小さなわがまま?

 何も、偽らなくてよくなった時。
 最初にやろう、と決めたのは、短かった髪を伸ばす事。
 他にもたくさん、やりたい事はあったけど。
 何よりも、女の子らしい装いをしたくて仕方なかった。

 何故と言われると、困るけど……。

「ふわ……だいぶ伸びたかなぁ……」
 洗い終えた髪を、そっとまとめつつ、呟く。
 でもまだまだ、そう簡単には、理想の長さにはたどり着かない。
「早く、伸びないかなぁ……」
 そんな事を呟きながら湯船に漬かり、色々な事を考え始める。

 ほんとに……色々……考えなきゃならない事があって……。

 その一つ一つを、ぼんやりと考えていたら、いつの間にか、湯船の中で眠っ
ちゃってた。

 ……当然というか、次の日、その反動は、まともに来て。

「ぁぅ……」
 起きられなくなった。
 ……こんなに高い熱出したのは、多分、すごく久しぶり。
「この頃、根を詰めすぎなんじゃないかい? 少し、ゆっくりお休み」
 様子を見に来たレジ姐さんは、呆れた様子でこう言って帰って行った。
「別に、根詰めすぎてなんかないよぉ……ふみぃ……」
 一人、ベッドの中でこう呟く。
 水分だけは摂らないと、と、頭ではわかってても、それが億劫で……。
 熱くて、ふわふわした……不思議な感触に揺られている内に、いつの間にか
眠り込んでいた。

 病気の時は、嫌な夢を見やすいのかも知れない。
 でも、今そこにあるのは、できれば見たくない夢。
 一人きりで、置いてかれる夢。

 いつも、一緒にいた人。いるのが当たり前だった人たち。
 でも、その人たちはみんな……気がつくといなくなっていた。

 最初は、両親。
 次は、祖父母。

 それから……ずっと、想ってたひとも。

 一人は、きらいだった。
 一人でいると、押さえが効かなくなったから。
 気がつかない内に、背負わされていた色々なこと。
 そのために、たくさん抑え込んで、偽って……。
 その重さに、耐えられなくなってたから……。

 ……今は、もう、抑えなくていいのに。
 なんで、こんなに不安なんだろう。
 もう、一人になるはず、ないのに?

 ……そうだよ……ね?

 置き去りにされる夢を否定したくて、問いかけてみる。

 もう、一人になること、ないんだよ……ね?

「……ん……」
 誰かに呼ばれたような、そんな気がして、目が覚めた。
「……ヨア、大丈夫かい?」
 熱のせいもあるけど、中々意識がはっきりしなくてぼんやりしてたら、さっ
きも聞こえた声が呼びかけてきた。
「ふみ……ヤコ、兄?」
 ぼんやりしてても、その声だけは聞き違えたりしない。
「えと……いつから、いたの……?」
「ヨアが、眠ってから、ずっと。うなされていたけど、大丈夫かい?」
「うん……へいき……」
 優しい声に、もの凄く、ほっとする。ヤコ兄が側にいてくれるだけで、こん
なに安心できるんだぁ、と改めて思った。

 ……でも。
 だからこそ、怖いのかも知れない。不安なのかも知れない。
 また……いなくなっちゃったら、どうしようって、考えちゃうのかも知れな
い。

「……」
 ふとそんな風に考えたら、その不安が大きくなって、無意識の内に手を伸ば
してた。
「……ん?」
「だいじょぶ……だよね?」
 ぎゅ、とヤコ兄の服の裾を掴んで、問いかける。
「だいじょぶって、なにが?」
「いなくならない……よね?」
 力の上手く入らない手に、何とか力を込めながら、もう一度問いかける。
「ヨア?」
「一人になるの……もう、やだ……置いてかれるの……きらい」
 途切れ途切れにどうにかこう言うと、ヤコ兄は少しだけ、驚いたような顔を
したみたいだった。
「そんなの、ないって思ってても……なんか、こわくて……だいじょぶ、だよ、
ね……?」
 話してる内に不安がまた大きくなってきて、気がついたら、泣きそうになっ
てた。

