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   1 浮島世界の彷徨い人

 ふと目覚めた時、そこは暗闇に閉ざされていた。自分という存在以外にはた
だ闇のみが冷たくたち込め、それ以外は何者の姿もそこにはない。
――ドウシテ?――
 問いかけても闇は答えず、ただ、冷たく、虚ろに立ち込めるのみだ。
 孤独。
 端的にこの状況を表すごく短い言葉を、目覚めたばかりの存在は知らない。
ただ、名を知らぬそれが醸し出す苦しさだけは、やけにはっきりとわかった。
 不愉快、だった。
 自分はここにいるのに、それ以外には、自分との境界も曖昧な闇が立ち込め
るだけの現状は、目覚めたばかりのぼんやりとした不快感と相まって、言いよ
うもなく気分が悪い。
 ぐぅ……るるる……
 その不愉快さに、それは喉を低く鳴らして抗議してみた。しかし――立ち込
める闇は、寸分揺らがない。闇は曖昧なものでありながら、目覚めたばかりの
存在を包み込む堅固な縛でもあるかのごとく、その程度の憤りでは震えすらし
なかった。
 苛立ちが、不愉快さに拍車をかける。だからと言って、この状況はどうする
事もできないのだ。その事実が苛立ちを、不愉快さをますます高めていく。
 ぐぅぅぅぅ……グァウルルルルっ!
 苛立ちと不愉快さの積み重ねに憤りが高まり、それはやがて激しい怒りを伴
った咆哮となって闇の中に迸った。

 ……ごうっ!
「……!」
 何の前触れもなく吹きつけた突風に、鈍い紺碧の竜の身体が大きく傾いた。
その背に跨っていた小柄な旅人は素早く手綱を操り、体勢をたて直させる。竜
はどうにか元の姿勢を取り戻し、旅人は目深に引き被ったチャコールグレーの
マントのフードの下でふう、と大きくため息をついた。
 旅人が竜使いと呼ばれる、文字通り竜を従え、使役する能力を持ち合わせた
者の一人である事は疑うべくもない。竜という誇り高く獰猛な幻獣がその背に
乗せるのは、自ら主と認めた者とその者が同乗を許した者に限られるのだから。
 突風の奇襲をどうにか切り抜けた竜使いは、きょろきょろと周囲を見回した。
しかし、周囲には波のやや荒れ始めた紺碧の海面が広がるばかりで、休息を取
れそうな島影はない。とはいえ、今の風を合図とするかのように空は陰り始め、
波はますます荒さを増している。澄んでいた海の色彩もやや濁りつつあった。
間もなく天候が崩れるであろう事は、もはや疑うべくもない。
 きゃう!
 不意に、竜使いの胸の当りで可愛らしい声が上がった。マントにすっぽりと
くるまった胸元がもぞもぞと動き、白い物体がにゅっと突き出してまた、きゃ
う、と鳴く。突然現れたのは、ふんわりと柔らかそうな羽毛に覆われた、小さ
な竜の頭部だった。
 クオオオ――――ン!
 それに呼応するように、紺碧の竜が澄んだ声を上げた。やや間を置いて、前
方から似たような響きの声――竜の咆哮が返ってくる。前方に誰か、恐らくは
旅人と同じ竜使いがいるのだろう。
 それと認識するや否や、竜使いは騎竜に飛行速度を上げさせた。竜使いがい
るという事は、近くに人の住んでいる島がある可能性が強い。本来、竜使いと
は一つの島に一族で住み、その力を持って島の人々の生活を守る事を生業とし
ている。この旅の竜使いのように、放浪生活をしている者は稀な存在なのだ。
 重たく湿り始めた風を切り、荒れ始めた海面すれすれを飛んで行くと、前方
に緑の美しい島が見えた。大きさからして、それなりに規模の集落があるのは
間違いないだろう。それと認識した竜使いは、ほっと安堵の息をもらした。
 きゃう!
