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   朱雀、物思い

「……やれやれ、まったくもう」
 深夜の台所で大鍋に水を張りつつ、オレ――月ヶ瀬炎はため息をついていた。
 夏休み直前の騒動と、その後の月ヶ瀬、陽村、大塚、水島の四家当主会談に
より、オレの家――つまり、月ヶ瀬家でのオレ、風、厳、流の合宿が始まって、
まだ五日しかたってはいないんだが……。
「なんで、こんなに食材の減りが早いんだ?」
 疑問を感じつつ、鍋の中に鶏がらと野菜を入れて火にかける。

 まぁ、理由はわかるんだよな。

 一年の冬に、人手不足の学食に泣きつかれて短期のバイトをした時、大塚厳
という男がいかに良く食べるヤツであるかは、ある程度理解してたから。
 まったく……あいつ一人でエンゲル係数が破滅的上昇をしている。無責任放
浪写真家の親父と二人暮しで、実質オレしかいなかった頃と比較すると、六倍
近い額が一日の食費として計上されているんだ。
 ……正直、大塚の当主が他の二人の三倍の額を食費としてオレに押しつけた
時は驚いたんだが……今なら、いくらだって納得できる。したくはないけど。
「まったく……こんな調子で、夏休みいっぱいなんてやってけるのか?」
 不安を感じつつ、煮立ってきた鍋に向かって浮かんできたアクをすくい取る。
ここで手を抜くとスープの味ががたっと落ちるから、気は抜けない。

 それにしても、妙な感じがする。

 六月のオレの誕生日に『定期帰還』をした親父がまた、仕事で飛び出して行
ってから、いつもの一人暮しが続いてて。
 そこに突然、三人も他人が増えた――しかも、一人は双子の弟だって言うし。

 ……生命、狙われたけどな。

 苦笑しながら、アクをすくう。
 あいつが――風がまだ、双子の弟だって知る前に、鏡の前で固まったっけな。
いつもぼさっとしてる髪をまとめてあいつと同じ尻尾髪にしたら、あんまりに
もそっくりで。しかも、あいつの目が昔のオレとそっくりって、その時に気づ
いて。

 それでもまさか、一卵性双生児とは思わなかったけどな。

 こんな事を考えながらアクをすくい終わり、火加減を調整した直後にテーブ
ルの上から軽快なメロディが聞こえた。携帯の着メロ……この音は……。
「……親父?」
『なんだ、その声は?』
 開口一番、訝るような声を上げるとさすがに親父はむっとしたような声を上
げた。
「あ、ごめん。なんだよ、珍しいな。こないだ、電話入れてきたばっかりなの
にさ?」
『……お前に言われた通り、本宅に連絡して事情を聞いたから、改めてかけた
んだろうが』
「ああ……ばあちゃん、怒ってたろ?」
『……言わずもがな、だ、それは』
 不機嫌な声にオレは思わずにやりとする。どうやら、相当絞られたらしい。
『……炎』
「ん? なんだよ?」
『それで……風、とは? 上手く、やってけそうか?』
「まだ……なんとも。あいつ、オレの事避けてるし……ちょっと、空回り気味、
かな?」
 静かな問いにオレは苦笑しつつこう答える。この返事に、親父はちょっと間
を空けてそうか、と返してきた。恐らく、今のオレと同じで苦笑してるんだろ
うなってのは、簡単に想像がつく。
『……炎』
「今度は、なに?」
『……すまなかったな』
「……なんだよ……明日、槍の雨でも降らす気か?」
『茶化すな。こっちは真面目に言ってるんだぞ?』

 ……わかってるよ。わかってて、はぐらかしてるんだから。

 怒ったような言葉に心の奥でこう呟き、声でははいはい、と軽く応じると、
電話の向こうで親父がっとに、と舌打ちするのが聞こえた。
「ま、とにかくさ、やってみるよ。なんとか……打ち解けてみる。と言うか、
やっぱり、打ち解けたいしな」
『……そう……か……』
「まぁ、ほら、オレの方が兄貴なワケだしさ……こっちから、なんとかしない
と、ね」
『……そうだな』
 冗談めかして言うと、親父は嘆息するみたいにこう呟いた。それに、オレは
うん、と答える。
『……炎』
「んー?」
『……しっかりな』
「……ああ」
 短いやり取りを最後に、親父はいつもと同じくじゃあな、と言って電話を切
った。オレも電話を切ってテーブルの上に置き、
「……ん?」
 人の気配に気づいた。これは……。
「……厳か?」
「……ん? ああ……」
 呼びかけると、妙な間を置いて厳がキッチンに顔を出した。
「もう、いいのか? なんか、取り込んでたみたいだったんで、遠慮してたん
だが……」
 入ってきた厳は頭を掻きつつこんな事を言った。一見すると気配りとは無縁
に見える厳だが、意外と言うかなんと言うか、オレたち四人の中では一番他者
への気遣いが上手い。どうやら、オレが電話しているのに気づいて、声をかけ
るのを遠慮してくれたようだ。
「ああ。どうか、したのか?」
「ああ、いや。ちょっとでかけて来ようかと思ってな……通りかかったら、人
の気配がしたから、声、かけとくかと思って」
 こう言うと、厳は名前の通りの厳つい顔でにかっと笑った。体育会系の、い
わゆる暑っ苦しい笑い方なんだが、同時に、妙に人懐っこい印象を与えたりも
する。

