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   三 対決・二人の守護龍王 その一

 今までは特に何事もなく、町は平和だった。
 凶悪犯罪が起きるでなく、事故らしい事故が起きるでもなく、平穏そのもの
だったのだ。それは延々と続いてきた、ある種の法則とも言うべきものだった。
 だが、ふと気付けばその『平穏の法則』は通用しなくなっていた。

 クキケケケっ!!
 道路のど真ん中に大穴を開けて出てきたものが奇声を上げる。フォルムから
して元はモグラの類と推察されるそれは、鋭く伸びた爪を振りかざしつつ、狂
ったように咆えた。
 こんなものが日曜日の昼下がり、商店街のど真ん中に出て来てはパニックは
必至である。買い物客たちは我先にと避難を始め、モグラの怪物はその背に向
けて砕けたアスファルトを礫のように投げつける。
「地精障壁!」
 だが、その礫は標的となった人々を捉える事なく、翻った黄色い光の壁に阻
まれた。
 クキェっ!?
 思わぬ事態にモグラの怪物は困惑したような声を上げ、それから何かに引か
れるように上を見た。モグラの近くの雑居ビルの上に、逆光を背負った人影が
ある。青い鎧に身を包み、細身の刀を携えた者。銀色の髪が、陽光を弾いて美
しく煌めいている。
 クキェっ!!
「守護龍王レイ、推参!」
 何者だ、と言わんばかりの声を上げるモグラに、烈気はポーズを決めて見栄
きりして見せた。

 デパート前広場での煌魔イムセンとの戦いから既に二ヶ月が過ぎ、守護龍王
レイの名を知らぬ者は今や水沢町にはいなかった。毎週一回、それもきっちり
日曜日に町に現れて破壊活動を始める怪物を倒す謎のヒーローに対する評価は、
概ね好評であるらしい。
 勿論と言うか、行政サイドから見れば怪物もヒーローもさして変わらないよ
うなのだが。
 そんな、冷めきった一般論はさておいて。

「やっぱ、イイ! カッコイイよな、レイ!!」
 月曜日の一時間目が始まる前、大樹は必ずこう熱弁を振るっていた。昔から
特撮物の大好きな大樹にとって、謎の怪物と戦うヒーローと言うのはそれだけ
で心踊る存在であるらしく、レイが現れた翌朝は一人だけ異常なハイテンショ
ンで盛り上がっているのだ。
「そーだよなっ! やっぱ、カッコイイよな〜♪」
 そうやって持ち上げられる事、それ自体は烈気としても悪い気はせず、大樹
が騒ぎ始めると大抵はこうやって一緒に騒いでいる。烈気も大樹同様、子供の
頃からのヒーロー好きで知られているため、周りは『いつもの病気が出た』と
言わんばかりに冷ややかな視線を向けているのだが。
「……好きだねぇ、二人とも」
 やれ技がカッコイイのなんのと盛り上がる二人に洋平がぽつり、と突っ込む。
こちらは大樹ほどは盛り上がっていない。曰く、
「だって、男だし」
 と言うのが理由らしいのだが。
「よ〜う〜へ〜い〜っ! 何だよその、冷めきった突っ込みわぁ!」
 言いつつ、大樹がぐわっしと洋平の首に腕をかける。
「何だって言われても〜。ぼく、そんなにトクサツとか好きじゃないし〜」
「それでどぉする、日本男児! 特撮を語らずして、オレたちの青春に何を語
るっ!?」
 細々と訴える洋平に、大樹は左腕でその首を抱え込んだまま、右の拳をぐっ
と握って力説した。無茶苦茶だが、妙な説得力がある。
「よっ、さすがは特撮大将・大沢大樹! 言う事が違うねっ!」
 力説する大樹を烈気が持ち上げ、大樹は胸を張って高笑いをする。それで生
じた腕の緩みを逃さず、洋平は大樹から離れた。そのまま、つつつ、と距離を
