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   ☆ご注意☆

 True Knight異聞。ウォルス八歳、ティアちゃんの召喚に挑んだ際のエピソー
ドです。
 ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、これは2004年のバレンタイン
企画として、期間限定で公開していたものです。
 今回、十一月五日のウォルス君誕生日記念と言う事で、隠しとして再掲載す
る事となりました。
 ネタバレというほどのものはありませんが、第一章未読の場合、内容が理解
できないと思われます。
 その辺りは自己責任でお読みくださいませ。
 ちなみに↓は公開当時につけていたBGM。このSSのイメージにぴたっと
ハマっている……と、作者は思っております。お好みでどうぞ。

【舞い散る蝶】© Amor Kana 


   Snow White Illusion 〜雪夜幻影〜  ……いつの間に、雪が降り出していたんだろう?  使い魔の召喚の儀式が上手く行かず、途方にくれている内に、周囲は真っ白 になっていた。虚無的な冬の草原は白く覆われ、身に着けた黒い服と、黒い髪 にも白く雪が積もっている。  ……白い。  すごく……綺麗だ……。  その白を見つめていたら、なんだかどうでも良くなった。  師は、儀式の成否に関わらず、ちゃんと戻れと言っていた。でも、その成否 すら、もうわからない。特別な染料で地面に描いた魔方陣も、もう、雪に飲ま れて見えなくなっている。  ほんとにもう……どうでもいいや。  心の底から、そういう気分なった。どうでもいい、自分なんて……そう考え たら、別に戻らなくてもいいような気がしてきた。  どうせ、あそこにいても疎まれるだけ。  黒髪の忌み子として、忌まれるだけ。  なら……このまま……白に飲まれて消えたい……。  そんな事を考えつつ、ふと気がつくと、ふらふらと歩き出していた。  白い雪……どんどん降り積もってくる。  ……綺麗だ……すごく……。  この綺麗な白に飲み込まれて、消える事ができたら……な……。  どんどん身体が冷たくなって行く。でも、不思議と足は止まらない。  どんどんどんどん……前に、進んで……。  行かなかった。  雪に足を取られたのか、歩く力がなくなったのかはわからない。でも、気が ついたら雪の中に倒れていた。  雪は冷たいものだと思ってた。  でも、今触れている雪は……暖かい。  暖かく、優しく……包み込んでくれる……。  ……眠い……。  ……でも……いいや……寝ちゃおう……。  このまま眠って……白の中に……消えて……。  ……そうやって、眠ったはずなのに。  気がついたら……目の前で……誰かが泣いてた。  ……母さん?  いつも、そうだった。  見えないところで、一人で泣いてた。  忌み子を産んだから。  ただ、それだけの事で……みんなに責められて。  泣かないで。  何度、言おうとしたかわからない。  ……でも……言えなかった。  泣いてるのが、誰のせいだか、わかったから。  言ったら余計に……悲しませそうで、イヤだった。  ごめんね、ごめんね……。  心の中ではいつも叫んでた。  でも、どうしても、声には……出せなくて……。  ごめんね、ごめんね、ごめんね。  お願いだから……泣かないで……。  もう……泣かないでっ……。  お願いだから……自分を、責めないで……。  泣いてるのも、寂しそうなのも……もう……見たくないよ……。  もう……………………二度と……………………。  ………………誰も………………泣かないで………………。   ……みゅううう……  ……え?  突然……今にも消えそうな声が聞こえた。  ……みゅうん……みゅううん……  何かが……触ってるみたいな……でも……よく、わからない……。  ……みゅうん……  ゆっくり、目を開けてみる。まだそんな力があるだけでも驚きだけど……と にかく、目は、開いて。  みゅん……?  目に映ったのは……キレイな……碧い瞳と、紅い、宝石……?  みゅううん……  嬉しそうな声と共に、頬に何かが触れる。  ……妖精?  理由はないけど……そんな気がした。  ……まさか……。  ……使い魔?  ……みゅーん  ふと過った思いを認めるみたいにそれは鳴き……その声を聞いてすぐ……意 識が……真っ白な闇に閉ざされた。  それから。  どのくらい時間がたったのか、わからない。  