真紅なる夢

 紅。
 そこにあるのは、そのひといろ。
 繚乱する色彩の中で、それは。
 微笑みを張り付けたまま動かない。

「……何故」

 答えなど、得られはしないと。
 わかっていても、そう問わずにはいられずに。

 紅。
 そのひといろに沈む、微笑するもの。
 それが動かなくなる直前に、満足げな笑みを向けたもの──左の腕がうずく。
 紅の中で異質な、銀色。
 それを手にした左手。
 その腕には、真紅が絡み付いて。

 ……復讐なのだと、それは言った。
 殺してくれなかったから、殺さないのだと。
 自ら死する事、それすら赦さぬと。

 それは、微笑みながら言った。

 復讐。
 ……復讐?

 ……訳がわからない。

 貴方であって、貴方ではないの、と。

 快楽に溺れつつ、それは微笑み。

 でも貴方だから、貴方に還すの、と。

 吐息と共に、こぼれた囁き。

 ……聞けば聞くほど、訳がわからず。
 意を問えば、ただ、それは微笑み。

 そして。

『……殺して……ね?』

 艶やかに笑って、言った。

『それは貴方しかできないから』

『貴方は私を赦さない。
 だから私は貴方を赦さない』

『だから……ね』

『殺して……?
 いとしいハーヴ』

 快楽を紡ぎ合いながら、囁かれた言葉。

 記憶から消えようとしないそれは。
 紅の蛇……呪縛の象徴と共に、意識をさいなむ。

 赦さないから赦さない。
 ……それは何を意味するのか。
 それすら知らぬまま、生かされた。

 銀の力と。
 紅の蛇。
 手にはそれが。

 意識には疑問が。

 どこかには痛みが。

 それぞれ、遺されて。

 揺らぎ。
 意識が夢から逃れる。

 目覚め。
 それは言いようもなく、気だるい。

 起き上がり、窓の方を見やれば、目に入るのは紅。

 紅。
 叶うなら。
 赦されるなら。
 自らの内にある紅で。
 目に入る全てを染め上げたい。

 でも、それは叶わない。

 それを叶える術は二つ、そのどちらを選ぶ意思もないから。
  
  氷のよう、と言われた瞳を、紅の蛇へと向ける。
 浮かび上がるそれは、いかなる術を持ってしても、消えない。

 かつての微笑していたもののように呪いを移さぬ限りは。

 その術も、条件も、全てわかっているから。
 それを行うのは……煩わしくて。

 それならば、と。
 求めるのは、かりそめの、消滅。

 蛇の上に爪を立てて引き裂く。
 紅をにじませて、飲み込もうと。  
 痛みはある。
 それでも。

 絡み付いた蛇を見ているなら。
 同じ紅なら。

 あふれた紅。
 かりそめに蛇を消して。

 刹那、心を鎮めた。

 紅。
 あふれる、色彩。

「……いつまで……繰り返す?」

 紅を見つつこぼれた、呟き。

 無為に。ただ、無為に。
 呪いを抱えて、生きて。
 どれだけの時を重ねたのかすら、既に定かではなく。

「……いっそ……殺せ」

 かすれた呟き。
 それに、紅の蛇が嘲笑ったような……そんな気がした。

 終わらない夢、消えない呪詛。
 真紅なる呪縛は、いつまで続く……?


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