取って自分の席へと移動する。突然の行動に烈気はきょとん、とし、直後にそ
の理由を思い知る羽目になった。烈気と大樹、二人の後ろに黒い影が揺らめき
立ったのだ。
「……え?」
「お?」
 その影に、気づいた時には遅かりし。
「楽しそうだなあ、大沢、月神〜?」
 低い声と共に二人の肩にぽん、と手が置かれる。冷たいものを背中に感じつ
つ、そーっと振り返った烈気と大樹は、
「あ……戸倉センセ」
「おはよーございます」
 不気味な笑みを浮かべる社会科担当・戸倉真吾と目を合わせて固まった。振
り返った二人に、戸倉はにや〜りと笑いかける。
「お前たち、ほんと〜に、特撮好きだよなぁ、ん?」
「そ、そりゃあ、まあ……」
「や、やっぱ基本っしょ?」
 不気味な響きを帯びた問いに、二人は引きつりながらもこう返していた。こ
の返事に、戸倉はまたにたり、と笑う。
「確かに基本だなぁ。それじゃ、その『基本』についてじ〜っくりと語る時間
を、後で持つとするか? ん?」
 問いかけの形を取ってはいるが、言うまでもなく拒否権はない。二人は引き
つった笑顔のまま、はい〜、と頷くしかなかった。戸倉はよろしい、と言って
頷くと、二人の頭をごち、と軽くぶつけ合わせてから解放する。
「何やってんのよ、三バカガラス」
 頭を押さえつつ席に戻ると、朱美がため息まじりにこう呟くのが聞こえた。
烈気はちょっとむっとしつつ、何だよ、と言ってそちらを睨む。朱美は素知ら
ぬ顔で教科書を開き、烈気を無視した。
「っの……カワイくねえっ」
 思わずこんな呟きをもらした直後に、
 べしいっ!!
 朱美のペンケースが音入りで顔面にヒットした。
「あ〜らごめんなさい、手が滑っちゃった♪」
「て、てめえっ……」
 怒鳴りたい。どう滑ればこうなんだよ、と怒鳴りたい。しかし、戸倉が睨ん
でいる。何より、授業中に怒鳴り散らすのは『正義の味方』らしくない。
 こんな思いによって強引に押さえ込まれた烈気の怒りは、四時間目の体育で
行われたサッカーの試合と、放課後のお説教から転じた大樹、洋平、戸倉らと
の特撮トークにより、その日の内に発散されていた。

 そして、その週の土曜日。
「出かけてくんねー」
 ツキトの散歩と朝食をすませた烈気は慌ただしく階段を駆け降り、リビング
で新聞を広げる父・弘毅に声をかけた。
「どこに行くんだい?」
「ん、瑞穂ねーちゃんのとこ」
「……そうか」
 軽く答えると、父は妙に寂しげに新聞に向き直った。
「どしたん?」
「いや……せっかくの休みなのに、とーさん一人で寂しいなあ、と思って」
 突然の事を訝って問うと、父は新聞の陰に隠れるようにしつつこんな事を言
う。母は市内のカルチャースクールで講師をしているため、土曜の午前中は家
にいる事が少ない。烈気も土曜日には出かける事が多く、留守番を任された父
が一人で暇なのはわかるのだが。
「んー、つってもなー。んじゃ、午後から付き合うからさー、午前中はツキト
と遊んでてよ。そんじゃダメ? っても、オレはそうするっきゃないんだけど」
 思案してからこう言うと、父は顔を上げてにっこりと微笑んだ。息子の言葉
に一喜一憂する、この子供のような人物が職場では一転、クールかつシビアな
突っ込み魔人だというのだから不思議なものだ。
「じゃあ、午前中はツキトと過ごそう。気をつけて、行ってきなさい」
 穏やかな言葉にうん、と頷いて、烈気は靴を履き外へ飛び出す。ガレージか
ら自転車を引っ張り出し、置いてけぼりに不満げなツキトを撫でてやってから、
日差しの中へと走り出す。
 瑞穂のいる龍神神社まではバスで二十分ほど。裏道も交えて自転車で飛ばせ