 マントの下から首だけを突き出した白い竜が再び声を上げる。それに注意を
喚起された竜使いは、前方の海面に先ほど答えた声の主とおぼしき漆黒の竜の
姿を二つ認めた。内一頭の背には健康的な肌色をした少年が座り、こちらに大
きく手を振っている。竜使いはこちらも手を振ってそれに答え、彼らの向こう
に見える浜辺にふわり、と竜を着陸させた。
「……ふう……」
 嵐に遭う前に陸に着けた事に竜使いが安堵の息をもらしている間に、浜辺に
は島の住人たちが集まり始めていた。その中から、一人の男性が進み出て、恭
しい礼をする。
「ようこそ参られた、遠方よりの客人よ! わたしはこのイシュファの島を治
める長、ラドル。あなたが我が島に新たな知識と血を残してくださるのであれ
ば、我らはあなたを心より歓迎いたします!」
 男性は頭を下げると、晴々とした顔でこう告げた。どこの島でも共通の、彷
徨い人を迎える挨拶だ。
 竜使いはマントの中に入れていた白い竜を外に出してから、ふわり、と浜辺
に降り立った。その挙動に合わせて、チャコールグレーのマントが翻る。竜か
ら降りた竜使いは長に丁寧な礼を返してから、ゆっくりとこう答えた。
「……長殿直々のお出迎え、心より感謝いたします。こちらとしても、出来う
る限りご期待に沿いたいのですが……」
 言いつつ、竜使いはマントを脱ぎ始める。澄んだその声に戸惑う人々の前で
チャコールグレーが翻り、その下に隠していた美しい月光色を鈍りがちの陽光
の下に隠した。
「……何分、この通り女の身ですので……島の方々に血を残す旨は叶わぬ事、
ご容赦願えますか?」
 からかうような問いに長は返すべき言葉を失った。集まっていた人々も思わ
ず息を飲む。放浪の竜使いはその言葉の通り、華奢な体躯の女――それもまだ
少女と呼べそうな年頃の若い娘だったのだ。膝に達する長さの真っ直ぐな月光
色の髪と、深く澄んだサファイアブルーの瞳が美しい。
「こ、これは……女性の竜使いとはまた……」
「驚きました?」
 茶目っ気を交えて問う竜使いの言葉に、長はどう答えたものかと困惑する。
その様子に竜使いの少女はくすくすと楽しげな笑みをもらした。
「……島々を流離う、彷徨い人の竜使いで、イヴと言います。突然の嵐の兆し
に、島に寄らせていただきました。風が静まるまでの休息をお許しいただけれ
ば、幸いなのですが……」
 ひとしきり笑ったあと、竜使いイヴは居住まいを正して長に問いかけた。長
も気をとり直し、最初の晴々とした顔に戻って首を振る。
「風が静まるまで、などと言わず、どうぞゆるりと翼を休まれよ。じき、我ら
の守護神の祭りも開かれます故、祭りに遠方の物語で彩りを添えていただけれ
ば幸いです」
「ありがとうございます、長殿。では、お言葉に甘えさせていただきます」
 長の言葉にイヴはほっとしつつこう言って微笑んだ。どことなくあどけない、
魅力的なその笑顔に島の若者たちがまたも息を飲む。
「うっわあすっげえ! 本物の嵐竜だあ!」
 海の方から素っ頓狂な声が聞こえたのはその時だった。イヴはえ? と言い
つつ声の方を振り返る。振り返った先には先ほどの漆黒の竜と、それに跨った
少年の姿がある。恐らくは彼がこの島――イシュファを守る任を帯びた竜使い
なのだろう。妙に子供っぽさを引きたてる大きな瞳は好奇心で輝いていた。
「これカイル、客人に失礼だぞ!」
 目を輝かせてイヴの竜に見入る少年を、長が呆れたようにこう窘めた。それ
で我に返った少年――カイルは、いっけね、と言いつつ竜から飛び降りてイヴ
に一礼した。
「ようこそ、お客人。オレはカイル、イシュファを守る竜使い一族リェーンの
者。こいつらはフォウルとハーベル。水に属する海竜です」
 カイルの紹介を受け、漆黒の海竜たちはそれぞれが澄んだ声を上げた。
「ご丁寧に、どうも。あたしはイヴ、彷徨い人の竜使い。こっちが風に属する
