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   07

「あ……待って!」
 新たに現れた巨人に向き直るゼオを、シーラは慌てて押し止めた。このまま
現れる敵を倒し続けても切りがない事が、シーラには『わかって』いた。
「このまま、戦っていてもダメ。『ガーディアン』は、下の『プラント』から、
無限に送り出されてるの」
 何故そんな事が理解できるのかは、自分でもわからない。だが、今は理解で
きる事実と、そこから導き出せる現状の打開策の方が重要だった。勿論、『理
解できる事実』を完全に容認できている訳ではないが。
「??? 何だか良くわかりませんけど、あの巨人は無限に出てくる、と言う
事ですか?」
 シーラの言葉を自分なりに解釈したらしく、ラヴェイトが上擦った声で問い
かけてくる。多分に大雑把だが、間違いではないのでシーラはこくん、と頷い
た。
「なら、どうする。『プラント』の破壊は不可能だぞ」
「わかってる。だから、『アクティブ・コマンダー』を停止させないといけな
いの」
 淡々と問うゼオに答えつつ、シーラは周囲を見回した。今、彼女の知識が
『アクティブ・コマンダー』と呼んだもの、鋼の巨人の指令塔となっているも
のが近くにいるはずなのだ。それを止めなければ、巨人たちはそれこそ際限な
く出てくるだろう。
「あの、シーラさん」
 砂漠を見回すシーラにラヴェイトが呼びかけてきた。
「今、話していたアクティブなんとかというのは、あの巨人たちと同じものな
のですか?」
「え? ええ、まあ……一応は」
 戸惑いながら頷くと、ラヴェイトはそうですか、と呟いて周囲を見回した。
「あの……ラヴェイトさん?」
「あの巨人と同じものであるなら、生命波を放っているはず……なら、それを
辿れば見つけられます」
「大丈夫なのか?」
 ユーリの問いにはい、と頷くと、ラヴェイトは目を閉じる。意識を集中し、
微かな波動を読み取る。口で言うほど容易い事ではないはずだ。それでも、今
はラヴェイトに頼るしかないのが現状なのだが。
(……あ……)
 何をどうする事もできず、ただ巨人を翻弄するゼオを見つめていたシーラは、
不意に違和感を覚えた。同時に、鋼の巨人が現れてから聞こえなくなっていた
もの、意識に響くすすり泣きが再び聞こえ始める。
『……いてえ……よ……いてえよぉ……』
 痛みを訴え続ける虚ろな声。それは、必死に助けを求めていた。とはいえ、
それが何者の声なのか、何故それが聞こえるのかは見当もつかない。巨人たち
の訴えかとも思ったが、彼らに明確な意思や自我がない事は『わかって』いる。
(でも、だとしたら一体、誰? どうしてあたしに呼びかけるの?)
 疑問が不安を呼び、シーラはまた周囲を見回す。訴える声は少しづつ大きく
なっている。まるで、こちらに近づいているかのように。
(……近づいてる?)
 ふと浮かんだ言葉が、嫌な予感を呼び込んだ。同時に、ラヴェイトが閉じて
いた目を開く。
「……シーラさん、動いてっ!」
 焦りを帯びた声にシーラが我に返るのと、その真後ろで砂が激しく舞い上が
るのとはほぼ同時。
「シーラっ!」
 そしてユーリが叫ぶのと、現れたものがシーラを捕えるのもほとんど同時だ
った。突然現れたもの――これまでとは多少、異なる形の鋼の巨人は、捕えた
シーラを胸の前に捧げ持つ。それを見たゼオが忌々しげに舌を鳴らした。
「遺物が……『監視者』を盾にする気か」
「盾? どういう事です?」
 吐き捨てるゼオにラヴェイトが戸惑いながら問う。
「『アクティブ・コマンダー』は胸部に『ライフ・コア』を持つ。ちょうど、
『監視者』の真後ろだ」
 例によって淡々と語っているものの、漆黒の瞳に宿る色彩は厳しい。
「よ〜するに、あのデカブツはシーラを使って自分の弱点を庇ってる……って
コトか?」
 ユーリの問いにゼオはそうだ、と頷く。ユーリは改めて巨人を見、その背に
ある物に気づいて目を見張った。
「あれは……まさか……」
 柄の部分を長く取った、両刃の戦闘斧。その形状と重量故に使い手を選ぶ武
器であり、絶対数は恐らく少ない。そして、目の前の巨人が背負う斧の刃に施
された紋様に、ユーリは確かな見覚えがあった。
(嘘だろ? なんであれが……なんだってあれを、このバケモンが持ってんだ
よ!?)
「ユーリ殿、どうしたんですかっ!?」
 ラヴェイトの呼びかけがユーリを我に返らせる。見ればゼオは既に位置を変
え、巨人との間合いを計っていた。そして、捕われたシーラはと言えば。
(この『ガーディアン』が、泣いてたの……?)
