ちいさきこころはゆめをみる

『……だって、そこへ行きたいんだ』

 意識にあったのは、ただ、それだけ。

 何処までも続く、澄んだあお。
 自分は、そこは『しらない』。ただ、『識って』いるだけ。

 光の翼が風を切る。
 それは、『魂の父』の記憶。
 光をまといて空を切る、機鋼の竜王が天翔けた時の。

 『魂』と共に分かたれた、『記憶』と言う名の『データ』は。
 鋼の揺りかごに眠る鋼の仔竜の『識る』唯一のいろ。


「さて、はて……これは、如何様な結果を招くのやら」
 静かに眠る機竜の仔を見やりつつ、機鋼王は小さく呟いた。

 世界の変革により、必要とされた機鋼の属。
 それに伴い、目覚めた機鋼王の元を最初に訪れたのは、紫黒の髪と深紫の瞳
の青年だった。
 その青年──影輝の竜王は、機鋼の竜王からの伝言と、彼と直接話すための
ツールを機鋼王に託し、その後、機鋼統べる王たちはそれを介して言葉を重ね、
そして。

「貴殿の眷属の『器』を、我に……?」

 機鋼の竜王の望み。それを知った時、機鋼王は思わず呆れたような声を上げ
ていた。
 確かに、それだけの技術を備えているのは、数多の世界においてここ機鋼界
と、その王である機鋼王を除いては考えられないだろう。

「貴殿自身から、分身を……増殖などはできぬのか?」

 思わず返した、揶揄するような言葉に、機竜王はさすがにできぬ、と返して
きた。
 機竜王自身は、無より生じた。
 その領域、『創造』の力そのままに、あらゆる属に、物質に働きかけ、自ら
を構築した。
 しかし、その力を持って分身を生み出したとしても、それは『映し』に過ぎ
ぬと。
 機竜王が欲しているのは、単純な自身の『映し』ではなく、『機鋼竜』という『種』。
 それと理解したからこそ──機鋼王は竜王の頼みに是と返した。

「それにしても、だ……永き眠りより醒めたばかりの我に、こんな扱い難い細
工を押し付けるとは」
 後で覚悟をしておけ、と呟きつつ、機鋼王は近くのシステムパネルに触れる。
 走る、光。
 光は各所に操作を飛ばし、作りかけの機鋼竜に一つずつパーツを継ぎ足して
いく。

『………………』

「……ん?」
 無機質な機械音。それに紛れるように、何か、音が響いたような気がして、
機鋼王は気だるげに一つ瞬く。
「……誰ぞ、いるのか?」
 訝るように問いを投げる。
 この場所──ファクトリーエリアへの、一般機精の立ち入りは禁じている。
 それは、未だ未熟な竜に、無邪気すぎる機鋼の精霊たちが深い影響を与えぬ
ように、という配慮から。
 だから、この場で音や声を立てるような存在は、機鋼王を除いたなら……。
「……お前か? いや……」
 ファクトリーの中央の台座の上にうずくまるよな機鋼竜を見やりつつ、呟く。
 機鋼竜は、今は眠らせている。『夢』という形で再生される『データ』の中
で。それ故、声など上げるはずはない……のだが。
「……」
 疑問を感じつつもひとまずはそれをおき、作業を再開しようとした時。

『……る……い……』

 微かな声が、また響いた。
「……なに?」
 小さく呟き、振り返るのは、台座の上の機鋼の竜。
 それは、今は動けぬはずだった。
 器に魂は宿れども、しかし、命は仮初のものに過ぎず。
 駆動に関わる部分は既に完成はしていても、それが繋がる先には未完の部分
も多いが故に、動く事など不可能なはず──だったのだが。

『……くぅぅ……』

 ギシ、と。軋むような音が、響く。

『やぁ……だ』

 ギシギシ、ビシリ。ガリリ。
 断続的に響くのは、金属の軋む音、擦れる音。

「……お前……目覚め……? ……! 動いてはならぬ!」
 状況を把握するなり、機鋼王は鋭い声を上げていた。
 未完成の器とはいえ、動かすには大きな力が必要となる。そのための物──
火炎の精霊界の中枢にのみ灯る、最も無垢なる『焔』は、未だに届いてはいな
い。今、機鋼竜の内に灯っているのは仮初の小さな焔であり、それは容易く燃
え尽きてしまうのだ。
 だからこそ魂は眠らせ、それを一度に燃やさぬようにしていたというのに、
何故目覚めたのか。
 そんな事を考えている余裕は、その時の機鋼王にはなかった。

『やあ……きもちわるい……やだ、やだ……』

 機鋼王の声は届いているのかいないのか、台座の上の器はギシギシと音を立
てつつ身を捩じらせる。
 何を厭っているのか、それを考えるよりも先に──。

「……寝ていなさい、と言ったであろうが!」
 苛立ちを帯びた声と共に、機鋼王はシステムパネルを操作する。
 何が起きているにせよ、このタイミングでの動力停止はまずい。
 そんな思いが取らせた行動は──強制終了。外部操作による、システムシャ
ットダウン。

『やあだ、よ! きもちわるい、ざわざわ、する……だ』

 機鋼の竜が何か叫ぼうとするよりも僅かに早く。
 その意識は、半ば強制的に途絶えた。

─だして。とびたい─

 その直前、意識に滑り込むように響いた言葉に。機鋼王はほんの一瞬、表情
を歪めるものの。
「……機精ギュンターに、一時的にSS権限付与。ファクトリーエリアへの、即
時出頭を命じる」
 その歪みはすぐに消え、淡々とした指示が、虚空に飛んだ。

