らいとにんぐ・そうる

 ……別に何がどうって訳じゃなかった。
 ただ、ほんの少し、所在なかっただけで。


 ひゅっ……と、鋭い音をたて、大気が引き裂かれる。

 速い。

 あー、やっぱこの人は強い……なんて。
 悠長な事を考えられたのは、ほんの数瞬。

 地を蹴り、後退する。
 距離を詰める時は、自分から。
 でなければ……斬られると、わかっているから。
「……はっ!」
 低い気合いと共に羽手裏剣を抜き放ち、牽制がてら投げつけながら後ろに跳
ぶ事で、更に大きく距離を開けた。

 蒼の髪が、ゆらり。
 視界で、揺れる。


 ……別に、気に入らない事があるんでもなかった。
 みんな大切にしてくれた。
 思い出したように産まれた、末っ子の俺を。
 だから、居心地だって悪かなかった。

 けれど。

 ……だけど。


 キィン、という鋭い音。
 羽根を模した白の刃は打ち砕かれ、銀の欠片を散らした。
「……さっすがっ……」
 口をつく、声。

 嬉しい、楽しい、でも、怖い。 
 怖いのに、楽しい、嬉しい。

 ぱっと見、矛盾している感情は、でも、絶対の真理。

 物凄く、強い……心も、身体も。

 そんな人だから……追いつきたい、追い越したい。
 勝ちたい。
 そんな気持ちになって、前へ進める。

 だから、こうして、挑み続ける。
 多少の実戦もこなしてきたけど、でも、自分がまだまだ足りないのはわかっ
ている。

 それでも──。

『……きゅいん』

 それでも、挑む。
 そんな思考に、離れていたライが呆れたような声を上げた。


 …… ライが『落ちて』来た時、もしかしたら俺は死んだのかも知れない。
 いや、普通に考えれば、死んでるだろう。
 遠雷の響いてる日に、誰にも知られたくないから、とか。
 その程度の理由で、外でプログラムを組んでいた。
 そして、もう少しで完成……という時に、あいつは落ちて来た。

 黄金の雷と一緒に。 

 そして……。


「……どこを見ている!」

 鋭い声が、意識を現実へと引き戻す。

「っと……!」

 やっべ、と。悠長に声を上げている間は無かった。
 ほんの一瞬だけライへと意識を逸らした瞬間、師匠は距離を詰めていて。

 目の前を、過ぎる、斬光。

 放たれた剣圧に押されたたらを踏む所に、返す刃の一閃が迫る。
 このままじゃ当たる──と思ったその瞬間、取った行動は後ろにそのまま倒
れる事。
 勿論、ただ倒れるわけじゃなく。
 ついた両手でバランスを取りつつ、思いっきり足を蹴り上げた。

 当たらなくてもいい、ほんの少しでも、虚をつければ──と。
 考えたのは、その程度のこと。

 とはいえ、その程度の策は簡単に見切られ。師匠は素早く刀を引いて後ろへ
と下がった。
 距離が開いた事に安堵しつつ態勢を立て直すのと、ライがきゅうう、と不安
げな声を上げるのとは、大した時間差も無かったかも知れない。


 ……そう言えば、と思い出す。
 共生状態になって間もない頃は、ライはいつも、不安げだった。

 いや、不安だったのは俺か。
 唐突な出来事、落ちてきた雷獣。

 そして、聞こえた声。

『いっしょに』

 ほんとにライがそう言ったのかどうかは、今となってはわからないし、正直
どうでもいい。
 ただ、その言葉が俺にあいつを受け入れさせた。

 ……実際には、そうでもしないと死ぬしかなかったらしいけど、それこそど
うでも良かった。

 奇妙な事件と、金色に変わる左目に周りが戸惑う中。
 魂と生命を電子で繋いだライは、俺にとっては『唯一』、『いっしょにいる』
モノだったから。

 ……ああ。

 なんでかんで……寂しかったのかも、な。
 俺自身が。

 居場所はちゃんとあったし、特に面倒見てくれた姉さんも義兄さんも優しか
ったし、四つ年下の甥っ子とも仲は悪くなかったし。

 それでも、なんか、足んなくて。
 そこに落ちてきたのが、ライだったから。

 ……だから。

 ライと引き離されるなら、何にもいらない。

 今にして思えば、どうにも子供じみた思考。でも、その時はそれが一番重要
だったから、それに従った。
 家を飛び出して。行く先々で、トラブルを起こして。

 ……あの日、師匠に出会わなかったら。
 俺は、今、どうなっていたんだろうか。

 少なくとも、今の──『正義の味方』である俺は、存在してはいない……だ
ろうけれど。


 蹴り上げた足を戻して、反動を利用して態勢を戻す。
 ふと過ぎった過去──完膚なきまでに、という言葉そのままに、叩きのめさ
れた記憶は振り払い、村雨を握る手に、力を込めなおす。

