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   月下美人


「前川ぁ、前川ぁ?」
「なんじゃ?聞こえちょる。」
「あのさ、前川と私、くじで実行委員に選ばれたから。」
「実行委員?」
「そう。今度クラスでタイムカプセルを埋めよう、って言うのは決まってたで
しょう。」
「ああ。」
「で、今から集めるんだけどさ。。。」
「ん。わかった。じゃあ市橋、頑張ってくれ。」
「ま・え・か・わ・君?あんたはぁ?」
「俺はここでどっしりと腰を構え…」
「それで良いと思ってるの?」
「‥‥」
 本気で呆れと怒りの入った眼で俺を見つめた市橋。
「…すみません、やります。」
 仕方ない、ここは一肌脱ぐか・・・

 数日後。俺はやっとみんなの「思い出の品」を(メッチャ苦労して)集めた。
 珍しいよな。俺がこんなに働くなんて。
「前川、男子の分集めてくれたぁ?」
「ああ。集めたよ。」
「じゃあ後は埋めに行くだけね。」
「どこに埋めるか…決まってるのか?」
「いや、まだ・・・。さっき友達と話したんだけど、校舎の東の隅とか、どう?」
「東の隅か…。」
「何よ。文句ありそうな顔ね。どっか他にいい所あるの?」
「いや…南側の花壇にあるさ、月下美人のとこなんてどうかな、って思ってた
んだけど。」
「…前川って、意外とロマンチックなやつなんだね。。。」
「そぉか?」

 話は結構とんとん拍子に決まって、すぐに俺と何人かの男子が、タイムカプ
セルを埋めることになった。
 埋めながら長谷っていうやつに言われた。
「前川、お前って意外にロマンチックなやつなんだな。」
「それ前に市橋にも言われた。。。」
「そういえばさ、お前と市橋ってできてるって噂、本当か?」
「はぁ?なーに噂にノせられてんだ。俺は全然そんなつもりは無いぜ。」
「そっか…。」
 微妙に残念そうな長谷を横目で見ながら、俺は一心不乱に掘った。



 それから15年の月日が経った。
 俺はもう30になっていた。上京し、とある商社で働いていた。
 そんなある日、タイムカプセルを掘り出します、という手紙が突然来た。
 その数日後、俺たちは学校に集まった。
 校舎は昔のまんまだし、花壇も、月下美人もそこにあった。
 急に日程が決まった事もあったのだろう、きた人は17人とちょっと少なめ
だったが、とりあえず掘る事にした。
「っしゃあ!!掘るぜぇ!!」
 一人張り切る長谷を横目に見ながら(お前ほんとに30か?)、俺は市橋を
探した。
 いない。
 ……って俺、何であいつのこと探してんだよ……
 一人照れくさい気分になっていた。
 ふと横を見ると、月下美人の花がほころんでいた。
「今日だったんだ、咲くの……」

 とりあえず掘った。
「おい、まだ出ないのか?」
「あとちょっと…っし、出たぞ。」
 土のなかから古ぼけたダンボールが掘り出された。
 中からはいろんなものが出てきた。
 教科書、手紙、ゲームソフト(なぜ?)・・・
「ごっめ〜ん、遅くなっちゃった。」
 向こうから市橋が元気よく走ってきた。
「お前遅えぞ。」
「ごめんごめん。仕事が終わらなかったもんで。」
「お前、それにしてもいつまでも若いなぁ。」
「御世辞はよして。」
 市橋は照れていった。
 他の人たちも、めいめい話をしはじめた。
 長谷だけが、場違いなほど黙りこくっていたが…


 二次会のカラオケも終わって、(そういえば長谷はここでもあまり楽しんで
いなさそうだったなぁ)俺は実家に帰ることにした。近所だった長谷と一緒に。
「おまえ気付いたか?」
「何に?」
「今日来てたやつ、俺以外全員都会に出て行ったやつらなんだ。」
「どういう意味…?」
「前川、お前、何年ここに帰ってない?」
「えーっと、高校卒業してからだから、12年かな。」
「そっか・・・。じゃあ知らないわけだよな。」
「何だよ。早く言えよ。」
「市橋さ…、三年前に、事故で…亡くなったんだ。」
「う…そだろ?じゃああれは誰だったんだ?」
 不意に後ろで花火が打ち上げられた。
「き…今日花火大会あってたっけ?」
「いや…知らねぇ。」

 それは、月下美人の花のように、美しく、そして儚かった。

「あ、そうだ。ダンボールの中にこんなものが入ってたんだが、」
 長谷は古くなって、くしゃくしゃになった手紙を取り出した。
「?」 


『初めて会ったときからずっと好きでした。  市橋まどか』 



 『へもぐろ便』にて333ヒットを踏ませていただいた際のキリリク作品。 お題は『夏』でお願いしました。  ちなみにこれは改定版……こちらで転載をお願いしたら、わざわざ直しを入 れてくださいました。  ……お手数おかけして申し訳ないです。  タイトルに合わせて壁紙チョイスしてみました。月下美人です(笑)。
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