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   ACT−4:清らな水底、冥き影 04

 予想外の一言だった。
 予想外であるが故に、それは室内に静寂をもたらすものの、その静寂はもた
らしたものが予想外であるが故に、すぐさま打ち破られた。
「えーっ!? ど、どうしてですかあっ!?」
 フレアの甲高い声が客間に響く。ストレートな反応にアキアは苦笑し、セシ
アも似たような表情を浮かべて息を吐いた。
「色々とあってな……祭りを行うのは、危険かも知れぬのだ」
「い、色々って、色々って……」
「お嬢、落ち着いて」
 静かに言うセシアにフレアが混乱気味の問いを投げ、アキアがそれを遮った。
それから、アキアはセシアに向き直る。
「その理由は、先ほどの蛇と関わりが?」
 短い問いをセシアはなくはない、と短く肯定し、静かな目をアキアに向けた。
その言わんとする所を何となく察したアキアはやれやれ、と息を吐く。
「さて、どうしますか、お嬢?」
 それから唐突な問いを投げかけ、フレアとレフィンを困惑させた。
「どうする……って?」
「面倒を避けて水竜祭りを諦めるか、それとも、面倒に手を出して水竜祭りが
できるようにするか。どうします?」
 問いかけの形を取ってはいるが、フレアがどう答えるのかはわかっていた。
クレスタ湖の水竜伝説と火竜退治の英雄『ディアレナの騎士』。それらに強い
憧れを抱くフレアが、自分から関わりを避けるような事は──
「諦めるなんて、絶対に、イ、ヤ!」
 あり得ないのである。
 思案や逡巡も一切無しに言い切るフレアにアキアは苦笑し、二人のやり取り
に呆気に取られているセシアに向き直った。
「と、いう事なので、詳細をお聞かせ願えれば幸い」
 にっこりと微笑みつつこう言うと、セシアはふう、と大きく息を吐いた。
「貴殿、苦労人だな。だが、そう言って貰えると助かる」
 笑えない事をさらりと言ってから、セシアは表情を引き締める。アキアは、
そりゃどうも、と返してから、こちらも表情を引き締めた。
「さて……水竜祭りのそもそもの始まりについては、皆、周知と思うが……」
「はいっ! 水竜の怒りを鎮めるために身を捧げた巫女に感謝を捧げて、水の
力の安定と、平穏を願うために始まったんですよねっ!」
 セシアの問いに、フレアがさっと挙手しながら答える。
 クレスタ湖の水竜祭り。その発祥は、五百年ほど前にさかのぼる。当時から
この地はクレスタ湖のもたらす恵みにより繁栄していたのだが、いつからか、
自然に対する感謝を忘れるようになっていたという。
 それが湖に棲む水竜クレルディスの怒りを招き、街は滅亡の危機に瀕した。
その怒りを鎮め、街を救ったのが代々水竜に仕えていた神官の一族の娘だった
と言う。
 彼女は自らを供物として水竜に捧げ、怒りを鎮めるようにと願い、水竜はそ
の真摯な祈りに応えてその願いを聞き入れた。
 人々は街を救った娘に感謝し、彼女と、そして自然の恵みへの感謝を忘れま
い、という思いを込め、毎年祭りを開くようになった、というのが、大まかな
経緯である。
「そう、五百年前に身を捧げたという巫女アリアの魂を慰め、水の恵みに感謝
する……それが、祭りの概要だ」
 フレアの様子を微笑ましく感じたのか、セシアは微笑みながらこう言って頷
いた。
「祭りでは、街の若い娘の中から選ばれた一人が巫女アリアに習い、花嫁衣裳
をまとって自然への感謝の祈りを捧げる、と言う神事が行われる。そして先日、
その神事の予行を行ったのだが……」
 ここでセシアは言葉を切り、重いため息をついた。
「その予行の最中に、水竜御本尊が暴れだした……とでも?」
 その様子に只ならぬものを感じつつ、アキアはごく軽い口調でこう問いかけ
る。この言葉にフレアとレフィンはきょとん、と瞬き、セシアは表情を険しく
した。
「何故、そう思われる?」
 険しい面持ちで真っ向からこちらを見据えつつ問うセシアに、アキアはひょ
い、と肩をすくめて見せた。
