とおいつき 幼い頃から、少女は。 月を見るのが好きで。 彼女の祖母である老婆は。 その様子に、やや、不安めいたものを感じていた。 「お月様、きれいだね、ばーちゃん」 声をかけられた少女は、楽しげに言いつつ、老婆を振り返る。 薄紫の瞳。 異能の血の証。 それによって、父母の許から離れざるを得なかった少女。 嗚呼、と。 老婆は心の中で嘆息する。 娘には引き継がれる事はなかったというのに、何故。 平凡な家庭に生まれ、穏やかに生きられたであろう孫娘に、と。 「……ばーちゃん?」 老婆の瞳の翳りに気づいたのか、少女は不思議そうに首を傾げた。 老婆は、何でもないよ、と言いつつ、孫娘の柔らかな碧い髪を撫でる。 撫でられた少女は嬉しげに微笑み、それからまた、月を見上げた。 「……月は、好きかい?」 そんな少女に、老婆はそっと、問いを投げる。 「うん、好き。 キレイで、優しいから」 問いに少女は笑顔で答え、それから、ばーちゃんは? と問いを返してくる。 その問いに、老婆は一つ息を吐いた。 口元には、苦いものを含んだ、笑み。 「ああ……確かに、お月様は優しいねぇ。だから、ばぁちゃんも大好きさ。 ……でもね」 「……でも?」 途切れた言葉に。 少女は、無邪気な様子でその続きを問う。 「……遠くて、手が届かないから。 寂しいかも知れないねぇ……」 呟くように言う。 月。 老婆にとっての月は、複数の意味を持つ。 夜空に座すもの。 異能の一族にとっての安らぎ。 そして。 老婆が巫女と呼ばれていた頃に愛した妖かしの者──彼もまた月を愛してい たから。 月は、その者を思い返させるものでもある。 呪いの力に、泡沫の如く消えた者を。 「……ばーちゃん?」 不思議そうな少女の声が、老婆を物思いから呼び起こす。 薄紫の大きな瞳。 無邪気な瞳。 それが、じっと、見つめていた。 嗚呼、と。 老婆はまた、嘆息する。 この瞳も何れ、人の死を映すのだろうか。 自然にもたらされたものではない、無残な死を。 望むとも、望まざるとも。 それは、異能の一族として生まれ、霊視の巫女の証を帯びた以上避けられぬ 事。 それ故に。 そんな定めを与えた自身の血を、呪わずにはおれないのだけれど。 「……ねえ、ばーちゃん。お月様って、手、とどかないの?」 不意に、少女がこんな問いを投げてきた。 唐突な問いかけに老婆は一つ瞬き、それから、自身も月を見やる。 「ああ……届かない……だろうね。 遠くで輝くもの、決して得られないもの」 月その物は元より。 彼女らにとって近しいと言えるはずの、月に愛でられ、或いは魅入られし者 たちも。 人の側に立つとされる力の持ち主であるが故に、遠い。 そんな裏の思いを感じ取ったのかどうかは定かではないものの。 少女はそっか、と呟いて僅かに目を伏せた。 そんな少女の様子に老婆は眉を寄せつつ、そっと、碧い髪を撫でる。 「さ、寒くなってきた……もう、お休みの時間だよ?」 それから、こう言葉をかけ、小さな手を引いて小さな小屋へと戻って行く。 少女はうん、と頷いて、それに従った。 「……お月様」 小屋に入る直前、少女はまた、月を見上げ。 小さく、呟いた。 薄紫の瞳。 やがてその色彩は失せるだろう。 そして再び、それが現れた時。 ……少女が自ら選ぶ途、たどり着く寄る辺は、その時には誰一人知る由もな く。 唯一、それを知りうるやも知れぬ月は、何も語る事無く。 静かに、天空に座していた。 |