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   6  封印 ――その身に眠るは、なに?

 周囲をぼんやりと照らす、紫の光。それは、言い知れぬ威圧感を見る者に与
えていた。
「……」
 その光の源を手にした者──シフォンは俯き、表情は遠目には伺えない。し
かし、よくよく注意して見たならばその口元が微かに歪んでいるのが目に入る
だろう。
(どうやら、予想通り、という所か)
 その歪みが笑みを象っている事に逸早く気づいたゲイルは、傍らのリュケー
ナに気取られないように小さくため息をつく。
 おおよそ剣士に向いているとは言い難い、甘い気質。高い技量を有しつつ、
何故かそれを引き出せない──引き出そうとしないのは何故か。
 シフォンと知り合ってからずっと考えていた事、その答えが垣間見えたよう
な気がした。
(ヤツのお気楽さと甘ちゃんぶりは、恐らくは『枷』。本質を封印するための
モノだろう、とは思っていたが……)
 シフォンの持つ剣──神斬剣は、文字通り神すら斬り倒す事の叶う、強大な
魔剣。それだけの力を手にするには、大抵はそれなりのリスクや負荷を負う事
になるものなのだが。
「……問題は。ヤツの封じられた部分がどーいうモノか、だな」
 ごく小さな声の呟きは、
 グオオオオオオ!
 スカルドラゴンの咆哮に掻き消される。
 再びその爪が振りかざされ、それを見たリュケーナや神官たちが息を飲んだ。
「シフォンさんっ!」
 リュケーナが幾度目かの悲鳴染みた声を上げ、それにゲイルがうるさい、と
突っ込みをいれるよりも早く。
「一々るっさい……静かにしろ」
 俯いていたシフォンが顔を上げつつ、低く言い放った。つい先ほどまでスカ
ルドラゴンの攻撃におたおたとしていた声とは全く異なる、冷たい声が響く。
「……ふぇ?」
 さすがにこれは予想外だったのか、リュケーナはきょとん、とした声を上げ
た。ゲイルは何も言わずに短剣を握る手に力を込め、そして、シフォンは。
「……ったく……どいつもこいつも、たかが骨竜一匹にがたがたぎゃあぎゃあ
と……おちおち、寝てもいられねぇ!」
 苛立ちを帯びた声と共にシフォンはスカルドラゴンへ向けて一歩、踏み出す。
剣のまとう紫の光が色鮮やかで、でも、どこか不吉なものを感じさせる粒子を
散らし──。
「……せいっ!」
 気合が、大気を裂いた。下段に構えられていた剣が振り上げられ、それと同
時にシフォンは地を蹴り、跳躍する。
 大気を裂く、銀の剣。その刃はスカルドラゴンの首を的確に捉え、衝撃を与
えた。
 乾いた骨が軋む、ギシギシ、という音が周囲に響く。一見すると、剣は押し
められているようにも見える──が、しかし。
「……終わるな」
 剣がスカルドラゴンにかけている力は、その音が端的に表していた。ゲイル
は小さな声でぽつり、と呟くと、握った短剣に力を集める。
 持ち手、剣共にサイズは変われど、結ばれた盟約に変わりがある訳ではない
ようで──というかあったら困るのだが、ともかく、短剣はそれを受けて真珠
色の光をちらちらと零した。
「ゲイル様……?」
 その光に気づいたのか、リュケーナが不思議そうに名を呼んでくる。ゲイル
はそれに答えず、碧と紅の瞳で紫を纏う銀の剣と、その持ち手を見つめた。
 その視線に気づいたのか、シフォンの口元を微かな笑みが掠める。それと共
に、スカルドラゴンの首を捉えた剣が、動いた。
「……っりゃあ!」
 気迫のこもった声が響き、直後に。
 がごん。
 そんな、書き文字の浮かびそうな音が響き、スカルドラゴンの首が、落ちた。
 グォォォォォォ……っ!
 スカルドラゴンの咆哮、いや、絶叫が響く。巨大な頭骨がごろり、と柔らか
な草の上に落ち、次いで、その巨躯が崩れ落ちる。がらん、かたん、という乾
いた音が響き、瞬く間に、草の上に骨の山が積みあがる。
「……魔法研究家が泣いて喜びそうな、マテリアルの山だな」
 積みあがる骨の山に、ゲイルはぽつり、とこんな呟きを漏らし、それから、
ゆっくりと前に進み出る。
「あ、ゲイルさまっ……」
 慌てたようにそれに続こうとしたリュケーナの言葉は、ごちん、という音に