ただ、気がつくと、周りはとてもあったかくて……すごく、気持ち良かった。  ……なに? どうなったんだっけ……。  ぼんやりしながら、目を開けると。 「……気がついたか、ウォルス?」  静かな声が聞こえた。  え……この、声は……。 「師……匠?」 「ああ、そうだ。まったく……お前は、心配をさせる」  困ったような顔でこう言うと、師匠は頭を撫でてくれた。何がなんだかわか らないけど……『戻ってきた』事だけははっきりわかる。それから……うわ。 師匠……自分の肌の熱で……温めてくれて、た……。  だから……こんなに、顔が近いんだ……抱きかかえられてる、から……。  ……でも……どうやって、戻ってきたんだろう……?  ふと考えたそれは、顔に出たみたいで、師匠はくすり、と微笑んだ。 「……そのチビが、お前を探したんだ。『誓約』する前に、死なれたくなかっ たんだろうな、きっと」  こう言って、師匠は枕の横を指差す。振り向くと、白くて小さな生き物が、 身体を丸めていた……目を閉じて、寝てるみたいだけど……額の紅い石は、は っきり見える。もしかして……さっきの……。 「……カーバンクルだよ。かなりの希少種だ。だが、かなり臆病なタチでな。 召喚されたはいいが、驚いて隠れてしまったらしい……それでも、お前を召喚 者と認めていたようで、必死で追いかけていたらしいぞ?」  ……この、ちっちゃいのが?  助けて……くれた……? 「……ウォルス」  きょとん、としていると、師匠が名前を呼んだ。振り向くと、淡い紅の瞳が じっとこっちを見つめてる。 「お前、雪の中で、何を考えてた? 怒らないから、正直に言ってごらん?」 「え……えっと……」 「うん?」 「………………消えたかった………………雪の、中に………………」  小さな声でこう答えると、師匠は小さくため息をついた。 「まったく……困った子だ、本当に」  それから、こう言って、頭を撫でてくれる。 「忘れたのか、もう。お前は、生まれる前から、あたしの弟子になる事、あた しの技術の全てを引き継ぐ事が決まっていたんだぞ? まだ、それは始まった ばかりだというのに……どこに消えようというんだ?」 「……ごめんなさい……」 「謝らなくていい……でも……もう、そんな事を考えるな……いいな、約束だ ぞ?」 「……はい……」 「……いい子だ。今日は、このまま眠りなさい……明日になったら、そのチビ と、正式に誓約を結ぶんだ……もっとも……」  ここで、師匠は小さくため息をついた。 「もっとも……?」 「もっとも、お前たちの間には、誓約以上のものがもう結ばれているのかもし れないな……さ、もう、お休み」  優しい笑顔でこう言うと、師匠はふわり、と額に唇を触れた……。 「……おーい、どーしたんだよ?」  ……不意の、軽い呼びかけがウォルスを取りとめない回想から呼び覚ました。 はっと我に返って振りかえれば、ダークグレイの瞳がじっとこちらを見つめて いる――スラッシュだ。ウォルスは小さくため息をついて、別に、と答える。 この返事に、スラッシュは苦笑めいた面持ちでそうか、と呟いた。 「ま、とにかく戻ろうぜ……お前がいなくなったって、レイチェルちゃんも心 配してたぞ?」 「……あれの意見は、ほっとけ」 「……つれないねえ、お兄さんってば?」  素っ気ない言葉にスラッシュはくくっと笑い、ウォルスは無言でその後頭部 に一撃を入れた。衝撃で、スラッシュは前のめりになる。 「いちち……っとに……冗談通じねえんだから……お、」  ぶつぶつと文句を言った矢先に、スラッシュはふわりと舞い降りてきたもの に気がついた。ふわふわと白いもの――雪だ。 「……降ってきたな、今夜は冷えるぞ〜」 「ああ……確かにな」  どことなく嫌そうな言葉に相槌を打ちつつ、ウォルスはふと平原を思う。こ の雪は平原にも降っているのだろうか……かつて、白に飲み込まれたいと感じ た、あの場所にも? 「…………」  鈍い灰色の空から、雪は次々と降ってくる。明日の朝には、大地は白に覆わ れているだろう。きっと、あの場所も……。 「おーい、どした?」  空を見上げて立ち尽くすウォルスに、スラッシュが声をかける。ウォルスは 一つ息を吐いて、なんでも、と応じた。言葉と共にこぼれた息は、白い。 「……それじゃ、戻るか……」 「ああ、そだな?」  呟くような言葉にスラッシュは笑いながら頷き、そして、ウォルスはゆっく りと歩き出す。  仲間たちの所へと。
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