うつろのこ、まどろみて ゆうらゆら。ゆらゆらと。 揺らめき登る、光の粒子。 静かなる海面より立ち上り、何処かへ舞うその煌めきを。 翠と紫の瞳でただ、見つめ。 時折ゆる、とその背に負いし。 対なき翼を揺らめかす。 それはいつもの繰り返し。幼き器、得て未だ間もなき時空の竜は、鎮まりし 時は常にそうして。 生命の海よりゆらめくそれを、ただただ、じい、と見つめていた。 「…………」 そう、と。光に向けて手を伸ばす。煌めきを求めるよに。 しかしそれは叶わず、光はするり、と小さな手から逃げて行く。 「う〜〜」 こぼれて落ちる、不満の声。 幼き器に合わぬ知と力、そして数多の世界の記録。 それに煩わされぬ時の彼は、ごく普通の子供と変わらず。ただ、その背の片 翼が、一種異様な雰囲気をおりなしていた。 よいしょ、と言いつつ立ち上がり、宮殿を取り巻く柵の上へよじ登ろうと試 みる。 真白き翼と、長く伸ばした髪が揺れ。 幼き竜はどうにか、柵の上へ腰かけ、再び光に手を伸ばした。 生命の海より立ち上る、静かに煌めく生命の素。 それは数多の世界のどこかで新たな生命となるもの。 決して捕えられぬと、『知識の上では』理解してはいるが、しかし。 「はぅ……」 また、するりと。小さな手をすり抜けるそれに、不満げな声を上げて。 また新たな煌めきを掴もうと手を伸ばす。 捕えてどうするのか、そんな事は意識になく。ただ、消えて行くそれに触れ たくて、留めたくて。 もの言わぬ煌めきならば、自身の中にぽかりと空いた空白を埋めてくれるよ うな気がして。 無心に手を伸ばし、求めようとするも、しかし。 「……あ」 光はするり、手をすり抜ける。そうして揺らめき、煌めきながら、何処かの 空へと。 幼き竜は知らぬ、しかし、時空竜は識る地へと。 ゆうらゆら、と去って行く。 「……」 翠と紫の瞳が、微か陰った。 『知識の上では』無為と理解しつつ。それでも手を伸ばして、それを求めて。 仮に手に出来たとしても、どうする事もできぬのに。 何故、と。 時空竜の『知』が問う。 しかし、幼き竜はそれに答える術を持たず。 ふるふると、ふるふると、首を幾度か横に振って。 三度、煌めきへと手を伸ばし―― 「……っ!」 ぐらり、と。そんな感じで、小さな体が傾ぐ。 慌てて体勢を整えようとするも、それは叶わず。 その存在の不安定さを象徴するがごとき片翼では、空を舞う事も出来ずに。 光の立ち上る水面へと落ち―― 「だから、危ないと言っているでしょうに」 なかった。 包み込むような温もりに、きょとり、と瞬く。目を上げれば、琥珀の色の瞳 と目があった。 「……おかたさま」 小さく小さく、名を呟く。柵から落ちた直後にこの領域の主――命竜王に抱 き止められたのだと。その時、気づいた。 「元気が良いのはいいけれど。危険な事をしてはダメよ、刻の愛し子」 諭すような言葉と共に、す、と頭が撫でられる。その感触には、心地よさと 共に何か……違和のようなものがあって。 ふる、と。逃げるように身を震わせた。 「……刻の子?」 呼び掛ける声は、変わらず優しいけれど。 意識の片隅、そこにいつもある、思い。 自身の王たる虚竜の他には、何者も異なる存在、と言う思いは、温もりに甘 える事を是とはせずに。 また、逃げるように、拒むように、身を震わせた。 そんな幼き竜の姿に何か思ったか、命竜王は抱く腕に力を入れる。そっと、 包み込むようにかき抱き、長い髪を優しく撫でつつ、背を叩いて。 「刻の子は、わたくしが嫌い?」 「…………」 唐突に投げられた問い。幼き竜は一つ瞬くと、ふるふる、と首を横に振った。 「では、どうして、嫌がるの?」 「…………」 優しい声、その問いに、答える術はなく、ただ俯いて黙り込む。そんな幼き 竜の様子に、命竜王はどこか寂しげな笑みを浮かべた。 「……少し、お休み、刻の子」 眠るまでは側にいるから、と。優しい声に、こくり、と頷く。命竜王がどん な表情をしているのか、それに気づく余裕はなかった。 強すぎる力、深すぎる知、そして重過ぎる記録。 生まれてようやく数年の幼い身体には、余りにも大きすぎるそれら、その不 安定さが織り成す不協和音。 それがもたらす、発作めいた混乱の衝動が起きようとしているのを感じたか ら。だから、支えてくれる存在に、夢中ですがりつくようにして目を閉じる。 目を閉じる刹那、赤紫の右の目には。 力を抑える銀の紋章──皇竜の刻印がはっきりと浮かび上がっていた。 ……やがて、命竜王の宮殿は静まり返り。 ただ、その主が紡ぐ子守唄、それだけが静かに響き渡る。 生命生み出す、海の先へ。 いずれ飛び立つ時の竜への、歌い手の想いを響きにこめて。 |