「先ほど戦った蛇の魔獣から、強い水の力を感じましたので。何かしら、水竜
に絡んだ問題が起きている、と推察した次第ですが?」
 それから、平然とこう答える。セシアは探るような視線をアキアに向けてい
たが、結局は問答無用の笑顔に追求を諦めたようだった。
「貴殿の読みは当たっている。神事の予行の最中に水竜クレルディスが現れ、
高波を起こして行ったのだ。幸い、死傷者は出なかったのだが……」
 神事のために設えた祭壇は崩壊し、予行の際に花嫁役を代行した神官の女性
は危うく水竜に連れ去られそうになったと言う。それに関しては現場にいた騎
士の活躍で事なきを得たのだが、以降、白い服を着た女性は老若を問わず、水
から出てきた魔獣に襲われ、湖に引き込まれそうになったらしい。
 このため、街の人々は水竜が再び花嫁を求めているのだ、と噂し、祭りを行
う事に不安を感じているという。どうやらそれが、通りを歩いている時に感じ
た不安の正体のようだ。
「それはまた、随分と……」
 一通り話を聞くと、アキアはため息と共にこんな言葉を吐き出した。
「ヒドイ話っ! 白い服着てるだけで、自分の花嫁さんと勘違いしちゃうなん
てっ!」
「フレア、そういう問題じゃないんじゃ……」
 その一方でフレアが憤りをあらわにしつつこう言い放ち、レフィンがぽそり
と突っ込みを入れてそのまま黙殺されていた。
「……勘違いかどうかはともかく、迷惑なのは事実だ。しかもどういう訳か私
が白い衣をまとって近づいても、反応すらしない」
 フレアたちの様子に苦笑しつつ、セシアはこう言って肩をすくめた。
「クレスト候には、反応しないのですか?」
 レフィンが不思議そうに呟くのに、セシアはああ、と頷く。
「さすがに、自然の気を司る存在だけあって、そういう方向には勘が働くらし
い」
「精霊との盟約を、感知される……と?」
「おそらくな」
 アキアの問いを、セシアはため息と共に肯定する。
 セシアは精霊騎士──自然を司る精霊たちと盟約し、その力の行使を承認さ
れた特殊な騎士だ。その盟約ゆえに自然の異常を素早く感知できるのだが、そ
れ故に、精霊や竜と言った存在からは『目立つ』人間であるらしい。
「なるほど……それで、クレスト候としては、この件をどのようにしたいとお
考えで?」
「水竜クレルディスに何が起きているか、何を求めているのかを確かめたい。
我々に落ち度があるならば改めねばならぬし、それ以外に理由があるにしても、
水竜には鎮まってもらわねばならぬ。
 水竜祭りは節目としても、外貨獲得の機会としても、重要なのでな」
 アキアの問いにセシアは現実も交えながらさらりとこう返し、それになるほ
ど、と頷いたところで、アキアは妙な視線を感じた。ちらり、とそちらを見や
ると、物言いたげにじーっとこちらを見つめるフレアと目が合う。
「……何かな?」
 嫌な予感を覚えつつ問うと、フレアは頬に指を添えて可愛らしく首を傾げて
見せた。
「ようするに、水竜さんに会って、お話し聞かなきゃダメなのよね?」
「まあ……そうだね」
「でも、水竜さんを呼び出すのも、大変なのよね〜?」
「だろうねぇ」
 嫌な予感が強くなるのを感じつつ、アキアはこう言ってまた頷く。二人の間
の妙な空気に、レフィンとセシアは怪訝そうな面持ちでアキアとフレアを見比
べた。
「だったら……やっぱり、ここはアキアの出番よね? 花嫁さんの格好で、水
竜さんを呼び出してお話しできるのなんて、他の人には無理だもんね?」
 天使の笑顔を浮かべつつ、フレアはきっぱりとこう言いきった。問いかけの
形は取っているものの、しかし、その言葉には有無を言わせぬ力がある。その
力にレフィンは呆気に取られ、セシアはなるほど、と納得した面持ちで頷いた。
「確かに、あの魔獣を相手取れる貴殿であれば、水竜にあっさりと拉致される
心配はない、か……」
「そこで納得しないでいただきたいのですが」
 妙に納得しているセシアに、アキアは憮然としてこう言い放つ。
「だが、手段として有効なのは確かだ。私が花嫁に扮しておびき出せるなら最
