引き継がれる想い

 それに気づいたのは、村についた翌日の散策の途中だった。 
「ん……なんだこれ……猫?」 
 村外れにある小さな塚。そこはかつての人狼騒動の際に処刑されたり襲撃の
犠牲になったりした人々の霊を祀るために築かれた物で、今でもお参りする者
は絶えない、と聞かされた場所。 
 表向きの肩書き──『伝承研究家』としての仕事の一環として、レポート内
に含めるべき場所だと思っていた事もあり、まずはどんな所か見てみよう、と
気軽に立ち寄った。 
 そこで見つけたのが、身体を丸めた猫の姿を掘り込んだ、黒い石。それは、
塚の横に寄り添うように置かれていた。 
「なんだろ、これ……何か、意味が……」 
 意味があるのかな、と呟きかけたその時、肩の上の相棒・ミストがその石の
前に飛び降りた。 
「……ミスト?」 
 突然の事に戸惑って、声をかけると、 
『ハヴ、これ、おもい、たくさん』 
 ミストは意識の中にこんな返事を返してきた。 
 ミストとは、直接的な会話こそできないものの、『使い魔の契約』を結んで
いる事で意識上の交信はできる。 
「想い……思念が、詰まってるって事か?」 
 確かめるような問いに、白い妖精はこくこく、と頷く。 
「……わかった、後でゆっくり時間を取って調べてみよう。冷えてくる前に、
戻ろう」 
 ふわふわした毛に覆われた頭を撫でてやった後、拾い上げて肩の上に乗せる。
それから、集会場へ戻ろうか、と踵を返した時、 

──……護ってください……── 

 微かな『声』が、意識に届いたような、そんな気がした。 
 聞き覚えの全くない声。多分、自分とさして年齢の変わらない、男の声だと
思う。 
 思わず足を止めて周囲を見回すが、周囲には誰の姿もなく、ただ、塚と黒い
猫の石があるばかり。 
『ハヴ?』 
「……いや……なんでもない」 
 ミストが不思議そうにこちらを覗き込むのに短く答えてから、俺はゆっくり
と集会場に戻って行った。 

 そして、その二日後。 

「……」 
 世界が茜色のヴェールをまとい始める、夕暮れ間近。俺は、例の塚の前にぼ
んやりと佇んでいた。 
 所属する『結社』からの連絡で、この村に人狼が紛れ込んでいる事と、今回
の相方として選ばれた者の名は、既に知っている。村の入り口は閉ざされ、生
き残り戦が静かに幕を開けようとしていた。 
 『結社』の構成員が人間である事は、世界における暗黙の了解。 
 それ故、結社員は人狼騒動が始まった際に、場をまとめる議長役を任される
事が多い。一人が表に立って、一人は一般人の中に止まり、それによって様々
な策を巡らせるのが、常。 
 問題は……。 
「余所者の俺が潜伏を選んで……いざ、という時に、信頼を得られますか、ね」
 
 相方殿が誰を知ってから、ずっと考えていたのは、これ。 
 立ち回りをしくじれば、危機的状況を導きかねない事が、心配の種だった。
 
「……さて、どうしますか。どうすれば、いいかな?」 
 誰に問うつもりでもなく、こう呟いた時。 

──……護ってください……── 

「……っ!?」 
 先日も聞こえた声がまた、意識に響いた。 
「……誰……だ?」 
 低く呟いて、周囲を見回す。 
 俺には、生まれつき特殊な力が一つ、備わっている。 
 それは妖精の声を聞き、その姿を見、接する力。 
 その力があるからこそ、幸運の妖精であるカーバンクルのミストと契約を結
ぶ事もできた訳だが、この力は時に、妖精以外のものの声を捉える事もできる。
そして、今捉えているのは妖精とは違う、しかし、限りなくそれに近い……純
粋な思念体の声のように感じられた。 
『……ハヴ』 
 肩の上のミストが呼びかけてくる。その小さな手が指し示す方を見た俺は、
塚の前に佇む『姿』に息を飲む。 
 黒猫を肩に乗せた、半透明の人影。 
 年齢は多分、俺と同じくらいの、まだ若い男──それがこの間の、そして、
今の声の主なのは、容易に察しがついた。 
「護るって……なに、を?」 

──この地の、ささやかな平穏と……幼き者の、生命を── 

 静かな問いに、声が静かにこう答える。 
「平穏と……生命?」 

──そう……それだけは、失われてほしくないもの……ですから……── 

 静かな言葉。そして、それに込められた、想い。 
 それは、はっきりと感じられた。 
 何故かは、わからないが……どうやら、この『姿』と俺は、似た者同士であ
るらしい。 
 何がどう、と言われると困るけど。 
 強いて言うなら──同じ痛みを知る者同士……だろうか。 
 何かを亡くして、そして、それを繰り返したくない、という、想いを持つ者
同士。 
 確証はないが、そんな気がした。 
 そして、そう感じたからこそ。 
「……わかった」 
 ごく自然に、こう頷いていた。 
「あんたが誰かは知らない。でも、その気持ちは、何となくわかる。だから、
俺にできる範囲で……できるだけの事をしてみるよ」 
 直接的に、襲撃の牙から護る力は備えていないけれど。 
 表に立ち、人の意思をまとめていく事で、一人でも多くを護る事はできるだ
ろう。 
 それに……表に出る事で、俺自身が襲撃の牙を一度は引きつける事もできる。
消極的ではあるけど、これもまた、『護る』という一つの形だろう。 
 俺の返事に『姿』は僅かに微笑み──揺らめいて、消えた。 

 立ち込める、静寂。 
 その只中で、俺は静かに決意を固める。 

「どこまでやれるかは、わからないけど……やってみますか」 
 口調だけは軽く、呟いて。 
 俺は集会場へと戻るべく、ゆっくりと歩き出した。 

 力なき身にて、なせる事。 
 それを、全力で果たすために。

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