とどかぬ、つばさ 空。 前は確かに飛べた場所。 でも、その時はどうしても行けなくて。 空へ、そして、ここじゃないどこかへ。 何とかして、行きたかった。 ……なんで、そこまでしようと思ってたのかは、よくわかんないけど。 でも、その時は、そうしなきゃならないような気がして、それに急かされて。 何とか、風を捉えて飛ぼうと思って。 ……高い場所なら……って、ふと、考えた。 「たかいとこ……」 呟いて、いつも月夜の庭を歩き回る。高い所、風をより強く感じられるのは、 どこだろう、と。 そうやって彷徨い歩き、たどり着いたのは、庭にある木。高い梢を見上げて ……この上なら、と、思った。 「せえのっ……で!」 掛け声をかけながら地を蹴って飛び上がり、一番下の枝に飛び移る。そこか ら、呼吸を整えつつ、枝から枝へと飛び移って行った。 こんな風に、跳ねて高いとこに行くのは、慣れてる。 飛べるようになる前は、いつもこうやって、高い所に行ってたから。 風を感じて、風に乗るために。 その時と同じ、でも、その時よりも必死になって。 上へ、上へと跳ねて行って……。 もう少し、って所で、足が枝を捉え損ねて。 「……ふえ?」 落ちた。 言葉で表せない、ふわふわした感覚。 周りの音が全部途絶えたみたいに、何も聞こえなくなる。 それでも、下へ向けて引っ張られている事だけは、やけにはっきりとわかっ て。 わかってても、動けなくて。 そのまま……落ちて……。 「……ラッセルっ!」 不意に。 音が、戻った。 ……自分に、何が起きたのか、すぐにはわからなかった。 気がついたら、ふわふわした……『落ちてる』感覚がなくなってて。 落ちたけど、地面までは落ちなかった、って事だけが、取りあえずわかった。 ……わかった、直後に。 「一体、何やってんだお前っ! あぶねーだろーがっ!!」 大声で怒鳴られて、思わずひゃう、と声を上げて首をすくめていた。恐る恐 る、見上げれば、そこにあるのは一目で怒っているとわかる、紫色。 枝を踏み外して、落ちて。地面に落ちる前にハーヴに受け止められた、と、 理解するのに少しかかって。 それがわかってから……ハーヴが怒ってるのがこわくなって、身をすくませ た。 怒られるのが、怒鳴られるのがこわいんじゃなくて。 『おんなじ』に気づくのが、こわかった。 「まったく、お前、自分が今どんな状態なのか、ちゃんとわかってんのか!? いくらなんでも、あの高さから落ちたらただじゃすまねーだろーがっ!」 そんなのわかってるけど。 でも。 浮かんだ言葉を声に変える事ができなくて、俯く。 ……なんでこんなに、『おんなじ』なんだろ? 最初に会ってから、ずっと、消えない疑問。 『おんなじ』はやなのに。なくなるとこわいから、やなのに。 なのに……。 「……こーら、ちゃんと聞いてんのか?」 俯いて唇を噛んでると、こんな言葉と共に頭が軽く小突かれて。 そおっと見上げると……さっきよりは静かな紫色。 「っとに……あんまり無茶、するんじゃないっての。みんな心配するだろ?」 「……う」 心配なんかしなくてもいいのに。 思っても、やっぱり言えない。 それでも……その言葉は、なんでか、伝わったみたいだった。 「お前みたいに危なっかしい雛、ほっとけるヤツなんて、そうそういる訳ない だろーが」 「そんなの、知らないし……」 目を伏せて、ぽつり。どうにかそれだけ返して。 「知らない、じゃなくて、知ろうとしてないだけだろ、お前は」 返って来た言葉に何も言わないで俯いてると、ぽふ、と頭が撫でられた。 「あのな、ラッセル。お前が周りをどう思ってるかはともかく……周りのみん なは、お前の事心配してるんだぜ?」 「……なんで」 「なんでって、そりゃ、色々だろうけど……でもな。 お前が自分で思ってる以上に、周りは、お前の事を想ってるんだよ。 なんでか、とか、そういうのは今すぐわからなくてもいいから。それだけ、 ちゃんと覚えとけ」 静かな、言葉。 言われてる言葉の意味は、いまいちよくわかんなかったけど、でも。 「……わかった」 伝わるあったかさが、ふと、こんな言葉をこぼさせて。 こんな事、言うつもりなんてなかったのに……って、思ってる間に、わしゃ わしゃって感じで、頭が撫でられた。 「よっし、じゃあ館に戻るか」 「あ……うん」 こく、と頷いてから、空を見上げる。 さっきまで、あんなに行きたかったのに。翼が届かない事が苦しかったのに。 その気持ちは、いつの間にか……弱くなってた。 勿論、消えた訳じゃないけど。 空に届かない翼。 いつかはまた、空へ……。 でも、今すぐじゃなくても、いいのかも知れない。 伝わるあったかさに、ふと……そんな事、考えてた。 |