嵐竜シェーリス。この子は光に属する輝竜ティムリィ。島に滞在する間、この
子たちの宿を貸していただけるかしら?」
「勿論、喜んで! それにしても、光属の竜ってオレ、初めて見たなあ! 嵐
竜も、話に聞いてたよりも、なんかずっと逞しくて、すっげえ力強い……」
 イヴの要請に答えると、カイルはこう言って二頭の竜に見とれた。それを意
識してか、純白の輝竜ティムリィは嵐竜シェーリスの背で気取ったポーズを取
って見せる。羽毛に包まれ、翼と長い尾羽根を備えたその姿は一見すると鳥の
ようにも見えた。
「ありがと。あなたの海竜も立派ね、こんな綺麗な黒、初めて見たわ」
 水に濡れて煌めく竜鱗にイヴが賞賛を贈ると、竜たちもその主も誇らしげな
顔をして見せた。
「まあ、ここで立ち話と言うのもなんですので、どうか我が屋敷にお出でくだ
さい。部屋を用意させていただきますので」
 そこに長が声をかけてくる。イヴはそれに笑顔で答えた。
「ありがとうございます。でも、まずは竜たちの世話をしないと……竜使いと
しての勤めが終わりましたら、すぐにお屋敷にお伺いします。それで、よろし
いでしょうか?」
「わかりました、では、その間に歓待の用意をさせていただきます。カイル、
あとでイヴ殿を屋敷にご案内してくれるか?」
「わかりました。それじゃ、こっちへ! 館に案内するから!」
 長の言葉に頷くと、カイルは再び漆黒の海竜に飛び乗った。イヴもマントを
羽織り、紺碧の嵐竜に飛び乗る。
「それと……誰か、アヴェル殿を探して来てくれ。イヴ殿にご紹介せねばなら
んからな」
 直後に長が住人たちに向けてこんな事を言い、その言葉にイヴはきょとん、
と瞬いた。
「……アヴェル?」
「流れ者の魔導師殿だよ。今、長の屋敷に滞在してるんだ」
 イヴの何気ない疑問にはカイルが答えてくれた。それにふうん、と気のない
声を上げつつ、イヴは泳ぎ始めたフォウルとハーベルを追ってシェーリスを舞
い上がらせた。海竜たちは浜辺をぐるりと周り、河口付近に建てられた竜使い
一族の館へと向かう。竜使いの館は大抵、島を守る竜の生活様式に合わせた場
所に建てられているのだ。
「じゃ、こっちへ。ここを自由に使っていいよ」
 専用の竜舎に海竜たちを休ませたカイルは、来客用の竜舎にイヴを案内した。
竜舎に落ちつくと、イヴはシェーリスの背から荷物を下ろして鞍と轡を外す。
「ここまでご苦労様、シェーリス……あ、カイルさん、シェーリスを洗ってあ
げたいんだけど、少しお水、もらえる?」
 シェーリスの首筋を撫でてやりつつイヴが問うと、カイルはちょっと待って
て、と言って竜舎を出て行った。待つ事しばし、カイルは水をなみなみと湛え
た大きな桶を二つ、竜舎の中に運び込む。
「あ……いいの、そんなにたくさん?」
 予想以上の分量に、イヴは戸惑いながらこう問いかけた。
 住人たちから『浮島世界』と呼ばれているこの世界は、広い洋上に点在する
島の全てが根無しの浮島という特殊な組成を持つため、深い井戸を掘って水を
求める事ができない。それ故、場所によっては水は何よりも貴重な物とされて
いるのだ。
「いいっていいって。ここはさ、内陸に湖竜の住んでる湖があるから、水はか
なり豊富なんだ。だから、これも良く育つし、味もいいんだよ」
 軽い口調で言いつつ、カイルは腰のポーチから出した茶色い物体をイヴに投
げてよこした。手に取るとひんやりと冷たいそれは、アクアナッツと呼ばれる
木の実だ。浮島世界ではどこに行っても栽培されている作物で、茶色の革の内
側に大量の水分を含んでいる。その果汁は滋養に富み、人々はこの作物を飲料
水用に栽培しているのだ。
「うわ……大きなアクアナッツねえ。こんなに大きいの、久しぶりに見たわ」
「そお? それ、家の母さんの果樹園で採れたヤツなんだ。ま、まずはそれ飲
みなよ。長旅で疲れてるだろ?」
