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[[蒼天輪舞]]
「仕える者達」 作:fukaさん
執事エーヴァルト
― 大会後・閑話 ―
思えば、最初から不思議ではあったのだ。
エルデシュタイン家に執事見習いとして仕えるようになってから、ずっと、父の口癖は「お前は、ルートヴィヒ様にお仕えするのだ」というもので、それは次期筆頭執事として次期当主に仕えることになるという以上の意味を持っているように思えてならなかった。
理由は判らなかったが、父は、エルデシュタイン家そのものよりもルートヴィヒ本人を優先しろ、と言外に自分に告げているのだと、どこかで感じていた。
そして、エーヴァルト=トロイは、それを無意識のうちに受け入れた。
15の年に、初めて出会った子供を主と定め、何よりも彼の為に有る執事であることを選び取った。
それが、父の願いに応えてのことだったのか、それともそれ以上の思いがあったのかは、自分自身にも判らない。
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「ではエルデシュタイン卿は、全ての責は、ラーベンタール家にある、と申し立てられるおつもりなのですね」
男の言葉に、彼と良く似た黒髪をきっちりと撫でつけた壮年の筆頭執事は頷いた。
『この事は、ルートヴィヒ様には内密にせよとのご命令だ』
「成る程…」
隠したところで、査問が始まれば、申し立ての内容は知れてしまう。だが、ルートヴィヒ自身からの事前の指示でもない限り、リヒャルトは申し立ての内容を肯定するだろう事は明らかだ。
「ルートヴィヒ様は、主として臣を庇うはず、と、それも申し立てに含んでおかれるつもりですね?」
『当然だ』
そこまでやれば、ルートヴィヒが反論したとしても、リヒャルトを庇おうとしているだけだと見なされる可能性は高い。政治力に長けた領主らしい判断と言えた。
「解りました」
『お前の罪のことだが…』
言いかけた相手に首を振る。
「お気遣い無用です。私は既に、知っていることは全て証言致しました。裁定はルートヴィヒ様やリヒャルト様には関係なく下されるでしょう。エルデシュタイン家とは全く関係のない、個人的な感情から動いたものということは納得されているはずです」
男は、査問に対して何一つ嘘はつかなかった。だから、疑われることもないだろう。と、薄く笑みを浮かべる。
「エルデシュタイン卿には、どうぞご心配なく、とお伝え下さい」
『判った』
再び重々しく頷いた筆頭執事に向かって、男はことさら静かに声をかける。
「一つだけ、教えて頂きたいのですが」
『何だ?』
問い返す相手を見る、凍った湖面のような薄水色の瞳が、すうと笑みを消して細められた。
「本物のルートヴィヒ様は、お亡くなりになったのですね?」
筆頭執事は、顔色一つ変えずに、男の目を見返し、同じく静かな声で問い返した。
『いつ、知った?』
「否定なさらないということは、やはりそうなのですね。知ったわけではありません、ただの想像です。子供の頃、ルートヴィヒ様は名を呼ばれても返事をされない事が良くありました」
だから、名前ではなく「ぼっちゃん」と呼ぶ癖がついた。
そして、タチアナとの最初の対戦の時、落下するルートヴィヒが呼んだ名を、男は確かに耳にしたのだ。
それは、これまでのルートヴィヒと領主の関係を見て来た中で、男が感じていた違和感を補完するに足りる事実だった。
『なるほど…そこまで気付いたなら、話しておこう』
意外なほど、あっさりと事実を認め、筆頭執事は、ルートヴィヒと呼ばれている彼の主の生い立ちと、領主の為した仕打ちを語って聞かせた。その言葉にも態度にも感情の色は微塵も浮かびはしなかったが。
「…そうですか。それで納得がいきました」
やはり淡々と、その事実を受け止めた男は、小さく息をつく。
全ての真実を告げた筆頭執事は、無言で男を見つめていた。
事実を知った男に、どうせよとも、どうするのかとも、命じも問いもしない、その様子は、長年の疑問に一つの答えを与えるものだった。
(後悔するくらいなら、最初から止めれば良かったでしょうに…)
内心で苦く呟いたものの、目の前にいる自分に良く似た筆頭執事も、当時はまだ、主に逆らう事など思いも及ばぬ、ほんの若造であったはずだ。
更には、幼い子供だった自分自身が、彼の枷のひとつであったのかもしれぬと考え至れば責める言葉も出なかった。
代わりに、男は、ゆっくりと胸に手をあて、静かに一礼する。
本物の感謝と、決別の意を込めて。
「ありがとうございます。―――お父さん」
そうしてまた、男は道を選び取ったのだった。
<エピ >>216へ続く>