通りすがるは緋色の月 それは、森にひそりと暮らす主従の前に、何の前触れもなく現れた。 「やあやあ、これはこれは。 強き力を持ちし御子、その力、如何様になさるかお決まりか?」 投げかけられたのは、冗談めいた軽い言葉。それに戸惑う風漣を庇うよに、 舞弥が前へと進み出る。手は、腰に佩いた太刀へとかけられ、険しい瞳が唐突 に現れた男へと向けられる。 いでたちからするに、何らかの呪式を操るものなのだろう。いや、それ以前 に森に張り巡らせた結界──守護者として、その力を操る舞弥の張り巡らせた それに踏み入ってきた時点で、それなりの技術と力を持つ者であるのは明白か。 「……貴殿は、何者か。何用あって、この地に参られた」 瞳同様、険しさを帯びた声で問う舞弥に、男はおやおや、とおどけたような 声を上げる。返答如何では切り捨てられるやも知れぬと言うのに、その表情は どこか楽しげにも見えようか。 「そう、怖い顔をなさるな護り手殿? ……可愛い御子が、怯えてしまうよ?」 「……質問に、答えられよ」 「やれやれ……」 強張った声を上げる舞弥の様子に、男はため息と共に肩を竦めた。 「我は龍明……緋月龍明という。しがない呪術師さ」 まあ、名は知られてはおらんだろうがね、と。男──龍明は楽しげに笑って 見せる。 「さて、名は告げた。次は、用件かね、月護の舞弥殿?」 「……何故、私の名を?」 「貴殿と、貴殿のお守りする御子は、我らのような者の間では有名なのだよ。 強き力を持ち、それ故に疎まれ、その力と先を閉ざさんとする……我は、生 来の世話焼きでな。そういった者を、捨て置けんのさ」 くすり、と。どこか楽しげに、それでいて哀しげに笑む龍明の様子に。二人 のやり取りに困惑していた風漣は、一つ、瞬いた。 「ええと……ひづきの……」 「りゅうめい、と申す。御子の事は、風や妖かしたちのさざめきに聞き及んで おるよ」 「……風漣のこと……」 知っているの、と。小さな問いは、頷きが肯定した。肯定に紅緋は陰り、そ の陰りに、舞弥の表情をちらりと苦いものが掠める。 「それで……一体、なんの用なのか」 舞弥の問いに、龍明は再び、ひょい、と肩を竦めた。 「いや、そこな御子にね……秘めし力に、正しき道筋を与えられぬものかと。 そのまま……性なき身のままでは、いざという時に力を喰らうてもらう事も できん。いずれかに定めねば、いずれ、力に押しつぶされるやもしれんよ…… と」 まあ、要らぬ世話かもしれんが、と。そう言う龍明の声には、どこか揶揄め いた響きもあるだろうか。当の風漣はその意をはかりきれずにきょとり、とし ているが、舞弥の方は何か読み取ったらしく、表情の苦いものを増していたが。 「ええと……どういう、事、なの?」 舞弥が苦々しい面持ちをしている意味を解せぬまま、風漣は龍明に向け問い を投げる。この問いに、龍明はにこり、と微笑んで見せた。 「まあ、要するにだ。御子も、男か女か、どちらかに定めて育った方がよいの だよ、と言うことだね」 「……どちらかに」 「そう、そのままでは、不便だろ?」 「……」 龍明の問いに、風漣は思わず自身の身体に視線を落としていた。 生まれついての無性。 世継ぎをなせぬ、その性質が疎まれ、いらぬとされた。 この身が異端である事は承知しているし、年齢を重ねるに連れて、それが苦 しくあるのもまた事実だった。 「でも……どうしようも、ないのではない?」 どこか恐る恐る、龍明に問いを投げる。これに、龍明はくく、と低く笑って 見せた。 「どうしようもないのであれば、わざわざ訪れはせぬよ? 御子が望むのであれば、我は御子をどちらかに変える事ができる」 勿論、変えぬままでもよいのだけれど、と。付け加えられた言葉は、笑みを 帯びているかの如く。 そして投げかけられた言葉は風漣はもとより、舞弥をも困惑させ。 舞い降りる、静寂。 「……風漣は……」 もし、この身が。 性なきこの身に変化がなされるなら。 ……どちらかになれるというなら。 いらぬ子では、なくなるのだろうか。 例え、自らをそう呼んだ者の元へは戻れずとも── ふるり、と首を振り。数度、紅緋をまばたかす。 生まれて四つまで育った場所に、戻りたいとは思わない。 あの場所は、共に生まれし双子の弟のものなのだから。 だが、そうでなくとも。 変われると言うならば。 それを、望めるのならば── 「……変わりたい」 小さな、小さな声で、呟いて。 そう、とあげた紅緋で龍明を見つめる。 「……風漣様……」 名を呼ぶ舞弥に、ふわ、と笑みを向けて。 「変わった方がいいなら、変われるなら。 風漣は……変わりたい」 龍明に向き直り、静かに告げる。 この返事に、龍明は得たり、とばかりににこりと笑い、そして。 「では、どちらへの変化をご所望かな?」 冗談めかした問いに対する返事は── |