「ありがと♪ 実を言うと、ずっと飛びっぱなしで喉カラカラだったの」
 本当に嬉しそうにこう言うと、イヴはベルトに付けたナイフを抜いてアクア
ナッツの皮に傷をつけ、溢れる果汁で喉を潤した。
「うん、すっごく美味しい……ティムリィ、おいで」
 ほんのり甘い果汁を味わうと、イヴは輝竜を呼んだ。アクアナッツを半分に
割り、残ったゼリー状の果肉をナイフで綺麗に切り取って口を開けて待つ輝竜
に半分食べさせる。残り半分は同様にして嵐竜に食べさせた。
「ご馳走さま! さて、それじゃ一仕事しようかな」
 言いつつ、荷物の中から木の皮を束ねたたわしを取り出す。大型の竜の鱗を
洗うための専用のたわしだ。
「手伝おうか?」
「いいわよ、悪いもの」
 この申し出にイヴは首を横に振るが、
「いいっていいって。これだけ大きな竜となると、鱗磨くのも大変だろ? オ
レはいっつもでかいの四頭相手にして慣れてるからね、気にしないで」
 カイルはあっけらかんとこう答えた。その言葉にイヴはきょとん、と瞬く。
「……四頭?」
「さっき、湖竜がいるって言ったろ? オルラナっていって、オレの親父の竜
なんだけど、その世話も押しつけられてるから」
「ふうん……じゃ、もう一頭は?」
「マリレルって、メスの海竜がいる……あ、ねえ、このシェーリスって嵐竜、
オスだよね?」
 話している内に何事か思い至ったらしく、カイルはこんな問いを投げかけて
きた。
「そうよ」
「じゃあさ、発つ前にマリレルに種付け、してってくれるかな? ここんとこ
彷徨い人の竜使いが少なくて、竜の血族婚が続いてるから……すこぉし、血が
弱くなっちゃってるんだ」
 カイルの言葉にイヴは心持ち眉をひそめた。血族婚による種族の衰えは、閉
ざされた浮島社会では人にとっても竜にとっても切実な問題なのだ。
「そっかぁ……ま、あたしは構わないわよ、それも勤めだし。シェーリスがど
ういうかはわからないけど」
「それは……まあ、とにかく、鱗磨き手伝うよ。そんで、明日辺り顔合わせさ
せてさ。んで、そっちが気に入ったらでいいから頼むよ〜。こんなに立派な竜
の血が入れば、家の竜ももっと強くなると思うんだ」
 言いつつ、カイルは自分もたわしを持ってきてシェーリスの鱗の汚れを擦り
落とし始めた。イヴも同じく作業を始める。表面に付いた汚れを少し落とすと、
その下からは目も覚めるような美しい紺碧の輝きが現れた。
「ひゅう〜、すっげえ綺麗な鱗だね……」
「まぁね。なにせ、純血種の嵐竜だから」
「純血種う!? うっ……ますます欲しいな〜、その血筋!」
 さらりと返した言葉にカイルは素っ頓狂な声を上げ、その反応にイヴは思わ
ず笑みをもらしていた。
「ふふっ……立ち寄った先では、みんなそう言うわね。前に立ち寄った島でも、
岩竜使いの一族に拝み倒されたわ」
「そりゃ、そうだよ! 嵐竜自体、すっげえ珍しいんだもん! あ、あっちの
輝竜はどっち?」
「ティムリィは、女の子。まだ二齢だから、ちょっと子供は生めないね」
 ごしごしごしごしと音を立てて嵐竜を磨きつつ、竜使いたちは言葉を交わす。
ちなみに、竜の年齢は人間の四歳が一齢に相当するので、二齢のティムリィは
まだ八歳前後の子供という事になるのだ。
「ふうん……こっちは……大体、四齢くらいかな?」
「ううん、もう五齢まで行ってるよ。あなたのフォウルとハーベルは、三齢で
しょ?」
「へえ〜、良くわかったね。うん、オレの海竜はみんな三齢だよ。あれ……ね
え、ところでそういう君って、いくつ?」
「いくつに見える?」
 悪戯っぽい問いに、カイルは手を止めてまじまじとイヴを見つめた。小柄で
ほっそりした体躯とあどけなさを残した顔立ちからして、二十歳前なのは間違
いないだろう。そして身体にぴったりとあった短衣とズボンの上から見た限り、
胸元も腰回りも成長途上のように思えた。
「う〜ん……十六? オレと同じかな?」