高だったのだが、先にも言ったようにそれはできぬ。
 とはいえ、自らを護る術も持たぬ街の娘を、危険に晒す事もできぬのだから
な」
 それに、セシアは平然としてこう返してきた。
「そうよね〜。アキアなら、ちょっとくらい危ないのはなんでもないし、こう
いう役目にはぴったりよね♪」
 更にフレアが天使の笑顔で畳み込んでくる。ここに至り、アキアは逃げ道が
全く無い事を、不本意ながら認めざるを得ないと悟っていた。
「ったく……そうまでして、オレに女装をさせたいんですか、お嬢っ!?」
 僅かな苛立ちを込めて言い放った言葉は、
「うん♪」
 天使の笑顔にさらりと肯定された。
「……はい、はい」
 もはや、観念するより他なし。
 半ば諦めの境地に達しつつ、アキアはこう言って深く、深くため息をつく。
「では、決まりだな?」
「はい、決まりです♪」
 妙に楽しげに笑いつつセシアが言い、フレアがこちにも楽しげに笑いながら
頷いた。
「……」
 そんな中、一人場のノリについて行けないレフィンは、呆然と楽しげな二人
を見つめるだけだった。
 勿論、ここでレフィンが何か言ったところで、状況が変わる事などあり得な
いのだが。

「ふう……やれ、やれ」
 その日の夜、アキアは客室の窓から屋敷の庭に出て、一人ため息をついてい
た。
「なんで、いつもこうなりますかね、っとに……」
 愚痴るまい、と思っていても、ついつい愚痴が口をつく。
 水竜クレルディスと直接接触する機会があれば、と思ったのは事実だが、何
故にそこに女装、しかも花嫁衣裳がついてくるのか。いや、確かに他に誰もい
ない方が都合がいいのだが、しかし、納得いかないものがあるのは否めない。
 もっとも、こんな心情をぶつけたところでフレアの事だ、「似合うからいい
でしょ?」の一言で済ませしまうに違いないだろうが。
「……ったく」
 諦観しつつもつい、ため息をついていると、
「散歩か?」
 不意に女の声が呼びかけてきた。振り返ると、満開の白い花の中に埋もれる
ように、セシアが佇んでいる。咲いているのはディアレナの花。セシアのシン
ボルとされているもので、この時期、木の枝に群がるようにして一斉に星の形
の花弁を広げる、小さくとも香り高い花だ。
「ま、そんな所ですか。そちらは?」
 気持ちが乱れていたとはいえ、こちらに気配を感じさせなかった事に内心で
驚嘆しつつ、表面上はいつもと変わらぬ態度でアキアは問いを返す。
「私か? 私も、似たようなものだな」
 それに静かに答えつつ、セシアは手近なディアレナの枝を引き寄せて、満開
の花の香りを楽しむような素振りを見せた。
 淡い月光の下、地上に零れた星さながらの花の中に佇むその姿は、何とも言
えず絵になる。惜しむらくはすぐ側に居るのが月の光を全て自分に集めてしま
いそうなアキアである、という事だろうか。
「……一つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」
 甘い香りの漂う静寂を。アキアが静かに打ち破る。
「何か?」
「何故、素性の知れぬオレを、ごくあっさりと信用なさったのか」
 低い問いが、僅かな緊張を空気に与えた。セシアの青い瞳が探るようにアキ
アに向けられ、アキアはそれを藍と紫の瞳で静かに受け止める。
「殿下は元より、お嬢にもオレの素性は一切教えてはいない……言わば、正体
不明のオレをあっさりと信用して、街の未来に関わるやもしれない大事を任せ
る。
 ……いくらなんでも、無用心では?」
「確かにな。だが、正体不明だから、という部分も、少なからずあるぞ?」
 ディアレナの枝をもてあそびつつ、セシアはさらりとこう言った。
「つまり、水竜に食われたところで、補償する必要もない、と?」
「そういう事だ。それに……」
 アキアの言葉をセシアはさらりと肯定し、それから、ディアレナの枝を放し
てアキアを見た。アキアは静かなまま、それに? と途切れた言葉の先を促す。
「貴殿が、似ているから……かも知れんな」
