02 「……で、結局、どういう訳なんですか?」 その日の夕方。 指定された丘の上で、オトフリートはウィルにこう問いかけていた。この問 いに、ウィルはうん、とは言うものの、それきり言葉を途切れさせる。オトフ リートは肩の白梟と顔を見合わせ、それから、改めてウィルを見た。 「ウィルくん?」 「……」 「竜族に会いたい……っていうのは、簡単な事じゃないですよ?」 今、こうして言葉を交わしたりしているのは、例外中の例外なのだから。勿 論、それは口に出して言いはしないけれど。 「……そんなの、わかってるよ」 でも、と。ようやく口を開いたかと思えば、ウィルはまた、言葉を途切れさ せてしまう。オトフリートはやれやれ、と息を吐いて、少年の頭の上にぽむ、 と手を置いた。 「そもそも……なんで、『羽のある』竜なんですか?」 それから、静かな口調でこう問いかけてみる。ウィルはやや、上目遣いにな ってオトフリートを見上げ、それから。 「おはなしに、聞いたんだ」 ぽつり、とこう返してきた。 「おはなし?」 「うん、ばばさまの」 「……ばばさま?」 「あ、ばばさまっていうのは、街で一番長生きの占い師さんでね。色んな、不 思議なおはなししてくれるんだ」 「なるほど。で、そのおはなし、に」 「……羽のあるドラゴンの話があったんだ。山奥の村を守った、すみれ色の、 羽のあるドラゴンのおはなしがね」 こう言うと、ウィルはその『おはなし』の内容を簡単に説明してくれた。 とある魔法使いが暴走させた力が、山奥の小さな村を襲った時に、どこから ともなく現れた菫色の竜がそれを鎮めて村を守った、という昔話。内容自体は、 子供向けのおとぎ話のようだが。 (……なんか、どっかで聞いた……というか、『記録』のどっかにあったな、 それ) 一通り話を聞いたオトフリートは、ふと、こんな事を考えていた。 もし、この記憶が正しければその『おはなし』に伝わっているのは竜族では ない可能性も高いのだが。 「それでね、そのおはなしを聞いた時、思ったんだ。 ……羽のあるドラゴンって、なんていうか……みんなを、守ってくれるのか な……って」 そんなオトフリートの内心などは当然知る由もなく、ウィルは少しずつ熱を 帯びた口調でこう話を続ける。 「……はい? ……いや、羽のない竜だって、何かを守ったりはすると思いま すが?」 「ん、そうだけどー。でも、羽のあるドラゴンが悪さした、って話は聞いた事 ないもん」 「それは単に、羽のある竜に関しての伝説の少なさのせいもあるのでは……」 「物識りさん、夢ないなあ……」 立て続けの突っ込みに、ウィルは不満げに唇を尖らせる。その様子に、オト フリートは苦笑しつつすみません、と頭を下げた。ウィルはむくれたまま、ま ったくぅ、と言った後、表情を真面目なものに改め、とにかくね、と話を続け る。 「ばばさまのそのおはなしを聞いて、ボク思ったんだ。 そのおはなしの、すみれ色のドラゴンみたいになれたら……そうすれば、何 かあった時に、みんなを守れるんじゃないかな……って」 「……何か?」 「だから、色んな……わるいこと?」 問いに返されたのは、疑問系の言葉。それで、何となくだが合点が行った。 ここに来る前に途中で聞いた噂──この辺りを収める地方領主同士がいさか いを起こしたという話。もしかしたら、戦になるかも知れない、と。 この少年は何らかの理由でそれを耳にして、それに不安を感じているのだろ う。そしてその、形のない不安から逃れるため──そして、純粋な想いから。 守るための力を求め、その象徴に、おとぎ話に聞いた竜を位置づけているのだ と。 そう、結びついた瞬間、ふと、口元を笑みが掠めていた。 「わるいこと……ですか。 で、ウィルくん」 「なーに?」 「実際に、羽のある竜に会えたら……君は、どうしたいんですか?」 穏やかな口調で問いを投げる。その言葉に何か感じたのか、ばさり、と羽ば たく白梟を視線で制しつつ、オトフリートは少年の答えを待った。ウィルはど ことなく困ったように視線をあちこちに彷徨わせ、それから、明るい茶色の瞳 をオトフリートの翠の瞳に真っ直ぐ向けてきた。 「上手く、言えないんだけど……何がしたいっていうんじゃなくて、その…… あえば。そうすれば、頑張れる、気がする」 「頑張れる?」 「これから、どんな事があっても、負けないように、頑張れるような……そん な気が、するんだ」 「どんな事があっても、負けないように……」 告げられた決意の言葉を小さく繰り返す。さわり、と吹き抜けた風が、黒橡 の髪を揺らした。 「……物識りさん?」 それきり黙り込んでしまった様子を訝るように、ウィルが声をかけてくる。 オトフリートはにこり、と笑うと、夕刻の茜から色を変え始めた空を見上げた。 「そろそろ、日も暮れる……戻らないと、心配されませんか?」 それから、ごくごく在り来たりな言葉を投げかける。この言葉にウィルは拍 子抜けしたように瞬き、それから、同じように空を見上げてそうだねー、と呟 いた。 「んじゃ、もどろっか……あ、物識りさん」 「なんですか?」 「今の話、みんなには、ナイショね!」 また笑われたら悔しいし、と。悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、ウィルはこう 言って笑った。その言葉に、オトフリートもくすり、と似たような笑みを浮か べ、そして。 「……わかりました。でも、その代わり……」 「……その代わり?」 「明日の晩、月が出てから。一人で、ここに来れますか?」 「……え?」 唐突な言葉にさすがに驚いたのか、ウィルはきょとん、と瞬きつつ惚けた声 を上げた。 「これなくはないけど……なんで?」 「さて、何ででしょう?」 不思議そうな問いに冗談めかした言葉を返せば、ウィルはきゅ、と眉を寄せ る。 「なんでって、わかんないから聞くんじゃないかあ」 「あはは……ま、そうですけどね」 どことなく怒ったような言葉に楽しげに笑いながらこう返すと、ウィルは傍 目にもはっきりそれとわかる様子でむくれて見せた。年齢相応の子供らしい仕 種に、オトフリートはまた、くすり、と笑う。 「まあ、明日は満月ですし。もしかしたら、何か不思議が起きるかもしれない ですよ?」 「不思議?」 「不思議は不思議……さて、それじゃ、行くとしますか」 少年の疑問をさらり、と受け流してオトフリートは歩き出す。ウィルはどこ かぽかん、とその背を見送っていたが、やがてはっと我に返ったように風に揺 れる黒橡の髪を追って走り出した。 「ちょ、待ってよ、物識りさーんっ!」 わずかに焦りを帯びた声が、夜闇色に染まりゆく丘に響いていく。 |