 この問いにイヴはくすっと微笑って外れ、と応じた。
「え……じゃあ……」
「あなた、十六歳なんだ。じゃあ、あたしの方が年上ね。もう、十七になって
るから」
「え……オレよりも年上え!?」
「そうよ。意外?」
「……少し、ね……」
 ストレートな反応に、イヴはくすくすと笑みをもらしつつシェーリスの鱗磨
きを再開した。カイルも気を取り直してたわしを動かし始める。ほどなく、嵐
竜は身体についた埃を落とされ、本来の美しい鱗を取り戻した。それ自体が輝
きを放つ紺碧の竜鱗の美しさにカイルはほう……と嘆息する。その様子に微笑
みつつ、イヴはティムリィを包む柔らかな羽毛にブラシをかけてその汚れを落
としてやった。
 竜の世話が一通り済むとイヴは身の回りの荷物を持ち、カイルについて館の
方に移動する。カイルの父であるリェーン一族当主ロイルに挨拶して竜たちの
滞在を願うと、ロイルは快く承諾してくれた。もっとも、ここで申し出を拒む
というのは基本的にあり得ないのだが。
 ロイルへの挨拶が済んだところで今度は長の屋敷へと向かう。天気が荒れ始
めているためか通りに人の姿はないが、島の人々は窓越しにイヴに注目してい
た。イヴはそれらの視線に笑みと会釈で応えつつ、長の屋敷へ急ぐ。
「おお、お待ちしておりましたぞ」
 やって来たイヴを、長は相変わらずのにこやかな様子で出迎えた。
「ごめんなさい、せっかくご招待いただいたのに遅くなってしまいました」
 それに対し、イヴはこう言って頭を下げる。長はいえいえ、と笑って応えた。
「さて、では改めて自己紹介をさせていただきましょう……わたしは、この島
の代表を勤めております、ラドル・シャウル。これは妻のレイラ」
 この言葉を受けて、長の傍らの品の良い婦人がにこやかな笑顔で一礼した。
「ようこそお出でくださいました、可愛らしい竜使い様。どうぞご遠慮なく、
寛いでくださいましね」
「はい、ありがとうございます」
 レイラ夫人の言葉に、イヴはこちらも笑顔で応える。二人の挨拶が済むと、
ラドルは後ろに控えていた二人の少女を呼んだ。一人はゆったりとした白いド
レスに身を包んだ淑やかな雰囲気の少女で、もう一人はそちらとは対照的に少
年のような装いをした、見るからに活発そうな少女だ。雰囲気こそ正反対だが
二人の少女はよく似ている。姉妹なのだろう。
「これは、わたしの娘たち。左が長女のレナ、守護神オーヴル様の巫女を勤め
ております。右は次女のレラです」
 ラドルの紹介を受け、まずレナと呼ばれた方が優雅な礼をして見せた。
「初めまして、竜使い様。守護神オーヴル様にお仕えする、巫女のレナと申し
ます。どうぞ、お見知り置きを」
「ご丁寧に、どうも。しばらくお世話になりますね」
「ボクはレラ、よろしくね、竜使いさん!」
 レナに続けてレラが元気良く挨拶をする。見た目に違わぬ、少年のような喋
り方だ。
「うん、よろしくね」
「……ところで、レラ。アヴェル殿はどうされた?」
 その元気の良い挨拶にやや渋い顔をしつつ、ラドルは娘にこう問いかける。
この問いに、レラはひょい、と肩をすくめてわかんない、と答えた。
「一通り探したんだけど、見つからなかった。だってあの人、こっちで探すと
絶対見つからないんだもん。探してない時はどこにでもいるのに」
 レラの説明にそうか、と呟くと、ラドルはきょとん、としているイヴに向き
直った。
「今、我が屋敷には彷徨い人の魔導師殿が滞在しておられるのですが……色々
と、忙しいお方でしてな。まあ、お戻りになられたらご紹介いたします、まず
は旅の疲れを癒してください」
「あ、はい……ありがとうございます」
 ラドルの言葉に、イヴは改めて深く礼をする事で感謝の意を示した。
 
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