ば、十五分前後で着ける。バス代が馬鹿にならない事と基礎体力をつける、と
言う理由から、烈気は瑞穂の所へは自転車で行くようにしていた。
 もっとも、雨の日は守護龍王の力である風精転移――いわゆるテレポートを
使って移動していたりもするのだが。
 道の起伏に合わせてギアを切り替えつつ、自転車を飛ばして行く。吹き抜け
る風との一体感が心地よい。
 きゅうん♪
 胸ポケットから声が上がり、バクリューがぴょい、と顔を覗かせた。小さな
龍にとっても風の感触は心地よいらしく、嬉しそうに目を細めている。
 走りながら、烈気はふと空を見上げた。春から夏へ移ろい始めた空は穏やか
な青色でそこに広がっている。
 空の青、木々の緑、透明な風。
 それらが当たり前にそこにある、と言う事。
 守護龍王としての力の制御が上手く行くようになるにつれて、そんな『当た
り前』が言いようもなく心地よく感じられるようになっていた。
 その反面、空気や水が極端に汚れている所に行くと妙に気分が悪くなるよう
にもなっているのだが。
 裏道から、山の合間を抜けるバス通りへ続く急な坂を一気に駆け上がり、弾
みをつけて通りへ上がる。ほんの一瞬、バランスを失う車体を上手く保たせて
ターンを切り、緩い坂を少し登れば龍神神社だ。烈気が石段の下に到着するの
に少し遅れてバスが止まり、中から雅也が降りてくる。
「よっしゃ、今週はオレの勝ちぃ!」
 バスが走り去ると、烈気はにかっと笑ってガッツポーズを決めた。自転車と
バスのどちらが先に神社に着けるかを競っているのだ。子供っぽく勝ち誇る烈
気に雅也は苦笑で応える。その表情に、烈気はむー、という感じで眉を寄せた。
「にーちゃん、今、思いっきりオレの事ガキだと思ったろー?」
 ジト目で睨んで問いかけるが雅也は答えない。その態度にむくれつつ、烈気
はロックした自転車のフレームを持って抱え上げた。表情を引き締めつつ呼吸
を整え、一気に石段を駆け上がる。
 車体が軽量化されているとはいえ、自転車というのはそれなりに重量がある
ものだ。それを抱えて急な石段を駆け上がるのは中々の重労働だが、烈気はそ
れを鍛錬の一環として取り入れて――もとい、取り入れさせられていた。勿論、
自転車を持ち去られたり放置自転車として撤去されては叶わない、というのも
あるのだが。
「……いよっと!」
 お世辞にも緩やかとは言えない石段を駆け上がり、境内に着いた所で自転車
を下ろす。同時にバクリューが胸ポケットから飛び出してくるん、と空中で一
回転した。他の場所では姿を見られないように、とポケットの中で大人しくし
ているバクリューも、ここでは自由に飛び回る事を許されていた。
 瑞穂曰く、
「龍神神社に龍がいて、不自然な事などあるまい?」
 という事になるらしいが。
「ああ、来たか」
 のんびりと石段を登る雅也が境内にやって来るのとほぼ同時に、瑞穂が社務
所から姿を見せた。烈気はよっ、と元気良く手を挙げ、雅也は軽く一礼する。
「んで、どんな感じ? なんか、見つかった?」
 烈気の問いに、瑞穂は軽く肩をすくめた。
「お前、一族に伝わる品の数を知っているのか?」
 それから呆れたような口調でこう返す。この言葉に烈気はへ? と言って首
を傾げた。
「……知らぬか」
「ってか、ほとんど見た事ねーもん」
 ため息まじりに呟いて肩を落とす瑞穂の様子に、瑞穂はむっとして眉を寄せ
る。この反応に瑞穂はもう一つため息をつき、それから右手の指を三本立てて
突き付けるように烈気に向けた。
「んにゃ? ……三つ?」
「烈気くん、いくらなんでもそれは……」
「そう、三つだ……倉が、な」
