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   5

「……さってと……」
 取りあえずガルォードが開けた大穴の所まで移動すると、リューディは術を
解いて姿を現し、ため息まじりの呟きをもらした。
(一体、これからどうするかな……街から出た方がいいのは確かとして、問題
はどうやって外に出るか……これ以上闇渡りを使う余裕はねえし……ちっ、レ
ヴィッドがいれば、あいつの力も借りて何とかできるんだが……)
 剣を収めつつこんな事を考えていたリューディは、ふとある事を思い出して
傍らのミュリアを振り返った。
「そういやミュー、親方は?」
 この問いに、ミュリアは無言で瓦礫の山を指さした。リューディはえ? と
言いつつそちらを見やり、それから、瓦礫に向かって呼びかける。
「親方? いるのか?」
「……ん? リューディかっ!?」
 返事はやや間を置いて聞こえた。変わらぬ威勢の良さに、リューディはほっ
と安堵の息をつく。
「良かった……無事みたいだな」
「あったりめえだろ! それよりそっちは大丈夫なのか? 大旦那やお嬢さん
は?」
「心配いらない。大旦那は店の連中まとめてから避難するって言ってた。それ
と、ミューはオレと一緒にいる」
「……そうか……」
 リューディの言葉に、今度は人足頭が安堵の息をもらした。
「で、リューディ、これからどうするよ?」
「それなんだけど……色々厄介事が重なっちまってさ……オレ、ミュー連れて、
一足先に街を出る」
「一足先にって……大丈夫なのか?」
 さすがにと言うか、人足頭の問いには不安が織り込まれていた。
「ああ、何とかするから、心配すんなって。親方はこのまま神殿に行って、多
分レヴィッドがそっちにいるから、オレたちの事、報せといてくれ」
 不安げな問いに殊更に明るい口調で答えつつ、リューディは気配を感じて頭
上を振り仰いだ。まだその姿は見えないが、敵は確実にこちらに近づいている
ようだ。
「リューディ、どうした?」
 不自然な空白に、人足頭が訝しげな声を上げる。
「……親方、悪いがのんびり話してる時間はねえ……とにかく、レヴィッドに
伝言頼むぜ」
「そりゃ構わんが……」
「じゃ、そっちは任せたからな……生命があったら、また会おうぜ親方っ!」
 叫び様、リューディは不安定な瓦礫を蹴って跳躍した。そのまま穴の上へと
飛び出し、穴の縁に立っていた神聖騎士を不意を突いた抜き斬りで切り伏せる。
「……なっ……」
 瞬間技、と言う以外にないその一撃に、他の神聖騎士の間を戦慄が駆け抜け
た。リューディは剣をぴたり青眼に構え、夜蒼色の瞳で驚愕の視線を静かに受
け止める。
「これ以上、無駄な血を流したくはない……道を、開けろ」
「う……」
 静かな言葉に騎士の一人が呻き声を上げた。リューディは剣を構えたまま、
穴の方へ声をかける。
「ミュー、上がって来い!」
「え……う、うん……」
 呼ばれたミュリアは恐る恐る、という感じで上がってきた。現れたその姿に
騎士たちは思わず動きかけるが、リューディに睨まれ、動きかけたその姿勢の
まま固まった。
「リューディ……」
 上がってきたミュリアは、リューディの右手の剣に目を見張る。今何があっ
たか、さすがに理解したのだろう。
「……走れそうか?」
 そんなミュリアに、リューディは周囲を警戒しつつ短く問う。
「う……うん……」
「よし……なら、しっかりついて来い!」
 言うなり、リューディは左手でミュリアの手を取り、右手には抜き身の剣を
下げたまま走り出した。神聖騎士たちは為す術もなくその背を見送っていたが、
二人の姿が見えなくなると、その内の一人がはっきりそれとわかる苛立った面
持ちで背後を振り返った。その視線の先にはガルォードの姿がある。
「……宜しいのですか、ガルォード殿!?」
「良くはないが……ま、仕方あるまい」
「仕方ない、ではありますまいに!」
「そう騒がずとも、手は打つ。それよりも各隊に伝令。今から街に魔法生物を
召喚する。余計な手出しは控えて隊をまとめ、聖騎士団の帰還に備えよ」
「……」
 淡々と告げられる命に騎士はやや渋い面持ちで頷いた。その顔にガルォード
はやれやれとため息をつく。
「部下を倒された無念、わからぬとは言わぬが……この後にアーヴェンやファ
ミアスと事を構えねばならん事を忘れるな。奇襲の優位は既に無い。アーヴェ
ン魔導騎士団やファミアス天馬騎士団と正面対決をする可能性を思えば、無駄
な消耗は出来ぬ」
 相変わらず淡白な、しかし紛れもない正論に、騎士は不承々々という言葉そ
のものの渋面で頷いた。
(やれやれ……騎士と言うのは素直で扱い易いが、この頭のカタさは、どうに
もいただけんな……)
 その様子にガルォードはこんな事を考えつつ力を集中し、魔法生物の召喚に
かかる。杖の先の宝珠に幾つもの光が灯り、ガルォードが軽く杖を振ると、そ
れは一斉に宝珠から飛び立ち、空へと消えた。
(……さて……月のアルヴァシア家の実力は、いかばかりのものか……)
 光球の消えた空を見やりつつ、ガルォードは心の奥でこんな呟きをもらして
いた。

