いつか、きっと

「ん〜、いーい天気だぜっ!」
 いつものように、街外れの丘での素振りを終えて。
 いつものように、木の幹に寄りかかって、空を見上げる。

 ……空は、静かで。
 こないだの騒動なんて、全く知らないフリをしているみたいだった。

 あれから……日常は、あんまり変わってない。
 強いて言うなら、いつも見かけてた人がいなくなって。
 今までは全く知らなかった相手と絡む事が増えた程度。
 その『変化』をもたらした騒動なんて、つい、忘れそうになるけど。

 右の肩に、残った、痕。
 それは、その事を絶対に忘れさせない。

 武闘大会と、その後のどたばたでついた傷。それそのものは癒えたけど、痕
は消えずに残っていた。
 完治前に無茶をしたからだ、と診療所では怒られたけど。
 でも、痕が残った事は、何となくだけど、良かったかな、とも思う。

 あの騒動の後で固めた、一つの決意。
 それを絶対忘れない楔になってるから。

 つまり。
 自分なりの、『守り手』としての在り方を。

 『守り手』。
 その言葉を初めて聞かされたのは、確か、五歳の時だったと思う。


「……『まもりて』?」
「そう、『守り手』。それが、父さんの……そしていずれ、お前が引き継ぐ、
役割」
「……ひきつぐ……どして?」
「伝えていかなくてはならないから。ずっと、ずっと、伝えられてきたもの。
そして、これからも受け継いでいかなくてはならないものだから」
「……ずっと?」

 話を聞けば聞くほど、逆に疑問が募って。
 何度も何度も問い返していた。
 とーさんは、静かにその意味を話してくれた。

 ハーバリオン一族が、ずっとやって来た事。
 それは、街の創設者との小さな約束から始まっていた。
 約束の内容は、凄く簡単。

『街に住む人を、大切なものを、守る』

 それだけだった。

「大事なもの……守るの? ぼくも?」
 街外れの丘の上で聞かされた話を、自分なりに飲み込んで。
 それから、一番気になった事を問いかけた。
「ああ……父さんの次は、メイがみんなを守るんだ」

 だから、その時のために、強くなるんだぞ、と。
 そう言って、とーさんは、頭を撫でてくれた。

 それに、オレは、うん、と頷いて。
 ……それがどんなに大きな意味のあるものなのか、その時は全く気づきもし
ないで。


「……」
 ふと、右肩に手をやる。
 『まもる』という事。
 その形は、一つじゃない。
 それは、わかってるつもりだったけど。

「……」

 行き違った、思いと言葉。
 願いは同じだったはずなのに。
 なんで、と思ったりもしたけれど。

 例え同じ物を求めていても、そこに至る道は必ずしも一つじゃない、って事。
 そういう事なんだ、と思って、今は納得してる。

 ……親友だった、とーさんとあの人も、そうだったから。


 その日は、朝から冷たい雨が降ってて。
 そんな天気の日に尋ねてきたあの人と、とーさんと。
 二人の深刻な様子に──不安を、感じた。

 その不安に突き動かされ、かーさんが止めるのを振り切って、出て行った二
人を追いかけた。
 そして、その先で見たのは、二人の、戦い。

 雨の中に舞う、銀の刃。
 時折り舞い散る真紅が、二人が本気で戦っている事を感じさせた。
 本気で──殺しあっているのだと。

 わかんなかった。
 もの凄く仲が良くて、お互いを信頼していた二人。
 その二人が戦っている。
 それだけで、オレの混乱は止まらなくて。

 雨の中に座り込んで、剣を合わせる二人をじっと見てるだけだった。

「……どして?」

 呟く声は、雨に掻き消えて。
 初めて見た、『本気で戦う』とーさんの姿は、もの凄く、哀しそうに見えた。
 とーさんだけじゃなく、あの人も。
 もの凄く……哀しそうで。
 でも、どこか嬉しそうで。
 なんでそうなるのかわからないオレは、ただ、二人の剣の軌跡を追うしかで
きなかった。

 そして、勝負の結果は。

 とーさんが放った下段からの切り上げの一閃が弾かれ。
 体勢が崩れた所に放たれたあの人の切り下ろしが勝負を決めた。

 崩れ落ちる、とーさんの姿が。
 雨の中に飛び散る紅い色が。

 夢みたいで、でも、夢じゃなくて。

 でも、とーさんが負けた事が……それが、意味するものが。
 ……わかるから。認めたくなくて。

「やだよ……こんなの、やだああああっ!!」

 叫んでた。
 叫んで、走り出していた。
 剣を下げて、立っているあの人に向けて。

 その時に何を言ってたのかは、自分でも良く覚えてない。多分、なんで、と
か、どして、とか、そんな言葉を繰り返していたと思うんだけど。

 そして、あの人はそんなオレに、言った。

「……謝罪は、しない。これは、必要な事だった」
「ひつよ……? なんで……わかんないっ!」
「……知りたいか、理由が?」

 静かな問いには、何度も頷いた。

「そうか……じゃあ、強くなれ」
「……つよく?」
「そうだ。剣を学び、強くなり、そして……」

 ここで、あの人は一度言葉を切って。

「いつか、俺を倒しに来い。それができた時に、戦った理由を教えてやる」

 静かな言葉。それと共に向けられる、静かな瞳。
 負けない。
 その瞬間、頭に浮かんだのはそれだけだった。

「つよく、なる……ぜったい、ぜったいに……っ!」

 言いつつ、きっと見上げたあの人の瞳は、もの凄く静かだった。
 その瞳に、オレはどんな風に映っていたのか──その時は、そんな事、頭に
は回らなくて。

「ぜったい……まけない!」

 叫んでいた。
 それに、あの人は何も言わずに、ただ、オレの頭を撫でて。

 ……雨の向こうに、消えて行った……。


「……でも、まだまだ全然、ダメだよなあ……」
 小さく、ため息をついて、空を見上げる。
 武闘大会でも思い知ったけど、オレの剣は、まだまだ未熟。
 今は、あの人に届くどころか、その姿すら見えない。
「でも……いつか、きっと」
 呟いて、とーさんの形見のペンダントを、握り締める。

 いつか、きっと、あの人に追いつく。
 そして、追い超す。
 それが、オレの一番の目標だから。

 その前に、越えなきゃならない壁や、やらなきゃならない事は、たくさんあ
るけど。
 いつかたどり着く目標のために、それも一つ一つ、越えて行く。
 あの人に追いついたその先に、何があるかなんて、今はわかんないけど、で
も、それでも。

 知らなきゃならない答えが、そこにはある気がするから。
 だから、やり遂げる。

 いつか、きっと。
 


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