 烈気のとぼけた言葉に雅也が突っ込み、その突っ込みが入りきる前に瑞穂が
淡々とオチをつける。倉が三つ、という言葉に烈気は元より、雅也も一瞬目を
見張った。
「三つ……倉、三つぅー!?」
「ああ。まあ、全てが全てではなかろうがな。とにかく、それだけの数なのだ
から、容易く行かぬのも理解できよう?」
 静かな言葉に烈気と雅也は素直に頷いた。もっとも、ここで否定的行動を取
ろうものな瑞穂の手にしたホウキに殴り倒されるのは目に見えているが。
「と、言う訳で、だ。お前たち、少し倉の整理を手伝え。私一人では、とても
追いつかん」
 頷いた二人に向け、瑞穂は艶やかとも言える笑みと共にこう言った。烈気と
雅也はどちらからともなく顔を見合わせ、それから、はい〜、と言って頷く。
逆らいようがないのは嫌と言うほどよくわかっている。従兄弟たちの中で最年
長、というのを差し引いても、瑞穂には誰一人逆らう事ができないのだ。
「……あ、でもオレ、午前中だけな。とーさんと約束してっから」
 げんなりとした直後に出掛けの約束を思い出した烈気は、早口にこう告げる。
瑞穂は一瞬だけ眉を寄せてからそうか、と呟き、雅也はどことなく恨みがまし
い目を烈気に向けた。
「では、午前中の内にできるだけやっておくとしよう。行くぞ」
 こう言うと、瑞穂は踵を返してすたすたと歩き出す。
「……烈気くん〜……」
 瑞穂が言ってしまうと、雅也は今にも泣きそうな声を上げた。
「しっかたねーじゃん、約束してきちまったんだしさー」
「そうかも知れないけど……」
「まー、いいじゃん、にーちゃんの好きな古いモン、どっさりあるんだしよ♪」
 お気楽な口調で言いつつ、烈気は雅也の背をばしばしと叩く。雅也はそうだ
けど、と呟きつつがくんと肩を落とした。
「そーゆー事♪ じゃ、とっととやろーぜ。行くぞ、バクリュー!」
 強引に話をまとめると、烈気は飛び回るバクリューを呼んで走り出す。バク
リューはきゅん、と鳴いてそれに応え、走る烈気を追った。
「……はあ」
 一人、取り残された形の雅也は深いため息をつき、自分も裏手の倉へと向か
う。
 龍神神社の裏手の倉は、長く『開かずの倉』とされていたらしい。理由は至
極簡単で、何をどうやっても戸が開かなかったのだそうだ。それが烈気の力の
覚醒と共にひとりでに開き、以前に見た巻物とバクリューの封じられていた箱
が見つかったのだと言う。以来、瑞穂は暇を見つけては倉の中身を確かめ、整
理していたらしいのだが。
「何が龍王に縁の品で、何が出所不明のガラクタなのか読めぬ」
 こんな理由から、納められた品物個々の確認はできていないという。一応、
完全なガラクタとそれ以外、という分類はできたらしいのだが。
「……こんなに、あんの?」
 倉の一つに入り、瑞穂が分類したという品を見るなり烈気は絶句していた。
大小取り混ぜ、様々な桐の箱が所狭しと積み上げられている。その数は、ざっ
と見ただけでも五十は下らないだろう。
「そうだ。取りあえず、この中から自分に関わりあると思えるものを選び出せ」
 絶句する烈気に瑞穂はさらりとこう言うが、選べ、と言われても困ってしま
う。
「んな事言ったって……」
「お前がわからねば、誰にもわからん」
 反論は一撃で斬られた。烈気は唸りつつ、手近な箱を一つ手に取る。
 ……ぞくり。
 直後に、そんな感じで寒気が走った。明らかに自分とは異質で不気味な力を
箱の中から感じる。
「ハズレっ! これ、違うっ!!」
 感触の不気味さに烈気は上擦った声を上げて箱を放り出していた。瑞穂は冷
静に箱を受け止め、ちらりと一瞥する。