「はあ……それはなんと言うか……お疲れ様、と言うべきか」
 露骨に不機嫌な口調での説明を一通り聞き終えると、紫黒の髪と深紫の瞳の
青年──影竜王イズマルームは、何とも言い難い表情でため息をついた。
「ああ、全くだ。余計な手間を取らせてくれるな、竜郷の方々は」
「いや、それを私に言われても困るのだが」
 露骨に苛立った口調──恐らく、機鋼王にとっては珍しいものであろうそれ
で投げつけられる言葉に、影竜王は苦笑する。
「しかし、やはり起きてしまったか……やれ、厄介な」
 それから、ため息とともにぽつり、こんな呟きを零す。この言葉に、機鋼王
は訝しげに影竜王を見た。
「……やはり、とは?」
「強すぎる力と、幼き心。器と魂を異なる術で得たものは、往々にしてその均
衡を失する事がある……と、言っても、竜郷でも過去に一例しかない事態だが」
 淡々と、他人事のように語るものの、影竜王の瞳は暗い。その『一例』が自
らの子でもある時空竜を指す事を思えば、それも已む無しなのやも知れないが。
(嫌な予感はしていたが。何も、似たような事をせんでも良かろうに)
 ふと過ぎる思いは、他者に悟られる事なく、影竜王の心の内へと落ちてゆく。
「……竜というのは……」
 そして機鋼王はそんな影竜王の内心など、知らず。
「同じ事象を繰り返さねば、気が済まぬのか?」
 厳しい口調のまま、こんな問いを投げつけていた。
「……いや、そういう訳でもないのだがね。
 で、取りあえずはどうしたものか。新たな『仔』の『器』と『魂』……この
ままでは、危険なのだろう?」
 その厳しさに苦笑しつつ、影竜王は機鋼王へと問う。
「ああ。『魂』が己が存在を理解し、受け入れられぬ内は危険だな。可能なら
ば、『器』が完成するまで、『魂』は別にしておいた方がよかろうな」
 問いに機鋼王は冷静な口調でこう返し、影竜王はだろうな、と息を吐く。
「では、新たな眷属の『魂』は、私が竜郷へ連れてゆく。機鋼殿は、引き続き
『器』の方を頼む」
「ああ、そちらは任された……『魂』の方は、よしなに」
 静かな言葉に、影竜王はこちらも静かにああ、と頷いた。


『うごけない。うごけない。うごけないのは。いや』

 閉ざされた感覚の奥、ずっとそれを繰り返していた。
 理解できない感触も何もかも、とにかく全てが嫌で。

 ……不意に、戻る感覚。
 そして、穏やかな力がふわりと包み込むような、感触。

『……だぁれ?』

 問いに答えはなく、聞こえたのは。

「数多なる世界において、天地の理を統べし、十五の竜王。
 その一、均衡を領域と成す影輝の王の名において。
 全ての竜の皇たる、天聖の皇竜に代わり、汝に刻印を授けん」

 しずかな、しずかな、声。
 そして、自分が変わっていく感覚。

 ……あたたかさが、伝わって。

「……きゅう」

 小さな小さな、声が、零れた。


「……当座は、これで凌げるな。正規の刻印は、後でヤツにやらせればいい」
 きゅう、と鳴いてそのまま眠りに落ちた碧の獣を撫でてやりつつ、影竜王は
独りごちる。
「まったく……ままならんのだな、貴殿ら竜というのは」
 呆れたような、機鋼王の声。影竜王はまあな、と言いつつ肩を竦めて見せる。
「やむを得んさ、それが、我らという『存在』だ」
 ままならぬが、正しき在り方、と嘯いて。影竜王はさて、と言いつつ息を吐
く。
「では、私は竜郷に戻るとしよう。
 ……まったく、久しぶりに自分の子が竜郷にいるというのに。他者の使い走
りで忙しく、落ち着いて話にも行けんのだから、困ったものだ」
「苦情は、機竜殿へ頼む。
 ……貴殿の、子?」
「ああ……と言っても、私は『器』の親なのだがね……だが、愛しきわが子に
は、変わりはない」
 深紫の瞳に穏やかな色彩を宿しつつ、疑問に答えた直後、紫黒の光が周囲に
広がる。
 そこに現れたのは──深紫の、六翼を持つ竜。その身を覆うは冷たき鱗では
なく、柔らかなる羽毛。一見すると穏やかにも見えるその姿は、しかし、どこ
か毅然たるものを漂わせ。手足の先、鋭き真紅の爪とも相まって、力の象徴た
る竜王としての威厳を感じさせようか。
「……ほう、これは中々」
 変化したその姿に目細めつつ、機鋼王は小さく呟く。影竜王は今は碧の獣と
なった機竜の『魂』を守るよに手の中に包み込むと六翼を羽ばたかせ、機鋼の
界より姿を消した。
「……美しいものだな……羽根の翼というのも。
 ふむ……六翼は、駆動系の制御が面倒な事になりそうだが……」
 通常の一対のものならば、と。そんな事を呟きつつ、機鋼王は『器』のみと
なった機鋼竜の元へと足を向ける。
「まあ……後で、機竜殿と相談して決めればよいか。今は、ともかく」
 我は我の成すべき事をなすのみ、と。
 静謐なる鋼の揺り篭に、呟きが零れて、消えた。 



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