた。
 ……たんっ……
 烈気がアスファルトに降り立つ音が、やけに大きく響いた。その場にいた者
は皆、烈気に注目している。烈気はちら、とそちらを見やり、それからおもむ
ろに月神刀を空へと投げ上げた。月神刀は光の粒子をこぼしつつくるくると回
転し、再び烈気の手に戻る。受け止めた刃を、烈気は天高くへと向けた。
「正義の味方は、無敵だぜ!」
 そして、二週間ぶりに、キメ台詞が決まった。

 そして……翌日。
「カッ……コイイっ!! やっぱ、やっぱカッコイイよな、レイ!」
 一時間目の直前、完全に復活を果たした大樹は今まで以上に力を込めて熱弁
を振るっていた。
「おう! やっぱ、正義の味方は正義の味方、カッコ良かったよなあっ!!」
 それに、烈気も力を入れて同意する。
「だよなあっ! 正義の味方だもんなああっ!!」
「おうよ! 守護龍王は、正義の味方だぜっ!」
「……烈気、昨日、いたっけ〜?」
 力説する二人の横で洋平がぽそりと呟くが、ハイテンションな二人の耳には
届かない。いつも以上の盛り上がりを見せる烈気たちに、他のクラスメートは
思いっきり引いていた。
「……やっぱ、あいつらって……わかんねー」
 広人がぽそぽそと呟くが、気づかれなかったのは恐らく幸いだろう。仮に聞
こえたとしても、今の烈気と大樹が気にするとは思えないが。先週一週間の落
ち込みの反動が出たのか、二人の熱弁は止まる所を知らないようにも見えた。
 が。
「……いやあ、嬉しそうだなあ、月神、大沢〜?」
 低い声と共に、二人の背後に影が揺らめき立つ。ぴたり、と口を噤み、同時
に振り返った烈気と大樹は、不気味な笑みを浮かべる戸倉と目を合わせて音入
りで硬直した。
「あ……戸倉センセ」
「おっはようございま〜す……」
 先ほどまでとは一転して力なく、二人はか細い声を上げる。それに、戸倉は
にた〜りと笑いつつ、おはよう、と応じた。
「ほんっと、進歩しないんだから……」
 戸倉に首を抱え込まれ、頭をぶつけ合わされる二人の様子に、朱美が呆れた
ようにこう呟いた。

 日向市水沢町、本日も晴天にて平和なり。

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