時と、天と

 疲労から、堕ちる眠りは悪夢を伴うのが常。
 それでも、その時はそれすら厭う意思はなく。

 他者を癒す術なき自分に、出来る事があるならと。
 考えていたのはそれのみか。

 そして、堕ちた眠りが導いたのは予想通り『記録』の悪夢。

「いつか飛び立つ時のいとし子
 届けておくれ、届けておくれ
 あの子にコエを
 さずけられぬままの祝福を

 いまはおやすみ時のいとし子
 巡る輪のうちこぼれし子
 わたしの腕のうちにいるまは
 皆と変わらぬいとしい子
 
 世を彷徨いし時のいとし子
 終わり無きを定められ
 御魂の安らぎえられぬ子
 今はおやすみただゆるやかに
 わたしの腕をはなれようとも
 変わること無きいとしい子」

 意識の外と内とに響く、唄。
 白梟の紡ぐ命竜王の子守唄は、悪夢を退ける。
 それは、そこに込められしもの──子を想う、母の心のなせる業か。
 重き『記録』に屈さぬようにと。
 孤独であれど、独りではないと。
 願いと想いを込められしそれは、守りの手の如く、崩壊の悪夢を退け──。

 不意に、唄が途切れる。
 それだけで、悪夢がすぐに襲い来る訳ではない、けれど。

 取り残されるような感覚が圧し掛かり、奇妙な息苦しさが感じられた。
 しかし、それから僅かに時を置いて、ふわり、触れたのは。

(……天聖の、気……?)

 対ならざる対、天聖の力。それは乱れた力を正し、息苦しさを刹那、和らげ
てくれる。

 時空と天聖、対ならざる対。
 二つの力は全てに干渉しつつも、他のどの属にも干渉を受ける事無く。
 唯一、同一の在り方を持つ互いのみが干渉する事が叶うという。

 その存在は、時に安定を、時に束縛を、相手に与えるのだと。
 それは、幼き頃に天聖の皇竜より聞かされた話。

「これ、目に触れてはならぬよ、時の子」
 それは時折、命竜王の宮殿に様子を見に来る皇竜の口癖だった。
「……でもぉ……」
 紫の右目。そこにある、自分のそれとは違う力は、どうしても馴染めなくて。
無意識の内にそこに手を伸ばすのは幼い頃の癖だった。
 ……言うまでもなく、命竜王や他の命竜たちにもしょっちゅうその事で諌め
られていたのだが。
 そこにあるもの──天聖の属を帯びた刻印の意味は、知識としては識ってい
ても理解は未だに追いつかず。ただ、強い違和感を感じるしかできなかった、
とも言うのだが。
「目を傷つけたら、何も見えなくなってしまうぞ?」
「でも、へんな感じ……」
「変はなかろうに」
「……でもぉ……」
「いずれ、落ち着く。今は我慢しなさい」
 ぽふり、と。黒橡の髪の上に手が乗せられる。
「……ぅぅ〜……」
「嫌がっていては、いつまでもそのままだぞ?」
「……いやがって……たら?」
 皇竜の諭すような言葉に、大きな異眸がきょとり、と瞬く。不思議そうに見
上げると、皇竜はそう、と言いつつ一つ頷いた。
 時の子の黒橡とは対照的な真珠色の髪が、さらり、と揺れる。異眸を受け止
める、銀の双眸は優しい。
「嫌なものを嫌と思うのは当たり前だが、嫌と思うものにも大事なものはある。
 今すぐ、全て、何もかも、などとは誰も言わぬから。
 ゆっくり、少しずつ、多くのものを、受け入れてゆきなさい」
「ゆっくり、すこしずつ、おおく……」
「そう」
 そのための時はあるのだから、と。
 静かに告げる皇竜の手から感じる天聖の気は──温かく、感じられた。

 ふわり、触れた、天聖の気。
 それは、皇竜のそれとは全く違うものだけれども。
 それよりもずっと優しく、温かく思えて。

 その温かさが──『記録』の悪夢を退け、穏やかな眠りを導いてくれるよう
な、そんな気がした。

 ……そうして、時空竜は回復のための眠りに落ち。
 十分に回復して目覚めた後、天聖の気を与えてくれた者の様子に、さすがに
困り果てながらも。
「……でも、お陰でゆっくり眠れた。ありがとう」
 苦笑しながら、こう言って。

 ……その後、自分の事は棚に上げ、回復したばかりの無茶に小言を言ったの
は、後にも続く予定調和の始まりや否や?



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