月に祈りて

 夜風が、心地良いと思った。
 月も、もの凄く綺麗だと思えた。
 ここは、とても穏やかな場所。
 競争主体の世界に身を置いている事を、ふと忘れさせてくれる……そんな場
所だと思えた。

 それだけに。

「……なんで、人狼なんてモノに、狙われてしまったんでしょうねぇ……」

 ここを訪れたのは、仕事の一環。
 行商人協会の地方支部を増やし、顧客と流通ルートを拡大しようという、局
長のプランに従っての赴任。
 そんなに上手く行くわけないのに、などと思ってやって来た。
 ……実際、仕事の方は大して上手く行かず、その内に人狼による被害者が増
え続け、結果。

「……所詮、ヒトはヒトを疑い、自身の正気を保つモノ……というところです
かね」

 村人たちは生き残るために、他の者を処刑する、という道を選んだ。
 人狼をそれで倒せる事に、一縷の望みをかけて。

 処刑と平行して襲撃は続き、村人はだいぶ減ってきている。
 誰もが疑心暗鬼、信じられるのは自分と、死者の魂の色を見分ける術を知る
霊能者の少年だけ、といったところ。
 ……いや、彼の事とて、心から信じ切れている者は少ないのではないかと思
う。
 それもまた、ヒトのサガだ。

「……にぃ……」
 相棒の黒猫が肩の上に飛び乗り、頬に顔を摺り寄せてきた。
 そっと、その頭を撫でてやりつつ、また月を見上げる。

 自分に対する処刑が宣告されたのは、つい先ほどの事。
 『生き延びるために』、『他者を処刑』という手段が選択された時点で、覚
悟はしていた。
 村人たちの気持ちはわかる。ようやく狼を一人見出して処刑することに成功
したとはいえ、危機は去ってはいない。
 生者の魂の色を見分ける術を知っていたらしき青年は昨夜の内に襲われ、誰
が狼かは『殺してみなければわからない』のだから。
 そんな状況下では、余所者の自分を先に……という動きが生じるのも無理は
ない。
 そう思ったからこそ、決定を真っ直ぐに受け入れた。
 自分に、後ろめたいところはないのだから、と。

 ……と、リクツの上では割り切れてはいるものの。

「やっぱり、ねぇ……」

 殺される事に抵抗がないほど、人生を諦めている訳ではないから、複雑な心
境ではある。
 だけど。

「……アルビンおにいちゃん」
 不意に、か細い声が呼びかけてきた。
 振り返った先には、にんじんの枕を抱えた少女が一人。
「おや、リーザさん。もう、休まないと……夜は、危険ですよ?」
 にこりと微笑んでこう言うと、少女はじっとこちらを見つめてきた。大きな
瞳には、寂しげな色彩が浮かんでいる。
「えっと……あのね」
 空白を経て、少女は小さな声でこう言った。
「はい?」
「あのね、枕さん」
 呟くような言葉と共に、少女は抱えた枕をぎゅっと抱き締める。
「リーザ、にんじんの枕さんなおしてもらって、ほんとに嬉しかったの。それ
で……えっと」
 消え入りそうな声。
 その先の言葉を、無理をして綴らせるのが苦しくなって、そっと柔らかな髪
を撫でた。
「まくらさん、大事にしてくださいね?」

 そして、生き延びて。
 妖しのもたらす狂気に囚われた大人の都合で、幼い命が失われるのは辛い事。
 そう思うからこそ、村の決定を甘受したのだから。

「……うん」

 微笑みながらの言葉に少女はこくん、と頷き。
 それに、ありがとう、と呟き返す。

「にぃ……」
 少女を家まで送り、再び、月を見ていた場所へと戻ると、相棒がまたか細く
鳴いた。
「……大丈夫だよ、にい君……きっと、ね」

 そう、きっと。
 血の流れない夜明けは訪れるから。
 それまで、幼い子供たちの命が断たれぬ事を。
 今はただ、月に祈りて。



 そして、曙光と共に、一つの生命が漆黒へと還り逝く。

 ☆言い訳

 F137アルビン、処刑前夜のヒトコマ。
 他の皆さんがメインに据えていたパメラを、あえて外すという暴挙(?)に
出てしまいました(笑)。
 いや、ログ読み返してみたら、裁断機とお酒以外で絡んでない事に気づき、
ネタが走らなくなってしまったのですよね。
 で、個人的に一番インパクトあったのがにんじんの枕さんだったモノで、こ
うなりました〜。

 ……つーか、死にネタは実は苦手だったりするんだよね……orz



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