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   空からくるもの

「……」

 何か、来る。

 そんな気がしてならなかった。
「みゅう……」
 だが、それが一体何なのかわからなくて、リュンは曇り空の下で首を傾げて
いた。
 吹いてくる風が冷たく、緑色の髪を揺らす。だいぶ寒くなっているのはわか
るが、何が来るのか、それを確かめたいという思いから、リュンはそこに止ま
って空を見上げていた。
 金色の大きな瞳で、じっと、深い灰色の空を見上げる。
 だが、曇天は素知らぬ顔で雲を揺らめかすだけで何も語ろうとしなかった。
「みうう……」
 一向に変化の現れない空間に、リュンは不満げな声を上げつつ尻尾をぱたぱ
たとさせる。

 静かな……とても、静かな空間。
 風も大地も何故か声を潜め、何かを待ち受けているかのようだった。
 リュン自身もいつか息を潜めるようにして、訪れる何かを待ち続けていた。

 そんな静寂の時間が、どれほど流れたのか。

「……みゃう?」
 不意に、変化が感じられた。

 曇った空から、はらりと何かがこぼれ落ちてくる。

「……みゅ?」
 初めて見るものだった。好奇心に駆られたリュンはととと、と駆け出し、こ
ぼれてきたそれに手を差し伸べ、受け止めるが。
「ふみみ?」
 手に触れた途端、それは、ひやりとした感触を残してすっと溶けて消えてし
まった。
「みゅうううう?」
 首を傾げていると、頬に冷たいものが触れた。見上げると、それまで黙り込
んでいた空から、白いものがふわふわふわふわ、次々と舞い落ちてくる。
「ふみゅわあ……」
 呆然と呟く声と共にこぼれた息が、白い。
「まっしろいの、たくさんなのー!」
 声を上げて手を伸ばすが、白いものは掴む端から溶けて行く。触れるとひや
りと冷たく、すぐに消えてしまうそれを、リュンはしばし夢中で追いかけた。
「……リュン? 何をしているんだ、まったく……」
 そうやってしばらく跳ね回っていると、呆れたような声が呼びかけてきた。
「シュラあ」
 声の方を降り返ったリュンは乱舞する白に飲まれそうな銀色の髪に気づき、
にぱっと笑いながら声の主の名を呼んだ。
「まっしろいの、たくさんなの♪ ふわふわで、ひやひやなのっ」
「なの、ではなかろうが……」
 何だか嬉しくて、リュンは両手をぱたぱたとさせる。シュラは苦笑しつつ膝
をついて、小さな竜人を抱え上げた。
「シュラ、あったかいのー♪」
「お前が冷たいだけだ、馬鹿者」
 ぴと、とくっついて笑うリュンの頭を軽く小突いてから、シュラは緑の髪に
積もった白いもの――雪を払い落としてやった。
「リュン、つめたいの? えとね、この白いの、なんなの?」
 シュラの言葉にきょとん、としつつ、リュンはずっと抱えていた疑問を投げ
かける。
「これはな、雪、というものだ」
「……ゆき?」
「あとで、ゆっくり話してやる。それより、戻るぞ。皆、心配しているからな」
「みゅん♪」
 頷いた直後に、リュンは小さくくしゃみをする。その様子に、シュラはやれ
やれ、とため息をついた。
「風邪を引いたか? 冷える中に、何の備えもなく飛び出すからだ」
「みうぅぅ……」
 呆れたような、でもどこか穏やかな言葉にリュンは縮こまりつつ細い声を上
げる。シュラは苦笑しつつ、小さな身体をしっかりと抱えて踵を返す。

 降りしきる雪が、静かに、立ち去る背を見送っていた。


 ☆あとがきもどき☆  まずはすみません。  実はコレ、1号店のキリリクなんですー!  1号店4700のキリリクで、『雪』というお題をいただいたら、ふっと閃いた SSなのですよ。  しかもその上……これね、時間軸が……Nothing way本編終了後……。  突っ込み所満載ですが、上杉様に捧げます。もらってやって下さいませ〜。                              2004.12.12
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