 捕われてから一際大きくなった泣き声に困惑していた。
『いてぇ……いてえよぉ……助けてくれよぉ……』
 戸惑いつつ、シーラは顔を上げて巨人を振り返った。一見すると鎧の形が多
少異なる以外、他の巨人と大差ないはず……なのだが。
「……えっ!?」
 次の瞬間、思いも寄らないものを目にしたシーラは、自分の目を疑った。鋼
の巨人の目に当たる部分から、涙が流れている。泣いているのだ。
(これ……この『ガーディアン』、『ドロイド』じゃない! それじゃ……)
 では何なのか、と考えた直後に振動が伝わった。ゼオが巨人の死角をついて
攻撃を仕掛けたのだ。身体を低くしつつ側面から一気に背後を取り、衝撃を与
える。それでシーラを掴む手を緩めようという試みだったのだろうが、それは
裏目に出た。巨人は咆哮を上げると、シーラを捕える手に更に力を込めたのだ。
激痛が走り、シーラは思わず声を上げる。
「シーラさんっ!」
「ばかやろ、考えて動けっ!」
 ラヴェイトとユーリがそれぞれ声を張り上げる。ゼオは苛立たしげに舌打ち
しつつ、巨人との間合いを取り直した。漆黒の瞳にあるのは、現状への苛立ち
だけらしい。
(彼女の身を、案じてはいないのか……?)
 黒衣の少年の方を見やりつつ、ラヴェイトはふとこんな事を考えていた。感
情の表れない、冷たい瞳。それはラヴェイトが最も嫌うものだった。
(って、こんな事を考えている場合か)
 場にそぐわない感傷に捕われかけたラヴェイトは、すぐさまそれを振り払い、
目の前の巨人に意識を集中した。直接攻撃すればシーラが危険な以上、生命波
へ干渉する以外に救う術はない。そう考えたのだが。
「……なっ……まさか、そんな事が!?」
 直後に、ラヴェイトは驚愕のあまり大声を上げていた。ユーリがぎょっとし
たようにそちらを振り返る。
「どしたい、ラヴェイト!?」
「……あり得ない……いや、そもそもあり得ない存在なのだから、こんな事も
あるのか? でも……」
 ユーリには答えず、ラヴェイトは呆然としたままこんな事を呟いた。
「おいおい、どーしたんだよ?」
 状況を把握できないユーリが重ねて問うと、ラヴェイトは一つ息を吐く。
「ユーリ殿……冗談のような話なのですが……」
「……なんだよ?」
「シーラさんを捕えているあの巨人……先ほどは気づかなかったのですが……
人間、です」
 ためらいがちの言葉に、さしものユーリも絶句した。
「ただ、普通と言うか……まともな状態ではないようです。まるで……人の一
部だけを切り取っているような、そんな、不愉快な感触があるんです」
「でも、中身は人間だってのか?」
 低い問いに、ラヴェイトははい、と頷いた。この返事にユーリは改めて巨人
を見る。琥珀の瞳には、困惑のようなものが微かに見て取れた。
(まさかだよな……いくらなんでも、そりゃねえだろ?)
 見覚えのある長柄斧が呼び込んだ嫌な予感が強くなる。ユーリはそれを振り
払うように首を左右に振り、ラヴェイトに向き直った。
「とにかく、人間だってんなら、お前の力でどーにかできるんだろ?」
「身体の動きを司る波動に干渉して、シーラさんを放させるくらいなら、なん
とか」
「そうか……おい、ゼオとか言ったな、ボウズ!」
 ラヴェイトに頷きつつ、ユーリはゼオに声をかける。ゼオは巨人との間合い
を計りつつ、何だ、と短く問いかけてきた。
「ちょいと手、貸しな。今からあいつにシーラを放させる。ちょいと行って、
拾ってきてくれ」
 大雑把な言葉にゼオはわかった、とあっさり頷いた。ラヴェイトも一つ頷い
て目を閉じる。そして、ユーリはゼオから渡された緑の石を取り出してため息
をついた。
「どこをどう巡りやがったんだか、こいつも……また、俺んとこに戻ってくる
たぁね……」
 ぼやくように呟くと、ユーリは大剣の柄にあるくぼみに石をはめた。カチリ、
という音と共に、石はくぼみにぴったりと収まる。直後に緑の石から同じ色の
澄んだ光が走り、それは瞬く間に刃全体を覆い尽くした。
(あなた……あなたは、一体? どうして泣いてるの?)
 その一方で、シーラは鋼の巨人にこう問いかけていた。泣き声が途切れ、困
惑しているような感触が伝わる。
(ね、教えて。どうして泣いてるの? 何が痛いの?)
『いてえから……ずっと……ずっと、いてえ……からだも……こころも……』
(ずっと? ずっとって、どれくらい?)
