Eisen Lowe

 ガキの頃の最大の疑問と言えば、自分の親の事だった。
 明らかに、定職ナシの子連れ風来坊。
 時々、滞在先に人を置き去りにしてどこかにふらりと消える。
 それで早ければ次の日に、長い時は大体一週間くらいしてから、またふらり
と帰ってくる。
 子供心ってヤツにも、謎だらけの親父だった。

 まあ、それでも。
 唯一の肉親だとか何とか、色んな理由で、嫌う事はなく。
 俺自身も、親父とのアテなしの旅を楽しんでた。

 ……ウチの一族に代々伝わるという『アレ』を見るまでは。

 『アレ』を最初に見たのは十五年前、確か十歳の時。
 予定外のトラブルで次の宿場に着けなかった時だったと思う。
 仕方ないんで街道沿いでキャンプをしていた時に、トラブルが起きた。

 いつの間にか、周囲を取り囲んでいた、狼の群れ。
 火を恐れる様子もなく、じりじりとこちらに近づいてくるその姿は、夜闇の
中、一種異様で。
 まだガキの俺は、完全にビビって動けなくなっていた。
 ところが、親父は悠然としたもんで──。

「ギル」
「な……なにっ?」
「……ちょうどいい機会だ」
「き……きかい、って?」

 訳がわからずパニックを起こす俺に、親父はにやりと笑いかけた。
 余裕綽々の笑み──周囲を十数匹の、明らかになんかおかしい狼に囲まれた
状況で、なんでそんなに余裕があるのか。
 そこまで筋道たっちゃいないものの、そんな疑問を感じていた俺の前に、親
父は『アレ』を突き出した。

 焚き火の照り返しを受けて煌めく、漆黒の──銃。
 右手に持ったそれを、親父は一度額に当てて何か呟き。
 その呟きに応えるように、銃は淡い緑の光を闇夜にこぼした。
 直後に響く、じゃきっ……という金属音。
 黒光りする銃口は、狼の群れへと向けられていた。

「よく見とけよ、ギル」
「み、見とけって……何を?」
「こいつの……ウチの一族に代々伝わる厄介モン、フォースショットの威力を
だ!」

 俺の疑問に答えた親父は一つ、息を吐き。

「……アイゼンレーヴェ、フルブラストっ!」

 叫ぶように言いつつ、引き金を引いた。

 乱れ飛ぶ、緑色の光。
 それと共に走る衝撃波。
 それらが狼を飲み込み、そして──。

「……すご……」

 光が消えたときには。
 周囲を取り囲む狼の姿はどこにもなく、静かな夜の街道が広がっていた。

 『フォースショット・アイゼンレーヴェ』。
 なんでも、これは俺のウチ……シュトゥルム家に代々伝わっているもんだと
か。
 理屈はわからんが、使えるのは直系の者だけらしく。
 親父の他には、俺だけが使えるものなんだと聞かされた。

 そして、こんなモンを引き継ぐ家系だから、家業自体もややこしく。
 その辺りが、親父が昔から風来坊を決め込んでいた原因なのだとも。

 その『家業』が何を意味するのかは、知らなかった。
 アイゼンレーヴェの存在を知った、二年後。
 ……親父が、『仕事』から帰ってこなかった、あの日までは。

 いつものように、宿場の宿屋に預けられて『仕事』に行く親父を見送って。
 ……なんでか、違和感のようなものを感じていた。

 でも、それは言葉で表せなかった。

 それが不安になって。
 でも、どうしていいかわからなくて。

 それから、三日が過ぎた日の、夜。

「……」
 窓から夜空を見てたら、突然、部屋のドアが開いた。親父が帰ってきたのか
と思えば、そこに立っていたのは見知らぬ男。
 ……ただ、その手には。
 この二年で見慣れた形の包みが握られていた。

「……アイゼンレーヴェ……?」

 親父が、決して肌身離さなかった、闘気を撃ち出す魔銃。
 それを、他者が持っているという事。それが何を意味するのか。

「あの……」
「ハロルドの息子……ギルバート、だな?」

 問おうとした矢先に名を問われ、俺は一つ頷いた。

「そうか……」
「あの……とーさん……は?」
「ハロルドは、スイープロスト……仕事に失敗して……死んだ」

 淡々と、ほんっとに淡々と。
 その一言は、告げられた。

 それから。
 まあ、色々とどたばたがあり。

 唯一の肉親だった親父を亡くして天涯孤独になった俺は、半ばなし崩しに親
父が所属していた組織──超国家権限所持厄介事万解決業集団『トラブルスイ
ーパー』に所属する事となり。
 『フォースショット・アイゼンレーヴェ』を使いこなす訓練を受けた後、ス
イーパーとしてあちこちを飛び回るようになった。

 その暮らしは、今までと変わらず。
 途中、色んな連中と知り合ったり、たまに一箇所にいついたりしながら、基
本、気ままな旅暮らしを続けた。

 ……勿論、今でもそれは続いている訳なんだが……。

「……ギル! ギールーっ! いつまで寝てんの!!」

 唐突に響く声が、眠りをぶち破る。
 目を開ければ、黒い瞳が呆れたようにこっちを見てた。
 ……なんか気がつけば、旅の道連れになっていた、カミーラだ。

「……んー……ああ、朝か」
「朝か、じゃないだろ。ご飯できてるから、さっさと顔洗ってきなよ!」

 威勢のいい声と共に、タオルが投げつけられる。

「へいへい、わーったわーった……わーったから、も少し静かに言いやがれ。
ちゃんと、聞こえてんだから」

 ぶつぶつ言いつつ、タオル片手に立ち上がれば、ギルは聞いてるかどうかわ
かんないだろ、とやり返してきた。
 ひとまず、それもへいへい、と受け流し……周囲の景色に、ふとある事に気
づく。

(……そう、か……近くまで、来てたんだな)

 親父の事を夢に見る、そんな事はだいぶなかったのに。
 そんな稀な事が起きたのは、親父の墓がある場所の近くまで来てるからなの
かも知れない。

「……久しぶりに、顔出してやるか。酒でも買って」

 空を、見上げて。小さく呟く。
 墓参りなんて殊勝な真似は滅多にしないが……たまには、いいだろ。

「ギルー?」

 そんな事を考えつつ、立ち尽くしてるとまた、呼びかけられ。

「あー、わかってる、わかってるから!」

 振り返ってこう応えると、俺は、ゆっくりと歩き出した。

 仕事もなくて平和なウチに、顔出してやるか、とか。
 心の奥で呟きながら。



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