 ……つくづく……不思議な男だ。

 まあ、一番の不思議は、こいつと、一見すると女にしか見えない、いわゆる
美少年の流が従兄弟同士と言う事実かも知れないが。
「……なんだ?」
 なんて、好き勝手な事を考えていると、厳は怪訝そうに首を傾げる。オレは
別に、と答えてすぐに話題をそらした。
「それより、出かけるって、どこに行くんだ?」
「あー、小腹が空いたから、コンビニまで走り込んでくる」
「……おい」
 さらっと言われた言葉にオレはさすがに眉を寄せた。
 あれだけがっちりと食べておいて、小腹が空いたってのは、どういう事なん
だ、おい……??
「……どうした?」
 思わず呆れたような視線を投げかけると、厳はまた、怪訝そうに首を傾げた。
オレは一つため息をつくと、取りあえず鍋の中身を軽くかき回した。
「……なに、煮てんだ?」
 そうすると、厳は興味を引かれたようにこう問いかけてくる。
「ああ、鶏がらを煮出してる。一晩このまま煮込むと、いい出汁が取れるんだ」
「ほー。お前、ほんとになんでも手作りするな〜……家のお袋なら、固形スー
プですませちまうぜ、そんなん」
 解説すると、厳は呆れたような感心したような、どちらとも取れる口調でこ
う言った。
「……固形も悪かないが、この方がオレは使い易いんだ」
「ほー。まあ、とにかく、行って来る」
「…まーてーよ。ムダに金、使うなって」
 キッチンから出ようとする厳を、オレは笑いながら呼びとめる。
「はあ?」
「コンビニで金使うなら、その分を食費に還元しろって事さ。オレも、ちょっ
と腹減ったし、お茶漬け作ってやるから、ちょっと待ってろよ」
 とぼけた声を上げる厳にこう言うと、オレは電子ポットの再沸騰ボタンを押
した。

 こんな時に役に立つのが残り物を保存した冷凍御飯っと。これをフリーザー
パックごと解凍してる間に、冷蔵庫を確認して具を用意する。
 作り置きの鮭フレークと、じゃこ菜。あとは……ああ、もらい物の野沢菜の
漬物が半端に残ってたっけ。使おう使おう。

「…………」
 厳はなんと言うか、呆気に取られた面持ちで、動き出したオレを見ている。

 フレークとじゃこ菜はそのまま使えるから、漬物を刻んで、と。解凍できた
御飯は一度ザルに開けて、沸かしなおしの終わった熱湯をざっとかけて湯洗い
する。それを丼にわけたら漬物、じゃこ菜、フレークを乗せて、もみ海苔をば
っと散らす。あとは、粉茶を混ぜた塩を軽く振って、濃く出した熱いお茶をか
ければ、よし、と。

「ほら、お待ちどう」
 出来立てのお茶漬けに箸を沿えて差し出すと、厳ははあ、とため息をついた。
「ん? なんだよ?」
 冷蔵庫から出した麦茶をコップに注いで、しば漬けと一緒に出しながら問い
かけると、厳はまたため息をつく。
「……なんなんだ?」
「……天才だな、お前、ホントに」
「……どういうイミだよ?」
 ようやく出てきた厳の言葉にオレはむっと眉を寄せる。厳は言葉通りだよ、
と苦笑しつつ、一礼してから丼を手に取った。
「……ん、美味い!」
 一口食べるなり、嬉しそうにこう言ってくれるのは、ホント、気分いいんだ
よな……なんて考えつつ、オレもお茶漬けをかき込む。