『もう、わからねぇ……ただ……ただ、みんな、いなくなって……きがついた
ら……からだじゅうが……いてえんだよぉ……』
(……みんな?)
『みんな……なかま……いっしょだった……さばくこえた……いっしょに……
せんそう……いきた、なかま……ユーリ……ドゥラ……レッド……』
「……っ!?」
 意識に伝えられた名に、シーラは息を飲む。それとほぼ同時にラヴェイトの
術が発動し、巨人の手から力が抜けた。
「……きゃっ!?」
 と、悲鳴を上げる間も有らばこそ、超人的としか言えない跳躍力でダッシュ
したゼオが落ちて行くシーラを受け止めた。動きを取り戻した巨人が二人を捕
えようと手を伸ばすが、ゼオは瞬間的に開いた翼を羽ばたかせて一気に巨人と
の距離を取る。二人が離れたのを見計らい、ユーリが巨人との距離を一気に詰
めるが、
「あ……待って、ユーリさん!」
 剣が振るわれる直前にシーラが引き止めたため、たたらを踏む羽目になった。
それによって踏み込みが甘くなり、必殺を狙った下段からの一撃は鎧の表面を
かする程度で止まってしまう。しかし、緑の光に包まれた刃には何か、尋常な
らざる力が込められているらしく、刃を追って走った衝撃波は巨人を後ろに吹
き飛ばしていた。
「なんだ、どうしたっ!?」
 苛立たしげな舌打ちの後、ユーリはシーラに問う。
「ご、ごめんなさい……でも、でもその人……ユーリさんの事、知ってるみた
いで、だから……」
 問われたシーラはしどろもどろにこう答える。とにかく、こう言う以外に現
す術がないのだ。
「ど、どういう事ですか?」
 息を飲んで立ち尽くしてしまったユーリに代わり、ラヴェイトが上擦った声
で問う。
「あの『ガーディアン』泣いてて……それで、どうして泣いてるのか聞いてみ
たら、答えてくれて……話してみたら、その、ユーリさんとか、レイヴィーナ
さんのお兄さんとか……あと、ラヴェイトさんのお父様の事とかも、知ってる
みたいで……」
「なっ……」
 しどろもどろの説明に、今度はラヴェイトが絶句する。ユーリは厳しい面持
ちのまま、ガシャガシャと音を立てて立ち上がる巨人を見つめていたが、ゼオ
が一度は腰に戻した棒を手に前に進み出ると無言でそれを制した。
「何故、止める」
「手、出されたくねぇ……それだけだ」
 低い問いにユーリは短く答え、ゼオはしばし沈黙した後、わかった、と呟い
て後ろに下がった。
「ったくよ……いつもそうだったよな、お前は。図体ばっかりでかくて、とに
かく鈍臭くてよ。いっつも俺の足、引っ張りやがって……」
 立ち上がった巨人に向け、ユーリは低くこう呼びかける。巨人はうう……と
唸りつつ、頭を振っていた。舞い上がっていた砂が静まり、現れた巨人の姿に
シーラとラヴェイトは息を飲み、ゼオも微かに表情を強張らせた。衝撃波によ
って砕かれたのだろうか、鋼の鎧の所々が崩れ落ちている。そしてそこから覗
くものは、彼らの常識を完全に超えていた。
「なに……何なの、これ……」
 シーラが震える声で呟く。
「人の……人の身体が、鋼と、融合している……? そんな……理不尽だっ!!」
 ラヴェイトが上擦った声を上げる。鎧の下から現れたのは、奇妙な光彩を放
つ鋼の塊と、ぴったり融合した人の肉体だった。健康的な肌の色と無機質な鋼
の対比が言い知れぬ不気味さをかもし出し、異なるもの同士の境界から滲む赤
黒いものがそれを更に強めている。
「んで、勝手に行方不明になったと思やぁ……なんてザマだよ? 挙げ句、こ
こに来て俺のジャマか? ったく……いくらお前でも、限度ってもんがあるぜ、
バルクよ」
 低く呼びかけつつ、ユーリは顔を上げて巨人を見た。衝撃波によって割れ、
半分に砕けた兜の下からは厳つい男の顔が覗いている。その顔を見たラヴェイ
トがそんな、と小声で呟いた。
「……ラヴェイトさん?」
「……認めたくはありませんが……間違いない。彼は、岩砕のバルク。かつて
ユーリ殿たちと共に冒険し、『エレメント・フォース』と呼ばれた者の……一
人です」
「それって、古代都市で行方知れずになった……」
 以前ユーリから聞いた話を思い出して問うと、ラヴェイトはええ、と頷いた。
シーラは戸惑いつつ、改めて鋼の巨人――バルクを見る。バルクは真っ赤にな
った目から滂沱と涙を流しつつユーリを見ていた。

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