遮られた。
「誰が、結界を解除したといった、バカトリ」
 音に気づいたゲイルはそちらを振り返り、呆れたようにこう言い放つ。リュ
ケーナは強かに打ちつけた額を押さえつつ、恨みがましい視線をゲイルに向け
た。
「そういう事は、先に言ってくださいですぅ〜」
「力の流れから読み取れ」
 例によって取り付く島なしのゲイルに、リュケーナはふぇぇぇん、と泣きそ
うな声を上げる。一方のゲイルはリュケーナは完全に無視して骨の山の側まで
歩みを進め。
「……お前、『誰』だ?」
 いまだに紫の光を纏う剣を下げたシフォンに、低く、問いかけた。
「誰、って……そんなの、今更言う必要、あんの?」
 問いに、シフォンは、にやりと笑ってこう答える。この答えに、ゲイルはす、
と目を細めた。
「『シフォン』は知っている。が、『お前』は知らん。とはいえ……」
 言いつつ、手にした短剣を鞘から抜く。真珠色の光がきらり、と零れた。
「とはいえ……なに?」
「お前みたいなタイプと延々喋るのは、時間の無駄だ」
 どこまでも余裕の体、と言った様子で先を促すシフォンにこう言うと、ゲイ
ルは素早く魔力の集中と変換を始めていた。
「時間の無駄……って、言ってくれるなあ」
 きっぱりと言い切られた一言に、シフォンはやや、不満そうに眉をひそめる。
しかし、直後に始まった魔力の変化に気づくと、さすがに表情を引き締めて身
構えた。その様子に、ゲイルは微かな笑みを口の端に上らせる。
「どうせ、問うた所で素直には答えまい? オレは色々と忙しいんだ、下らん
水掛け論で遊んでいるヒマは……」
 言葉と共に、ゲイルは目の前にふわり、真珠色の光球を浮かべ。
「……ないっ!」
 きっぱりと言い切るのと同時に、それを短剣で真っ二つに叩き切った。切ら
れた光は翼のような形を作り、左右へと弧を描いて飛ぶ。丁度、左右からシフ
ォンを挟み込むような形になっていた。
「なにっ!?」
 左右から挟撃してくる真珠色の光に、シフォンは微かな苛立ちを表情に乗せ
る。ひとまず後退して避けようと言うのか、左足が後ろに引かれ──。
「……なんてなっ!」
 直後に苛立ちは不敵な笑みへと取って代わる。
 下げられた足は走り出す基点となり、シフォンは地を蹴り、一気にゲイルへ
の距離を詰めてきた。
 下がると見せかけての前進は、結界の外の面々を驚かしはしたようだが、し
かし。
「……やはり、そう来るか」
 フェイントをかけようと狙っていた当のゲイルには、効かなかった。という
か、ゲイルの方ではそう来る可能性も先に読んでいたのだが。呆れたような呟
きの後、ゲイルの姿がその場から掻き消える。標的を失ったシフォンはたたら
を踏みつつ足を止め、その背に、追いすがってきた真珠色の光の翼と、そして。
「取りあえず、『お前』は、大人しくしていろ」
 空間転移と浮遊の呪文でシフォンの背後上空を取っていたゲイルの蹴りが、
連続して炸裂した。
「……はららぁ……」
 結界の外でぽかん、と成り行きを見ていたリュケーナがとぼけた声を上げる。
周囲の神官たちも似たようなものだ。
 そんなギャラリーの様子には一切構わず、着地したゲイルは短剣の刀身を軽
く額に当てて軽く目を閉じる。
「……『聖魔』と対なる『神斬』の剣、その波動を鎮めよ」
 低い呟きが零れ、真珠色の光がふわりと舞う。それは銀の剣に絡みつく紫の
光へと舞い落ち、それをゆっくりとそれを取り込みながら消えていった。
「よし……ひとまず、これで落ち着くな……」
 銀の剣が放つ波動が静まったのを確認すると、ゲイルはやれやれ、と息を吐
く。魔法の攻撃が効いたのか、それともゲイルの蹴りの当たり所が良かったの
か、シフォンは倒れたまま動かない。その様子に、やれやれ、と一際大きなた
め息をつくとゲイルは短剣を鞘に収めて結界を消した。
「……さて、面倒だな」
 それから、小さな声でぽつり、と呟く。

 その面倒が、先ほど彼の名を呼んできた女性に状況を説明する事、とは、恐
らく誰も思ってもいないのだろうが。

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