 しかし、冷静に考えると、異様な光景かもな。
 夜中のキッチンで高校生の男が二人、斜向かいに座ってお茶漬けをかき込ん
でるっていうのは……。

 なんて考えていると、厳がふと手を止めてこっちを見ているのに気がついた。
「……なんだよ?」
「あ? いや……ちょっとな……」
「……?」
「大した事じゃないんだが……不思議だなと思ってな」
「……不思議?」
 厳の言葉に、オレはますます訳がわからなくなって眉を寄せる。
「だから……お前」
「……オレが? なにが、どう?」
「んー……何て言うのかねえ……」
 オレの問いかけに、厳はこう言って頭を掻いた。
「前から思ってたんだけどな……お前って……人、寄せつけないよな」
「……え?」
 全く思いも寄らない言葉にオレは返す言葉を無くす。
「いや、なんて言うか、全然じゃないけどな。あんまり、人を立ち入らせない
って言うか……な。そういう印象が強いんだが……」
「……だが……なんだよ?」
 困惑しつつ、取りあえずは先を促してみる。
「だけど……妙に、人を安心させるんだよな、いるだけで。あの流が、懐いて
るくらいだし……ほんと、不思議だよな……」
 妙にしみじみと言いつつ、厳は残りのお茶漬けをかき込んだ。オレも、取り
あえずはと全部食べてしまう。
「……お前さ、オレの前歴知った上で、それ、言ってんの?」
 それからこう問いかけると、厳は一応な、と言って肩をすくめた。
「なにせ、有名だからなー。小学五年で、あの頃のここらを仕切ってたグルー
プのリーダーに正拳決めて、腕一本取った伝説の男。んでもって、今は、走り
屋チームの恐れる一匹狼の走り屋『不死鳥の炎』……だっけ?」
「……その呼び方は止めろ、頼むからっ……で、そういう筋で有名なオレが、
人を落ち着かせるってのも、妙だと思わないのか?」
「別に。このへんの評価とお前の人柄って、別物だと思うから」

 ……さらりと言うな、こいつも。

 当たり前のような顔で言われて、オレはただ苦笑する。オレは、どうやら厳
という男を相当甘く見ていたらしい。
「……さて……ごっそさん、美味かったよ」
 一緒に出した麦茶をカラにすると、厳はこう言って立ち上がった。
「ああ……お粗末」
「いんや。コンビニの弁当とは、比べ物になんないって」
 にかっと笑ってこう言うと、厳は使った食器をシンクに下げる。こう言うと
ころも、こいつはやたらとマメだ。
「んじゃ、オレ、寝るわ……お前、まだ、起きてんのか?」
「ああ、もう少し鍋を見てないとならないからな。まあ、あとは火を調整して、
寝るけど」
「そうか……まあ、ムリは、するなよ」
「わかってるよ」
「……ああ、それとさ」
 ここで、厳はにっと笑って見せた。
「……心配すんなよ、あんまり。風、そんなにお前の事、嫌ってないから……
まあ、時間はかかりそうだけど、きっと、何とかなるって」
「……なっ……」
 思いも寄らない言葉にオレは絶句するしかなかった。そんなオレにもう一度
笑いかけると、厳はゆっくりとキッチンを出て行く。一人、取り残された形の
オレは、何も言わずにしばらくぽかん、としていた。
「…………なんとか…………なる、か…………」
 それから、厳の残して行った言葉を繰り返す。そう思いながらも今一つ自信
の持てなかった事を、厳はあっさりと肯定して行った。

 ……ほんっとに……妙なヤツだ。
 そう、オレなんかよりも、遥かに。
 だけど……。

「……ありがと、な……」
 他に誰もいないキッチンで、オレはぽつんとこう呟く。

 そう、悩んでたって始まりはしない。
 四聖獣の化身とか、正直、まだまだ訳のわからない事が多過ぎるんだ。
 だから、今は、目の前の問題を一つずつ片付けて行くだけ。

 そう……差し当たっては風の事と……今後の台所事情を……な。


  ☆あとがき…☆  5800ヒットキリリクはかずさのすけ様より、1700譲渡リクで登場した『四聖 獣記』キャラのSSです。これは、前回の『ここあけーきのごご』の二日前の エピソードになります。予定では、3話のウラ。ちなみに『ここあけーき〜』 は4話のウラです。  『四聖獣記』はエピソードの多さ故に、未だ本編の執筆には着手していませ んが、こうやってネタを小出しにしていると、やはり書きたくなりますねー。 今回、主人公である炎をメインにしたためか、それが顕著です。  まあ、取りあえず……長編をどれか落ち着けてから……(汗)。  ちなみに地守四人組(炎、風、流、厳)の簡易データは『ここあけーき〜』 の方を参照してください。                                 2004.1.31
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