「……っ!?」
 突然空から降ってきた鈍い色の光の球に、とにかく外を目指して走っていた
リューディとミュリアはぎょっとして足を止めた。
「な……なに?」
 ミュリアが不安げな声を上げて身を寄せてくる。リューディは未だ抜いたま
ま携えていた剣を構えて有事に備えた。直後に突然降ってきた光の球が一斉に
弾け飛び、中から迸った光が様々な物へと形を変えた。巨大な蜂や人間大の巨
大な花など形は様々だが、それらは一様に強い敵意を放っていた。
「リューディ……」
「大丈夫、心配すんな」
(あのフレイムゴースト野郎……アルケミストでもあるのか?)
 不安げなミュリアに答えつつ、リューディはふとこんな事を考えていた。
「ま、何はともあれ、この程度の魔法生物に足止めされる訳には行かない……
突破、あるのみっ!」
 宣言と共に、リューディは突進してきた巨大蜂──キラービーをカウンター
で両断した。そのまま、返す刃で巨大花マントラップを切り払う。剣はリュー
ディの意に従って優雅かつ鋭く舞い、瞬く間に魔法生物を消滅させてしまう。
「……きゃあっ!」
 二体を消滅させ、次の敵に備えようとした矢先にミュリアが悲鳴を上げた。
はっと振り返ったリューディはマントラップの蔦に足を取られたミュリアの姿
に、慌ててそちらに駆け寄ろうとする。が、その眼前にキラービーの群れが飛
来して道を阻んだ。
「このっ……ミュー!」
 何とか近づこうと試みるものの、次々と襲いかかるキラービーに阻まれ思う
ように進めない。ミュリアも何とか蔦から逃れようともがくが、複雑に絡んだ
蔦は容易には解けそうになかった。
「んなろっ! こうなったら……」
 業を煮やしたリューディはエレメントリングに力を集中するが、二度の闇渡
りによる消耗は予想以上に大きく、思うように力が集まらない。リューディは
止むなく強行突破を試みるが、
 ……ヒュンッ!
 直後に鋭い音が大気を引き裂いた。その音を追うように上空から飛来した矢
がミュリアを捕らえるマントラップの、その巨大な花の中央を射抜く。存在を
形作る核を射抜かれたマントラップは黒い霧となって消滅した。
「……え……っ! っとお!」
 思わずとぼけた声を上げた直後に、頬をかすめるように空気が引き裂かれた。
一瞬の間を置いて、目の前に群れていたキラービーが一匹消滅する。キラービ
ーが消えた後には、鋭く研ぎ澄まされた槍の穂先が鈍い光を放っていた。
「リューディ、後ろ、がら空きだぜ♪」
 槍の穂先を見て取った直後に、真後ろからレヴィッドの声が聞こえた。振り
返ると、くるみ色の瞳が悪戯っぽい光を宿してこちらを見ている。それを認識
した直後にリューディは身体を返し、レヴィッドも突き出した槍を引き戻して
身を翻した。
「はっ!」
「あらよっと!」
 身を翻した二人は素早く態勢を整え、にじり寄ってきたマントラップを、一
方は両断し、一方では核を貫いて消滅させた。
 ヒュッヒュッヒュンっ!
 再び大気が鋭く震えた。上空から矢が飛来してキラービーを射抜き、消滅さ
せていく。頭上を振り仰いだリューディは悪戯っぽい翠珠色と目を合わせる。
矢を放っていたのは、カールィだった。
「……リューディっ!」
 当面の敵を撃退するや否や、ミュリアは弾かれたように立ち上がってリュー
ディにすがり付いていた。
「ミュー、大丈夫か?」
「うん……」
 静かに問うと、ミュリアは華奢な両手に力を込めてぎゅっと掴まりながらこ
くん、と頷いた。
「さーってと、一体これからどーするんだ、リューディ?」
 槍を肩に担ぎつつレヴィッドが問う。カールィも建物の上から飛び下りて来
て、物問いたげな視線を向けた。リューディは背中の鞘に剣を収めつつ、一つ
息をつく。
「取りあえず、街を出る。これ以上、ラファティアにいるのは危険だからな。
何とか街を出て……ファミアスに向かう」
「ファミアスに?」
 怪訝そうに問い返すレヴィッドに、リューディは真面目な顔で頷いた。レヴ
ィッドとカールィは怪訝な面持ちのまま顔を見合わせ、それから、カールィが
にっと笑って言った。
「そーゆーコトなら、オレの出番だねっ。誰も知らない秘密の抜け道があるよ。
恐らく、それ以外じゃ街の外に出るの、かなりきっついと思うな」
「思うな〜って言う前に、ちゃきちゃきそこに案内しろって〜の」
 呑気な事を言うカールィにレヴィッドがこんな突っ込みを入れている。そん
な、いつもと変わらぬやり取りに半ば呆れ、半ば安堵しつつ、リューディは自
分にすがるミュリアに心配するなよ、と言って笑いかけた。それから、リュー
ディはふと空を見上げる。
(……リンナ……無事でいろよ)
「……リューディ? どしたの?」
 行方も生死も知れぬ幼なじみに向け心の奥で呟いていると、ミュリアが不安
げに呼びかけてきた。それに何でもない、と答え、リューディは気持ちを切り
かえる。
「よし……それじゃ行こう!」
 この言葉にレヴィッドとカールィは即座に頷き、やや遅れてミュリアも小さ
く頷いた。

 レティファス歴一二〇五年、三月。
 ゼファーグ神聖王国の侵攻により、自治都市領ラファティア、陥落。
 その突然の侵攻が一体何を意味するのか。

 今は、何者も知り得ない。


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