露草色の護り太刀 それがなんであろうと護り抜く、と。 決めた決意に偽りなどはない。 ……ない、が、しかし。 「……まったく」 夜空にかかる真白の月を見上げて、一つ息を吐く。軽やかに吹き抜ける夜風 も心地好く、その感触に目を細めつつ、彼は手にした杯を干した。 喉を過ぎる、熱。 気を紛らわすために酒に頼るなど、『守護者』としては論外なのだが。 「こうでもせぬとやりきれぬとは……修行が足りぬな」 呟きと共に、掠めるのは自嘲に笑みか。それはままならぬ自分への、嘲りの 念を映して。 予測して然るべき事だった。 護るべき子が、今の在り方を望んだ時点で、こうなる可能性はある、と。 変わるものと変わらぬもの。 その差違が感じさせる、一種葛藤めいたもの。 それが日を追う毎に、酒杯の数を増やしていた。 酒に逃げたとて無為なのは承知の上だが、それでも。 そうでもしなければ、自身の『立場』が崩れてしまう気がしてならなかった。 もっとも、そんな逃避をせねば維持できぬ程度のものであるならばいっそ、 壊してしまうべきなのかも知れないが。 そんな思いも、過って、消えて。 また、嘆息と自嘲。 「情けない」 呟きと共に、再び杯を満たそうか、と手を伸ばした時。 かさり、と草の揺れる音が聞こえた。 「……にいさま?」 呼びかける、声。振り返れば、紅緋の瞳がこちらを見つめて。 「風漣様」 どうなさいました? と。問いかけは、いつもと変わらぬように心がけ。 それでも、護るべきこの子には、変化を気取られる事は多々あって。 困る。 それが、勝手な感情なのは、承知の上で。 「どうもしないけど……にいさま、いなかったから、探しに来たの」 そんな感情を知ってか知らずか、問われた子はこう言いつつ首を傾げる。 その仕種に遅れてしゃら、と音を立てるのは、長くなってきた濃色の髪を束 ねる紐の先の鈴。真紅の紐の先の銀は、静かに月光を弾いた。 「ああ……月を、見たくなったもので」 「お月様?」 「ええ……」 気を静めたくて、とはさすがに言えず、途切れさせた言葉に。 紅緋の瞳はどこか、訝るように瞬いて。 「でも……いきなり、いなくなるのは、やだ、よ?」 咎めるような声と共に、袖を白い手が掴んだ。 苦笑が掠める。 「……ご心配なく。舞弥は、どこにも行きませぬよ」 言いつつ、掴まれているのとは逆の手で、そう、と頭を撫でた。 「……ほんとに?」 「風漣様をお護りするのが、私の役目ですから」 確かめるような言葉に、静かにこう返す。 役目、役割。 自ら望んだ。 ……ああ、そうだ、と。思い至る。 自分は『守護者』なのだから。 護るべきものを護る、それが役割。 護り太刀として、この子を護る事。 そこに如何様な想いがあれど、それは絶対の取り決めなのだから。 迷う事など、ない。 そう、思い定める事で、今しばらくは、迷いから離れよう、と。 ……それが、逃げと理解していても。 変わり行く子が、幼さを失わぬ内は、と、定めて。 「……さて、戻りましょう。風が、冷えて参りました」 「……うんっ」 呼びかけに、にこりと笑う子に、笑みを返して。 一度、月を見やる。 月は、露草色の護り手の迷いを笑うか、それとも見守るか。 どちらともつかぬまま、静かに天へと座していた。 |