「これは違うか……雅也、すまんが社務所にある墨で、箱にわかるように印を
つけておいてくれ」
 こう言うと、瑞穂は突然の事にきょとんとしている雅也を呼んで箱を手渡し
た。雅也ははい、と頷いて社務所へと走って行く。二人は、箱に触ってもなん
ともないらしい。
「今の調子で、自分にとって感触のよい物を見つけてみろ」
 烈気に向き直った瑞穂は軽い口調でこんな事を言った。烈気は思わず、えー、
と不満の声を上げるが、
「言ったはずだぞ、『お前がわからねば、誰にもわからん』と」
 反論はまたも一撃で斬られた。烈気はしぶしぶ箱の山に向き合う。
 とはいうものの。
「なんかコレ、魚っぽい」
 とか。
「……コレ、カラじゃねーの?」
 とか。
「でええっ!? さっきのよりも気持ちワリイっ!!」
 とかいう事が延々と続いては、さすがに疲れてしまう。半分も確かめない内
に、烈気はぐったりと疲れ果てていた。
 きゅうう……
 がっくりと肩を落とす烈気の顔を、バクリューが心配そうに覗き込む。
「情けない、この程度でへたばるな」
 それに対して、瑞穂は全く容赦がない。烈気は反論する気力もなく、うー、
と唸り声を上げるのみだった。
「なんだ? 言いたい事ははっきりと言いなさい」
「んなコト言ったって……」
 言えば言ったで、自分だけが痛い。それがわかっているだけに、烈気は口篭
もりつつ箱の山の方へ目をそらし、
「……あれ?」
 不思議な感覚を覚えて瞬いた。山の一角から懐かしいような、そんな力が感
じられるのだ。ちら、と肩のバクリューを見ると小さな龍はきゅん、と鳴いて
一つ頷く。烈気は今感じた力をたどるように重なった箱をどけて行き、小さな
箱を探し当てた。
「……これ……」
 そっと手に取ってみると、明らかに今までの物とは異なる感触が伝わってく
る。どうやら当たりを引いたらしいが、それと確かめる時間はないようだった。
「瑞穂さーん、烈気くーん、弘毅伯父さんが来てるよー」
 社務所で外れの箱に印をつけていた雅也がやって来て、こんな事を言ったの
だ。
「え? なんで……」
 きょとん、としているとバクリューがきゅっと鳴いてポケットに飛び込み、
直後に弘毅がひょい、と姿を見せた。
「お久しぶりです、叔父上」
 瑞穂が微笑みながら一礼するのに、弘毅はやあ、と微笑んで応える。
「とーさん、どしたの?」
「母さんから、電話があってね。お昼に戻れないから食事は何とかしてくれ、
と言われたんだ。だから、どこかに食べに行くのもいいかと思って、迎えに来
たんだ」
 首を傾げつつ問うと、父は妙に楽しそうにこう言った。烈気は思わず、らっ
き! と声を上げる。
「そんな訳で、家のやんちゃ坊主を連れて行くけど、構わないかな?」
 はしゃぐ烈気の様子ににこにこしつつ、弘毅は瑞穂に問う。瑞穂はええ、と
笑って頷いた。
「倉の片付けは、雅也が手伝ってくれますから、大丈夫です」
(……つか、手伝わすんじゃん)
 瑞穂の言葉に烈気は心の中でこう突っ込んでいた。声に出せばどうなるかは
わかっているので、そんな無謀はしない。
「すまないね。それじゃ、行こうか烈気?」
 瑞穂と雅也に微笑みかけると、弘毅は烈気を促して歩き出す。烈気はうん、
と頷くと、手にしていた箱を瑞穂に渡した。
「コレ、当たりっぽい。んじゃ、雅也にーちゃん、ファイトぉ!」
 お気楽な口調でこう言うと、烈気は父を追って走り出す。ファイト、と言わ
れた雅也のため息は、当然の如くその耳には届いていなかった。

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