護りの焔

 聖山は、いつも平和で。
 穏やかな空気の中で、大人たちに守られて、楽しく過ごせてた。

 飛べないものを阻む壁があるから、害意あるものは入れない。

 大人たちはいつもそう言ってた。
 だから聖山の中は平和なのだと。

 そう聞かされて、それを信じていたから、聖山の中に危険があるなんて、夢
にも思わず。
 いつも、好き勝手に駆け回っていた。

「にいさま……アスにいさまぁ」
 朝食の後、長老たちの『お話』を聞いてからいつものように飛び出したアー
シファは、呼びかける声にきょとん、としつつそちらを振り返った。
「ファラ? どしたの?」
 振り返った先には、二つ年下の従妹・ファラーシャが立っている。ファラー
シャはととと、とアーシファに近づくと、服の裾をぎゅ、と握ってきた。
「……なに?」
「ファラも、アスにいさまと一緒にいきたいです」
「……なんで?」
「だって、アスにいさま、いっつもどっか行っちゃうんだもん。全然遊んでく
れないの、アスにいさまだけ」
 ファラーシャの主張に、アーシファは困ったように眉を寄せた。
「えっと……いいじゃん、みんな遊んでくれるんだから」
「やぁ、です!」
「やぁ、じゃないの、ダメなの!」
 やや口調を強くして言うとファラーシャは驚いたように目を見張り、服を掴
む手から力が抜けた。その隙にアーシファはぱたぱたと走って行く。
「アスにいさまぁ!」
 ファラーシャはしばしその背を見送り、それから、後を追うように走り出し
た。

 幼い頃のアーシファが、何よりも強く願い、目指していたのは空を飛べるよ
うになる事。
 飛べぬものを阻むという壁は、飛翔能力のない幼い雛鳥たちが誤って外へ出
てしまう事を防いでもいる。
 そして高き天穹への好奇心は、その壁を越えて空を舞う事への思いを強め、
幼い雛鳥に空を飛ぶための自己鍛練をさせていた。
 ……とはいえ、表立ってそれをやると、大人たちの小言が飛んでくる。
 慌てて飛べるようになる必要はないのだから、まずは生きるための知識を身
につけなさい、と。
 お前はいずれ、一族を束ね、導かねばならぬのだから、と。
 そんな言葉への、幼い反発。それはより一層、蒼き天穹へ、そして、まだ見
ぬ外界への憧れをかき立てた。
 そしてその思いの駆り立てるまま、その日も風を捉えて舞う訓練をしていた
……のだが。
「きゃあああっ!」
 唐突に響いた悲鳴が、刹那、それを忘れさせた。アーシファはぎょっとして、
周囲をきょろきょろと見回す。
「今の声……ファラ!?」
 それと気づいたアーシファは、声の聞こえてきた方へと岩場を跳ねた。進む
に連れて、良く知っている従妹の気配と、その近くにある不愉快な気配とが感
じられる。
 その不愉快な気配に不安を感じつつ、一際大きな岩を飛び越えた時。
「……ファラ!?」
 座り込んだファラーシャと、その前に揺らめくように立つ、黒い影が目に入
った。
「え……デーヴ!?」
 渦巻く黒煙でできたような、鈍い黒い肌の巨人。それを目の当たりにするの
は初めてだったが、しかし、その名はすんなりと口をついた。魔に属し、彼ら
霊鳥や、良き妖精であるペリと敵対するもの。
「なんで、こんなのが……」
 本来なら結界に阻まれ、聖山に近づく事すらままならないはずのものが何故
ここにいるのか。
 そんな考えに煩わされている時間は、本当に短かった。
「……アスにいさまあっ!」
 声に気づいたファラーシャが声を上げ、それによって注意がそれた隙をつく
ように、デーヴが長い腕をファラーシャに向けて伸ばしたのだ。
「っ! ファラに……さわるなあっ!」
 絶叫。それは、アーシファの中に眠る力を揺り起こす。
 何よりも大切な、一族の者。その中でも自分より年下の従妹。
 それが傷つけられるのを見過ごす事などできなくて。
 何としても阻まなくては──という意思が、眠れる力を揺り起こした。
 まだ小さな翼がふわりと開き、淡く煌めく光の粒子をこぼす。
 こぼれた光は集約して小さな霊鳥の姿を象り、ファラーシャとデーヴの間に
飛び込んだ。
 焔を思わせる、美しい真紅の光が弾け、そして──

「……で、あの後、こっぴどく怒られたんだよなあ、じーさまたちに……」
 七歳の時の事件──初めて、『守護者』の力を使った……というか、暴走さ
せた時の事を思い出しつつ、オレは小さくため息をついた。
 結界のほころびからたまたま入り込んできたデーヴに、従妹のファラーシャ
が襲われて、その弾みで、力が暴発した。
 そういう風には使えたのに……。
「……肝心な時には使えないっていうか、封印されてて……やっぱ意味、ない
よなぁ」
 ぶつぶつ言いながら、左肩を掴む。
 そこには、あの一件の後に施された封印──水の刻印がある。
 オレの中の強すぎる火の力を強引に押さえ込むために、じーさまが施したも
のだ。
 ……今なら、これを解く事もできるだろうけど。
「……うー……」

 本当に、この力でできる事があるんだろうか?

 ずっと抱えている、答えの出ない疑問に、オレは小さくため息をついた。

 答えは……中々、見つからない。

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