 ……ぁぅ……何してるんだろ……困らせたい訳じゃ、ないのに……。
 そんな風に考えたら、余計に……泣きたくなって……。

「大丈夫だよ」
 押さえが効かなくなってきて、視界が揺らいだ時、ヤコ兄が静かにこう言っ
た。
「……ふぇ……?」
「そんなに怖がらなくても、大丈夫。側にいるよ、ずっと」
「ほんとに?」
「ああ」
 静かな言葉と一緒に伸びてきた手が、頬に触れた。あったかい感触が、気持
ち、静めてくれて……。
 さっきまでとは、違う理由で、泣きそうになる。
 嬉しくて……すごく、嬉しくて。
 気がついたら、涙がぽろぽろこぼれてた。

 ぁぅ……やっぱり、具合が悪いと、おかしいよぉ……。

 そんな言い訳めいた考えが過ぎるけど、言葉にはできなくて。
 ただ……。
「うれし……すごく……」
 こう、言うのが精一杯だった。
 何でかって言うと、もう、泣くの押さえるのが、限界で……。
 ……その時、なんでこんな力が出せたのかは、わからない、けど。
 気がついたら飛び起きて、ヤコ兄にぎゅっとしがみついてた。
「ヨア!?」
 当たり前だけど、ヤコ兄は相当驚いたみたいで、呼びかける声は上擦ってた。
「だめだよ、ちゃんと寝てないと……」
「や……」
「や、じゃない。ちゃんと休まないと、いつまでたっても治らないよ。余計に
悪くなる可能性もある。だから……」
「やぁ……このままで、いたいっ……」
 嬉しくて泣いてるとこなんて、見られたくないから。
 だから……。
 そんな想いを込めて、しがみつく手に力を込めると。
「まったく……わがままだね」
 呆れたような、困ったような言葉と共に、ぎゅ、と抱き締められた。
「うん、わがまま……でも、でも……」
「でも?」
「他に……こんなわがまま、言える人……いないもん……」
 わがまま言えるのも、甘えられるのも、ヤコ兄だから。
 たった一人きりの……心の共有者、だから……。

 ……そんな事を、ぼんやり考えてる内に、いつの間にか、眠りこんでたみた
いだった……。


 ……予測はしてたけど、それから、風邪が治るまでには、結構な時間がかか
った。
 周りに心配かけちゃったけど、でも。
 こんな幸せな気持ちで寝込んだ事なんて、ない、と思う。
 ずっと側にいる、って言ってもらえた事と、小さなわがままを聞いてもらえ
た事。
 それが、すごく、嬉しかったから。
 だから、風邪が治った時、一つ、誓いを立てた。

 もう少し、強くなります。
 支えてくれるあなたを、ちゃんと支えられるように。
 心と、これからの全てを共有したい、あなたのために。


 ☆言い訳

 えー、F305のいじめられっ子な潜伏共有者、青年ならぬ乙女ヨアのその後ネ
タです。
 無意味にあまいです。あまさにめげて執筆も微停滞しましたorz
 こういうタイプの話は個人的なプレゼントとして以外はあんまり書く機会も
ない上に、最後に書いたのは半年くらい前……だったのかなぁ?
 同時進行で凄まじくイタイF322の下書きやら、本館用の改訂作業やらしてた
もんで、ちときついもんがありました。
 ちなみに元ネタになったのは、エピでのとある一言。「すっげーのろけられ
た!」と返されたヤツです(笑)。
 えーと、勝手に妙なモノ書いてしまって申し訳ないですー。苦情は受け付け
ますので、遠慮なくどぞ。
 と、言う訳で、例によって例の如く。
 【本決定:▼tasuku】でorz



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