 促されたセシアは再びディアレナの花を引き寄せつつ、呟くように言葉を続
けた。
「似ている?」
「ああ。私の……恩人に、な」
 静かな言葉に、アキアは微かに眉を寄せた。
「……候の恩人とは、オレも随分、凄いお方に似ているようで」
 だがその変化はほんの一瞬のものであり、アキアはすぐさま、おどけた口調
でこんな事を言う。その表情には、僅かに過ぎったはずの険しさなど微塵も感
じられない。
「……」
 どこと無く物言いたげな光を目に宿しつつ、セシアはディアレナの花越しに
アキアを見つめる。アキアは静かなまま、その視線を受け止めた。
「まあ……それだけと言えば、それだけなのだがな。根拠としては、弱いかも
知れんが」
 静寂を経て、セシアはため息と共にこんな言葉を吐き出した。アキアはいえ
いえ、と応じて微笑んで見せる。
「何の根拠も無く信用されるよりは、小さなものでも理由がある方が気楽なも
のです。オレの場合は、ね」
「そういうものなのか?」
 どことなく呆れたような響きの問いにアキアははい、と頷き、この返事にセ
シアはそうか、という言葉と共に笑みをもらした。
「中々、面白い理屈だな。貴殿も中々、愉快な気質であるようだ」
「……褒め言葉として、いただいておきますよ、それは」
 笑いながら投げかけられた言葉に、アキアはただ、苦笑するのみだった。
 そうする以外に反応のしようがない、とも言うのだが。

 明けて、翌日。
「さて、では策を確認するとしようか」
 朝の政務を終えてやってきたセシアは、妙に楽しげな様子でこう言った。そ
れに、はーい、と元気良く返事をしているフレアも、やはり楽しげだ。
「策というほどのものでもない気がしますが」
 そんな女性たちとは対照的なのが男性陣、特にアキアである。端正な横顔に
は、いつもの微笑とは大きくかけ離れた渋いものが浮かんでいた。
「え〜、立派な作戦じゃない? ですよねー?」
 ぽそりと呟くアキアに天使の笑顔をを向けた後、フレアはセシアに同意を求
める。セシアは、こちらも楽しげな笑みを浮かべつつ、そうだな、と頷いた。
この二人、どうやら共通の目的のために意気投合してしまったらしい。
「……何なんだ、一体」
 そんな中、一人場にノリきれていないのがレフィンだった。水竜の暴走を鎮
める、という重要な事項に臨むと言うのに、このテンションは何なのか。その
表情からは、こんな思いが窺えた。
「大体、水竜をおびき寄せられたとして、そこからどうするおつもりなのです
か?」
 傍目はしゃいでいるようにも見えるセシアに向け、レフィンが問いを投げか
ける。この問いに、セシアは表情を引き締めてレフィンを見た。
「とにかく、水竜が何故荒れているのか、まずはそれを確かめねばならない。
だが、現状は対話を持つのもほぼ不可能と言える。なので、まずは水竜に落ち
着いてもらわねばならない訳だ」
 先ほどまでのはしゃぎぶりから一転、真面目な口調になってセシアは説明を
始める。
「そこでアキア殿におとりになってもらい、まずは水竜に出てきてもらう。そ
の後、待機させておいた魔導師隊が魔法で束縛する、と言う段取りだ。そこか
ら何とか、話し合いに持ち込みたいと思っている」
 大まかな説明にレフィンと、それからフレアは納得したようだったが、アキ
アだけは難しい面持ちで眉を寄せていた。
「……アキア?」
 その表情に気づいたフレアが不思議そうに名を呼ぶ。セシアとレフィンも、
怪訝そうな面持ちでアキアを見た。
「魔導師隊が待機していては、水竜は現れない可能性もあるのでは?」
 全員の注目を集めたアキアは、静かな口調でセシアに問う。この問いに、セ
シアは微かに眉を寄せた。
「確かに、水竜が姿を見せるのは女性が一人か、多くても二人程度の時に限ら
れているのだが……色々と、問題もあるのだよ」
「……問題?」
「どこの誰とも知れぬ風来坊に、街の大事は任せられない……そんな意見が、
家臣の皆様から出ているのでしょう?」
 セシアの答えにフレアがきょとん、としつつ首を傾げ、アキアがやれやれ、
