遠き日、想いて

 ……そこに足が向いたのは、偶然か、それとも。

「……」

 門の向こうから聞こえる賑わいに、ふと目を細める。
 夏休みを間近に控えた、放課後。
 グラウンドの賑わい、校舎から響く音。

 ……それらはどれもこれも、懐かしく。そして、遠い。

 数年前に起きた『謎の集団失踪事件』により、一時期色々とあったらしい学
園も、今では元の落ち着きを取り戻し。
 賑わいは、そんな『事件』の事など知らぬように高く、高く、空へと響いて
いく。

「……いや……いいんだ、それで」

 小さな呟きが零れ落ちる。薄い眼鏡の奥の瞳は、微かに陰るも、静かで。
 ……その目の前を、剣道着姿の一団が走り抜けた瞬間、僅かに笑みらしきも
のが浮かんだ。

 変わらない。ここは。変わっていない。
 かつての自分が最後に生きたこの場所は。

 例え覚えている者はいなくとも。
 それが、既に捨て去った存在だとしても。

 かつて生きていた場所は変わらず残っているのだと──それが、何故か、嬉
しかった。

「……どうか、このまま……」

 変わらずにいてくれ、と。
 呟き、校舎の側の桜へ視線を向ける。

 青々とした葉を風に揺らす桜は、大地に濃い色の影を描きつつ、そこに静か
に佇む。

 そこに、桜色の影はなくて。
 ……微かな安堵。

「……さて、行くか」

 零れ落ちる呟きと共に、踵が返される。
 ゆっくりと立ち去るその後を追うように、ゆるりと風が吹き抜けた。


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