 今、集中すべきは、目の前の師。

 ただ、それだけ。

 呼吸を整えつつ、距離を測る。
 近くもなく、遠くもなく、微妙な距離。

 基地のシミュレーター思い出す。何度となく繰り返した、実戦想定訓練。
 それは、自身の技量を高める、という目的もある……のだけれど、しかし。
 一番の理由と言えるのは、やはり。
 今、目の前にいる人を、超える事。

「……」

 深く、息を、吸って、吐いて。
 駆けた。

 左右跳びのフェイントを絡めつつ、ぎりぎりまで、飛び込みの角度は特定さ
せない。
 多少なりとも、見切られる可能性を落とさないと……と。
 そう、言い聞かせつつ。

「……はっ!」

 距離が、詰まる。互いに、踏み込めば仕掛けられる距離。
 そこまでたどり着いたならば、あとは、一気に動くのみ。

 そう思ったから迷いも何もなく、地を蹴った。
 低い姿勢から一気に距離を詰め、懐に飛び込み。

 軽く、身体を屈めて。その勢いを生かしつつ、飛び上がるようにしながら、
下段からの切り上げを放った。

 同時に、師匠の口元を掠める笑み。
 下を向いて、緩く流れていた刀が、光を弾きつつ、横薙ぎに払われる。

「……っ!」

 まともにくらうか。
 いや、勢いを利用すれば、なんとか。

 とはいえ、態勢は酷く不安定で。

 回避は、間に合わない──と。

 ……感じるのと、衝撃が走るのとは、ほぼ同時だった。


 最初にぶつけられたのは、問いだったっけか。

『何故、徒に力を振るう?』

 って。

 ……それに、なんて、答えたんだっけ?
 ああ。

『こうしなきゃ、生きてけないから』

 だった気がする。

 力を誇示して生きるしか、そうするしか。
 ライと一緒に生きる術はないと思っていた。

 理解されないから。受け入れられないから。

 ……でも、実際には俺自身がそれを拒んでいただけの事で。

 今思えば、どこまでも幼稚な……歪んだ、虚勢。

 それをそれと気づかされてから。
 剣の道を知ってから。

 自分の中で、ライの中で。
 色々と変わり始めた。

 ……それから、あいつらと出会って。

 それが、俺の見つけた道になったんだ。

 俺が俺でいられる場所、ライがライでいられる場所。
 俺が、ライが、その力を正しく使える道。

 ……最初は、『正義の味方』なんて、面倒なだけって思ってたはずなのに。

 ……今は。


 不意に、冷たさが全身に叩きつけられた。
 ばしゃん、という音と感触が、水をかけられた事を物語る。
 その冷たさに意識が戻り、目を開ければすぐ側には金色のきらめき。

 ……少し離れて、バケツを持って笑う、師匠。

 ああ。
 また、負けた。

 そう考えると少しだけ悔しくて、苦笑がこぼれた。

「それなりに、磨かれてきたようだが……まだまだ、だな」
 精進が足りんぞ、と。
 笑いながら言われて、はい、と頷く。

 ぱちり。
 水に反応して、雷光が弾けた。

「だが……太刀の陰りは、だいぶ、静まったな」

 心配そうにきゅいきゅいと鳴くライを、心配すんなー、と宥めていた所に投
げかけられた言葉は、少しだけ意外で。
「……え?」
 思わず、呆けた声がもれた。
「何を、驚いている?」
「え、あ、いや、その……」
「多少なりとも、迷いは晴れてきているようだな、我が弟子よ。
 ……良い傾向だ」
 静かに言われて。どう答えていいか、わかんなくなった。そんな俺の様子に、
師匠はまた、笑う。
「……良き同士を、得たな、アーベル」

 それから、向けられた、言葉。
 それは、すとん、と胸の内に落ちた。

 ふ……と。
 ごく自然に、笑みが浮かんで。

「はい」

 頷きながら、短く、返す。

 まだまだコンビネーションやらなんやら、問題点はあるけれど。
 たまーに、つまんない事でのケンかもやるけど。
 それでも、背中を預けていい、と思える仲間たち。

 その存在を師匠が認めてくれた事が、なんだか嬉しかった。

「最高の……仲間たち、ですから。俺の」

 それ以外の評価なんていらない。
 そう、思えるから、素直にそう言って。
 それに師匠がそうか、と頷くのが、凄く、嬉しかった。

「ならば……」

 言いかけられた、言葉。
 それを遮るように、アラート音が響く。

「緊急アラート……? っだー、人の休暇、なんだと思ってんだよ!」

 その音が意味する事に気づいて、つい苛立たしげな声を上げた。

「仕方あるまい。それが、お前の……」
「『使命』、ですからねっ!」

 師匠の言葉の先を引き取って言いつつ、村雨を鞘に収める。
 濡れた服や髪を乾かすヒマはないけど、気にしてる時間はない。

「んじゃ、俺、行きますっ!
 師匠、お手合わせありがとうございましたっ!」

 それでも、礼は忘れずに。
 そして、それが済んだら、一気に走り出す。

 俺が選んだ場所へと向けて。

 しがみつくライから散った雷光が、ぱちり、と金色の花を咲かせた。


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