と言わんばかりの口調で問いを投げかける。セシアはああ、と頷いて、あっさ
りその問いを肯定した。
「……普通の反応だと思うけど」
 そこに、レフィンがぽそりとこんな突っ込みを入れる。
「でも、そんなコト言ってたら、解決しないんじゃないんですかぁ?」
「まぁ、その通りなのだがな」
 可愛らしく首を傾げたままフレアがもらした呟きに、セシアは苦笑する。一
見すると涼しげだが、その実、配下の意見調整には苦心しているらしい。その
様子に、アキアはやれやれ、とため息をついた。
「では、どうにかして、家臣の皆様に納得してもらうのが先ですか」
 仕方ない、と言わんばかりの口調でアキアが言うと、場の全員がえ? と声
を上げた。
『……何、やらかす気だよ、お前』
 唯一それにもれたヒューイが呆れたように問う。アキアはそれに、言わずも
がな、と意識の上で答えた。
「大口を叩くだけの根拠はある、という事を、ご理解いただきましょう。実力
を示して、ね」
 それから、アキアは戸惑う一同に向けて、にっこりと微笑みながらこう言い
きった。
「……本気か?」
 しばしの静寂を経て、セシアは静かにこう問いかけてきた。その瞳に宿る、
探るような光に対し、アキアはにっこりと微笑んで見せる。
「勿論」
 そして、その笑顔のまま、一言だけきっぱりと言いきった。
「身内だから、と言う訳ではないが……我が配下は、精鋭揃いだぞ?」
「でしょうね」
「それに、実力を示す、と言う意味は、わかっているのだろう?」
「わかっているからこその、提案なのですが」
 投げかけられる全ての問いにアキアは飄々として答えるが、瞳に宿る光は真
剣だった。それに気づいたのか、セシアはふう、と息を吐いて、わかった、と
頷く。
「その方が、禍根を残す事もないだろうしな。提案を伝えてくる、しばし待っ
ていてくれ」
 半ば独り言のようにこう言うと、セシアは席を立って部屋を出て行く。その
気配が遠のくと、アキアは物言いたげに自分を見つめるフレアとレフィンにど
うかした? と笑いかけた。
「ど、どうかしたって……」
「アキア、大丈夫なの?」
 平然とした様子にレフィンは困惑を示し、フレアは心配そうにこう問いかけ
てきた。アキアは笑顔のままで大丈夫、と言いきり、それからフレアに向けて
手を伸ばした。
「え?」
「悪いんだけど、この一件が片付くまで、ヒューイを預けといてくれるかな?
全力を出すためにも、ね」
 この言葉にフレアは微かに眉を寄せる。色々とごたごたがあったせいだろう
か、ヒューイを手放す事に抵抗があるらしい。
『お嬢、大丈夫だってばよ』
 ためらうフレアにヒューイが声をかけるが、フレアはうん、と言うだけで動
かない。アキアはやれやれ、とため息をつくと、立ち上がってフレアの前に膝
を突き、柔らかな金髪を撫でてやった。
「オレとヒューイがいなくても、大丈夫。色んな人が、お嬢を護るから」
 不安げな碧い瞳と目の高さを合わせ、穏やかな笑顔で諭すようにこう言うと、
フレアはようやくわかった、と頷いた。アキアはありがと、と言って差し出さ
れたヒューイを受け取る。レフィンが物言いたげな表情をしつつじとっとこち
らを見ている事は、ひとまず黙殺しておいた。
(キミを、一番アテにしてるんだけどね、オレは)
 立ち上がりつつ、ふと心の奥でもらした呟きに、
『頼りなさはトップクラスだがな』
 ヒューイがさらりと酷いオチをつけた。
「……待たせたな」
 ヒューイの突っ込みに思わず苦笑した所にセシアが戻ってきた。そちらを振
り返ったアキアは、その表情の険しさにこちらも表情を厳しくする。
「水霊騎士団諸侯の、ご返答は?」
「武術指南役と、魔導師隊長が、それぞれ一対一の勝負をしたいそうだ」
 アキアの問いにセシアは静かにこう答え、予想通りの答えにアキアは微かな
笑みを浮かべつつ、お受けしましょう、と頷いた。

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